「泡」にだって「。」がつくのだ。

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お歳暮にいただいたビールの詰め合わせセットに、

「神泡。」というブランドの2缶があるのが格別にうれしかった。

八百万の神の国、日本。

泡にも神が宿るのである。

いやいや、

この場合の「神」は、「神業」「山の神」(自分の奥さんの卑称)「神童」(しんどう)系の、

格別にすぐれているもの、恐ろしいものに対する

尊敬や畏敬の表現である。

自社製品に「神」を名乗らせる自信と多少のユーモアが気に入った。

しかし、もっと共感したのは「神泡。」の「マル」のほう。

このセンス、ただ者ではないな、と思ったら、

案の定、かのサントリーの製品であった。

もちろん、この「神泡。」の2缶をすぐに飲むことはできず、

1週間は冷蔵庫の中に鎮座していた。

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サントリーといえば、

あの「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」である。

昭和36(1961)、当時は「寿屋」といった。

私には、まだ飲酒の習慣はなく、ウイスキーへの関心はなかったが、

それでもこのコマーシャルは耳になじんだ。

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大学を出て、最初の就職先はコマーシャルフィルムの制作会社。

ここでは寿屋のテレビCMフィルムの制作を受注していた。

赤坂だったか、日本橋だったか、東京支社の宣伝部にも何回か出かけた。

ここには、開高 健(のちに作家)、山口 瞳(のちに作家)

柳原良平(イラストレーター)らが宣伝・広告の第一線にいた。

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写真の『江分利満』(エブリマン)シリーズにはお世話になった。

江戸弁が残る軽妙な文体、

苦虫を笑み殺したような、渋い顔をしたユーモア、

そして、縦書きの文章に算用数字を使う表記法など、

ずいぶん影響を受けた。

写真の本、『江分利満氏の華麗な生活』の装丁、

行替えの不規則性に注目。

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「華麗な生/活」と、そこで折り返すかね?

これが山口 瞳氏の元同僚、柳原良平氏の遊びである。

寿屋は広告上手もあって、めきめき売り出し、

日本の代表的な洋酒メーカーになった。

ビール部門に参入したときには、

老舗のビールメーカーからはかなり警戒された。

若い感覚が大いに受けたのである。

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ちなみに、

「巨人軍、寿屋の多摩川工場を訪ねる」

というCMのロケでも接点ができた。

制作会社のスタッフとして、現地で撮影の手伝いをした。

そのときの集合写真がいまも手元にある(プリントをデータ化)

向かって左端が私、1人おいて長嶋茂雄氏(入団直後)

私の後ろに立っているのが山口 瞳氏。

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これには京都版もあって、

寿屋山崎工場を南海ホークス(現在のソフトバンクの前身)が訪ねた。

この写真もあるので、残しておこう。

樽型のバスの前での集合写真。

左から2番目、顔だけ出しているのが私。

ほぼ中央に立っているのが、当時、名将といわれだ鶴岡一人監督。

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話を「神泡。」に戻そう。

商品や広告の世界では、「。」を有効に使う伝統がある。

サントリーは、60年前から、

キャッチフレーズに「。」を打っている。

「金曜日はワインを買う日。」は、昭和36(1961)である。

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最近では、書名にも、屋号にも、「。」を使う例は多くなった。

「。」が入ることで、和やかさが出る。

使うコトバが辞書にあるそれではなく、人間が使ったコトバ、

というニュアンスが出る。

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ところが、

こういう方向性のある中で、

無造作に、または意図的に「。」を省いているのが

年賀状や喪中、転居、結婚、葬儀などの案内ハガキの既製品である。

この業界は、よくよく頭の働かない、

ちょっとおバカが商品開発をしているのだろう。

毛筆の雰囲気を出そうとしているのかもしれない。

宛名をパソコンで打っておいて、

なにが毛筆だ。このセンスは絶望的である。

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そういえば、前にも書いたが、

あるメーカーの便箋の表紙の裏に文例が載っていて、

それが現在の手紙の書式を無視していた。

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横書きの手紙なのに、相手の名が行末にきている。

すぐにメーカーに連絡したが、

担当者いわく、キャリアのある手紙の先生の指示によるという。

文房具メーカーの社員だからといって、

文房具を使いこなしているはずはないが、

それにしても、

チームとしての準備性がなさすぎる。

電話に出た人は、いっこうに非を認めず、

この路線で行くと言い張る。

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生まれる日本語表現、壊される日本語表現。

鴨長明が「方丈記」で述べたように、

「淀みに浮かぶうたかた()は、かつ消え、かつ結びて、

久しくとどまりたる例(ためし)なし」

であって、コトバも同様。

「神泡。」に見習って、コトバでビジネスを行なう者は

「神コトバ。」を目指したい。

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# by rocky-road | 2021-01-17 22:41 | 大橋禄郎  

栄養士だって・だから「哲学する」

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恒例の「パルマローザ 新春セミナー」で

終日、お話をさせていただいた。

演題は、「栄養学を『哲学する』と見えてくること。」

2021110日 横浜市技能文化会館)

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哲学の定義はむずかしいが、

いくつかのポピュラーな国語辞典などから引用した。

その1つは、

『新明解 国語辞典 第六版』(三省堂)

「哲学」とは……

①宇宙や人生の根本問題を理性的な思弁により突き止めようとする学問。

②自分自身の経験から築き上げた人生観(世界観)。

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もっと簡略化すれば、

「この世の神羅万象を理性的に分析し、
理解すること」であろう。

「哲学」という熟語は動詞的で、

「知を愛する」「考えることを愛すること」である。

したがって、

もちろん、栄養学を「哲学する」ことも、
健康を「哲学する」ことも、

食事や食事相談を「哲学する」こともできる。

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栄養学や栄養士、そして食事相談や健康相談は、

最終的には、人の健康、人の幸せを支えることだから、

もろに哲学的である。

「栄養哲学」という学問ジャンルがないのが
不思議なくらいだ。

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わかりやすくするために、

こんなイントロクエスチョンを試みた。

同意するものに「〇」を、同意しないものに「」を。

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1)(  )哲学には「知を愛する」の意味があり、

      したがって、愛知県人はおおむね聡明である。

2)(  )栄養学はエビデンスを重んじる科学だから、

      文系の哲学とはなじまないところがある。

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3)(  )哲学とは知識を学ぶものではなく、論理的思考法であり、

      真理を求める探求心である。

4)(  )大学などで教える「哲学」は、おもに「哲学史」であって、

      「哲学」そのものではない。

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5)(  )「哲学」が示す真理は、

      各国のことわざや格言の中にも少なからず含まれている。

6)(  )哲学的思考法を持たない栄養士は、

      ダメ出し型、栄養素士型になる傾向がある。

もちろん、みなさん、全問正解である。

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かねがね頭にあるのは、

哲学の解説書も多く書かれた

田中美知太郎(19021985年 西洋古典哲学専攻)

昔、『文藝春秋』に書いていた

「哲学は一般論として普及したのは後のことで、

当初は、個別相談によって、

それぞれにしかるべき解釈や打開策を示していた」

という説。

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このくだりを読んだとき、

「いわばカウンセリングだな」と思った。

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最新の栄養学も、

すでに得た科学的知見をもとに

生活者の実践的スキルとして普及するのが、

21世紀における主要な仕事の1つではないかと思う。

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「健康とはなにか」「健康寿命の意味とはなにか」

「生きがいとはなにか」

これらは、かつてはまさしく哲学の領域。

それを一度でも考えた栄養士と、そうでない栄養士とでは、

まずは本人の「人生の質」や、

人への影響力において大きな差が出る。

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講義では、こんな事例を使ってみた。

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哲学用語に「演繹法」(えんえきほう)と「帰納法」(きのうほう)

という思考法がある。

演繹法とは「肥満はエネルギーの過剰摂取によって起こる」

という命題(テーマ)に素直に従いすぎると

「あなた、間食をしてはいけませんよ」

というような結論の出し方になったりする。

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これに対して帰納法(きのうほう)では

「Aさんは残業のときに夜食をとる習慣がある」

Bさんは晩酌にビール1缶と日本酒2合を飲むことが多い」

などの事例を重ねることによって、

「肥満はライフスタイルの中に原因がある」
のような結論になったりする。

問いかけは、帰納法的思考法といえる。

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振り返ってみると、

この種の思考は、もともと好むところで、

以前(1993)、ダイビング雑誌で、

「海と人生」というコラムの連載を
33
回にわたってしたことがある。

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「ダイビングの費用は投資か浪費か」

「魚たちとどう健康的につき合うか」

(人は)なぜ海に潜るのか」

などについて語った。

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いつか来た道で、

これを栄養士に置き換えれば、

限りなくテーマは広がる。

「ダメ出し栄養士と問いかけ栄養士とはどこが違うのか」

「栄養士が身だしなみを整えることにどんな意味があるのか」

1人職場の栄養士のライフスタイルは?」

などなど。

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いやいや、「いつか来た道」ではなくて、

こういうことは、つい先日(202010)出した

『栄養士のための ライフデザインブック』でも

論じたばかりではないか。

いまも歩いている真っ最中、っていうこと。


そうでありました。 



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同書は、未来に向けて十二分に
「哲学し続けていた」のである。

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新春セミナーでは、

「同書を読みましょう」などと

野暮なことは言わなかったけれど

(実は、この本との関連を見落としていたのだが)

「哲学書はとっつきにくい」という人には、

超近道の方法として、

とりあえずは「故事・ことわざ辞典」などを座右に置くと、

哲学的思考のオードブルくらいにはなるかもしれない、

とおすすめしておいた。

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「衣食足りて礼節を知る」

「急いては事を仕損じる」

「情けは人のためならず」

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「木を見て森を見ず」

「ローマは1日にしてならず」

「結婚へは歩け、離婚へは走れ」

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「戦争に行く者と結婚する者には、けして忠告をするな」

「金がなくて恋愛結婚をすれば、楽しい夜と悲しい昼を持つ」

「秋なすは嫁に食わすな」

哲学だねぇ。

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# by rocky-road | 2021-01-13 18:49 | パルマローザセミナー  

「待ってました!!」

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食コーチング、講師養成講座、第8回は、

「自由テーマによる講話」の演習であった。

(1220日⦅日⦆横浜市技能文化会館)

この演習を振り返っておこう。

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事前にお伝えしておいた課題は、以下のとおり。

1.課題 「自由テーマによる講話」

  講座受講の方々を対象とする、有効なお話。

  「健康」「栄養士」の隠しテーマがあることが望ましい。

2.テキストはA4用紙1枚(厳守)

 時間内に収めるのには、柱(項目)は2本~3本が限度。

 テキストを30枚(全員分)、各自でコピーして、

 当日、全員に配布。

3.その日の講話の導入になるイントロクエスチョンを

  3問、テキストのトップに配してください。

  3問中1問は「笑える」クエスチョンを試みてください。

4.講話時間、お1人 20分以内。

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「イントロクエスチョン」は、

大橋のオリジナルで、聴衆の気分をほぐしたり、

講話や講演を聞く心の準備をしていただくのが目的。

みんなが答えられる内容であること、

「正解」「不正解」を問うのではなく、

「同意するものに『〇』を、同意しないものに『×を」

のように、相手の意志を尊重した聞き方をすること、

などが注意点。

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たとえば、栄養士に好ましい食事相談のスキルを
伝えるセミナーであれば、

イントロクエスチョンはこんな具合。

.(  )食事相談の目的は、正しい食事法を

     知ってもらうことだから、栄養士自身、

     「食事の栄養バランス」を保つ指針を

     実行していることが望ましい。 

2.(  )上から目線の話し方にならないように、

     椅子は相手より30センチよりも低いものを選んで

     座るようにしたい。

.(  )相手の状況を把握することなく、

     最初から「教えてあげよう」という姿勢で

     食事相談に臨むのは好ましくない。

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講演などでは5問~8問程度を用意し(持ち時間による)

1つ1つについて「〇と思う方、お手をあげてください」

などと聞いて、そこで設問の意図を話す。

大事なのは、その日の受講者の属性(男女比や年代、職業)

などによって、よりふさわしい問題を考えること。

ちなみに、上記のイントロクエスチョンの回答は、

1「×」 2「×」 3「〇」

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1」は「食事相談の目的は、正しい食事法を

    知ってもらうことだから」の部分が不適。

    食事相談の目的はそのつど異なる。

    「正しい食事法を知ってもらう」ことが目的とは限らない。

    後半の「『食事の栄養バランス』を保つ指針を

    実行していることが望ましい」という部分は

    そのとおりだからOK。

    前半と後半をねじらせた、ひっかけ問題。

    設問に多少、ワザがいる。

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「2」は、いうまでもない。物理的高さの問題ではなく、

心理的な、またはマナーとしての高低差の問題。

「3」は、もちろん「〇」。

今回は講話のスキル以前の問題ながら、

テーマの決め方と、

テキスト作りのほうにポイントを置いた。

一般には、「テキスト」のことを「レジュメ」と

誤って使っている場合が多い。

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「レジュメ」(r
ésumé)
はフランス語で
「要旨」や「要約」のこと。

履歴書を指したり、
会議やイベントの要旨を事前に示すものであったり、

プレゼンテーションや講演を

事前または事後に伝える内容の要約であったり。

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発表された8名の講話のタイトルは以下のとおり。

*「3実」

*「ある老人ホームから見る長生きの秘訣。」

*「白Tシャツにジーンズの似合う女性になる。」

*「障がい福祉 食サポートの立場から。

  --それぞれの『健康のカタチ』を導くために--

*「クライアントの立場からもっと楽しむ5つの提案。」

*「特定保健指導のクライアントのライフスタイルと健康。」

*「栄養士のための『家島』の歩き方。」

*「マッチングアプリの写真から見える男性の健康度。」

*「病院栄養士が訪問食事相談に行く。

 --ネコと生活を続けたいAさんをサポートして--

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1日目の発表者全員のテキストのタイトルに

句点(「。」)があるのがおもしろい。

けっして指示したわけでもないのに。

影山さんや大橋の影響と思われるが、

世間では、タイトルに「。」を入れないのが一般的だから、

ときに「変な表記法!」と、
首を傾げられることがあるかも。

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テキストの話に戻ろう。

講義や講演の現場で使うペーパーを

「テキスト」という人はどれくらいいるのか、

他のことはわからないが、

私は約30年前の、大学の非常勤講師時代から今日まで、

学生や受講者、塾生に当日配布するものを

「テキスト」と呼んで、その方式を踏襲している。

レジュメとテキストとは目的も形式も違う。

パワーポイントをコピーしたものを「レジュメ」と称し、

それを当日も使う講師が多いが、こんなのは問題外。

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講話・講演に使うテキストは、

それ自体が1つの独立した「作品」と心得る。

そもそも講義というものも、

その日、その時のパフォーマンス作品である。

「またこの次」はない。一発勝負である。

だからこそ、時間をかけてじっくりと作る。

私の場合、講義の予定日の数か月前、

講演なら依頼を受けた数日後からテキストづくりに着手し、

1年~数日前まで、制作を続ける。

あるテーマについて、
だれよりも長く、

だれよりも深く考えたという自負が生まれるので、

自信をもって講義ができる。

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講話、講演のウマい・ヘタのチェックポイントは多々あるが、

私の場合、テキストも大きな評価点になる。

用紙の厚さ、サイズ、紙面のデザイン、

タイトルのつけ方、全体の構成、分量、綴じ方など。

テキストを見れば、

その講師の力量は数秒でわかる。

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ときに、「内容を盗まれるから」といって、

テキストには、ちょっとしたキーワードしか

書かない講師がいるが、

こんな講師は、貧弱なアイディアしかないからこそ

それを守りたがるのである。

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テキストは「作品」だから、

それがどこへ持っていかれようと、

オリジナリティはビクともしない。

どう利用されようが、

自分のような説明はできるはずもない。

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そういうことを学んでいただきたいので、

「食コーチング 養成講座」では、

テキストづくり、プリントや配布の方法まで、

実体験していただいた。

A4、1枚だけのテキストながら、

準備性が歴然と出た。

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どこでコピーしたのか、

平安時代の古文書のような薄いインクのものから、

私のテキストだったかと錯覚するほど

大橋流のデザインであったり。

これから講演の機会がふえるはずの人が、

こういうテキストづくりを経験しておくことの意味を強く感じた。

講演は、日本人またはアジア人の苦手スキル。

明治維新まで、

このような形式の「1人しゃべり」(司馬遼太郎さんのコトバ)

日本にはなかった。

あえて探せば、

禅宗の法話をするめために

トレーニングを受けた僧侶(俗に「説教坊主」)

全国に派遣されていた、ということくらいか。(司馬説)

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福沢諭吉が「スピーチ」を「演説」と訳して以来、

1人しゃべり」文化が始まった。

それからようやく150年、

民主主義時代から数えれば、わずか75年。

まだまだ「これから」である。

だからこそ、スキルアップをしたい。

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それをするのが

政治家でも学者でも、教員でもなく、

栄養士であり、健康支援者であることに

なんの不都合もない。

さあ、「待ってました、栄養士!!!

(講演会では、こういう掛け声はかけないこと)


# by rocky-road | 2020-12-27 23:43 | 食コーチング師養成講座  

人生は同時進行。

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パルマローザのみなさんからいただいた

沖縄旅行プレゼントを

2020年ぎりぎりのタイミングで活用することができた。

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12月ながら、

スノーケリングのチャンスはあると見込んで

3点セット(マスク、スノーケル、フィン)を用意したが、

珍しく長期の曇天と強風のため、

伊江島でのスノーケリングはあきらめざるを得なかった。

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しかし、沖縄の4泊5日間は一瞬である。

パルマローザのハッピーな人たちと一緒に

高級ホテルライフ、ビーチ歩き、

水族館、美ら海公園歩き、

焼失後の首里城と周辺の公園、

ショッピングなどなどを満喫した。

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コロナ禍の国際通りを見て、

観光県のダメージの大きさを実感した。

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当たり前のように行き交った外国人、

とくに中国人の姿は皆無に近い。

これまで、

夜遅くまで開いていたみやげ物店には

午後6時で店を閉め始めるところが何軒もある。

商店の半分は閉店した、という地元の人の声も聞いた。

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政府が、ポピュリズム(大衆迎合主義)をとらずに

いまだに「Go to travel」を続ける意味がわかった。

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ニュースは、多くの病院で、

コロナ患者や一般患者の受け入れが限界のところまで

きいてることをしきりに伝えるが、

日本全体で見れば、

収入減や収入ゼロによる困窮状態に陥る人が

コロナ患者の数万、いや数十万倍は生まれているはずで、

その人たちの命やモチベーションをとどめる手を

1秒でも離すことができないのが現実であろう。

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街の声は、

「まずはコロナを収束させて、

それから経済にとりかかればよい」という。

もっともらしく聞こえるが、

人は、職場を失ったり、経済的に困窮したりすると

生きる希望を失ったり、そして死んだりもする。

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警察庁速報によると、

2020年は、前年に引き続いて自殺者が減少傾向にあったが、

今年7月以降は前年比を上回り、

この5か月間(11月まで)は、

連続して月に1500人以上の自殺者が記録されている。

すべてコロナ関連によるものではないにしても、

因果関係のある事例は少なくないだろう。

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この惨状を訴える「医師会」や「政府諮問会議」もないので、

人々は「Go to travelなんて言ってる場合か」

「ロックダウンでもなんでも早く手を打つべきだ」と、

シンプルに言う。

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政府が能天気に「travel」だ「eat」だと

促しているように見えるけれども、

地方の商店街、いやいや都市のど真ん中にいても、

解雇されたり収入が激減したりした人はゴマンといるはず。

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国際通り近くの店で買い物をした人は、

店を開いている夫婦が、

「助かります、ほんとうに……」と
何度もいうのを聞いたという。

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Go to travel」は、

各地に生活資金とモチベーションを運ぶ

システムにもなっている、ということだろう。

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危険は伴う。
イチかパチか、人生には危険はつきもの。

同時進行的に歴史は動き続ける。

どんな状況でも、

考えること、動くことはやめてはいけない。

どこかできっと突破口が見つかるはず。

あしたのことはわからない。

そこに人生のおもしろさがある。

去年の10月、

首里城をバックにみなさんの写真を撮った、

その1週間後に、

そこは焼失した。

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が、それで「一巻の終わり」ではない。

いまも人々はここに来ているし、

自分もそこにいる。 

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今回の旅からも、

いろいろと学ばせてもらった。

バースデープレゼントに感謝、感謝である。

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# by rocky-road | 2020-12-11 19:18 | 沖縄  

あなたの「食事力」は?


1128日、

82回食ジムが終わった。

テーマは以下のとおり。

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食育は定着したか。

今後、栄養士は食育にどう対応すればよいか。

座長/米澤 須美さん

アドバイザー/大橋 禄郎、影山 なお子先生

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1.親から受けた食に関するしつけのうち(今日の食育)、
  「これは正解だった」と思えるのは、「これ!」

2.「お里が知れる!」 ――
  あの人の、あんな食習慣、あんな食感覚、
  あんなマナー、あんな食べ方、事例集。

3.ニッポンの「食育」の現状 ――
  「ここはグッド」「ここはノー グッド」と感じるところ。

4.私が子どもにしつけたい(しつけている)、
  こんな食習慣、こんな食感覚、
  こんなマナー、こんな食べ方。

5.栄養士として、「食育」を、
  どのようにレパートリーに加えればよいか。

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経過については、

パルマローザのホームページに常設の

「活動結果レポート」に譲って、

ここでは「食育論」に絞って考えることにしよう。

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教育の原点は、本来、家庭にあった。

農業の家庭の子も、漁業の子も、林業の子も、

物売り家業の子も、泥棒家業の子も、

親の仕事を手伝うことを通じて、

生きるための知恵や技を身につけた。

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しかし、算術や読み書き、

モノの見方や考え方を学ぶ必要が感じられるようになり、

寺子屋のような、私設の塾ができた。


それが学校のルーツだが、

子供を学校に預けると、

親は多くことを学校に任せるようになる。

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「先生からも言ってやってくださいよ。

こいつ、朝寝坊ばかりして

起こしても起きないんですよ」


「うちの子、学校に行きだしてから

ちっとも仕事を手伝わなくなったんですよ。

先生からもキツく叱ってください。叩いてもいいですから」

こんなふうにして本末転倒が起こる。

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学校給食も、

もともとは、お弁当を持ってこられない家庭などのために

生まれたと聞くが、

ここでも本末転倒が起こる。

「好き嫌いが多くて困っています。

先生からもキツく言ってくださいよ」

「うちの子、食べるのが遅いでしょ?

サッサと食べるようにしつけてください」

「あの子、かぼちゃがダメなんです。

ナニか、ほかのものと替えられません?」

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こういう歴史を見れば、

「食育」の方向性も予想できた。

食育基本法の成立理由はこうだ。

家庭での食事は情緒や人間性を育むうえで

重要な場面であるも、人間性を身につける場だ、と。

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しかし、都市化と核家族化が進み、

家庭には、おじいちゃんやおばあちゃんが少なくなり、

「わが家のしきたり」を伝える人が激減した。

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都市化によって、

女性は主婦専業から

周辺にある職場に通うようになる。

こうして、ニッポンの家庭では、

わが家の味や伝統を伝える親が忙しくなった。

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幸か不幸か、

お母さんが食事をつくらなくても、

冷蔵庫があり、電子レンジがあり、

コンビニがありで、

「食べたいときが食事時刻」となった。

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燃料が不十分のときは、

調理後、温かいときに全員集合が当たり前だった。
が、やがて「チンして食べておいて」となった。

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「食育」のステージは風前の灯。

このピンチを救うために

学校がひと肌脱ぐ、そういう法律ができた。

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しかし、学校給食の歴史でもわかるように、

人に任せるようになると、

依存度が高まるのは世の倣いであって、

やっぱりここでも、

「先生、うちの子、お箸の持ち方、ヘンでしょ?

正しい持ち方、仕込んでやってください」
「お月見団子、おいしかったって。

でも、先生、ノドに詰まらせた子がいるそうですね。

うちの子、だいじょうぶかしら?」

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学校では、

国語、算数、理科、社会……と

いろいろの科目があり、

中学生にもなると、

専門の先生が配置されるようになる。

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それに倣えば、

食育でも、

*食卓コミュニケーション、

*買い物スキル、

*お食事のお手伝い、

*食器の扱い、

*環境汚染対策、

*生産・流通など、

いろいろの教科が必要になる。

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そんなことまで1人、2人の先生に任せられても、

手に負えるはずもない。

そこで学校は、

専門のコーディネーターに助けてもらうことになる。

かくして、

「食育」は、家庭ではなく、

学校でもなく、社会が行なうものとなる。

「家庭は遠くになりにけり」である。

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対策は、

各職場で「父親学」「母親学」を学ぶ場をつくること。

高齢者への「食育」よりも先に手をつけるべきであり、

そのほうが食育効果はあがるだろう。

大人が磨くべきは「食事力」である。

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食材、食事を選ぶ力、

定刻に食事をとる力(習慣)、

1日に、なにをどれくらい食べるべきかを

把握する力、

人と語り合って食事を楽しむ力(習慣)、

体重を適正に保つ力などなどを総合したものが

「食事力」である。

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「食事力」をだれが推進するのか、

栄養士のほかに、だれがいる?

いやいや、そう言っちゃぁオシマイヨ。

「食事力推進士」というような国家資格と、

それを組織とする行政システムが必要だろう。

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そのためには、

「食事力」をもった大人を

ゴマンと育てなければならない。

たれが育てるの?

話は遠い未来の、先の長~い話である。

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# by rocky-road | 2020-12-02 23:51 | 「食ジム」