栄養士は「外食」でも健康を支援する。

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ときどき、初めて行った土地で

同行者の好みに合った飲食店を見つけることがある。

国内に限らず、

ハワイでもグアムでも、

パリでもボストンでも、アムステルダムでも。

「どうして、ここがおいしい店ってわかったのですか」

と、あとから聞かれる。

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「直観」としか言いようがないが、

それでは能がないので、

それなりに自己分析を試みる。

 *店頭のデザイン、ややクラシカルな風情。

 *屋号が浮わついていない。

……なんてやってみるが、

どれも感覚的で、

人に秘伝を授けるほどの内容とはならない。

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で、つまるところ、

店選びのポイントは、

とにかく数をこなすしかない、そこに行きつく。

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外から見て、

料理の適否などわかるはずがないのである。

3段階評価でいけば、

「いい」「ふつう」「ダメ」であり、

「いい」の打率が3割以下であったとしても、

「いい」評価は記憶に残り、

「ダメ記憶」は消去されるので、

相対的に「店選び名人」になれるのである。

つまり、答えは脳科学にあり、ということだ。

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とはいえ、「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる」でもない。

人の意見に振り回されない信念や、

コツコツ仕込んできた「食のセンス」が、

こんなところでもベースとなる。

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ところで、去る813日(日)、

58回 「食ジム」では、

「食べ歩きの名ガイドとしての『幹事力』を鍛える」

というテーマで話し合った。

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もう、この「食ジム」は

栄養士、健康支援者の思考のレパートリーから見たとき、

世界の同業者からは何十年分も先へ来てしまっている、

と見てよさそうである。

「自然とどうかかわるか」

「生きがいとはなにか」

「おもてなしの心をどう表わすか」

こんなテーマで1日に語り合う健康支援者は、

世界のどこにあろうか。

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しかし、「食ジム」が進んだ、

と考えるのは正確ではなく、

世の中が、そして健康科学が

どんどん先へ行っているのである。

つまり、栄養、運動、休養による健康促進から、

それに加えて、「ストレスコントロール」

「よい人間関係の維持・発展」「そして生きがい」

最近の長寿や認知症医学の知見も、

ますますライフスタイルとの関係を

重視する方向へと移ってきているではないか。

「食ジム」は、

そういう動きに歩調を合わせているに過ぎないのである。

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いまどき「外食は控えましょう」

などと言っている栄養士は、

完全にガラパゴスにしか生存しない固有種である。

「食ジム」では、

自分だけが外食を楽しむというところから、

さらに、その機会を人にも与えよう、

という話し合いをした。

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遠からずエビデンスが示されると思うが、

生涯にわたって外食の回数が多い人ほど、

健康寿命が高いということになるはずである。

とくに高齢期以降の外食利用率は、

健康寿命にプラスに働くことだろう。

(ホームレスやそれに近い生活をする人は別として)

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栄養士としては、

自分を除く最低5人以上の人が参加する

飲食を伴う集まりの幹事を務めることができるプロとして、

そろそろ一歩を踏み出してもいいころである。

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「それって、フードコーディネーターの仕事じゃない?」

という人があるかもしれないが、

さて、そのフードコーディネーターは

いま、社会でどんな仕事をしているのだろうか。

その肩書で仕事をしている人の数は、

栄養士に比べてはるかに少ないのではないか。

それはそれとして、

栄養士が外食の楽しいシーンをプロデュースすることは、

健康支援の仕事の一環なのである。

つまり本業の延長線上にあるわけだ。

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現在のところ、

その役割に気づいている栄養士、健康支援者は、

全国の同業者に対して

0.00数%というレベルだと思うが、

健康をサポートすることは、

楽しさをサポートすることにも通じるから、

食シーンの幹事力は、

今後の「専門性」の一部になるし、

直接・間接的にビジネスチャンスにもなる。

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これまで、栄養士さんには各地でお世話になったが、

「ご招待」の宴席を、地図を見ながら

一緒になって探し回ったことが何回かある。

インターネットで調べたから、

すっとは行きつけないというのである。

途中で、「直感」が働いてしまって、

「ここのほうがいいのでは?」と思うところがあっても、

そこを素通りする辛さは、「名ガイド」(?)としては、

なんとも辛かった。

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そこで、

「食シーンのための幹事マニュアル」の

お試しポイントをあげておこう。

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1.使う店は、一度は飲食をし、評価が定まったところを。

2.初めて幹事になったときは、

  候補の店を訪ねてチェックしておく。

  (1軒を決めるのに5軒も試食した、

  というようなことがないように、普段から利用する)

3.合格したものは手帳に記録する。

  住所録などに「飲食店」というコーナーを設けて、

  記録する。

  (途中で閉店や移転があるからときどき更新)

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4.最初はメディア情報であっても、

  インターネット情報であっても構わない。

  チェックさえしてあれば。

  ただし、そのネタばらしは自分からはしない。

5.人を連れていくとき、「おいしいから」と

  あまり前宣伝をしない。

  「お口に合うかどうか自信ないけど、

  私はおいしいと思ったので」くらいか。

  「あの人が選んだのだから安心」と

  いわれるようになるまで、修業は続く。

6.こういうキャリアを積むためには、

  お酒は少々、飲めるほうがいい、

  食材や料理の好き嫌いは大人としてダメ。

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7.いくつもの店のストックを持っていると、

  相手により、時間帯により、目的によって、

  最適な店を選ぶことができる。

8.どんなに行きつけになっても、

  店の人と親しくなり過ぎない。

  売り手と買い手の立場は堅持する。

9.以上のことを「幹事になったときのために」

  という構え方で処するのではなく、

  自分の食生活にバラエティをもたせる、

  人生の楽しみ方の1つ、

  というくらいの考え方で、軽~く流していく。

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さて、いつ、あなたのおすすめのお店で

みんなで歓談できるのかな?


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# by rocky-road | 2017-08-17 23:30  

「友の愛を入れてほしい」

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去る723日、

食コーチングプログラムス

継続的に行なっている

「栄養士のライフデザイン

 いま、5年後、10年後……。」

というセミナーに特別講師としてお招きいただき、

講話をする機会を得た。

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ポイントは3つ。

1.現在の立ち位置の把握。

  現職についてどの程度満足しているのか。

2.栄養士・健康支援者の方向性。

  20年前、10年前とは

  栄養士・健康支援者の仕事のあり方は

  かなり変わってきており、

  これからも変わっていくだろう。

3.ライフデザインの描き方。

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健康支援者に限らず、

いまの日本人の多くは

国や自分の行く末などには関心がうすく、

生きている実感さえなく、

日々をついでに生きている。

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周辺の複数の国が、

日々、軍事力を強化し、

間近で軍事的威圧を続けているのに、

わが国会やマスメディアは、

どうでもいいようなちっぽけな案件を

争点にしたりニュースにしたりしている。

平和ボケもここまできた、

と認識しておく必要がある。


ついでにいえば、

国民が日用雑貨しか買わなくなったから、

国会もマスメディアもコンビニ化して、

清涼飲料やサンドイッチ程度のものしか

扱わなくなった、ということである。

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新聞やテレビ、ラジオの

政治や時事問題を見るときには、

自分がコンビニの店頭に立っていると思えばよい。

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健康支援者としては、

平和も健康も、ある頂点を超えると

今度はマイナスのほうに向かい始める、

という点は押さえておく必要がある。

つまり平和や健康も、

限度を超えると逆走する可能性がある。

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人間は、栄養以外にも、

心の栄養、つまりモチベーションを補給して生きる動物だから、

先になんの展望もなく、

その日暮らしをしているタイプは、

一見、極楽の生活のよう見えても

パワーダウンで失速する。

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栄養士、健康支援者の仕事の質も大きく変わりつつある。

食コーチング」は

生きがいづくり」をテーマにしているように、

少なくとも栄養士も、

いつまでも話題を食卓まわりに限定して、

すましているわけにはいかない。

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なのに、「生きがいづくり」のプロ自身が、

自分の人生をどう生きるか、

展望を持っていないのでは、

登山経験のない山岳ガイドのようなもので、

人を安全にガイドすることなどできはしない。

ところで、

去る718日に、105歳で亡くなった

日野原重明先生には、

かつて『栄養と料理』の誌上で

香川 綾先生との対談に出ていただいたことがある。

確か、聖路加病院までお迎えにあがった記憶がある。

当時、日野原先生は79歳、

綾先生は91歳だった。

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対談のタイトルは

どの人みたいになりたいか、

探してごらん。」

サブタイトルは

「〝健康な心〟を語る。」であった。

健康な生き方について、お2人のプロが語り合う、

有意義な対談であった。

日野原先生は、この中で、

電車の中で出会う高齢者を見て、

自分の将来のカタチをイメージするとよい、

ともおっしゃっている。

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そして、結びのところで、

こんなことを話しておられた。

長くなるが、紹介しておこう。

日野原氏の発言。

 

 講演のときに、こういうことをよく言うんですよ。

 みなさんが死ぬときに閻魔(えんま)さんが

 出てくるかもしれませんよ。

 そのときに、あなたの生涯の中で、

 あなたが人から、親でも、先生でも、社会でもいい、

 とにかくだれかからもらったものと、

 あなたが人に与えたものと、どっちが多いかを

 はかりにかけるとしたらどうか、とね。

 もらうばっかりで、人に与えなかった人、

 できるだけ与えようと努力した人……、

 そのバランスは死ぬときに自分でわかると思います。

 私がそう思うようになったきっかけは、

 タゴール(インドの詩人、哲学者)の詩です。

 タゴールが80歳くらいのとき、

 来年の自分の誕生日には

 もう自分はいないだろうという遺書のような詩を作っています。

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 その詩というのは、

  「私がさげているずた袋はすっかり空になった、

  与えることのできるものはすべて与えつくした。

  その空になったずた袋に

  なにかほしいものを入れられるのだったら、

  私が犯した罪の許しを入れてほしい、

  そして友の愛を入れてほしい。

  それをさげて、

  私は三途の川を渡ろう」

 という意味なんです。

日野原先生にして、

やはり生き方の手本となる人が存在した。

(タゴールはその中の1人にすぎない、だろう)

日野原先生の死生観は、

旧来の地獄か極楽か論を思わせるが、

現代の健康論でいえば、

人に与えるもの、貢献できる力がある人ほど、

健康度が高くなる、健康寿命が延びる、

ということになるだろう。

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くだんの

栄養士のライフデザイン

 いま、5年後、10年後……。」セミナーでは、

人生の地図として、

名作といわれる文学作品を読むといい、といったが、

考えてみると、文学を読みつけない人には、

シンドイかもしれない。

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そこへのつなぎとして、

いくつかの本が頭に浮かんだ。

あえて「厳選」せず、ジャンル不問であげておこう。

比較的軽く読めるものばかりである。

手元にあるものは写真に撮ったが、

デザインが変わっているものがあるかもしれない。

『海からの贈物』は、紛失中で写真なし。

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*海からの贈物

 (新潮文庫) 文庫

 アン・モロウ・リンドバーグ (), 吉田 健一 (翻訳)

 女性の生き方を述べた短編のエッセイ集。

 ダイビングの入門書ではない。

 小林カツ代さんが好きだった著者でもある。

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*人間について(司馬遼太郎対話選集7

 (文春文庫)


*僕はいかにして指揮者になったのか

 佐渡 裕著 (新潮文庫)


*世界一豊かなスイスとそっくりなニッポン

 川口マーン恵美著 (講談社α新書)

 これの前に『住んでみたドイツ……』が出ている。


*日本人へ リーダー編

 塩野七生著(ななみ) (文春新書)


*思考の整理学

 外山滋比古著 (ちくま文庫)


今回はここまで。

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# by rocky-road | 2017-07-31 22:17  

「自然バランス」とれていますか。

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去る716日の、

57回「食ジム」のテーマは

人は自然と関わることで

なぜ健康度が上がるのか。」であった。

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「健康」を現代的に定義すれば、

  「日々の思考や行動の自由度が

  個人の中で比較的高く、

  心身に著しい不安や苦痛、

  重篤な病気がない状態」(大橋)

となるが、

自然は、思考や行動の自由度を高めるのに

プラスに働く可能性が大きい。

海や青空、山や湖を見て

気分が悪くなる人はそう多くはないはず。

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ルーツをたどれば、

人間は自然の真っただ中にいることを好まず、

樹上から草原に降り、二足歩行を獲得し、

集落に集まり、田畑を作り、町を作り、

都市を作ってきた。

その歴史を振り返れば、

「自然が好き」とは、とても思えない。

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しかし、仕事に追われ、

または、仕事への意欲もなく、ボケっと過ごし、

自然をまったく感じなくなってしまうと、

健康度が落ちてくることは体験的に知っている。

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都市では、

全身日除けの布で覆って歩く人、

自転車で走り抜ける人の割合が多くなっているが、

まさしく自然を嫌う姿である。

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研究課題として、

そういう「怪傑黒頭巾」パターンと、

直射日光を浴びながらも、

笑顔で歩く人と、

どちらの健康度が高いかを

50年間くらいの追跡調査をしてみるとどうなるか。

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そんなのにエビデンスはいらない。

黒頭巾のほうが短命で終わるに決まっている。

酸素と太陽光という、

危険極まりない酸化促進環境を防御した人は、

人とのコミュニケーションの機会をも防御し、

生涯で収集する情報をも抑制することになるから、

知的動物である人間のモチベーションを低下させ、

結果として、

健康度を下げる方向に向かう可能性が大きい。

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人間が好きなのは、

「ときどきの自然」である。

「栄養バランス」と同じように、

「自然バランス」というものもある。

「食ジム」では、いろいろの自然体験が語られた。

蛍、季節の香り、太陽の香り、雲、海、水中……。

そう、そのように体験を思い出すこと、

これが大事。

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自然は大きすぎて、その範囲がわからない。

その大きさを包むことができるのがコトバである。

自然は、

コトバ、絵、写真、庭や公園、田畑、山などによって

切り取られてようやく人間のものとなる。

拍動も、まばたきも、涙も、唾液も、

みんな自然の一部だが、

気づこうとしないと、何も感じられない。

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栄養士の仕事は

食を通じて人々の健康度をあげること。

しかし、こちらが一方的に

食や栄養の講義をする時代は終わった。

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相手との会話の中から、

健康へのモチベーションアップに

つながる話題を見つけ、

それをふくらませてゆくのが

プロのワザとなりつつある。

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仕事、余暇活動、運動、ライフスタイル……。

そういう話題の中で、

「自然」は、もっとも遠いところにある話題の1つ。

病気や死、人生やあの世よりも、

もっと遠い話題の1つ。

が、それを話題にすること、

話題にできることは、

「話芸者」の守備範囲をでっかく広げる。

横綱の取り組みスタイルのように、

胸を張って「ど~んと来い」と、

待ち構えることができる。

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遠すぎて、近すぎる自然を

どう語るか、

そのとき、自然が近づいてくる。

その点は健康も同じ。

健康とは、

けっきょく自然の一部なのである。

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以下、プレミアム(おまけ)

加計呂麻島の自販機で

清涼飲料を買ったら、

意外なおまけがついてきた。

ビンにトカゲが張りついているのである。

トカゲがなぜ、ビンにくっついたのか、

都会でだったら大騒動になっていただろう。

が、ここは加計呂麻。

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これぞ、身近な自然。

飲料を飲みたかったトカゲは、

気の毒にも他界していたので、

1人、中身はいただいた。

自然を胃の中にも感じたひとときだった。

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# by rocky-road | 2017-07-20 00:18  

「そこに海があるから」ではなく、「わが人生に目的があるから」海に向かう。

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過日、

スノーケリングクラブの

昔からの仲間の出版記念パーティがあった。

集まったのは約70人、

最初に所属した東京潜泳会(せんえいかい)は

昭和39年、1964年の発足だから、

53年がたっている。

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全盛期には70人を超える会員がいたが、

1980年代に休眠状態に。

今回の出版記念会に参加したのは元会員の5人。

今回、出版を祝うことになった本の内容は、

日露戦争の後日談をベースにした話。

日本海海戦で、日本艦隊に撃沈された

「ナヒモフ」という軍艦が積んでいた

8兆円という財宝の行方を追うという、

実話をベースにしたフィクションである。

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53年前にダイビングを始めて、

その後、雑誌編集者や執筆活動を続けてきた

鷲尾絖一郎君は、上記「東京潜泳会」の

第一期の会員である。

海に関する著作と、

ライフワークである飼育鳥に関する

研究と著作を続けている。

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この出版記念パーティの発起人たちは、

日本のレクリエーションダイビング界を支えた、

2世代から第3世代ともいうべき人たちである。

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1世代とは、

日本占領中の米軍兵隊から

直接、ダイビングを習ったという世代である。

消火器のタンクを利用して

エアタンクにしたという。

存命であれば、90歳代前後か、

それ以上の年代である。

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パーティに集まった人たちのうち、

どれくらいの人が現役ダイバーであるかは

尋ねる機会はなかったが、

その様子からは、

70歳以上で海に行っている人は、

そう多くはないように思えた。

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高齢者にはダイビングは向かない、

ということではない。

日本には「シニアダイバーズクラブ」という、

1992年に発足し、20年以上の歴史を持つクラブがある。

会員は数百人。

平均年齢66歳、90歳代の会員もいるという。

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もう40年以上も前になるが、

ダイビングを「マリンスポーツ」として

くくるのは適切ではないと、

専門誌を通じて唱え続けた者にとっては、

「そら見たことか」と言いたい現状である。

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ダイビングは、スポーツではなくて、

「地の果てから始まるもう1つの旅」なのである。

旅だから、足腰がしっかりしていれば、

何歳になっても楽しむことができる。

富士山の登る7080歳代があるそうだから、

それに比べれば、

「地の果てから始めるもう1つの旅」は、

ちょろいものである。

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問題は、体力ではなくて気力、

つまりはモチベーションである。

海の上を歩く、海の中にとどまるという体験は、

特異な体験だから、

よほど合わない人でない限り、感動を覚える。

しかし、それほど新鮮な体験でも、

10年くらい続けると飽きてくる。

人間というのは、飽きっぽい。

それは利点でもあって、

それゆえに次の刺激を求めることにもなる。

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ダイビングを普及する役割を担っていた人は、

そういうことがわかっていたので、

当初は「魚突き競技」(スピアフィッシング)や

魚介類の捕獲と飼育、

「水中ナビゲーション」(陸でいうクロスカントリー)

「水中運動会」などを試みた。

「マリンスポーツ」時代である。

もちろん、これらは

自然環境に対して強いインパクトとなったり、

体力勝負のスポーツになったりするので、

すぐにすたれた。

そのころから、

だれにも使える水中カメラが普及し始め、

ダイビング雑誌などがフォトコンテストを

始めるようになって、

多くの「カメラ派」が生まれた。

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当時、魚などを観察することを

「野生観察」「生態観察」などといっていたが、

いかにも色気がないので、

「フィッシュウォッチング」という

コトバを使ってはどうか、と、

雑誌の連載記事の中で提案した(1979年)。

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こうして、

スノーケリングやダイビングのテーマが

多様化していった。

それでも、

レクリエーション目的で

スノーケリングやダイビングを

30年、50年と続ける人はそう多くはない。

これは旅でも登山でも、

テニスでも水泳でも同じである。

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飽きっぽいか、飽きっぽくないか、

といったタイプの問題ではないし、

長く続けることだけが価値のあることでもない。

大事なのは、

趣味や余暇活動が、

どの程度、人生のモチベーションになっているか、

というところである。

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それには、

仲間がいること、

その仲間はただの同行者ではなく、

人生を支え合うほどの心のつながりがあること、

その余暇活動に予定や計画性があること、

活動ごとにテーマがあること、

などが好条件となる。

そのことをダイビング雑誌の発行者にも

何度となく伝えてきたが、

それをうまく情報化できず、

私が初案を作った海関連の2つの雑誌は、

20年を過ぎて廃刊になってしまった。

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上記の「好条件」は、

ゴルフにも旅にも、「断捨離」にもいえること。

食生活雑誌も、

この視点で見ると、安泰とはいえない。

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先の出版記念会で、

久々に会ったダイバー仲間は、

いまもダイビングサービスをしているといったが、

もらった名刺のアイキャッチャー(キャッチフレーズ)に

「海と酒はいいね」というのがあった。

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なんともだらしのないフレーズなので、

「どういうこと?」と尋ねたら、

ある有名カメラマンがネーミングしてくれたという。

知性皆無、海をバカにしたフレーズを

日本を代表する水中カメラマンが

ネーミングしたのだと聞いて、暗澹たる気分。

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日本のダイビング界をリードしてきた人間が、

後輩の名刺のキャッチに、

こんなアホなネーミングしかできないとは、

「ダイビング界」はバラケルだろうと思った。

リーダー不在、一種の無政府状態になる。

ダイビング雑誌も、

オピニオンリーダーの役を果たしえない。

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みんなが海水浴程度にダイビングを

楽しむようになった昨今、

もはや「界」などという概念は

なくなってもいいのかもしれない。

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しかしそれでも、

「人間が海に潜るということは

どういうことなのか」

それを問い続けることは、

自分のライフスタイルを考えるうえで、

いや、趣味や余暇活動を楽しむうえで意味がある。

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これまでもそうであったが、

今度の奄美大島ツアーのあとでも、

またまた新しい旅のテーマが見つかった。

休眠中の2つのクラブの仲間には悪いが、

新しい海仲間もふえ始めていて、

54年目の「海と島の旅」も楽しめそうである。

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# by rocky-road | 2017-07-12 16:17  

海たび旅--加計呂麻編。

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奄美大島、加計呂麻島(かけろまじま)への

旅が終わった。(201762328日)

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今回は、ダイビングショップのツアーなので、

全スケジュールは

≪マナティーズ≫の山崎由紀子さんにお任せ。

これまでに、奄美には2回、

加計呂麻島には1回、訪れているが、

初回の訪島は30年以上前なので、

記憶はまったく消えている。

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理由として考えられるのは、

*海の印象がうすい

 (だれかが企画した

 ツアーだったのかもしれない)

*写真的にヒットがなかった、

*当時、頻回に海に行っていたので、

 その歴史の中に埋没した、

*仕事もクラブの運営も忙しい時期で、

 そちらにウエートがかかっていた、

*その時代のログブックを紛失し、

 記録が残っていない、

*ダイビング雑誌の連載エッセイに

 一度も書いたことがなかった、

などが複合的に作用して

記憶を薄くしたものだろう。

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↑↑「アカヒメジ

念のためにいうが、

認知症が発症し始めている可能性はない。

(本人がいうのはアテにならないとしても)

東京湾のお台場が海浜公園になる前、

そのあたりで潜ったこと、

富士五湖の1つ、精進湖(しょうじこ)で潜ったこと、

日本海の佐渡島より少し北にある粟島で潜ったこと、

などはしっかり覚えているから、

認知機能の衰退はあるにしても、

軽微なはず。

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↑↑「ヘラジカハナヤサイサンゴ

申しわけないのは、

現地のダイビングサービスの人が、

私の訪島を覚えている、

という話を間接的ながら聞いたこと。

この30年間以上、

多くのお客さんのお相手をしてきただろうに、

私ごときの訪島を覚えていてくれたのだ。

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↑↑「セジロクマノミ

だから、今回、海から帰ったとき、

「思い出しましたか」と

現地ガイドさんから尋ねられたときは、

ほんとうに申しわけなく思った。

「ぜんぜん思い出せないのです」では、

あまりにも失礼である。

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さてそこで、

奄美大島、加計呂麻島の再評価。

岩礁をベースにしてサンゴが発達した海底。

沖縄のようにサンゴ砂が累積してできた島と違って、

白い砂地の反射が少なく、暗い感じ。

サンゴの色は茶のかかったグリーン。

水温は23度くらいで、

まだここは「本州、鹿児島県なのだ」を再認識させる。

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↑↑ 「ムラサメモンガラ

つい沖縄と比較したくなるが、

沖縄のキラキラ感が抑えられている分、

ビーチ遊びやダイビングなどによって

ビーチや水中が荒れていない。

野性味のある海である。

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↑↑「ルリスズメダイ」↓↓
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↑↑「クラカオスズメダイ

夏の季節に、

無人のビーチで

スノーケリングを満喫するという機会は、

もう沖縄ではめったに得られない。

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↑↑「シャコガイの仲間」↓↓
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↑↑「ハマヒルガオ

ペンションでは、
夕食どきに、尾頭つき生き造りが出てくるので、
「もったいない感」を味わったが、
ロウニンアジが出たときには参った。

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これが来島者の食卓に登場するということは、
漁業が日々の生活に近いことを意味する。

漁業と宿泊施設の兼業、
それは、日本のビーチサイド宿泊施設の
歩んできた道にほかならない。
ここではそれが現在進行中なのであった。

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ロウニンアジは、
水中で出会うと威風堂々、
魚類にとどめておくには
申しわけないほどの風格。
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↑↑「ロウニンアジ


スマホ依存症の日本人が
完全に失った「サムライ」の表情を保つ。
以前、モルディブで撮ったロウニンアジと、
討ち死にしたロウニン君と
比較して見ていただこう。
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今回の番外編は、
高校時代の恩師、島尾敏雄先生の
生誕100年のイベントシーズンに
タイミングが合ったこと。
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1617歳ころ、
都立高校の「世界史」の授業を
島尾先生から受けた。

当時から作家であるとは聞いていた。
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クラス雑誌を作っていた私は、

畏れも知らず、先生に原稿依頼をした。

「夢について」という文章を、

確か1週間ほどで書いてくださった。

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この小さなエピソードも、
生誕100年で盛りあがる地元では、
大きな意味があるらしく、
研究者と情報交換の機会が生まれた。
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島尾先生の原稿も、
掲載誌も残っていないのは残念だが、
表紙を撮った写真がアルバムに残っていた。
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取材モード全開で出かける者、
地図やガイドブックをなぞるのではなく、
自分で旅を創って歩く者にとっては、
2度め、3度め、10度めの訪問などの回数は
さほど大きな意味はない。
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東西南北、遠近に関係なく、
そこにはかならず情報があり、
そこにはかならず収穫がある、
というに尽きる。


今回の収穫の1つは
デジタルのコンパクト水中カメラを
試用したこと。
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期待どおり、よい働きをしてくれた。
「ニコン Coolpix AW130
長年、水中カメラを作り続けてきたメーカーの
高い技術力に感服した。
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このカメラが、
次への旅を誘う。

スノーケルが壊れ、
「ウェットスーツは新調すべき」
ともいわれて、
このまま引退はできない心境である。

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# by rocky-road | 2017-07-02 21:02  

気になる「編集力」「コーディネート力」

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前回、このページで

「編集力」と「コーディネート力」は

一般には職業的スキルと位置づけられているけれど、

同時にそれは、万人の生涯にわたる生活技術でもあるから、

そのことを認識して、

能力アップの努力をしたほうがよい、と述べた。 

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この指摘は、去る201764日の

パルマローザ・ブラッシュアップセミナー

栄養士、健康支援者の

編集力、コーディネート力をどう強化するか

のテーマであったが、

それをこのブログで報告し、そして補足した。

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ところが、当日のアンケートを読み返したり、

何人かの人からの質問を受けたりしていて、

「編集」と「コーディネート」との区分が

かならずしも正確に理解できてはいない、

ということが、よくわかった。

ふだん意識していない事柄だから、

一度聞いて、すべてがわかった、とはいかない、

それは当然のことであり、想定内のことである。

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たとえば

「アンケートは編集ですか、コーディネートですか」

「創作料理のネーミングは編集ですか、
コーディネートですか」

「アナウンサーがニュースを伝えるという行為は

編集ですか、コーディネートですか」

といった迷いである

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コーヒーにミルクを流し入れるとき、

どこまでがコーヒーで、どこまでがミルクなのか

区分がつかない瞬間があるが、

編集とコーディネートにも、

2つのアクションが混ざり合ったり

連続的につなかったりすることがしばしばある。

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だから、どこかの大統領のように、

境界線にフェンスを張り巡らして

不法移民は絶対に遮断する、などとリキむ必要はない。

編集とコーディネートは、

もともとは別個に発達してきたものだが、

いつの間にか生活の中で交じり合ってきたのである。

コーヒーとミルクの関係である。

そのことに、もう気がついていいころ、

そう考えて講義の演題にした。

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前回のこのページでは、

2つのコトバの定義をしていなかったので、

ここにあげておこう。

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●「編集」の定義(大橋)

 「雑誌、新聞、書物、映像、パンフレット、

 CDなどのような、ひとまとまりの「情報体」を作るために、

 必要な材料を集め、それをまとめ、整える作業。

 または、すでにある情報体の順序を変えたり、
短くしたり長くしたり、

 整え直したりする作業についてもいう

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ここでいう「情報体」とは、

新聞、雑誌、映画、音楽CD、写真集などをいう。

「編集」は、それをつくるために、素材を集め、

まとめあげる作業。

音楽の1曲については「編集」作業はないが、

2曲以上を集めて1枚のCD(情報体)を作るとなると、

編集作業が伴う。

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小説も「情報体」に違いないが、

これは1人の作者の創作物と見られるから、

「編集物」とは扱われず、「作品」となる。

厳密にいえば、作家が1本の小説を書くとき、

人や場所、その他の事物の状況を取材したりするから、

編集の要素も入っているが、

「創作」という要素を優先させて、

1個人の「作品」という扱いになる。

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1曲の音楽にも、

厳密にいえば編集的要素はある。

チェコの人、ドボルザークの『新世界交響曲』は、

彼がアメリカの「ニューヨーク音楽院」の院長に招かれたとき、

アメリカ的(黒人音楽的)要素を採り入れて(取材して)

作曲したというから、

編集的要素が少なからず入っている。

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「そういうことをいうから、

編集とは何かが、またまたわからなくなる」

といわれそうだが、

要は比率の問題。

コーヒーにクリープを入れた程度なら「コーヒー」だが、

ミルクをたっぷり入れれば「カフェオレ」になる。

そんなものである。

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漱石の『坊ちゃん』も、

トルストイの『戦争と平和』も、

取材的要素が少なくないが、

創作が中心となっているから「作品」である。

一方、

新聞やテレビの特集番組は、

チームで作られるものだから

「作品的」価値はあるとしても、

カテゴリーとしては「編集もの」である。

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前述の「アンケートは編集か……」でいえば、

アンケート用紙の作成は編集的である。

「この講演の感想、*よかった *ふつう *よくなかった」

という、受講者の筆記能力を低く見た問いかけはやめよう、

という制作者の判断は編集的感覚。

「みんな字が書ける人なんだから、

自分のコトバで感想を書いてもらおうよ」という判断で、

「ご講義をお聞きになって、

印象に残ったことがありましたら、

お示しください」に落ちつく。

個人的な判断力によるアイディアだとしても、

これも一種の共同作業の一部だから、

「創作」というのはムリで、

読み手、記入者からよい反応を得ようとする

編集的作業である。

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さて、次はコーディネート。

コーディネートの定義(大橋)

 ヒト、コト、モノなど、それぞれ個別に存在しているものを、

 ある目的に沿ってまとめたり、調和を図ったり、

 連携させたり、調整したり、促進したりすること

「ヒト」「コト」については、会議の設定、プロジェクト、

コラボレーション、イベント、冠婚葬祭、

お見合いなどの推進、調整などについていう

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「プロモーション」や「プロデュース」「リーダーシップ」

と類似するところがあるが、

コーディネートの場合は、リーダーシップの程度は弱い。

あえていえば、「率先垂範型」(オレについて来い型)というよりも

「あと押し型」リーダーの要素が強い。

プロのコーディネーターの場合は、

自らが発案者ではなく、

依頼人の要望に沿って活動するのが通常の形。

「モノ」については、衣服、アクセサリー、インテリア、

テーブルコーディネート、収納などの調和を図ること。

各コーディネートをさらに大きな視野から

調和を図るトータルコーディネート

というコトバや職種が生まれている。

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さっきのアンケートについていえば、

アンケート用紙を制作する仕事は編集的だが、

それをどういうタイミングで配るか、

記入してもらうのに

どれくらいの時間をかけるかなどは

コーディネートに属す仕事。

そうして集めたアンケートを集計したり、

分析したりするところで、ふたたび編集作業に戻る。

そもそもアンケートをなぜとるのか、

それを「調査」とだけ考えるのは

プロデューサーとしての認識不足。

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そういう感覚は、編集的でもコーディネート的でもなく、

プロデューサー的、または演出的アクション。

アンケートには、

自分が学んだことをフィードバックする意味、

つまり認識を深め、学習効果をあげる意味もある。

だから「*よかった *ふつう *よくなかった」のように

「〇」をするだけの選択式は、学習効果を低く抑えるだけ。

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さらにアンケートには、

受講者の参加意識を高める効果もある。

書くことで、モチベーションが高まる。

主催者への親近感を深める。

こういう話になってくると、

編集か、コーディネートか、という区分では

収まりきれなくなる。

ニュースの原稿は記者が書き(編集の一部)、

それをプロデューサーが編集し、

その原稿を、アナウンサーが読む。

その読み方、表情、発声、身だしなみなどは

コーディネート力によって印象づけられる。

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ポイントは、編集とはどこまでをいうか、

コーディネートとはどこまでをいうか、

というカテゴライズの問題ではなく、

それぞれのスキルが自分の生活技術として、

自分や人の人生を支える、ということを認識し、

活用していくこと。

ホントのことをいうと、

プロの編集者といえども、

編集のなんたるかがわかっていない者が多い。

教える人が少ないし、

教える人のためのアンチョコとなるマニュアルもない。

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現状はそうだが、

パソコンやスマホの普及は、

人類に編集力強化を求めている。

その反面、人に関するコーディネート力は、

著しく衰えつつあるように思える。

数人の人に向けて

適正な声で問いかけたり、

話しかけたりすることができない人が

激増している。

電車の中でスマホでゲームに没頭している人間には

とてもコーディネート力を期待するのはムリ。

自分の10センチ先の周囲が見えない者に、

A地点にあるモノと、B地点にあるものを一緒にし、

C地点にいる人にまとめてもらう、

などという発想は生まれようもない。

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そういう時代には、

編集力もコーディネート力も、

当分は得難い能力であり続けるだろうから、

その能力を磨くことは、

人生のスペシャリストとして

あなたを支えることになるはずである。


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# by rocky-road | 2017-06-21 16:10  

編集力、コーディネート力を問う。

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64日(日)に、

パルマローザ ブラッシュアップセミナーで

講義をした翌日、

古い海関係の友人から電話をもらった。

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彼が本を出したので、

7月に出版記念パーティを行なうべく、

知人に案内状を送ったところ、

予定人数の3分の1くらいしか

「出席」の返事が来ない、どうしたものか、と。

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このイベント、だれの発案か知らないが、

5人の代表発起人がいて、

さらにフツ―の(?)発起人が15人もいる。

その中に私も入っている。

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電話で依頼を受けて承諾したが、

そのあとの打ち合わせはなく、

いきなり案内状と「出欠」を尋ねるハガキが届いた。

つまり、発起人とはいっても、

何もしなくてよい、
ただの参加者ということらしい。

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こういう荒っぽいイベントを企画しておいて、

「思ったより人が集まらない」という。

そりゃ、そうだろう。

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私が主催したり、私のために開いてくれたりした

いくつかのイベントの場合はどうだったのか、

と、いまさらに聞いてくる。

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「もちろん、事前に参加希望者には

電話やメールで打診をして、
だいたいの人数を把握してから

会場などを決めた」と答えた。

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すでに「欠席」と答えた人たちに、

私が再度連絡をとっても、

状況が大きく変わるとは思えない。

70人を予測して、

ホテルの大きな部屋をとったというから、

なんとかしなければならないのだが……。

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この、降って湧いたような、悩み多き話が

64日のセミナーで、

栄養士、健康支援者の編集力、

コーディネート力を強化する」という

講義を行なった翌日に舞い込んでくるというタイミングに

苦笑せざるを得なかった。

(セミナーは横浜市技能文化会館 終日研修)

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編集経験30年以上、編集長も務めたベテランにして、

このていたらくである。

世間一般が、編集やコーディネートを

職業スキルと思い込み、

日常生活にはいかに活用していないかを

これほど見事に示してくれる事例は、

ほかには見つからない。

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パルマローザのセミナーでは、

編集力もコーディネート力も、

ほとんどの人が活用する生活技術である、

と力説した。

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手紙やハガキを書くとき、

目的や相手のセンスに合わせて用紙を選ぶ、

筆記具を選ぶ、話題を考える、字の大きさを決める、

封筒を選ぶ、切手を選ぶ、貼る位置を決める、

配達する日時を予想する……

これが編集でなくてなんだろう。

ホームパーティも冠婚葬祭の集まりも、

コーディネート力なしでは行なえない。

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日時を決める、メンバーや会場を決める、

料理を決める、案内を出す(これは編集)、

ときにはサプライズを考える……。

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だれもがやっていることなのに

それが編集やコーディネート力を駆使するものであることを

多くの人は知らない。

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プロがどんな編集作業をしているか、

どんなコーディネート作業をしているかを
知らないからである。

では、プロであれば、

それが生活技術であることを

だれもが知っているのか。

その答えは、

冒頭のエピソードが物語っている。

プロでも、それを私生活で活用していないと、

それを職業専門スキルにとどめてしまう。

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もう一度いう。

編集とコーディネートは

万人の生活技術である

しかも、(ここが大事な点なのだが)

この2つは、別々に存在するスキルではなくて、

その境界さえわからないほど

隣接するスキルなのである

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さっきのホームパーティしかり、

ホームページの運営しかり、

旅行しかり、である。

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旅行の場合、

目的地の選定、情報の収集、仲間との連絡、

予約の交渉、

スケジュールパンフの作成などは編集的であり

コーディネート的要素も大きい。


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そして、荷物の準備、服装の準備となると

いよいよコーディネート力の出番。

それでも、用意する衣服や靴を

リストアップする作業は編集的。

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「行きはこの服、ディナーのときはこれ、

翌朝のジョギングは、このウエアとシューズ、

ホテルの朝食のときはこれ、

ビーチへ出るときはこれ……」と、

編集的企画力を発揮すれば、

この旅行はいただき!!!

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大事なのは、編集力とコーディネート力とを

ワンセットの生活スキルであり、

人生を愉快に送るスキルである、

ととらえること。

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この2つのスキルを

同時進行で強化してくれる指導機関はないと思うので、

しばらくは

食コーチングやパルマローザの研修会で、

その強化法のスキルを研究してみたい。

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毎年、このセミナーは、

私の誕生日にぶつけてくれる、

これもコーディネート力によるもの。

81歳になったが、

これからの、やることの多さを感じて身を引き締めた。

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# by rocky-road | 2017-06-09 00:13  

「きょうは、こんな1日」の十箇条。

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5
28日(日)、

広島県≪コミュニケーション研究会 ひろしま≫主催による

セミナーが終わった。

3年目に入ってすでに3回目を迎える。

(三原市民福祉会館、終日)

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関東からもパルマローザ組が参加したので、

いっそうにぎやかになった。

大きな学会では、全国から栄養士が集まるだろうが、

前日は尾道ツアーを楽しむという趣向はそうそうないだろう。

これぞコーディネート力。

健康支援者、栄養士にとって、

「編集力」と「コーディネート力」は基本スキルに。

これについては、64日に

横浜で講じることになっている。

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広島の講義は、

「ハガキ、手紙が活性化する人生とは。」

「表現法、思考法としての箇条書き。」2本。

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その前に、いつものように、

1.宿題の発表(2017年念頭に想うこと)

2.前回宿題の講評とお返しから始めた。

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昔は「1
年の計は元旦にあり」などといって、

年頭所感を述べる機会が多かったように思う。

家庭内でも、町内でも、学校でも、職場でも、

それぞれのリーダーが年始の所感を述べた。

さほどユニークな内容ではなかったとしても、

少なからず心が引き締まった。

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いまでも、年頭所感を書くチャンスがあれば、

きちんと1年間の展望を示すことができる。

それを宿題が証明してくれた。

ある人は「ことしはテンポよく生きる」ことだといい、

ある人は「『とりあえずやっておこうか』の人生を改めたい」といい、

ある人は「クライアントに笑顔で接すること」という。

誓えば実現する保証はないが、

無目標の1年よりはずっといい。

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講師を楽しませてくれたのは、

前回の宿題、「いま、私だけが気づいていること」だった。

もっとも、出題の意味がわからないらしい人も多く、

まさに「そのとおり」というしかない文章を書いてくれた。

「路傍の雑草を放置したままで、

それを清掃するシステムができていない」

あるいは、

「酒を飲みすぎる父のことを思って

燗酒にお湯を入れて薄めた」

「ベランダにやってくるスズメは

私の目の動きを見て逃げてゆく」

そんなの、ご本人しか知りようがない。

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回答者の人生のサイズが見えてくる。

話が小さすぎる。

みんなが知っていることでも、

着眼によって、

みんなが気づいていないことが見えてくる、

それを聞きたいのである。

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たとえば、いま話題の文部科学省内にあったという

加計学園関連の怪文書。

テレビでちらっと見た範囲では、

「ほしい」(×欲しい)、あるセクションの「ところ」(×所)

などの用字がひらがな表記になっている。

これは、それなりに用字用語に意識のある人の文章。

そこから何が推測できるのか。

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あるいは、戦争経験者は、

「戦争はいけない」というけれど、

「どうやれば戦争を防げるか」については

まったくアイディアがないこと。

70余年、それ以外の視点を聞いたことがない。

(吉田満氏や山本七平氏などの名著はあるが)

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いじめによる自殺を報じるニュースでは、

自殺者や親は善者で、

クラスメイトや学校、教育委員会は悪者と、

図式が決まってしまった。

この図式こそが、自殺促進のシステムではないのか。

それに気づいた報道はない。

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子どもや若者は、

死んで勝者になろうと錯覚する。

自殺者養護は、「贔屓(ひいき)の引き倒し」になりがち。

死者を鞭打つのはご法度だとしても、

自殺がいかに卑怯で、無責任であるか、

それをときどき教育しておかないと、

この連鎖にはストップがかからないだろう。

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こういうことに気がついている人はいるはずだが、

それは言わない。

その結果、「私だけが知っている」材料になってしまう。

それでは困るのである。

日本人はもう少し知恵があるはず。

社会的ポーズからではなく、

リアルな現実直視から対策が始まるのではないか。

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コミュニケーション学習の基本は、

ものの見方、考え方をシャープにすること。

話し方や書き方の基本も学ぶが、

その前提として、

まずは情報の質をよくすること。

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表現法、思考法としての箇条書きを学んだので、

さっそく箇条書きの宿題を出した。

箇条書きは思考の手順だから、

しばしばトレーニングが必要だろう。

レシピに従えばカレーライスもボルシチもできるように、

思考も、箇条書きを使えば、

いままでよりずっと頭がよくなるはすである。

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手始めに、きょう1日を

10個の箇条書きでまとめてみよう。

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# by rocky-road | 2017-05-31 00:07  

受賞経験、ありますか。

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毎年、429日に開催している写真教室に、

アドバイザーとして来ていただいている

井出哲哉氏が、地元の『信濃毎日新聞』が

開催している「課題写真コンクール」で入選をした。

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タイトルは「ハッピーメール」。

昨年のパルマローザ主催の

ブラッシュアップセミナーのとき、

休憩時間に撮った1点である。

パソコンでユーチューブの画面を

みんなで見入っているときの写真。

そのユーチューブ映像も、

実は井出氏が投稿した動画作品だった。

フォトコンへの私の応募歴は

あと数年で70年というところだが、

自分がモデルになった写真が入選した

という体験は初めてである。

被写体として入賞に貢献したことになる。

自分もついにモデルとして、

フォトコンを狙える日が来たようである。

さて、前述のことし29日の写真教室でも、

長崎から参加した

塚本初音ちゃんの撮影した作品が、

私の審査を通って佳作に入選した。

かつ、入選作のモデルにもなっている。

このところ、この傾向が続いている。

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私のフォトコン初入選は中学1年のときだから、

小学生で入選を重ねている初音ちゃんの場合、

このまま続ければ、

私の入選歴記録は破られる。

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さて、ほとんどのフォトコンテストは、

合否の結果だけが

紙面や郵便、電話などで知らされる。

(近年はネット上で)

若干のコメントがついてはいるが、

さらっとしたものである。

その点では、

水中造形センター発行の『マリンダイビング』誌が

長年続けている水中写真コンテストでは

大いにお世話になり、勉強させていただいた。

オーナーの館石 昭さんのほか、

当時、よく知られた写真家、漫画家、作家が

審査員として加わっていた。

ムツゴロウさん(畑 正憲氏)もそのお1人で、

私がグランプリをいただいたときも、

ムツゴロウさんが審査員のお1人だった。

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入賞作品は、授賞式を兼ねた発表会で

スライド映写機で拡大されて映写された。

そして入賞理由を全選者が述べてくれた。

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とりわけ水中カメラマンである館石さんのコメントは

「魚が真ん前より少し過ぎている。

コンマ何秒か早くシャッターを切るべきだった」

「青を強調するには、もう少しカメラを右に振って、

太陽光が差し込まない遠景を取り込むとよかった」

などと、現場感覚を生かしたコメントで、勉強になった。

これを年1回、私は20年以上聞き続けたから、

写真の鑑賞力を鍛えるのに役立った。

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いまはデジカメの時代から

スマホ全盛の時代へと移った。

写真は美術的鑑賞物というよりも

日常的コミュニケーションのメディアの1つとなった。

しかし、映像を鑑賞し、評論することは

やめられないし、やめてはいけない。

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身だしなみに出来・不出来があり、

献立に適・不適があるように、

どんなに日常化しても、

写真の鑑賞物としての存在感は

けっして失われることはないだろう。

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日常化は、

美意識と対立する現象ではないはずである。

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# by rocky-road | 2017-05-18 23:47  

2017年 パルマローザ写真教室 作品講評。

2017429日(祭日) パルマローザ 写真教室

当日撮影写真のコンテスト  作品講評と受賞作品


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ことしも晴天に恵まれた撮影日となった。
横浜中区元町の高台にあるアメリカ山公園からスタートし、

インターナショナルスクールの≪フードフェア≫、

そして大桟橋と、3か所を撮影ポイントとした。

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被写体はいくらでもあるが、むしろモチーフが多すぎて、

何を、どう撮ればよいのか、迷う人も多かったように思う。

写真教室10回目ともなると、

初参加の人の割合が減るため、

基礎的なレクチャーを省いてしまう。

しかし、応募作品を見て、「これではいかん」と、

大いに反省させられた。

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初参加の人のある・なしにかかわらず、

つねに初心者中心に進めてゆく必要がある、

全スケジュールとまではいかなくても、

1つの被写体を全員に撮ってもらうという、

文章のトレーニングと同様、

「書写」のような手順は毎回、
やっておく必要があると思った。

というわけで、

ことしも「金賞」はなしとした。

これまでのコンテストのレベルを基準とした。

このコンテストに限らず、

ネーミングには少なからずの注文があるので、努めて触れた。

世界のフォトコンで、
ここまでタイトルに注文をつけるところは、

たぶん、ないはずである。

*銀賞、銅賞、佳作の入選者には賞品を呈します。
当日講師、審査係 大橋 禄郎



銀賞

タイトル
「不思議の国が見えるかな? 」

撮影 米澤 須美さん(東京都 管理栄養士)

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【評】

壁の向こう側に何があるのか、
大人でものぞきたくなる意味ありげな門。
それをのぞき込む少女の形と位置がいい。
白い服装には季節感も出ている。
壁と周囲の風景の取り込み方、少女の配置など、
構図意識の高い作品。
タイトルも少女の夢を代弁しているようで納得できる。

銅賞

タイトル
「ハートを掲げて!」
撮影 さいとうかずさ君 (東京都 中学生)

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【評】

出航直前の豪華客船を見送るセレモニーのスナップ。
白い環境の中でハートの赤い旗が引き立っている。
動きの速い旗振りのパフォーマンスをジャストタイミングでとらえた。
タイトルの「ハートを掲げて!」は、
見たまますぎてでもったいない。
この写真を見る人の共感を得るには、
出航船を見送るセレモニーであることを伝えるタイトルがほしい。
たとえば、「楽しい船旅を」または「ボン・ボワイヤージュ」

佳作

タイトル
うれし恥ずかし
撮影 砂野 知香さん (岡山県  管理栄養士)

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【評】
フェイスペインティングの様子。
両者に思い切りよって、描く人の真剣さ、
描かれる人の気恥ずかしさがよく描写されている。
自由にカメラポジションを選べない事情はあるだろうが、
どんな絵が描かれているかを説明したい。
現場を見ていない人には、何をしている場面かが、
すぐにはわからない可能性があるので、
タイトルでそれを示しておく必要があるだろう。

佳作

タイトル
ローズタワー
撮影 甲斐 和恵さん (神奈川県  管理栄養士)

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【評】
バラの花に思い切り寄りつつも、
遠景のマリンタワーを入れ込み、撮影地をも表現している。
バラの露出は見事。やや花の配置が乱れ気味で、
花の構図にもうひと工夫を。
遠景のマリンタワーは、「ローズタワー」というからには、
もう少しはっきりと出してもいいように思う。
被写界深度を考えた撮影技法があるはず。

佳作

タイトル
「十歳のきらめき」

撮影 塚本 剛志さん( 長崎県 工務店経営)

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【評】
反射の強い海面をバックにしながらも、
少女の表情、ペイントされた頬の模様までも手堅くとらえている。
カメラを高く構えながらも、
背景の沿岸風景を入れて臨場感をうまく出しているのもよい。
モデルの柔らかい表情は、まさに「十歳のきらめき」。 
縦に長細くしたのはトリミングなのか。
その効果は出ている。


佳作
タイトル
White flower

撮影 塚本 初音(はつね)ちゃん(長崎県 小学生)

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【評】
白いバラの踊るような配置が生きている。
花を撮ったというよりも、花のダンスを撮った、
と理解するのが妥当だろう。
花はつねに「静物」として撮る必要はない、
ということを教えてくれる作品。
タイトルの「white flower」はいけない。
そのまんま過ぎる。
そもそも英語のタイトルにする必要もない。
せめて「フラワー ダンス」くらいにしては?

その他の作品

タイトル

「あれ?私が撮られてる??」
撮影 さいとうはる子さん (東京都  管理栄養士)

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【評】
手前に2人の一部分、鏡に反射する人たち、
花壇、木々……要素が多すぎて、
写真のテーマがわからない。
タイトルの「あれ?私が撮られてる??」も、
私がどれなのかがわからず、一人合点。
写真も表現であり、コミュニケーションなのだから、
相手に自分の感興を伝えなければならない。
テーマ意識を持って光景を切り取ること。

タイトル
「プリンセスダイアモンド号 出航!」
撮影 影山なお子 (管理栄養士 パルマローザ主催)

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【評】
クルージング中、
横浜に停泊した大型客船が、いま出航するところ。
乗客の一部が最上部甲板に出て、
見送る人たちや大桟橋の様子を見降ろしている。
雲や人の配置がおもしろいが、行列する人たちが、
船上の人なのか見送る人なのかは、これを見て判断しにくい。
これこそ縦位置に構えて、船体の一部でも写し込めば、
もう少し雰囲気が出たことだろう。
タイトルは作品をよく補っている。

タイトル
「拝啓 夕陽とみなとみらい」
撮影 さいとうあいかちゃん(東京都 小学生)

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【評】
夕景の撮り方を心得ている作品。
たそがれ色の出し方や構図に不備はない。
太陽の位置もおもしろい。まさに「よこはま たそがれ」。
これにアクセントを加えるには、
できればヨット、カモメ、それがムリなら人影などを写し込む。
写真はシャッターチャンスも評価の対象となる。
タイトルの「拝啓」はいらないのでは?


タイトル
「キャンバスに向かう」
撮影 塚本ゆみ子さん (長崎県  管理栄養士)

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【評】
花壇のある公園の風景を描いている人を背後から撮影。
よく見る光景だけに、インパクトは弱い。
こんなときは、反対側から、花の数輪をメインにして、
遠景に絵を描く人という構図にすると、いくらか変化が出る。
「キャンバスに向かう」というタイトルも、いかにも穏やか。
撮影にもネーミングにも、もう少し気合を入れたい。

タイトル
「横浜イケブリッジ」

撮影 みなきまゆみさん (東京都 管理栄養士)

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【評】
ポジショニング、カメラアングル、
シャッターチャンス、構図は見事。
なのに、作品としての魅力に欠けるのは、
この状況がわかりにくいためだろう。
噴水池の縁に手をかけて寄りかかっているポーズであることは、
現場にいた人にしかわからない。
1枚写真の辛いところは、鑑賞者に納得し、
共感してもらってナンボであるという点。
「横浜イケブリッチ」も、ひねってはいるが、
意味が伝わらない。


タイトル
「馬車の通る道」

撮影 三奈木博文さん (東京都 会社経営)

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【評】
逆光で撮ったにしても、いかにも暗い。
まだ日のある時間帯の写真を、
ここまでアンダー露出で撮ることはないだろう。
瞬時のことで露出補正ができなかったとすれば、
パソコン上で明るくすることはできるはず。
大きなコンテストでも、
パソコンによるトリミングや露出補正は許されている。
構図はいいのだから、プラス補正をして保存しておこう。


タイトル
「 人気の被写体ナンバーワン。」

撮影 奥村 花子さん(東京都 Hanaヨガ&食スタジオ主宰 管理栄養士)

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八重桜の木の下から、公園の風景を撮った、
構図に工夫を感じる作品。
が、露出は遠景のほうに合っていて、桜の花は暗い。
上半分に覆いかぶさった花が重く、絵の美しさを阻害している。
背景の人の動きもわかりにくい。
一般論として、撮影会のとき、
モデル側からカメラマンを撮るのはご法度。
みんなのカメラに邪魔者が写ってしまうから。
撮影会では怒鳴られるケース。


タイトル
「蛇の目傘の二人 」

撮影 岩崎 智子さん (広島県 管理栄養士)

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2体のこけしをアップで撮った作品。
ワイド側で寄って撮ったため、
レンズの歪みが出て、2体の距離があいてしまった。
見方によっては「私、いや」と避けているようでもある。
ここは少し離れて、ズームで寄ると自然に撮れる。
献立などを撮る人が習得しておきたい基本的な撮影技法。
タイトル「蛇の目の二人」は、
作品としてのパンチの弱さを反映して、いかにも平凡。

タイトル
「YOKOHAMAネイビーブルー」
撮影 植村 寿香さん (千葉県 管理栄養士)

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2人の楽隊員を真横から撮った作品。
一部ながら穏やかな表情が感じられる。

「楽隊」と言ったが、この写真だけを見た人には、
この服装の意味はわからないだろう。
「ネイビーブルー」としたからには、
帽子のデザインを表現したかったのかもしれないが、
そうだとしたら色彩不足、説明不足、そしてインパクト不足。
やはりこの女性のチャーミングな表情を正面側からしっかり狙いたい。

タイトル
「花の隠れ家」
撮影 佐藤由起子さん (東京都 管理栄養士)

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公園の一角にある休憩スペース。
周囲は花々に囲まれている。
文句なくさわやかな環境だが、
この写真からはそれが感じられない。
むしろ雑然としていて目を引きつけるポイントがない。
ある風景に向けて無造作にシャッターを切っても、
テーマは浮かびあがらない。
ひょっとして、「隠れ家」とは、
この雑然とした世界こそ、逃亡者にとっての格好の場所、
という意味なのかもしれない。
刑事が踏み込む直前に撮った証拠写真の1点というのなら納得。

タイトル
「二輪ざし」
撮影 佐藤 裕さん (東京都 食品会社)

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夕日をバックにした記念写真、
だれもが一度は撮りたいと思う情景である。
最近は、そういうニーズに応えて、
「夕日モード」を組み込んであるコンパクトカメラが多い。
その仕組みは、露出は背後の夕日に合わせ、
人物にはストロボ光を当てるというもの。
この写真のように、顔が丸つぶれでは記念写真にもならない。
「二輪」の花は、もっと輝いていたはず。

大橋作品――――――――――――――――――――――――



                   
                     飛び石連休

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アメリカ山公園の地元ミツバチ



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マリンタワーの初夏

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屋根より高~い 


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いまも馬車道

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豪華客船出航


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ビーチサイドレストラン

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# by rocky-road | 2017-05-09 21:29