『栄養と料理』は、生涯現役。

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『栄養と料理』の6月号が5月9日に発売された。

1935年創刊のこの雑誌は、

今年、米寿を迎えたという。

雑誌にも還暦がある、というのはおもしろい。

「料理」といっても、

栄養学とセットになっている理系の要素がある雑誌が、

「米寿」だという、

そのミスマッチな発想は、洒落ていて賛成である。

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蛇足ながら、米寿を迎えた『栄養と料理』は

私より1歳年上のお姉さんである。

6月号では、スペシャル企画として、

歴代の編集長からのコメントを掲載してくれた。

自分が編集長であった時代、

こういうアイディアが生まれたかどうか、

やや心配。

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取材は、メールでのインタビューではあったが、

そのおかげで、時間をかけて

自分の編集長時代を振り返えることができた。

登場した元編集長は、私を含めて4名。

3人は私の後輩の人たち。

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私の前任編集長は、岸 朝子さん。

彼女は、女子栄養大学出版部退職後、

フジテレビ系列の「料理の鉄人」という番組のレギュラーとなって、

広く知られる人物となった。


その岸さんは2015年に91歳で他界されたので、

『栄養と料理』の元編集長で、

私の先輩編集長で生存している人はいない。

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当時、趣味のスノーケリングとの関係から、

㈱水中造形センターの編集のお手伝いをしていた。

この会社は、『マリンダイビング』という雑誌を発行していたが、

社長の舘石 昭さんが、本気で出版活動を広げたい、

とのご意向を示したので、

新しい雑誌や出版物の企画や編集に協力することになった。

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舘石さんは、日本における、プロの水中カメラマン第1号で、

水中写真のプロダクションを開設して、

映画の水中シーン撮影の請け負いや、

水中写真のフォトライブラリーとして、

フイルムの貸し出しなどをしていた。

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私の参加で、この会社に出版部門が生まれ、

雑誌では『海と島の旅』や『マリンフォト』、

書籍では『沖縄 海の旅』 『ニコノス フルガイド』などの

刊行物がふえていった。

これらの企画・編集に30年近く、かかわることになる。

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こういう時期だったので、

勤務先の女子栄養大学出版部で

『栄養と料理』の次期編集長候補として

名前があがり始めたころは、

会議などでは発言を控え、

顔をあまりあげないようにしていた。


しかし、けっきょくは指名され、

以後、通算10年間、

『栄養と料理』の編集長を務めることになった。

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さらに、書籍編集課長を兼務する時期があって、

『食品の塩分早わかり』から始まった「早わかり」シリーズや

その他の単行本のプロデュースもした。

「早わかりシリーズ」は、いまも続いているようである。

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40~50代というのは、

心身ともにタフな時期で、

食、健康、ダイビング、海の旅……

という、分野違いの複数の雑誌、書物を担当しながら、

スノーケリングの旅を続け、

クラブを運営し、それ以外にも、

ダイビング組織の連絡会議を立ちあげたり、

水中映像のサークルや、

水中写真の定期的な発表会を開いたり、と、

疲れを感じず、よく動いた。

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今回の『栄養と料理』のインタビューに

当時、出会った筆者や、誌上で扱った記事で

「印象深かったヒトやコトは?」という問いかけがあった。

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お答えしたのは、スペースの制約のため、

豊川裕之(ひろゆき)・東大医学部助教授(当時)と、

足達淑子先生(福岡市東保健所予防課課長/当時)のお2人。

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もっとあげられるのであれば限りないが、

そのうち、さらにお2人と限れば、

摂食障害に関して、

鈴木裕也(ゆたか)先生(埼玉中央病院内科医長/当時)、

料理の位置づけに関する見解で

森本哲郎氏(評論家。元・朝日新聞編集委員/当時)。

この方々からも、今日につながる多くの示唆をいただいた。

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さて、前述の

豊川先生からは、「健康は目的ではなく手段」という指摘を受けた。

当時、『栄養と料理』の表紙のキャッチフレーズに

前任者から受け継いだ「食事で健康を」謳っていたので、

先生の指摘は強い刺激となった。

現在、大橋は、「健康の6大要素」を提案しているが、

その発想の主要部分は、豊川先生の示唆による。

晩年の先生には、その旨をお伝えした(いまは故人に)。

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足達淑子先生からは、行動療法を学んだ。

「行動」には血流や拍動、意志など、

見えない「行動」が含まれること、

「モチベーション」(行動の動機)の幅の広さ、

ライフスタイルの意味などは、

現在のわが健康論の基礎となっている。

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「摂食障害」については、

編集長在任中に、精神医学の雑誌でその問題を知り、

これは『栄養と料理』でも扱うべきテーマだと思った。

なかなか専門医が見つからず、

あちこち当たった結果、鈴木先生にたどりついた。


摂食障害を記事にすると、

ご当人や親御さんから手紙や電話があり、

毎日、その返事に追われた。

しかし、長電話の相談を受けているうちに、

カウンセリングのなんたるかを知らず知らず学んだ。

テレビの取材のオファーもあったが、

個人情報満載の事案のため、もちろんお断りした。

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読者からは、

「私は、そこから復活したから、その手記を発表したい」

とのアピールがあった。

それは読者のためになる、と思って掲載したが、

すぐに親御さんから電話があって、

「治ってなんかいない、いま真っ最中!!」との

お叱りを受けた。

「治りたいから、その振りをするのだ」と。

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その後、障害に苦しむ人や親御さんたちと

接触を繰り返すうちに、

この病の遠因は、

当人の両親の夫婦関係にある場合が多い、

ということを学んだ。

コミュニケーションの少ない、冷めた夫婦、

リーダーシップが希薄な父親などが、

子供たち(おもに娘)の心の安定を失わせる、と。

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摂食障害は、多分に精神医学の領域で

栄養士の守備範囲ではないが、

実際には、栄養士に相談を持ちかけるケースは多かった。

そのことから、

栄養士にも「カウンセリング」のスキルが必要と思った。

そこで、栄養士を対象とした「カウンセリングセミナー」を開催した。

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教育を専門とする大学のシステムを通さずに、

編集部が独自にセミナーを開催することには

当然、反対があると危ぶんでいたが、

稟議書はすんなり決済された。


さて、話は変わって

1回だけのインタビューに終わったが、

森本哲郎氏の着眼には大いに納得した。

森本氏の弟は、元NHKのアナウンサーで、

のちにフリーになった森本毅郎氏。


当時、コンピューター用語の「ハードウエア」「ソフトウエア」が

普及し始めていたので、

哲郎さんは、「料理そのものはハードウエアですね。

レシピどおりに作れば、だれもが同じものが作れる。

しかし、そのお料理を人に出すとき、

どういう出し方をするか、つまりソフトウエアによって

おいしさは大きく左右される。

『栄養と料理』は、こういう点にも配慮することです」

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この着眼はおもしろいと思った。

盛りつけ、献立、供するときの声かけなどによって

「おいしさ」は大きく変わってくる。

人の心とサービス精神の大切さを、

うまいたとえ話で伝えてくださった。

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思い出語りはキリがないので、

このあたりでフィナーレに入りたいが、

戦中、戦後、そして出版不況などを越えて

わが『栄養と料理』が米寿を迎えられた理由はなにか。

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ふと思い出したが、

『栄養と料理』をまねた『料理と栄養』という雑誌も

創刊されたことがある。

が、コンセプトも気合も希薄な雑誌は、

ほんの数号で消えていった。

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したがって、

人間に欠かせない「食と健康」を扱いさえすれば、

安泰とはいかない。

情報の正しさ、読者に迎合しすぎない、

しかし、一定の方向を示しうる

〝あと押し型〟リーダーシップを失わないこと、

などなどは欠かせない。

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しかし、それだけでは決め手にはならない。

大学に所属する出版部という点も、

利点になっていることだろう。

独立した出版社であったら、

この苦境には耐えられないかもしれない。

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ここだけの話、

もしいま、編集長をふたたび任せられたら、

さらに話題性のある魅力的な雑誌にして、

健康寿命をさらに延ばしてあげるのに。

お互い、高いモチベーションで、現役を続けよう。

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# by rocky-road | 2023-05-13 17:42 | 女子栄養大学 『栄養と料理』編集長  

2023年 パルマローザ・フォトコンテスト 入選作品 発表。

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講評

4月29日、横浜・山手にある

サンモール・インターナショナルスクールからスタートして、

山下公園まで、移動範囲の広い写真教室でした。

サンモール・インターナショナルスクールの

「フードフェア」は、コロナ禍で休止していたため、

久々の撮影地になりました。

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「以前と変わらず」と言いたいところですが、

出し物の質も量も、やや小さくなったように感じました。

しかし、人出は相変わらず。

そのため、混雑の中で撮影対象を絞るのが

むずかしかったかもしれません。

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見慣れた景観の中から、

ユニークな作品を生み出すのは辛いことで、

応募作品には抜きんでてユニークなものは

見当たりませんでした。

しかし、当落のハードルを下げることは避けたいので、

今回も、「金賞」該当作品は「なし」としました。

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もう16年続いているにもかかわらず、

タイトルのネーミングには1ミリも進歩がなく、

あいかわらず、

写真をコトバで説明するだけの、

味も素っ気もないものばかりでした。

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おそらく、

カメラマンを対象に、

ネーミング指導を行なう場は皆無に近いので、

進歩がないのはやむを得ませんが、

それでも、

世のカメラマンたちは、

それなりにがんばってネーミングをしています。

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やはり、なんとかしてもらわなければなりません。

そういう他人事のような言い方はやめて、

なるべく近いうちに、

「ネーミングセミナー」のようなものを

開催したいと思います。

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私は、ダイビング雑誌には、

何回か水中写真のタイトルのつけ方論を

書いていますし、

このパルマローザのフォトコンテスト発表のときには、

タイトル論を書いています。

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短歌や俳句の国・わが日本ですが、

写真、絵画、楽曲のネーミングのレベルは

相当に低いことを認めざるを得ないでしょう。

(世界の事情はわかりませんが)

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さて、以下は入賞作品の発表。


入選作品発表(敬称略)――――――――――――――――――


銀賞

港の香り。

甲斐 和恵

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選評】 

キャリアを感じる構図のしっかりとした作品。

遠景に海、豪華客船という切り取り方で

横浜らしさを的確に表現している。

タイトルも、端的に臨場感を表わしていて成功。

金賞のためには、意表を突くユニークさが必要。

銅賞

ハマでバーガーコミュニケーション。
三上 聡美

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選評】 

記念写真かスナップ写真か、

これだけを見ると判断ができないが、

現場にいた者からすると、

あの混雑の中からこの2人を見つけて

カメラを向けた根性は評価できる。

2人の柔らかい表情もいい。

タイトルはひねっている割にはシャキッとしない。

「アメリカ生まれの……」とか。


佳作

フードフェアの人気者

みなきまゆみ

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【選評】

対象に思い切って寄ったショット、

その寄りのおかげで記念写真から作品へと変わった。

横の泣き顔の子の意味はわからないが、

深刻な表情ではなさそうだ。

タイトルも、意味不明。


佳作

笑顔はじける。

小梅幸枝

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選評

動きの速い一瞬をタイムリーにとらえた。

欲を言えば、バチを持つ男性の右手の先まで

画面に収めたかった。

タイトルの「笑顔」、それがテーマなのか。

「躍動の響き」などもある。


佳作

横浜マリンタワーは私のもの。

影山なお子

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選評

明るい1作。よく考えた構図ではあるが、

欲張りすぎたためにテーマが分散した。

花、ポーズする人物、マリンタワー。

「私のもの」を表現するなら、

花は省いて(バックにあってもよいが)

タワーに足をかけるなどしてみてはどうか。

タイトルはシンプルに

「私のマリンタワー」としては?


佳作

太鼓の音と満面の笑顔

三奈木博文

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選評

踊る女性のポーズと表情をよくとらえた。

手の動きは想定しにくいが、やはり切れないほうがいい。

太鼓の人の切り方も気になる。

もう少し右に寄って、女性のやや後ろに

太鼓を打つ人の姿を入れたかった。

タイトル、コトバで説明しなくても、写真がすべてを語っている。

「ドンドコ 行け行け」「連打・連舞」などはいかが?


今回はここまで。

(選外作品については追って講評。

全応募作品は、影山なお子さんのブログ

「スタンバイスマイル」で紹介中)

スタンバイ・スマイル (exblog.jp)


# by rocky-road | 2023-05-07 21:05 | 写真教室  

ヘルス映像学会 発足か。

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パルマローザの写真教室は、

今年で16年を数えた。

栄養士、管理栄養士が16年間、

写真撮影のトレーニングを続けている例は

世界にどれくらいあるのだろうか。

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世界は広いから、

登山だの、ボウリングだの、カラオケだの、

専門以外の余暇活動を続けるグループは

少なからずあるはずで、

そのことによるモチベーション、健康向上の効果は

想像以上に大きいものがある。

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であるならば、

「栄養士と写真撮影」にはどんな意味があるのか、

それを証明する必要があるだろう。

幸か不幸か、

いまのところ、そのことに気づいている人は、

あまりにも少ない、いや皆無に近い。

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しかし、「食と健康」と「写真」との関係は、

5秒も考えればわかること。

その第1は、料理や献立の写真の利用。

記録として撮っておく、

それを献立表やチラシに使って

利用者(生徒・保護者、病院、各種施設)に

情報として提供する。

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栄養士に限らず、

食にかかわる職種は、

写真を活用する機会が多いことは明らかである。

いやいや、そうではない。

写真を使う必要のない職業など、

実際には、この世に「ない」と言い切っていい。

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総理大臣、農林水産業、弁護士、税理士、

交通機関の従業員、教員、刀鍛冶、

美容師、理髪師、医師、軍人、

スーパーマン、ウルトラマン……

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しかし、現実には、

写真の活用法に気づかない、

または撮影技術がない、

人や業種が圧倒的に多いと、きたもんだ。

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いまは、100人中99人が

スマホカメラを持っているという時代である。

ほうっておいても、その活用法が広がりつつあり、

それが個々人の身体機能の発達、維持、向上に

深くかかわっていることを示す研究報告が

遠からず発表されるはずである。

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ただ、心配なのは、

飲酒経験や、コーヒーを飲む習慣が

「成人病」のリスクではなく、

むしろ、メリットになるという研究のように、

とかく飲食物の成分のほうに原因を求める傾向があるから、

写真撮影の場合にも、

うっかりすると、

そのメリットを小さくとらえる可能性がある。

(ここでは、意味あって「生活習慣病」という用語は避け、

あえて「成人病」とする。理由は後日、ここで)

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因果関係を、対症療法的に、

小さくとらえるもう1つの事例としては、

カラオケが健康上のメリットとして、

「肺活量」が云々と、述べる医師がいた。

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どうも「娑婆」(しゃば)やライフスタイルについて

知識も思考も経験も少ない研究者は

その要因を浅薄にとらえる傾向がある。

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で、以下は、写真撮影の習慣が、

人間の心身の健康にどれくらい有効か、

という仮説である。

いつか、健康論として参考にされる日がくることを予想して、

述べておきたい。

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ちなみに、昔の著名カメラマンは、

こんな名言を残している。

「写真はフットワーク」

「写真はスポーツである」

「写真はコトバで(口で)撮る」

(モデル撮影など。「いいよ、いいよ、

いっそ、そのシャツ、脱いでみようか」)

「写真は、現在・過去・未来を撮る」

「水中写真はダイビング技術で撮る」

「水中写真は〝待ち〟である」

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以下、「写真健康論」を。

1.まず、わが持論、

「好奇心」は、内的に自然に生じるのでなく、

その情報を人に伝え、受け入れられたときに、

生まれたり強化されたりする。

近年、事件があると、

かならず「スマホカメラマン」が、

報道担当となって現場の状況を発信する。

「知らせたい」「知らせられる」という動機が

好奇心を募らせるのである。

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2.流動する世界の様子を、

静止画像として記録する意味。

カップに注いだミルクの表面に

1滴が落ちたとき、

その表面のミルクは王冠のように跳ねる、

その瞬間を撮ったカメラマンがいた。

物理現象の、なんという美しさ。

(いまは、撮影方法まで、ネットで知ることができる)

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日常生活では、

事故を起こして逃げ去る車のナンバーを

証拠写真とした一発写真。

路上で交通ルールについて口論中、

道端の棒を持って向かってくる相手の写真を撮って、

警察で証拠品として提示したために

一転して自分が絶対有利になった一発写真。

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すなわち写真は、数秒後に起こる現象・事象を

予測したり決定したりする能力を発達させることになる。

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3.俯瞰ポジション、反対側のポジションからの視点。

人間は、飛行機を発明する以前から、

鳥の視線で地上を見ることができた。

そこから地図が生まれた。

そしていまは、自撮りシャッターや自撮り棒、

さらにはドローンを使って、

山頂やエントツの上、万里の長城の上に立つ

自分や自分たちを撮ることができる。

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あるいは、橋の上に立つ自分たちを、

橋の向こう側から撮る……

居ながらにして、向こうから見た自分を想像する、

脳内に、別の視点をもつ意味は、

動物としての感受性、人間としての客観性、

言い換えれば、

「心の目」をもつことによる

認知機能上の利点は計り知れない。

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4.美意識、構成力を強化する効果。

異なる視点をもつことの、もう1つの利点は、

角度により、位置により、

独自の美的・構成のおもしろさを発見できること。


主たる被写体と背景、周囲の景観、事物との関係を

オリジナリティのある構図として記録することで、

広くて深い視野をもつことができる。 

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5.自分の人生の歴史をジャンルごとに保存する意味。

私の例でいえば、

写真歴が続くにしたがって、

いろいろのホルダーが生まれる。

「Rocky ヒストリー」「食ジム」「エンパル」

「シーズン」「横浜風景」「パルマローザ」

「水中写真」「沖縄水中」「能登水中」「半水面」 

「料理・食品コレクション」「花コレクション」「写真教室」

「ロッコム文章・編集塾」「広島コミ研」「ブログ素材」などなど、

写真のホルダーだけで80項目ほどになった。

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年ごとにカテゴリーをふやしてゆくことは、

認知機能の活性化につながることだろう。

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6.ネーミングによって言語表現を刺激する効果。

これは一般的には知られていないが、

フォトコンテストに応募するときは、

タイトルが必要になる。

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ネーミングは、作品の質とは無関係だが、

コトバとは無関係な神羅万象を

短いフレーズで表現することは、

言語能力や発想力を大いに刺激する。

これは俳句や短歌にも通じる。

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写真が言語能力を刺激することを

認識している人は少ないが、

フォトコンに応募したり、メディアで発信いたりする人は、

この能力を棚から降ろす必要に迫られる。

昔、著名なコンテストで大賞を取った作品に

「餌場」とのタイトルがついているのに

なんとも淋しい思いをした。

海に出ていたサケが、

産卵のために激流の川を遡上して、

小山のてっぺんにある淀み(よどみ)で産卵し、

そこで最期を迎える。

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が、自然界の厳しさは、

命が尽きるサケを狙ってタカのような

中・大型の鳥たちが集まってきて、

サケの亡骸をむさぼるシーンを現出する。

それを半水面で撮った(上にタカ、水面下に死んだサケ)、

すばらしい努力作品である。

が、それを「餌場」とネーミングしてはいけない。

人間が仕掛けた「餌場」などではなく、

食物連鎖の、リアルで切ない光景である。

ここは「旅路の果てに」 「天に昇る日」

とでも、してほしかった。

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写真は、非言語的分野と思われがちだが、

前述のホルダー化も含めて、

なかなかどうして、言語的な要素も少なくない。

自慢ではないが、

「第29回 よみうり写真大賞」で1席を得た

私の作品のタイトルは「わんマンショー」である。

この1作については、タイトルも、受賞に貢献したと

深く深く思っている。

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7.いうまでもないが、

写真はコミュニケーションのツールとしての存在価値は高い。 

設置カメラやドライブレコーダーの普及で、

ますますその価値は高まっている。

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こうした一連の写真撮影習慣が、

個々人のモチベーションを高め、

それによって居場所がふえる、

それが、

自他の健康度をどれくらいあげるものかは、

いくら強調しても、しすぎることはないだろう。

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「ヘルスコミュニケーション学会」があるならば、

「ヘルス映像学会」というものも

あってもよい。

いま、設立を宣言するか、

もう少し地固めをしてからにするか、目下、思案中。

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とすると、パルマローザの写真教室は、

健康支援者にとって、

パイオニア的イベントであると言えるだろう。

反発を覚悟で言うが、

「写真の撮れない食関係者は

表現力という点では2流以下」

と言われる日が、遠からず、くることだろう。

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# by rocky-road | 2023-05-05 17:29 | 写真教室  

ムツゴロウさんとの、かすかなご縁。

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ムツゴロウさん(畑 正憲/はた まさのり)が、

2023年4月5日に他界されたという。

海を通じて知り合い、

わずかながらも接点があったので、

その思い出を書いておこう。

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最初の出会いは……とは言っても、

直接は会うことはなく、

香港への取材旅行に、別々の日程で出かけた。

水中造形センターが、

『海と島の旅』という雑誌を創刊することになり、

その取材のためである。

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創刊号の発行は1978年(昭和53年)4月、

創刊は私の提案による。

私は外部スタッフとして、

創刊号の構想やプロデュースを担った。

この号を飾る企画の1つは、

当時人気のムツゴロウさんを連れ出して

香港の水族館でイルカと泳いでもらう、

というものだった。

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香港の現地機関とのタイアップという交渉も進んで、

万事GOだったが、

私は本業(女子栄養大学出版部勤務)との関係で

ムツゴロウさんより先に香港に入り、

ダイビング取材をして、先に帰るという

すれ違いのスケジュールとなった。

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しかし、その前後にお会いすることになり、

以後、何回か、

食事をしたり、彼が宿泊中のホテルを訪ねたりした。

当時から人気者だったから、

歓談目的の食事中にも、

周囲の人からサインを求められたりしていたが、

ムツゴロウさんは快く受けていた。

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ホテルのサイドテーブルで原稿を執筆中、

彼の目の前に何かのポスターが張ってある。

鏡を覆うためにご自身で張ったのだと言う。

「そこまで原稿に追われる辛さ」という話題を出したら、

こんな話をしていた。

「才能がある人は、気が向いたときに書けばいいけれど、

ボクのように才能のない者は、

ない知恵を絞って絞って、絞り出さないと

なかなか書けないものですよ。

その中に1本でも、モノになるものがあればいい。

志賀直哉みたいに、晩年になって、

ほとんど書けなくなってしまうのは、

途中で休んでしまうからですよ」

この話は、大いに参考になった。

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ちなみに、「ムツゴロウ」とは、ハゼ科の魚。

海の干潟に生息し、砂地を這ったり跳ねたりする。

上目遣いに周囲を見渡す姿は、

確かに彼が自称するように

ムツゴロウに似ている。

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彼は、寝床で執筆するとき、

腹ばいになり、

布団を頭までかぶった格好になる、

その姿が魚類のムツゴロウに似ている、と思ったという。

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いつ、どこであったか、

ムツゴロウとしか思えない、

大きな箸置きを見つけたので、

それを買って、彼に贈った。

使ってくれたかどうか、その後、どうなったか、

想像もつかない。

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次の接点は、1982年。

『マリンダイビング』(水中造形センター発行)の、

恒例の「水中写真コンテスト」でグランプリを

いただいたとき、審査員は

村上 龍(作家) 畑 正憲(作家) 舘石 昭(水中写真家)

の3氏であった。

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ムツゴロウさんのコメントはこうだった。

「この人、さすがにキャッチフレーズ(タイトルのこと)の

つけ方がうまいですね。それと、この作品は、

奇をてらったものではなく、ごく平凡な風景を

さりげなく撮って表現力を持たしていますね。

だから見ていて見飽きないし、

多くの人に愛される作品ではないかと思います」

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調子に乗って、作家、村上 龍氏の、

私の作品についてのコメントも。

「ひと口にいうと印象派の作品みたいですね。

ドキッとするような作品ではないけれど、

壁に貼っていつまでもながめていたくなるような作品ですね。

今回のコンテストの中では、

一番見飽きないすばらしい作品だと思います」

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グランプリ受賞と同じ年の1982年、

私が編集長を務める『栄養と料理』の4月号から、

ムツゴロウさんの新連載、

「ムツゴロウの食物誌」が始まった(1年間)。

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第1回のタイトルは「闇鍋」(やみなべ)。

こんな内容のエッセイである。

日本政府の要請で夫について来日したアメリカ人女性。

しばらくして夫は他界。

奥さんは1人日本に残って、

関西のある海辺に住んだ。

日本に骨を埋めるつもりで、

料理教室を始めたりして、

地元の若者たちと仲よくなった。

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ときには、酒の肴にと、

ラム(子羊)だのメンヨウだのを持ち込むと、

夫人は、難なくさばいてステーキにしてくれた。

しかし、ある青年が、カスミ網で

スズメを捕獲して(いまは法律違反の捕獲法)持ってきたときには

強い拒否反応を示す。

「これ、いけないネ。ダメ。ああ 神さま」

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漁村のこと、クジラも食べる。

これについても、彼女は拒否。

「いけないネ。ツヨークいけないこと。

あつーい血が、鯨には流れてるネ。

それ殺す、いけないネ」

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青年が反論する。

「そんじゃ訊くけど、ミセス・ナンシーは、

よくまあ牛肉を食べるね。

牛には、その、あつーい血は流れていないのかな」

「それ、違いますネ。牛、神が許した食べものネ」

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あるとき、漁師の青年が、

時化(しけ)に遭って亡くなった。

彼女は大粒の涙を流して泣き続ける。

青年たちは、彼女を慰めるために、

「闇鍋」の会を催す。

「ヒジョーにおいしいですネ」と、彼女は喜ぶ。

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彼女がトイレに立ったとき、

1人の青年が小声で話す。

なべには、時化で打ち上げられたウミガメを入れたんだ、と。

ふだん、ウミガメはダメと言っているのに、おいしいと言った。

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別の1人が、それについて論じる。

「なにせ人を食ったババアだよ」

親しみをこめた言い方だったが、

手を洗っていたナンシー夫人、

それを耳にしてしまった。

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この話は、

ムツゴロウさんが、ナンシーさんから直接聞いたという。

「お墓に持っていきたい秘密の話だけど」と前置きして、

人肉を食べた罪を告白する。

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彼女は、闇鍋に入っていたウミガメの肉を

人間の肉だと、思い込んでいたのである。

アメリカ人には、

日本語の「人を食ったババア」の意味はわからない

(「人を人とも思わない」という意味)。

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ムツゴロウさんは、このエッセイを、こうしめくくる。

「何十年も信じてきた彼女の罪の意識を

笑いとばしていいかどうか分からず、私はクククと

笑いを噛み殺すだけで精一杯であった。」

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連載エッセイ「ムツゴロウの食物誌」は、

その後、1年続くが、

ムツゴロウさんは、動物愛好者として

ますます人気者になっていった。

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ダイビング雑誌との縁もなくなっていった。

ムツゴロウさんとの縁は、

その程度のものだが、

後日、こんな縁も知った。

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彼がエッセイに関心をもったのは、

北 杜夫の『どくとるマンボウ航海記』だとか。

それを書写して、

ユーモアタッチの文章のトレーニングをしたという。

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これは私も同じである。

軽妙な文体を身につけようと、

私の場合は、北杜夫のほか、

小田 実の『何でも見てやろう』、

山口 瞳の『江分利満氏の優雅な生活』

(えぶりまん)、

フランスのユーモア小説などを書写した。

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書写は、

スポーツ選手にとってのランニングのようなもの。

動物王国の盟主・ムツゴロウ氏も、

しっかり足腰を鍛えていたのである。

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87歳の訃報を知って、

わずかながら、楽しい人と接点があったことを

うれしく思う。

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今度、『栄養と料理』の現役スタッフから聞いたのだが、

私が退職後、

『栄養と料理』の2015年11月号にも

ムツゴロウさんは、インタビュー記事で登場していた。

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だれが担当したか、詳しくは知らないが、

私の最初の企画と関係があるのか、

まったくの偶然なのか。

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動物好きの作家と『栄養と料理』、

海の旅と動物作家、

どれも、ほとんど縁がないが、

無縁を有縁に変えるのが

編集という仕事の大事に点である。

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そしていま、こうしてムツゴロウさんとの縁を

温めている。

さて次は、いつ、どこで?

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# by rocky-road | 2023-04-07 23:14 | ムツゴロウさん  

『生きる』タイミング。

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影山なお子さんが立ち上げた映画鑑賞会の第2回は

イギリス映画『LIVING』であった。

(黒澤 明の『生きる』を、

カズオ・イシグロ氏が、リメイク脚本で完成させた作品)。

栄養士が、なぜ映画観賞会をつくって

定期的に映画を観ることの意味は?

……なんて考えるのは野暮中の野暮。

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映画も、書物の輪読会(大学ではゼミの1形式)と同じで

複数で観ると、1人とは違う視点が加わる。

映画に見方の方法論など必要なく、

観たいように見て、好きなように解釈すればよいが、

人の見方を参考にすることの意義は大きい。

大学にある「映研」(映画研究会)には、

映画を多角的に観る場としての意味がある。

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映画とは、フィルムおよびコンピューターに

記録された作品を鑑賞するもの、

と考えがちだが、

実際には、

それを観る人たちも、その作品に参加するのである。

1人で観るか、複数で観るか、どんな人と観るか、

映画館の前方で観るか、立ち見をするか、

ポップコーンを食べながら観るか、

ビールを飲みながら観るかによっても、

作品の解釈は違ってくる。

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動物の反応は、内的・外的環境によって、

大きく変わるものである。

感じ方、認知のレベルや深さ、思考、解釈、評価……

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それだからこそ、

世の中には、観た映画の感想や解釈の違いで

キッパリと縁を切った友人、先輩と後輩、仕事関係、

恋人、夫婦、親子は少なくないはず。

映画を「総合芸術」と呼ぶ人がいたように、

観る側も、その「総合」にそれとなく参加させられるのである。

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さて、イギリス国籍のカズオ・イシグロ氏は、

黒澤作品を、実に忠実にリメイクしている。

1950年代頃までは、

(たぶんイギリスでも)がんは死の病だったし、

健康観や医療への関心が今日ほど高くはなかったから、

怖いものには近寄りたくなかった。

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そのせいか、症状の程度を示すシーンも、

治療や服薬など、医療的なシーンなどは完全に省かれている。

(「がん」はかな書き。

「ガン」とすると、「夕陽のガンマン」になるから)

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というわけで、

この映画を、制作意図どおり、

いわば文学作品またはヒューマンドラマとしての感想を

もつ人が多くて当然である。


「死を悟った人間の生き返り方」

「真に生きることは、長生きすることとは限らない」

「人は熱しやすく冷めやすい。故人の業績を評価しても、

時間が過ぎれば、

次のがん患者を生み出す仕事振りに戻る」などなど。

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(現代的に)「いまも昔も、生き方がわからず、

ボーっと生きている人はいる」と感じた人も多かろう。

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しかし、健康論として観た人は多くはないだろうから、

その観点からの感想を書いておこう。


主人公の「予暇活動」のない、

職場と家との行き帰りだけのライフスタイル、

妻とは死別、息子夫婦と同居する冷たい家庭環境、

同僚とのコミュニケーションが少なく、

市民からのプレッシャーも弱い職場環境……

これらが、「がん」の発症リスクの伏線になっている。

(いまならフレイルや認知症もプラス)

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「ライフスタイルを見直そう」などという、

マジメなテーマをちらっとでも出すと、

文学作品の価値は急落する。


ここは、自分の生き方などを投影させないで、

「ゾンビ」とあだ名された(黒澤版の志村 喬の場合は「ミイラ」)、

夢遊病者のような主人公の敗者復活戦が見せ場に

没入するのが、制作者に対する素直な向き合い方かもしれない。


映画を視た翌日、『読売新聞』(2023年4月2日)に

「『8000歩』週1~2日、健康への第一歩」

という記事が載っていた。

京都大学と、カリフォルニア・ロス校のチームが

行なった研究結果だという。

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上記の頻度と量を歩いている人は、

10年後の死亡リスクが14.9%低くなる、という。

以前には、別の機関が、

酒を2日に1合飲む人、コーヒーを1日1~3杯飲む人は、

それ以上飲む人、または、まったく飲まない人より

死亡リスクが低かった、という研究発表があった。

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「研究」というのは、

選択したテーマのデータ中心になるので、

8000歩、歩く人、酒やコーヒーを飲む人が

どういうライススタイルなのかの調査はできない。

そのため、研究者自身でも、

酒やコーヒーに、健康にプラスとなる成分が

含まれているかのように早合点してしまう。

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大事なのは、酒やコーヒーを適度に飲む人、

週に2回くらい、1日8000歩ほど歩く人は

どういう価値観、人生観、食生活、

交友関係、「予暇活動」などを持っているのか、

その内容、つまりライフスタイルのほうである。

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人生観、価値観、家族関係、仕事、友人、

読書習慣、食習慣、食事内容などを

数千人に対して、

細かく調査することはできないから、

どうしてもピンポイント調査になってしまう。

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しかし、映画「LIVING」の主人公、ゾンビ氏の生活を見れば、

この1作だけでも死亡リスクはわかる。

してみると、

被験者の選び方に偏りがなければ、

10人か20人か、その程度のデータでも、

それなりの成績が得られるはず。

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映画は、

そんなことまでは言ってはいない(念のために)。

1950年代も現在も、

人の生きる目的は、そんなに変わってはいない。

しかし、地球上で見れば、生き方はさまざま。

1人にいくつかの生きるタイミングがある。

ウクライナやロシア、ミャンマー、その他の地域には、

死ぬことで生きる人が後を絶たない。

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しかし、地球の人口の過半数は、

ゾンビやミイラのように、

最初から死んだまま生き続けている。

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ヒトもまた、生きるタイミングを、

どこかで見失う動物である。

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映画『生きる』は、

何人の人を、生き返らせるのだろうか。

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# by rocky-road | 2023-04-03 23:07 | 大橋禄郎 文章教室