日本句読点学会、発足宣言。

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わが大橋予暇研究所では、

2023年12月1日を発足日として、

「私設・日本句読点学会」を併設することにしました。


設立目的は以下のとおりです。

日本の国語の表記法として、

文章には句読点を打つことは、

明治43年(1910年)に、文部省(当時)によって

「句読法」として定められ、国定教科書に採用されました。

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その目的は、

①文章を読みやすくすること。 ②誤読を避けること。

(書き手にとって)センテンスの長さの目安となり、

文脈の乱れを防いだり、適正な段落を設けたりするのに有効であること、

などにあります。

(漢文を読むときの区切り記号としては

平安時代から使われています。

その理由は、日本人には漢文のセンテンスが

わかりにくかったから)

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今日、句読点は、日本語の文章を

国民のだれもが読めるカタチを整え、

見栄えよくし、かつ論理的な表現をすることに

どれほど役立っているか、計りしれません。

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しかし、少なからずの国民は、

手書きの文章(手紙、ハガキなど)に、

句読点を適切に、しっかりと使うことができないのが現状です。


たとえば、「、」を針の穴のように小さく打つ、

」が小さくて「テン」だか「マル」だかが、わかりにくい。

句読法制定から100年以上たっても、

この状況にあることは、

文化国家として、きわめて誇らしくないことです。

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さらに深刻なのは、

印刷ハガキを請け負う業者や、パソコンの書式などでは、

なぜか、句点を打たない形式が定着してしまったこと。


年賀状、喪中はがき、冠婚葬祭の案内、

転居・転勤・昇格案内などがその例です。

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その理由として、

一説に、「昔(平安時代とか)は、

手紙には句読点を打たなかった。


句読点を打つのは、読解力の低い人に向けた手紙。

したがって、句読点を打つことは、相手を低く見ることになる」

……だとか。

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なんと時代錯誤の、そして誤った解釈でしょう。

そこまで言うなら、

「巻紙に筆で、古文で書くことにしなさい」と

言いたくなります。


このほか、公共施設のいろいろの掲示の文章にも、

句点を打たないものが多い。

そして、テレビのテロップも、ほとんど句読点を打たない。


テレビはもちろん、

公共の場で、不特定多数の人に向けた文章は、

社会環境の一部なのですから、

ルールに則った、折り目正しい表現をしていただきたい。

それが日本人としてのプライドでしょう。

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「たかが句読点」と言うなかれ。

こういうことに気を配らない表現者は、

無知であるうえに、怠惰な生き様であると考えるべきで、

それはけっして健康促進の行動にはなりません。

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認知症の発症年齢と、

発症前の生活習慣との関係を調べる研究に、

文章を書く頻度や、その内容との関係を示した研究が、

アメリカにあったと思いますが、

日本文であれば、その文章に、

どれくらいの割合で句読点を打っているか、

という研究をすれば、

句読点の健康効果は実証されるはず。

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「しかし」です。

「直木賞」という賞に名を遺した、小説家の直木三十五は、

読点を頻繁に打つ、稀有な人でした。

こんな具合です。

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「私の本名は、植村宗一で、植を二分して、直木と匿名にし、

当時三十一であったから、直木三十一、翌年三十二と、

一目上りに変えてきて、三十五で止めたのであるが――

この与一兵衛は、大和国箸尾村の土豪であった。


与一という名から考えて、

十一番目の子らしいが、その時分、それ程正確に、

名をつけていたか、何うか分らないから、断言はできない。」

(自叙伝による)

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このように、ほぼ文節ごとに「、」を打っています。

当学会からは名誉会員に推したい人物です。

とはいえ、句読点をマジメに打ってさえいれば、

それだけで健康になる、ということにはならない

という点は指摘しておく必要があります。


直木三十五は、1891年生まれで、

1939年に没したといわれますから、

寿命は43年。なんとも短命。

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健康を論ずるとき、

「〇〇してさえいれば……」という

シンプルな発想は禁物。

健康は無数の要因によって支えられるものですから、

1つ2つのプラス要素だけで判断をするのは危険です。

句読点もしかり。


しかし、です。

句読点の頻度は、

健康上、マイナスに働く要素はあまりない、

と言ってもよいでしょう。


文章を書く生活、それが人に読んでもらうためだとすれば、

相手の読みやすさに関して気配りすることは、

認知機能にプラスに働くはず。

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直木さんの場合、

結核に感染したことで死期を早めましたが、

早稲田大学時代には、学費未納で退学になりながら、

授業は受け続け、同級生との卒業記念写真にも

一緒に写っているとのこと。

こういうエピソードからうかがえるライフスタイルは、

健康上のリスクになった可能性があります。


それはともかく、

新設、当「日本句読点学会」は、

健康増進を目的とする学会ではなくて、

リズミカルで、すっきりとした、

美しい日本文を書くことをすすめる学会です。


句読点をしっかり打つことは、

読みやすさを促す、誤読を避ける、

段落意識を強化するなどに加えて、

自分の書く文章に責任を持つ、

その人が表現をした、という姿勢を感じさせるなど、

生理的、精神的意味や効果があります。

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近年の日本人の言語行動には、

折り目正しさが失われつつあります。

NHKが、民放との共同キャンペーンとはいえ、

ついに、ついに()「# このラジオがヤバい」のように、

「ヤバい」を使うようになりました。

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俗語が昇格したのか、NHKが降格したのか。

国力や民度と、コトバづかいとの関係を

明らかにした研究はないと思いますが、

高齢者までもが、

「熊に出会ってしまって、怖かったというか、

恐怖が先にたったというか、

かなりヤバいかなと……」などという

シマりのない表現をする人の割合が高くなるというのは、

大和魂の国としては、軟弱化していると見ていいでしょう。

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話しコトバがこれですから、

書きコトバとなると、さらに劣化が進んでいて、

「Eメール文体」というべき文章が市民権を得たようです。

「ハ~イ。雪なんか降りそうな日が続くけど

温泉かなんか行きたい気分だよね( ´艸`)


こういう現状なので、

文章に「テン」や「マル」をどう打つか、などということに

関心を示す人は少ない。

ところが、世の中、捨ててはいけない、

一部には、「。」にこだわる人もいて、

タイトルや商品にも「。」を打つ(「心。」「微アル。」)、

人名にも「。」を打つ(モーニング娘。)というケースもあります。

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商品イメージを強めるための

販促テクニックの要素があるにしても、

日本語のルールや品格を守る意味、

親しみや温かさを感じさせる意味など、

表現法としてはプラスに働くと思われます。


多くの日本人に、句読点の大切さを忘れられないためにも、

本学会は、いろいろの事例を収集し、分析し、

頻度を高めるための研究を続け、

継続的に経過をご報告してゆきます。

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学会名を「句読点学会」としましたが、

それは、いわば助走的ネーミングです。

いずれは「日本表記法学会」と改称することになるでしょう。

!!」「?」なども研究対象にするので、

「補助符号学会」からスタートしたいのですが、

非研究者には、ますます意味がわからないと思われるので、

とりあえずは「句読点学会」で発足します。


ひょっとして、会員になりたい方もおられるかもしれません。

目下、会員規約はありませんが、

国語表記法に関する小論文またはレポートをご提出いただき、

厳正に審査して、入会の可否をお伝えします。


2023年12月1日

日本句読点学会 発起人会長 大橋禄郎

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# by rocky-road | 2023-12-01 21:22 | 日本句読点学会  

低い「話力」はこの先も……。

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いま、わがロッコム文章・編集塾では、

「話力」について講じている。

講義のテキストは

『「話力」のブラッシュアップ。』

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ちなみに「話力」というコトバ、『広辞苑』の七版にも記載がない。

「話力」は、個人の社会行動の基本になる能力だが、

まだ日本語としての使用例は少ないのだろう。

共通語にはなっていないのである。

そういえば、

以前、「食事力」というコトバも造語したことがある。

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「力」というコトバは、能力を表わすコトバだから、

いろいろのコトバにくっつけて造語できる。

「眼力」「説得力」「」復元力」「政治力」「経済力」……。

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しかし、造語するときには、

定義をして、それが社会に受け入れられなければならない。

もちろん、「食事力」にも「話力」にも定義をした。

定義が不完全だと、社会の財産にはなりにくい。

「くしゃみ力」「ふてくされ力」「睡眠力」などとやっても、

共有されなければ、共用言語にはならない。

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それにしても、「食事力」などは、

「咀嚼力」「記憶力」などと同様、

個人の資質にかかわる能力なのに、

共用言語にはなっていなかったのが不思議である。

ここでは定義を省くが、

「コロナにかかって食事力が落ちた」

「オヤシラズが抜けて食事力が落ちている」なんていう表現は

必要ではなかろうか。

「フレイルの予防には食事力の強化も必要」なんていう表現、

使える日が来るといいのに。

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さて、「話力」、定義はこうだ。

「話力」とは、音声言語による表現能力のこと。

一般的には、成人に達するころまでには、

母国語で周辺の人と会話を行なうことができるようになる。

この意味において大半の人は「話力」を身につけている。

(まれに「話力のある文章」などと、表現した論者がいた)

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これだけのことなら、

あえて「話力」を見直すこともないが、

以下に、次の解説を入れている。

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基礎的な「話力」は発達段階を経て身につくものではあるが、

もろもろの体得経験の結果として能力差は生じる。

「基礎的話力」の評価ポイントとして以下の点があげられる。

①相手の特性(性別、年齢、属性、関係性)、状況、

相手の人数、距離、話題などに応じて、

適正な表情、音量、口調(速さ 滑舌)

コトバづかい(ていねいさ 用語 敬語 謙譲語)が適切であること。

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言うのは簡単だが、

日本人の話力不足は歴代の総理大臣から

国会議員、接客業種の従業員、タクシーの運転手、

幼稚園から大学院までの教員などなど

しゃべりがメインとなる職業人の話力の低さは

全国民が知るところ。

そもそも「話力」というコトバがないのだから、

そこに気を配る文化がなくて当たり前。

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これではいかんと、

まずは健康支援者から、

話力強化に意識を向けてもらおうと、

ささやかながら、

その傾向と対策について改善策を示している。

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くわしくは「講義で……」とはなるが、

基本的なことは、まず表情の改善から。

「話力強化」の基本は、

無言の表現力から。

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曇天なのに日傘を差したり、

ギャングみたいな覆面マスクをしたり、

国防色(オリーブ色というのか?)や

ベージュの衣服を常用している人の80%は、

「話力」を放棄している人と見ていい。

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話力強化のトレーニング法としては、

雑誌や新聞を音読すること。

しかし、現実は、

トレーニングをしようにも雑誌も新聞も手元にはない人が

多いのではなかろうか。

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それならいっそ、

「ケイタイ画面を音読しなさい」と言いたいが、

ケイタイで文字情報を読む人さえ少数派の可能性もあるし、

通勤車内で音読を始めたら、

車内がお寺での法事のようにもなって、

「車内ではも音読をお控えください」

となることは必定。

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で、けっきょく、日本人の「話力」不足は、

輝く伝統として、

百年続きますように。♪

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# by rocky-road | 2023-11-10 23:00 | 大橋禄郎 文章教室  

「名古屋から京都へ」の時代。

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10月20日、21日、22日の3日間、

食にかかわるとはいえ、

まったく業種の異なる3つのグループの集まりに、

連日参加した。


1日目は、

わが地元、北区の健康増進部健康推進課が行なった、

「北区 楽しい食の推進員会」10期生を対象とした養成講習会。

ここでは、影山なお子さんによる

食生活を輝かせるために知っておきたい7つのポイント

「食コーチング」の視点から

という午前中の講義のあと、

午後に、「おいしさ100倍の食シーン撮影入門

というコーナーを担当した。

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2日目は、藤原勝子さんが校長時代の

ジャパンフードコーディネータースクールの同窓会。

1982年に発足したこのスクールだが、

いまは別経営のスクールになったため、

元校長が参加する同窓会は今回が初めてであった。

元・講師として、これに出席した。

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3日目は、食コーチングが主催する「食ジム」第125回。

今回のテーマは

「栄養士は後輩たちに、栄養士という職業の魅力を

どのように伝えてゆけばよいか。」

(座長 三宅理江子さん 

アドバイザー 影山なお子さん/大橋 )

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3つのコミュニティは、個々に活動をしていて

互いの交流はない。

しかし、それぞれに関わった者から見えてくるのは

「食」を通じて社会に貢献しようという参加者のモチベーションであり、

日本人の健康寿命を支える柱としての役割である。

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北区の「楽しい食の推進員」も、

「食ジム」参加者も、主体は栄養士である。

フードコーディネーターにも、

栄養士の肩書を持つ人が少なくない。


栄養士および食生活の社会史を振り返ると、

栄養士の働き場所は、主に病院であったが、

フードビジネスが盛んになると

(その社会背景には、女性の社会参加がある)

病院以外のところにも、

栄養士の活躍場所が広がっていった。

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このとき、「栄養士」という肩書は、

フードビジネス向きとは感じられないところがあり、

別の肩書が求められるようになった。

このニーズに応えるべく、

「フードコーディネーター」「フードスペシャリスト」

「食育コーディネーター」「食生活アドバイザー」など、

資格を与える短期養成校が数々生まれた。

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「管理栄養士」と「フードコーディネーター」との比べ方として、

どちらが養成機関が長いか、

どちらがお金がかかるか、という点を基準にすれば、

迷うことなく前者である。

したがって、「栄養士の資格があるのに、

なぜわざわざ〝フード系〟の資格までとる必要があるの?」

そういう疑問を持つ〝外野〟が多かったのは当然である。

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が、今度、フードコーディネータースクールの同窓会で、

何人かの人と話をしていて、

やはり、この資格には意味があった、と感じた。

「いま、どんなお仕事をしているの?」と尋ねると

「カフェを開くにはお金がかかるので、

カフェを開きたい人のサポートをしています」

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そしてBさんは

「メディアで働きたいという人を売り込む仕事をしています」

さらにCさんは、

「カフェプランナーの仕事をしています」

Dさんは、

「大学の教授をしています」

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養成期間や払った学費の多寡とは関係なく、

みなさんしっかりご自分のポジションを得ている。

人と人とを引き合わせるコーディネーターという仕事は、

社会が多様化するほどに、ニーズが高くなる、

いや不可欠な仕事となってくる、

ということであろうか。

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いま思えば、

日本を代表する大手の食品会社にいた人も少なくない。

その人たちが、

いまはフリーのフードコーディネーターとして活躍しているではないか。

「あの会社にいたときと、いまを比べたら、

どちらに達成感がある?」

そういう野暮な質問は、もちろんしなかったし、

する必要もなかった。

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答えは表情や話しぶりに書いてあつたから。

そして思った。

「楽しい食の推進員」も、

「食コーチ」も、

健康を軸足にした、人生100年時代のコーディネーターなのだ、と。

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人生100年時代の説明の仕方として、

こんなストーリーを考えて見た。

仕事関連の出張か、ほかに、なにかの都合で、

東京の人間が名古屋まで、年に何回か通っている、としよう。

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名古屋までの間、車中で何をするかは、

経験的にわかってくる。

「この本を読み切る」「この雑誌を買って読む」

「ケイタイでブログの下書きをする」

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が、事情が変わって、

名古屋への定期的出張先が京都に変わった。

名古屋から京都までの時間がプラスされたとき、

「読む本は少し厚めのものにする」

「週刊誌はやめて月刊誌にしよう」

「車窓から低山だけを撮ろうか」

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「人生100年時代」とはそういうことだ。

名古屋から京都までは睡眠時間とするか、

米原で途中下車して1泊するか。

「あなたのお好きなように」

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どう過ごせばよいか、定まらない人が多い。

そういう人に、アドバイスをするのが、

「楽しい食の推進員」であり、「食コーチ」であり、

「フードコーディネーター」であろう。

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「100年時代」とは、

出張先が遠くなる、ということであり、

車中で過ごす時間が長くなる、ということである。


# by rocky-road | 2023-10-27 23:21  

栄養士は、桃色にも真っ赤にも強い。

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9月17日(日)に、「食ジム」第124回 に参加した。

(食コーチングプログラムス主催 横浜エルプラザ。

11時~18時)

座長 奥村花子さん 

アドバイザー 影山なお子さん、大橋。

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テーマと進行は以下のとおり。

【テーマ】

食事相談のとき、

クライアントからイレギュラー(変則的な)

質問や話題を提示されたとき、

どのような対応策があるか。

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【進行プロット】

1.「えっ、いまそれ聞きます?」――私をドキッとさせた質問、

あんな事例、こんな事例。そのとき私は……。

2.イレギュラーな質問や話題の傾向と分類。 

話題にする人の心理と生理。

3.イレギュラー質問や話題に対して「こう切り返した!!」

ファインプレー事例公開。私の場合、聞いた話、読んだ話。

4.イレギュラーな質問や話題提示への対処法。

準備性を高めるための自主トレメニュー、あれや、これや。 

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進行の経緯の詳細は、ほかの方のレポートなどに譲るとして、

ここでは、この種のイレギュラー質問や話題への対処法を考えてみよう。

一般的に使われている「栄養指導」というネーミングであれば、

栄養士とクライアントとの関係は、多分に「上下関係」になるので、

担当栄養士が一方的に仕切って、

クライアントの問題行動を「変容」させんとがんばるだろう。

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それでも、曲者(くせもの)のクライアントは、

特定保健指導という、

自分が望んでもいないことに時間を使うことへの腹いせに、

あるいは女性と差しで向き合うことに息抜きを感じて

親近感を示しているような問いかけをすることがある。

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「栄養士さんはおいくつですか」

「スリムですね。体重はどれくらい? 娘に教えてやりたいので」

「夜の精力をつける食事法を知りたいんですが……」

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こういうピンクの問いかけは、

「栄養士」という職業柄、

「栄養指導」や「食事相談」の現場ではないところでも、

突然、受けることはありうる。

たとえば、組織の他のセクションの男性とか、

同窓会や仕事の関係で行き来がある人とか……などなど。

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文学部や経済学部の人間には、

「夏目漱石の作品で、あなたがいちばん好きなのはなに?」

「『成功を祝うのはいいが、もっと大切なのは失敗から学ぶことだ』

そう言ったのだれだったかな?」

などという質問はめったにない。

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ところが、「日常」を専門分野とする栄養士には、

食事や栄養にからめて

危ない質問や話題でも出しやすい。

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世間が言うように

「栄養士にはまじめでカタイ人が多い」とすれば、

なおさら、チョイワル男のターゲットにはなりやすい。

マジメな人の困り顔は、それ自体がお楽しみの対象になりうる。

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もっとも、食ジム参加者からの事例報告にあったように、

親しい同性同士の集まりでも、

夜の話題を出す人はいるという。

この場合は、マジメな情報交換の意味を含みつつ、

信頼と親近感、ちょっとドキドキする話を楽しむ意味もある。

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「栄養指導」から「食事相談」「カウンセリング」へと

対話のスタンスが変わることは、

プライベートの領域へと話題を広げることにもなる。

そこは社会の常識やルールが入りにくいゾーンでもあるので、

イレギュラー質問や、話題のファールやフライングについて、

現場の担当者自身が判定をするしかない。

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スポーツの世界には、

女性の審判員がふえているようだが、

食事・健康相談の担当者とて、

ここ一番というときには毅然と判定をすることはできるはず。

ただし、この場合は、

笛を吹いて警告や静止を命ずるのではなく、

問いかけやユーモアで応じる。

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(男)「ボク、すぐにアタマにくるタイプなんだけど、

食事で穏やかな性格になれないかな?」

→→「それ、わかったら私にも教えていただけません?」

→→「ロシアの人に聞いてみたいですね」

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(男)「あなたのバストサイズも栄養効果?」

→→「もちろんです。あなたも試してみます?」

→→「#&さんの奥様の場合はいかが?」

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(男)「夜のスタミナをつける食事法って、あるのかしら?」

→→「すみません。それは文学部の人のほうがくわしいかも」

→→「夜間勤務のお仕事もなさるのですか」

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スキルとしての「問いかけ」に強くなることは好ましいが、

逆質問を受ける可能性も想定しておきたい。

とはいえ、想定問答集をつくって暗唱しても、

あらゆるケースに対応できるようになるとは言えない。

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結局のところ、

日常会話を楽しむこと、

その機会をふやすこと、

いわば基礎体力をつけることこそが

いちばんの対処法であろう。

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124回を数えたこの「食ジム」は、

まさに、そのための「トレーニングジム」の1つである。


# by rocky-road | 2023-09-18 22:14 | 「食ジム」  

ハワイのラハイナ、いつかまた。

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去る7月8日、ハワイ、マウイ島で発生した山火事は、

強風にあおられてラハイナの街に広がり、

ほぼ全域を焼け野原にしつくした様子。

その焼け野原の映像を見て、

東京空襲のときの風景を思い浮かべた。

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というのは、

ラハイナの街は、ほとんどが木造であるらしく、

火災のあとが、文字どおり「野原」になっている。

この1年余り、

テレビで、しばしば見ることになる、

ウクライナの空襲後の光景とは大いに異なる。

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すなわち、木造の街は、

焼けるとビルなどの残骸が残ることなく、

黒々とした、まさに〝原っぱ〟となる。

それでも、東京大空襲の場合と大きく異なるのは、

ラハイナでは、自動車の残骸が限りなく多いことである。

1945年の東京では、自家用車を持っている人は皆無に近かった。

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車の残骸のことを除けば、

ラハイナの火災は、

1945年3月11日に、私が見た東京大空襲後の

本所、深川あたり(現在は墨田区の一部)の光景と類似する。

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ラハイナはアメリカ合衆国に属するが、

焼け跡が、78年前の東京を思い出させるとは

妙な感慨である。

(厳密にいうと、本所、深川では、

焼死した遺体があちこちに転がっていた)

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さて、大火前のラハイナ情報に初めて接したのは

いまから20年近く前のこと。

そこを訪れた海仲間の写真から、

その風情のある街並みに強く惹かれた。

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商店街にはアーケードが続いており、

あまり見かけたことのない観光地の風景に感じた。

あえて言えば、日本の雪国で見られる、

雪除けのアーケードを思わせる。

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もちろんハワイでは雪除けではなく、

強い太陽光除け。

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のちの知識だが、「ラハイナ」とは、

ハワイ語で「残酷な太陽」の意味とか。

いわば「暑くて暑くてカンベンしてくれよ」というところか。

しかし、日本の夏に比べれば、もちろんラハイナは超爽やか。

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こういうきっかけから、

2008年、2009年、2013年と、

続けざまに3回、訪れた。

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このページの写真は、それらの日々の記録である。

このうち、スノーケリングは2回だけ。

ダイビング雑誌の編集に長くかかわってきたが、

ダイビングスポットとしてのハワイの記事は

ほとんど扱ったことがなかった理由が

よくわかった。

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噴火か隆起か、

その歴史が浅いせいか、

沖縄など、サンゴ礁の海のように、

サンゴ砂の白いエリアが広がっていないので、

海底からの反射が少なく、水中景観は暗め。

海洋生物も豊富とは言えない。

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サーフィンが盛んなことでもわかるように、

ビーチに向かってくる波は強く、

そのうえ、引き波も強いし、水温も低め。

のどかに水につかっている海ではない、

というのが2回だけ観察した者の感想。

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今度の火災のニュースで知ったのだが、

この地にあった、日本人が建立した浄土院も消失したという。

テレビを見ていたら、

この寺の住職が、辛い現実を涙をこらえて語っていた。

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ちょうど10年前に訪れたとき、

1人で街歩きをしていたら、

たまたまこの寺に出会った。

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歴史的には日本の幕末から明治時代にかけて、

日本人の多くが移民したことは知ってはいても、

アメリカ国に属するハワイで

日本の寺に出会うのは意外である。

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妙に懐かしい感慨を覚えて、

当たり前のように門をくぐった。


同じ墓地に、墓石と十字架が交じって立つ光景は

もちろん初めて見るものだった。

ある墓石には、

熊本県の村、字までの住所があり、

「〇〇の妻、〇〇 三拾七才 二月三日 永眠」とある。

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別の墓石には、

「基督曰はく 我に従はぬ者は……」などと

とても墓石とは思えぬ文言が書かれていたりする。

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今回の大火では、

海の中に逃げた人にまで

火焔やガスが襲ってきたというから、

この墓地を見逃す可能性はうすい。

ここは1旅行者の感傷は控えて、

とにかくより多くの写真を示しておこう。

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# by rocky-road | 2023-08-31 23:25 | ラハイナ