やっぱり違う、栄養士の旅。

「食ジム」 第143回が終わった。

(2025年8月23日/土 横浜市技能文化会館)

座長 影山なお子さん アドバイザー 大橋禄郎

テーマとプロットは以下のとおり。


「やっぱり違う」と言われる、

栄養士・健康支援者の旅――この視点、この語り。

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1.わが人生で、もっとも印象に残る「旅」といえば……

(文化、食、ライフスタイル、身だしなみ……など)

2.旅先で再認識――「やっぱり日本って、いいところだなぁ」

3.私の「旅」の流儀、大公開――旅に出る前、旅先、旅の後……

4.栄養士、健康支援者の「らしい」視点、「らしい」報告とは。

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「1」の「印象に残る旅」では、

ハワイ、アメリカ(親族の家)、グランドキャニオン(アメリカ)、

フランス、スペイン、イギリス、シンガポール、カナダ、

エジプト、大連(中国)、スイス(モンブラン)。

国内では、長崎、高尾山、富士山、沖縄、大洗、尾瀬、東京

などがあげられていた。

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目的は、遠足、友人と、家族や、新婚旅行、登山、

パルマローザのイベント、ダイビングやスノーケリング、

サッカー試合観戦、留学、スポーツ試合、ショッピング

などが、あげられた。

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多くの人に共通することだが、

遠足、家族や友人と……などとの旅に比べると、

趣味の仲間や親しい人との目的のある旅は、

印象に残りやすい、ということがよくわかる。

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世界には、栄養士のいろいろの組織があるだろうが、

栄養士による旅行サークルなどを除けば、

パルマローザの人たちは、

年に数回の旅行をしているので、

有数の旅行好き組織といえるだろう。

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その目的は、仲間の講演を受講するための旅、

料理教室の旅行版として、陶器産地への旅、

衣服の物色、購入。ダイビング&スノーケリング目的の旅、

写真教室などなど、国内に限らず海外にも及んでいる。

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「3」の「旅の流儀」では、

こんな〝大公開〟があった。

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*ホテルライフの服装も考える(たとえば朝食時)

*どんなTPOにもコーディネートできる、

  「リトルブラックドレス」を持って行く。

*洋服に合わせた帽子を、数種類スタンバイする。

*ホテルや旅館の「作務衣」は着ないようにする。

 自分のいつものお気に入りの部屋着を持参する。

*自分の「香り」(香水)を持っていく。

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*スケジュール表を作る。

*旅が終わったら、

  旅のお仲間と「旅の振り返り会」をおこなう。

*旅が終わったら、かならず、

  フォトブックにしてそれぞれの参加者に渡す。

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「旅の流儀」については、旅歴70年の私にも、

それなりの流儀がある。

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おもなものでは、ログブックの活用。

ログブックの語源は「航海日誌」だが、

いまは飛行機でも、そして一般的な旅行記録、

ダイビング界では潜水記録ノートでも、そう呼んでいる。

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1964年、28歳のときに

幼馴染と作った《東京潜泳会》では、

年間約10数回の、海への旅を続けた。

会長、副会長(私)、幹事、リーダー(海での責任者)などの

役割を決め、潜水記録シートを作って

幹事に、メンバー、場所、天候、水温、潜った水深、

観察した生物名などを記録した。

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この習慣は、どこかにヒントがあったわけではなく、

必要を感じて始めた。

それがきっかけとなって、

個人でもログブックを携行するようになった。

ダイビング界でログブックへの記録が

すすめられるようになるのは、ずっとあとのことである。

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民宿などの食事メニューも記録してあった。

海辺の地で、朝から魚づくしの献立となるが、

若い人たちは、尾頭つきのおかずに

手をつけない人が多くなった。


そうこうするうちに、

漁村の民宿でも、「揚げシュウマイ」などが

普通に出てくるようになった。

そういう記録も残してある。

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しっかりとした目的意識はなかったが、

こうした記録をしておいたために、

のちに、いくつかのダイビング雑誌に、

いろいろな連載記事を書かせてもらう機会があったときにも、

話題には困ることはなかった。

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このほか、わが旅の流儀には

*旅行前に、リストに基づいて、

持ってゆくものを部屋の片隅に

数日前から並べ置いて、

忘れものを防ぐこと(フリーマーケット方式)。

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*現地で撮った写真で作ったポストカードを持っていって、

それを使って、その地からハガキを出す。

できれば現地の記念切手を使う。

 

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*現地で世話になった人には、

帰ってからお礼の手紙かハガキを出す。

(民宿、ダイビングサービス、漁協など)

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こうした事務的な段取りは伴うが、

旅は、基本的に出たとこ勝負。

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そのときどきの迷いが自分の適応力の強化につながる。

ガイドブックをなぞるのではなく、

そのときどきで〝創って〟ゆく。

その適応力もまた「健康のカタチ」というものであろう。

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健康支援者よ、これからも旅を続けよう。


# by rocky-road | 2025-08-29 21:42 | 「食ジム」

 

「ご近所」という健康環境。

《食コーチング プログラムス》の

身だしなみセミナーに、

アドバイザーとして参加させていただいた。

(8月10日(日) 11時~18時。横浜開港記念会館)

タイトルは、

『ご近所で注目される身だしなみ――小さなおしゃれ』

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プロットは以下のとおり。

1.ごあいさつ (影山なお子/大橋 禄郎)

2.〝ご近所〟って、なあ~に? 「定義」。

3.きょうの身だしなみプレゼンテーション 全員。

4.身だしなみクリニック――みなさまのコーディネートを

  診断させていただきます。

5.ご近所ファッションに採り入れたいTシャツ(インナー)が、

  歳を重ねると合わなくなる理由。

6.インナー対策。

  ①Tシャツや、その他のインナーのネックラインを確認し、

  変更する。例(丸首からスクエアに)

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これらのうち、

「きょうの身だしなみのプレゼンテーション」のところで、

「ご近所」について、私見を述べさせていただいた。

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「ご近所」の概念は、

昔と今とではずいぶん変わってきている。

交通機関が発達したし、車も自転車もあるので、

「ご近所」は、自宅周辺とは限らなくなった。

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実際、自転車で買い物に出た先で、

予定を変えて、近くの駅に自転車を預けて、

電車を使って別の街に出かけることはよくある。

昔、ある映画監督が、

「玄関を出たら7人の敵がある、と思え」と、雑誌に書いていた。

予想外のことが起こり得るから、

それなりの準備をしておけ、という意味である。

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確かに、交通ルールのことで、すれ違った人ともめて

パトカーで警察署まで運ばれたことがある。

武士の時代でなくても、敵は歩道にもいるし、

パトカーでもやってくる。

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21世紀といえども、玄関を出れば

敵はかならず存在する。

そういう時代に適応する自分づくりの一手段として、

まずはおシャレを楽しむこと。

ゴミ捨てだの郵便受けのチェックだの、

台所仕事だのと、

1日の中でも衣服を変える必要に迫られる。

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いや、「迫られる」のではなくて、

そのバリエーションを主体的に楽しむ。

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「ヘルスコミュニケーション論」として考えれば、

自分に密着する環境(大橋は「衣環境」と呼ぶ)を

TPOに応じてチェンジすることは、

自分のモチベーションを高めることになって、

結果として自分の適応力、

つまりは認知機能を保持・強化する。

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刀や武器を携えなくても、

それなりの戦闘態勢には入れるはずである。

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そこに、社会参加意識を加味すれば、

社会環境の健全・健康化に貢献することにもなる。

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職場のご近所、副業職場のご近所、

予暇活動の場所のご近所……

つまり、「ご近所」は、自分の居住地とは限らず、

自分がしばしば行くところに、

それぞれの「ご近所」が生まれる。

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「玄関を出たら7箇所の健康環境がある」

そういう意識は、

何よりも自分をハッピーにするのではないか。

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身だしなみセミナーで、

そんな話し合いをしていて思い当たることがあった。

それは、以下の社会現象の分析である。

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『エンパル』54号にも書いたが、

「自分らしく」「私らしく」「あなたらしく」というフレーズが

おもに女性の間で流行している。

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「らしく」を『広辞苑』で見ると、

文法の品詞があちこちに変わるし、

意味もいろいろ、使い方もいろいろなのに驚く。

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なにしろ、万葉集の時代から使われてきた

歴史と由緒に富んだコトバである。

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「あしたは雨らしい」(推測)

「その結婚には親が反対しているらしい」((伝聞を基にした推定)

「なんと愛らしいお嬢さん」

「そんな買い物をするなんて馬鹿らしい

教員らしからぬ言動」(接尾語/状態の評価)

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名詞に接尾語としてつく場合の「らしい」には、

主観的な価値判断が入っている場合があって、

しかもリスペクトするニュアンスがある。

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「主観的評価」だから、

「愛らしいお嬢さん」に対して、

「そうかなぁ?」という反応もありうるし、

「馬鹿らしい買い物」にも、

別人は「いや、目が高い買い物だよ」と評価するかも。

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かつては日常的に使われた

「男らしい」「女らしい」「日本人らしい」には

あいまいながら、一定の高い評価を含んでいた。

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だから昔の親は

「もっと男らしくしなさい」

「そんな女らしくない口を利くのをやめなさい」

などと言って注意をした。

それは、相手の評価を下げて、反省を促すパターンだった。

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ところが現代は、

「男らしい」「女らしい」「日本人らしい」は、

差別用語と受け取られる可能性が出てきた。

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それを皮膚感覚で感じた女性は、

それでもプライドを保ちたいと感じて「自分らしく」を

使うことを思いついた。

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「自分らしく」には、ハイジャンプ競技に例えれば、

自分の目線より上には「バー」を設定しない選択である。

~く予選通過できる高さ。


もちろん、これでは、いまのレベル以上には

記録の更新は永遠に生まれない設定だが、

それによって、人さまからは異論は出る心配はない。

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つまり現在の日本は、

アメリカ真似っこの、過剰な差別意識の結果、

「男らしく」「女らしく」「日本人らしく」生きることを

遠慮するようになった。

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かといって、「人間らしく」「地球人らしく」では

抽象的すぎて目標にはならない。

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抽象的ながら、自分の精神的主柱を捨てた人間、

つまり、理想とする「らしさ」を持たない人間は、

とりあえず「自分らしく」、人生を〝流して〟行くしかない。

一見楽に見えるが、価値観も目標もなく、

したがって、何年生きても向上もないので、

結果的には短い人生を送ることになる。

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そういう風潮に対する代案というつもりはないが、

身だしなみをTPOに応じて整えることは、

自分および周囲や社会の健康度を上げること、

と考えると、少しは心の柱がシャンとするかもしれない。

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もっとも、「健康人らしく」だって、

「差別用語」のレッテルを貼りたがる人間がいそうだから、

表向きは「認知症予防人らしく」「健康寿命を願う私らしく」

とでもしておけばよい。

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それにしても、「日本人らしく」や「男らしく」「女らしく」を

手放した日本人はどこへ行くのか。

国が弱小化する予兆の1つのようにも思える。

ここは一発、健康行動として、

「私の住むご近所らしい環境」のために、

身だしなみを整え続けよう。

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使命感のない者は、

人を強くも、美しくも、ハッピーにもすることはできない。

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どうしても「自分らしく」を使いたい人は

「(農業一途、人々の健康に貢献した

織田家の末裔である)自分らしく」

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「(神風特攻隊として戦った

おじさんの子孫である)自分らしく」

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などと、

心の中で形容句をつけて

「自分らしさ」を主張するようにしてはいかが?

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# by rocky-road | 2025-08-12 21:43 | 身だしなみセミナー

 

和食は世界の食文化に。

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「食ジム」 第142回、

 「日本人の「食」の現状と

 今後の方向性を考える。」が終了した。


 2025年7月19日(土)

 座長/永野幸枝さん

 アドバイザー/影山なお子さん 大橋禄郎

 会場/横浜市 関内ホール 

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進行プロットは、以下のとおり。

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1.食シーンや食習慣に関して、

私って日本人だなぁ」と、

つくづく感じることのあれやこれや……? 

2.今回の「米騒動」によって、日本の食料環境や、

  日本人の行動様式について感じたことは? 

3.日本の食品や食文化、日本人の食行動、健康観が、

  今後も、世界にどういう影響を与え続けるだろうか。

4.健康支援者として、日本人の健康や幸福度を

高めるために、公私にわたって、どのような

アクションが求められるか。

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個々の経過はほかの方に譲るが、

「駅弁が食べられるし、車内で食べる食事は格別」

「おにぎり文化と、種類のバラエティ」

「世界の料理を日本流にアレンジし、

それが自己満足ではなく、

本場の人にも『うまい』といわせる」などの指摘が印象に残った。

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米騒動については、

私の見解をご披露させていただいた。

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「マスメディアは、パニック情報を好むところがあって、

品薄とか物価高騰とかを、各メディアが競って追いかける」

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それらは、マスメディアの習性であって、

「いつもと同じ」では「ニュース」にはならない。

その昔のオイルショックがきっかけとなった

トイレットペーパーの買い占め騒動、

「黄変米(おうへんまい)騒動」(輸入米に青カビ)、

そして2年前のコロナ禍。

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マスメディに「心休まる情報」を期待するのはムリ、

と考えておいてほうがよい。

話が飛躍するが、

現在進行中の各地のクマ被害がよい例。

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クマは怖いが、しかし、いきなり猟友会が駆除するのではなく、

共存の方法を探りたい。

「人間は厄介な存在」であることを

クマたちに知らせる方法はいくらもあるはず。

(駆除してしまったら、そういう情報は

クマの社会に伝承されない)

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ではどうするか、その対策を専門家に取材するなどして

報道すればよい。

しかし、専門家といわれる人とは言え、

クマを追い払うアイディアは、あまりなさそうである。

撃退法は、素人でも、1時間も考えれば、

50個や100個くらいのアイディアは浮かぶはず。

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ハンドサイレンの携行、各種スプレーの噴射訓練、

クマ追い払い用の花火や水鉄砲(薬液入り)の携行、

さらに徹底するなら、

弓道・棒術・槍・薙刀(なぎなた)愛好家による威嚇、

スポーツ選手による、クマ追い払い競技……などなど。

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マスメディアは、〝あったこと〟は派手に報道できるが、

まだないことの対策の提案は苦手。

このあたりの傾向を前提に、

「何かあったら、対策は自分で考えこと」を

自分用の信条として準備しておくとよい。


防災対策に専門家が生まれたように、

クマとの共存法対策も、

資格制度をつくって活躍してもらえばいい。

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クマには休んでもらって、

ここは、「食ジム」の話。

話を戻そう。

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日本の食文化の普及は、まだ始まったばかり。

文明は先進国によってリードされるが、

いや、文明(ライフインフラの普及や、

船舶や飛行機、武器などの開発など)を

リードした国が先進国となるのだが、

文化というものは、文明とは別の筋道で進化する。

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日本のような島国には、

他国の影響を受けても、

それをアレンジして独自のものを生み出す地の利があった。

豊富な水資源、湿潤環境ゆえに腐敗が早い、

そこから生まれる衛生感覚、

海外の雑音に惑わされることなく、

使い勝手のよい物品を生み出す実験室のような国土と、

非専制的、非収奪的な為政者……

などのお陰で、文化的洗練度を高めた。

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先進国の人たちは、

ようやくそのオリジナリティとクールさ(「イケてる」「カッコいい」)に

気がついた、というわけである。

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米を「主食」とする献立の知恵とバリエーション、

箸を前提とした茶わんをはじめ食器各種、

しょうゆと、しょうゆ差し、

正座して、集中しての食事--「いただきます/ごちそうさま」

食材と献立の季節感、朝・昼・夕食らしさ、

魚、肉、野菜の調理法のバラエティ、

日本酒の産地の多さに応じた味のバラエティ、

食材や料理の鮮度を保つ知識と技術……

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それらは当たり前のこととして

2000年以上、伝承されてきたが、

地球規模で見れば、

培養器の中で発達実験を行なってきたようなものである。

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日本酒愛飲家としては40年程度の〝駆け出し〟だが、

日本酒は〝つまみ〟を前提とした酒である。

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この点は、味や度数の強い焼酎やウイスキー、ウオッカとは違う。

日本酒は、食塩を〝つまみ〟にしても旨い飲料である。

日本酒を基準にすれば、

ワインでさえ、味や香りを主張し過ぎる。

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欧米人に〝つまみ〟の習慣がないのは、

酒そのものを味わう文化だから、ということだろう。

日本酒の場合、口の中で酒とつまみとが混じると、

旨味のエキスでくるむ状態になる。

まさしく〝つまむ〟ための飲料である。

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培養器のフタがあけられた。

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かくして、

日本型食生活も、寿司もおにぎりも、

箸も食器も、日本酒も

世界の食文化の中に組み込まれることだろう。

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サラダは、

ボウルの中の食材を、

フォークで追いかける料理ではなく、

コーンもミニトマトもマッシュルームも、

箸で、つまんで食べる料理であることが常識になるのは、

そう遠い話ではない。


1つの懸念案件は、

生ものの扱いに慣れていない人たちによって、

いつか、大規模な集団食中毒が

引き起こされる可能性があること。

数十人、いや、数百人の被害者が出るかもしれない。

このとき「日本食は危ない」という、

誤った認識が生まれないことを祈る。

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最後に、

「食ジム」プロットにあった

「健康支援者として、

日本人の健康や幸福度を高めるために、

公私にわたって、どのようなアクションが求められるか。」

について。


この日の「食ジム」が終わった帰り道、

参加者の1人が、バスの中で

高齢の女性から声をかけられたという。

「ステキなバッグですね。あなたの雰囲気に合っているわ」と。

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ここから始まって、

その女性がシアトル(アメリカ)から数十年ぶりで

帰国中であることも話題になった。

打ち解けて話しているうちに、

その女性が言ったという。

「おしゃれしてる方を応援したくなっちゃうの」

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このご報告を受けて感じたのは

これぞ「健康と幸福のカタチ」ではないか。

ステキなバッグを持っていると声をかけられる、

とは決まっていない。

声をかけたくなる温かさが、

声かけをしやすくさせる。

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このケースでは、

食ジム帰りの人の表情が、

バスの中の健康環境そのものであった。

身だしなみや、魅力的なバッグだけでは、

声をかける決め手にはならない。

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ここでのポイントは表情。

表情にはお金だけでは調えられない情報がある。

「表情は社会に対する、文字のない伝言板」と

言ったことがあるが、

まさにその事例。

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日本人の健康度を高めるアクションのポイントで

案外、面倒なのは表情や言動であろう。

昔の日本人は、見知らぬ人に声をかけた。


行列のときの前後の人、乗り物の中で隣の人、

病院や公共施設での隣の人。

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それがいまは、スマホをのぞき込むだけで精一杯。

日本の食文化が世界の食文化になりつつあるいま、

健康支援者に求められるのは、

日本人の心身の健康度を、

言動で表現することではないか。

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戦後しばらくは、

道で外国人旅行者に声をかけられると

逃げ出すのが日本人だった。


世界の食文化の新発祥地に住む日本の健康支援者としては、

国内・国外を問わず、

フレンドリーではあるが品格のある態度、

それを「健康のカタチ」として示すことであろう。

和食は世界の食文化に。_b0141773_22225195.jpg


# by rocky-road | 2025-07-25 18:57 | 「食ジム」

 

一生×百菜、満載。

昨年1月に亡くなった

宗像伸子さんが残したお料理レシピが

スタッフによって再現され、料理書となって復活した。

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オーナーを失ったヘルスプランニングは、

立ち上げ当初からのスタッフ、

山脇ふみ子さんによって引き継がれ、

いまも経営を継続している。

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宗像さんのお料理は、質素で清潔。

ハッタリや押しつけがない。

まさに人柄そのものである。

この点もしっかり継承されている。

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一方、

今回、刊行された新刊

『シンプルだけど体にいい! 主菜×副菜』の

編集を担当したのは群羊社。

群羊社については、このページでも話題にしたことがあるが

(2022年10月)、

ユニークな料理書、フーズガイド、

食育関連の書物などで知られる出版社である。

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社長の藤原眞昭(まさあき)氏と奥さんの勝子さんは、

私の女子栄養大学出版部時代の同僚。

お2人は、のちに結婚され、群羊社を立ち上げた。

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女子栄養大学出版部時代の話になるが、

この編集部で、健康ものの料理書をシリーズで出し始めたころ、

女子栄養大学の栄養クリニックに所属していた宗像さんにも

お声をかけてご協力を願った。

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当時、健康書シリーズの担当者が眞昭氏であった。

当時、眞昭氏は、

原稿用紙の使い方さえわからなかった宗像さんに

ていねいにアドバイスをして、

「健康になるシリーズ」など、多くのヒット企画を進行した。

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私が『栄養と料理』時代に企画した

「フーズデータシリーズ」

(『食品の塩分早わかり』『食品のエネルギー早わかり』など)や

「ガイドブックシリーズ」(『毎日のおかず640種の エネルギー

塩分 たんぱく質ガイドブック』など)の時代には、

藤原夫妻は、群羊社を立ち上げていて、

これらの書物の編集を全面的にお願いした。

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芸術作品から商品企画まで、

あらゆる企画には、

制作者のカラーは出るもので、

それは時代を越えて継続される。

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今度出た

『シンプルだけど体にいい! 主菜×副菜』も

例外ではなく、

送られてきた本の表紙を見た瞬間、

「これは藤原作品だな」とすぐにわかった。

その特徴は、使い勝手よく作られていること、

レイアウトがシンプルながら見やすく、使いやすいこと、

文字数が少なく、理屈よりも実用……などにある。

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こういう料理書を作れる編集者は激減し、

この系列では継承者は出ないことだろう。

そういう意味では、記念碑的な1冊となる可能性がある。

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昔、だれがいったか、

「料理は瞬間芸術」という表現がある。

手や口、舌で味わう芸術作品は、

確かに料理以外にはない。

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それでも今度、

亡き宗像伸子の料理は写真で再現された。

そして、そのスタッフは「ヘルスプランニング・ムナカタ」。

宗像伸子は、

亡くなって1年半後の2025年6月現在、活躍中である。

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人の寿命は、生きた暦の年齢よりもずっと長い。

クレオパトラや紫式部がそうであるように。

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業績、作品、想い出、思想、感性、スキル、

レシピ、写真、社名……

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ページをめくりながら、

改めてそのことを実感している。

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# by rocky-road | 2025-07-04 23:06 | 宗像伸子先生

 

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22101914.jpg
長嶋茂雄氏が逝去された。

同じ1936年生まれ。

彼は2月生まれの早生まれ。

学年は彼が1年上ということだろう。

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追悼番組では、

彼に指導を受けた人たちのコメントを聞けたが、

彼自身、いつごろから野球を始めたのかは

聞いたことがないので、「ウイキペディア」で調べてみたら、

東急セネタースの大下弘(青バット)や

大阪タイガースの藤村富冨美男選手などに憧れた、とのこと。

大下選手は漫画雑誌のキャラクターになるほどの人気者だった。

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22133186.jpg

千葉県で育った長嶋氏と、

東京都文京区で育った私とは、

野球体験がだいぶ違うことが改めてわかった。

私は後楽園球場まで歩いて30分というところで育った。

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長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22145816.jpg

ともに戦前の野球事情は知らない世代だが、

私の場合、いつ、だれから野球を習ったのか、

思い出せない。


気がついたら広場でキャッチボールをしていた。

ボールは母親に手伝ってもらった手作り。

芯はビー玉だったかな?

軟球ボールが売りだされるのは少したってからか。

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22165577.jpg

私が野球というものを初めて見たのは、

日比谷公園で進駐軍(アメリカ軍人)が

ソフトボールをやっている場面だった。

なんと、ナイターだった。


戦争中、灯火管制のために

暗闇の家でじっとしている経験のあった者には、

その明るさと華やかさは夢の世界のように見えた。

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後楽園には、ただで入ることが多かった。

というのは、7回を過ぎると、帰る人もいるので、

内野と外野の堺にある通路の門が開け放たれ

通行自由になった。


それ以外にも、どこから入ったか、

ベンチの横で観戦し、選手から呼び込まれてベンチに入り、

選手の膝の上で観戦したし、

試合後、選手に誘われて風呂にも入った。

当時はまだシャワーはなかった。

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22191660.jpg

折れたバットをもらって持ち帰ったことも何度かある。

釘を打って修繕したが、

子供にはプロの硬球野球のバットは重すぎた。

観客も少なく、

試合が終わると多くの人がグラウンドに降りて、

球場感覚を味わう時代だった。


そんなこんなで、

プロ野球(職業野球ともいった)の近くで育った。

長嶋氏が憧れたという藤村選手のユーモラスなパフォーマンスも

間近で見て、いまも覚えている。

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22200329.jpg

たとえば、3塁ベースをオーバーランした選手にタッチするとき、

三塁手・藤村は、ボールを持った手を相手選手の肩にかけ、

仲良しのように肩を組んで2人でベンチへ引き上げてくる、

といったジョークを演じた。


一方、貧乏チームのユニフォームは、

背番号のプリントが剥げかかっていて

「これが現実かね」と、子供心に思った。

長嶋茂雄さん、ありがとうございます。_b0141773_22202462.jpg

長嶋氏とは、

社会人になってから出会う機会があった。

「京映」というコマーシャルフィルムの制作会社に勤め始めたころ、

読売巨人軍が、サントリーの多摩川工場を訪ねる、

という映像スタッフとして参加した。

そのときの写真が残っている。(1960年5月6日)

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これには、有名選手が多く写っている。

赤バットの川上哲治、当時の監督、水原 茂など。

そして、私のうしろには、当時、寿屋(のちにサントリー)の

宣伝部員だった山口 瞳氏が……(のちに作家)。


水原氏は、戦後、戦地から引き揚げて来て、

東京に着いたその日に、

後楽園球場にかけつけて、復員のあいさつをした。

それを私は球場で見ていた記憶がある。

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さて、野球といえば、

高校野球部(大橋創設)、YMCA時代、

女子栄養大学(大橋提案)と、

30年余り、野球を楽しんだ。


その間、背番号はずっと「3」だった。

野球をやめたのは、

ダイビングクラブの活動と

バッティングすることが多くなったためである。

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今度、長嶋氏の懐古動画を見ていて感心したのは、

「読売巨人軍は永久に不滅です」の引退あいさつ、

監督辞任のあいさつ、

野球引退あいさつのいずれも、

長嶋氏は「ありがとうございます。」(「ありがとうございました。」ではなく)

というところであった。

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ここは、NHKのアナウンサーに

しっかり見ていただきたいところである。

とりわけ、梅津正樹アナウンサー。

かれは、コトバ関係の番組を多く担当し、

「ありがとうございます。」が本来だ、と言っていた。

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仮に過日のお礼を言う場合、

「謝意はいまに至っているから」過去形にはしないで、

「ありがとうございます。」と。

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そのNHKも、いまはほぼ100%、「ありがとうございました。」

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梅津さんは、この現況をどう見ているか。

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長嶋さん、あなたは自家製・和製英語の

「メークドラマ」で突っ込まれたけれど、

しっかり国語の強打者でもあった。

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# by rocky-road | 2025-06-06 22:54 | 長嶋茂雄