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情報環境とは、どういうものか。

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6月1日(日)に行なう
パルマローザ主催のブラッシュアップセミナーの
テキスト作りに追われている。
(横浜技能文化会館 特別会議室
10:30~17:30)
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演題は
「栄養士・健康支援者が、
さらに魅力的な情報発信者になるために。」


よく耳にするセリフに、
「将来、情報発信をする人になりたい」
「ことしは情報発信をしていきたい」というのがある。
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「情報発信」の内容がわからないので、
どういうアクションを起こそうとしているのか、
想像はしにくい。
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意味を確かめるために、
いくつかの問いかけをしたいとは思うが、
ともすれば「問い詰める」ように感じられるので、
「ああ、それはいいね」と、
受け流すことが多い。
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私の「情報発信」の定義は、

 「脳内で一定の感情や意見、思想をプログラムし
  それを『顕在化』すること

だから、
独り言をいうのも、文章を音読するのも、
お風呂の中で歌を歌うのも、詩を朗読するのも、
メモをとるのも、日記を書くのも
情報発信である。

もちろん、手紙やスピーチ、
講演、講義、健康相談なども
情報発信である。
多くの人が口にするのは、これだろう。

が、自分自身への情報発信ということも
数に入れておくべきである。
そして、これが他者への情報発信のときの
格になる。
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もちろん、パソコンやケータイに
なにかを書き込むのも
立派な情報発信である。

が、電車の中で、
大半の人がケータイとにらめっこをしていたり、
歩道や駅の雑踏の中に立ち止まって、
ケータイの相手に大声でしゃべったり、
無心に画面に見入っていたりするのを見ると、
彼らがひどくおバカに見えるのはなぜなのか。
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作家の柳田邦男氏は、
2005年に『壊れる日本人』
(ケータイ・ネット依存症への告別)
という本を著わした。(新潮社)
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その趣意は、
「『異常』に気づかない日本人へ--
ケータイ・ネットが生み出す『負の遺産』とは?
豊かな心と言葉を失う前に今、
見直すべきこと」である。
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ベビーカーを押しながら、
子どもと食事をしながら、
自転車に乗りながら
ケータイをのぞき込む依存症。

パソコンと何時間も向き合いながら、
飽きや疲れを感じない依存症は、
酒やタバコへの依存症以上に、
社会や次世代への影響が大きい。
負の遺産が次世代に残されるから。
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おバカに見えるのは、
自分の依存症症状に気づかない者の、
ノー天気ぶり、
ほかにやることがないらしい
脳の不活性化ぶりが顕著だからだろう。
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そういう話になるのだが、
しかし私は、それでも楽観的で、
人間という種は、依存症によるリスクに気づくと、
どこかでブレーキをかけ、
Uターンを始める。
自動車の普及で運動をしなくなると、
スポーツ施設が普及し、穴を埋めてきたように。
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タバコが周囲の人にも有害とわかると、
「嫌煙権」などというコトバを作って
当事者にプレッシャーをかける。
使う予定のない原子爆弾や水素爆弾を
作り過ぎると、削減し合ったりする。
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パソコンやケータイ依存症のうち、
「受信専門型」は回復しにくいところがあるが、
「情報発信型」に関しては、
なんだかんだいっても、
発信内容が質的にアップしてゆくはずである。
つまらない情報しか発信しない者からは、
受け手のほうが逃げ出すはずだから……。
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見落としてはいけないのは、
文字と接する層の対人口比率は、
昔からそんなに高いものではなかった。
日本は識字率の高い国のグループに入るが、
それでも教育期間が終われば、
そのほとんどが自発的に文章を書くことはなかった。
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そういう階層が、
指1本で情報発信ができる文明に接したとき、
「狂ったように」熱中するのはやむを得ない。
「ネコにマタタビ、泣く子にお乳」
という生理的な反応と、
「色、酒、タバコ、ギャンブル、買い物」
といった社会的依存とが
同時にやってきたようなものである。
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「ケータイ・ネット依存症」は、
明らかな文明病だから、
当分は地球上に広がってゆく。
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それによってダメになる人間が
10億や20億は出るかもしれないが、
そのころには、
自分をコントロールできる生物的・人間的適応力者が、
そのリスクに気づいて、Uターンを始める。
それには20年や50年はかかるだろう。
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何億人もの犠牲を予測するとは、
「楽観主義者」にしては冷たい、といわれるだろうが、
生物には個体差というものがある。
淘汰の過程で、自滅する種や個体はゴマンとある。
社会で救えるものと、そうでないものとがある。
自然界のリズムまでは、
愛や公衆衛生学、福祉をもってしても変えられない。
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さて、「情報発信」だが、
魅力的な情報発信者になるために
100冊の書物を読んだとしても、
それだけで目的が達せられるものではない。

野球でいえば、捕球の練習だけをしても、
肩は強くならない。
野球の基本プレーは、少なくても
投げて、受けて、打って、走っての四拍子。
さらには、
試合の流れ、その場、その場の状況などを
読み解く判断力。
プロにも、「野球を知っている選手」と
「野球を知らない選手」とがいる。

魅力的な情報発信者になるには、
人の話をよく聞く能力、問いかける能力、
新聞や雑誌、テレビやラジオに接する時間、
新刊書店、古書店、リサイクルショップ、フリマ、
骨董市などを歩く脚力、
それらの習慣を持つ人と過ごす時間、
自分の見聞を人に伝える場などを
持つことだろう。
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骨董といえば、先日、
東京有楽町で、たまたま出会った骨董市で、
『鎌倉時代から明治まで 日本の自筆本』
という1冊を見つけた。(昭和56年刊)
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徳川家康自筆の念仏、
本阿弥光悦の「和漢朗詠集」の書写自筆など、
150点の毛筆文書を写真に撮ったものである。
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自分の「毛筆ごときもの」の参考にするつもり。
各文書(念仏、書写、詩歌、日記、書簡など)には
値段がついている。
ヘンだな、と思って見直すと、
これは古文書を扱うコレクターや
業者向けのカタログらしい。
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家康の念仏は3百万円、
源道具(みなもとのみちとも)の和歌懐紙が
3百50万円。
コピーとはいえ、500円の買い物で、
一夜にして数億円の資産家になった。
(ここだけの話。内密に)
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これは情報発信のための糧というよりも、
自分の脳への栄養補給。

ちなみに、6月1日のセミナーで
とりあげる項目は、
「魅力的な情報発信者であるための基本的条件」
「魅力的な自己紹介をするための5つのポイント」以下、
「メール発信」「ハガキ・手紙」「スピーチ」
「講話」「料理教室講師」「講演」「講義」
「依頼原稿」「投稿原稿」「論文」「アンケート作成」
「イベント企画」「健康・食事相談」
の14項目である。
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by rocky-road | 2014-05-29 17:46  

パルマローザ 写真教室 フォトコンテスト応募作品講評。

パルマローザ 写真教室 フォトコンテスト応募作品講評。_b0141773_09669.jpg

去る4月29日に開催された
横浜、氷川丸での撮影会での、
参加者が撮影された作品を拝見した。

充分なレクチャーができなかったけれど、
みなさん善戦したと思う。
作品に仕立てようという意欲が感じられた。
何回かの参加経験のある人に特にそれを感じた。
パルマローザ 写真教室 フォトコンテスト応募作品講評。_b0141773_022150.jpg

やはり、撮影技術も経験を重ねることで
上達することは確かである。
とはいえ、群を抜くような作品はなく、
今回も「金賞」は保留した。

その代わり、銅賞を2作とし、
入選を3作とした。
入選が増えたのは、
全体のレベルがあがってきたことを意味するのだろう。

今後は、
文句のない金賞作品が生み出されるのを待つばかりである。
特筆すべきは、
小学生の入選者があったこと。
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全8回のうち、初めてである。
タイトルのつけ方も慣れてきて、
著しくおかしなものがなくなった。
以下、全応募作品についての講評をしたい。 大橋禄郎(当日講師)
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銀賞
エントリー2
タイトル
「わらうとまけよ~あっぷっぷ」

撮影永野 幸枝さん(写真教室参加2回目)
(千葉県 市原市 学校栄養職員)
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【選評】 
シャッターチャンスは写真の最大の武器。
この地球上の事物はつねに変動する無常の世界。
スチール写真は、その動きを一瞬止める。
人間の目ではとらえきれない瞬間である。
かわいい少女のモデルさんにしてみれば、
本意でない表情だろうが、
防火用の水道栓(?)を顔と見立てると、
にらめっこをしているように思えて合点がゆく。
この瞬間を予測していたはずもないが、
画面の中では説明ができている。
背後を行く人影が邪魔だとしても、
このチャンスを優先すればやむを得ない。
カメラをほんの少し右に振ることで、
背後の人を消し、さらに強い表現になっただろう。
タイトルは、このネーミングしかないだろう。

銅賞
エントリー7
タイトル
船中の天井って!? 
撮影 郷右近みちるさん(写真教室参加2回目)
(神奈川県  横浜白光会 今井の郷 管理栄養士)
パルマローザ 写真教室 フォトコンテスト応募作品講評。_b0141773_0111989.jpg

【選評】 
氷川丸船内の天井の反射に興味を感じて、
双方で天井に映る仲間にカメラを向けた。
こちらのカメラと向うのカメラ――いわば「相討ち」である。
見あげている人の表情がいい。
写真は、空気の色合いをも写す。
視野を広くして被写体を見つけようとする
撮影会参加者の一所懸命さが感じられる。
作品、タイトルとも、あまりひねっていないが、
船内での撮影会であることを説明するには、
これしかないだろう。

銅賞
エントリー3
タイトル
海と陸の「トリコロール」
撮影 奥村 花子さん(写真教室初参加)
(東京都 品川区 フリー 管理栄養士)
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【選評】
船の煙突のラインと、撮影者の帽子のライン、
図らずもフランス国旗(三色旗/トリコロール)模様が
重なった。その類似を瞬時にとらえて作品化した。
この場合、帽子を置いたのでは
作為見え見えの演出で終わってしまう。
撮影に集中しているカメラマンの一所懸命さと、
静止している船のラインの対比がいい。
カメラマンは、トンボの目で、
視界の中から被写体を見つけ、
おもしろい絵を創作したい。
タイトルはやや説明し過ぎ。
「トリコロール」だけでもいいし、「水平線」でも。

入選
エントリー6 
タイトル
HAPPY チューリップ
撮影 塚本 初音ちゃん(写真教室初参加)
(長崎県 佐世保市 小学生)
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【選評】
マーガレット自体、かわいらしい花だが、
それらの花々に囲まれた主役のチューリップ。
主役の慎みとでもいうのか、
チューリップはまだつぼみ。
花壇いっぱいの花を撮るとき、
カメラをどこに向けても花、花、花……となるが、
そういう写真はまとまりがない。
そこで、「まず、主役となる花(同種)を探して、
それを中心とした花の世界を撮りなさい」とアドバイスしている。
この写真の場合は、
異種のチューリップだから主役に抜擢しやすく、
上記のスキルを実践するのに格好のシチュエーション。
縦位置にした構図、主役の位置など、成功している。
タイトルも雰囲気を伝えている。

入選
エントリー13
タイトル

高架下よりタワーを望む
撮影 中下 博美さん(写真教室参加4回目)
(神奈川県 病院 栄養士)
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【選評】
記念写真の撮り方の好例として採った。
カメラをローアングルに構え、
2人のポーズとバラを這わせる棚、
その向こうのマリンタワーという構図でキメている。
記念写真も棒立ちの2人というのでは楽しくない。
このように適度に演出をすると、
そのときの気分を写真に残すことができる。
背の低い人はときにカメラを頭上に構え、
背の高い人は、カメラを地面すれすれに構えると、
いつもとは違う写真が撮れる。
タイトルは、願望として「マリンタワーを買い取りたい」と言っている。
話がでかくていい。
が、展望するという意味なら「臨む」が正解。「高架下」とあるが、
やや誇大、これは藤棚かなにかではないか。
いずれにせよ、タイトルは、写真を説明し過ぎているかも。

入選
エントリー15
タイトル
4月29日、春弥君、写真教室デビュー
撮影 影山なお子さん(写真教室参加8回目)
(神奈川県 食コーチ 管理栄養士
栄養士・健康支援者ネットワーク「パルマローザ」主宰
「食コーチングプログラムス」主宰)
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【選評】
「判じ絵」のようなむずかしい絵柄。
カメラマンは手前の赤ちゃんのこちら側にいる。
その様子は、上3分の2を占めるか鏡に映っている。
ピントは、もちろん赤ちゃんの顔に合わせている。
鏡写真を撮り慣れていればこその構図とシャッターチャンス。
が、なんとなく静かな写真になっているのは、
春弥くんが眠っているせいだろう。
「起こして笑わせよう」とまでは言えないが、
この子も目を開けてカメラを見ていたら、
ますますチャーミングな記念写真になっただろう。
タイトルは、「春弥君、モデルデビュー。」のほうが適当か。
タイトルに句点を打つ作品は、全日本的に見ても
ゼロか、きわめて珍しいことだろう。

その他の応募作品
エントリー1
タイトル
「このアングルでいい?」
撮影 岩崎 智子さん(写真教室参加2回目)
(広島県 廿日市市 野村病院 管理栄養士)
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【選評】
スナップ写真として、3人の役割が説明できていてよい。
上半身で切ったことでその効果をあげている。
とっさにこの構図を選んだことは自信につなげてよいだろう。
「作品」とするには、もう一息、インパクトがほしい。
タイトルは状況を適切に表現している。

エントリー4
タイトル
船上の「おもてなし」 
撮影奥村 理央さん(写真教室初参加) 
(東京都 立教大学職員)
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【選評】
船内の雰囲気はとらえている。
が、構図ができていない。
花は露出オーバーでピントが甘い。
右手の部屋の雰囲気も、もう少し伝えたい。
わずかにカメラを左に構えて、
右手の奥行きを出したかった。
それにしても、花が、だれが見てもきれいに見えるように、
的確にピント、露出合わせをしたい。
タイトル、この場合、「船上」と言うと甲板までも含むので、
「船内」のほうが優雅だろう。

エントリー5 
タイトル 
船上の昼下がり
撮影 塚本ゆみ子さん(写真教室初参加)
 (長崎県 佐世保市立総合病院 管理栄養士)
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【選評】
世界航路の最中の1ショットを思わせる。
モデルの表情もいい。
縦位置で撮っているが、甲板上を説明するには、
横位置にしたほうがよさそう。
人がいたらそれもできないが、
海の一部、空の一部が入ると、
いっそう船旅の雰囲気が出ただろう。
タイトルは素直でよい。
「横浜航路」とでもすると、
さらに楽しくなるかもしれない。

エントリー8
タイトル
扉をあけて
撮影林 弥生さん(写真教室初参加) 
(神奈川県 特別養護老人ホーム 管理栄養士)
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【選評】ステンドグラスを画面いっぱいに撮った写真。
美しいが、表現ができていない。
模写ではなく、「作品」にするには、
タイトルにあるように、3分の1ほどドアがあいていて、
その向こうに海が見えるとか、
いま、人が部屋に入ってこようとしているとかの
「瞬間」があると、撮影意図が伝わる。

エントリー9
タイトル 
「勝負」
撮影髙杉 裕子さん(写真教室参加2回目)
(広島県 土肥病院 管理栄養士)
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【選評】
撮影中のカメラマンの真ん前に入って撮った勇気あるショット。
「勝負」は、これを撮った作者に捧げたい。
ユーモラスではあるが、いまひとつユニークさに欠ける。
念のために言うと、
自分以外のカメラマンと「勝負」をしようと思ったら、
このように並んで似たような写真を撮ってはダメ。
本気で勝負をするときは、仲間から外れて、
スタンドプレーを狙うこと。スポーツではないが、
勝負を賭ける人間は嫌な奴ではある。

エントリー10
タイトル  
横浜氷川丸より
撮影 植村 寿香さん(写真教室参加3回目) 
(神奈川県 特別養護老人ホーム 
横須賀愛光園 管理栄養士)
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【選評】
氷川丸船内に備えつけてあるイルミネーション用の電球越しに
ラウンドマークの風景を撮ったもの。狙いとしてはおもしろい。
船内の独特の状態を構図で説明するには、
電球を、全体か、もう少し入れたほうがよい。
当日は曇天だったので、風景は重々しい。
応募作品としては、
もう少し明るいもののほうがよいかもしれない。

エントリー11
タイトル
写真教室2年生
撮影 三奈木麻弓さん(写真教室参加5回)
(東京都 伊勢原市市役所健康管理課 管理栄養士)
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【選評】
写真は思い切って寄るとインパクトが強くなる。
しかし、この写真は、「作品」とはなっていない。
なぜこのフレーミングで寄ったのか、撮影意図が不明。
記念写真としても効果が中途半端。
幼児の表情をかわいく撮るなら、
ほかにも適切な瞬間があるはず。
タイトルも、この写真の説明としては適切とは言えない。

エントリー12
タイトル 
船の目
撮影 三奈木博文さん(写真教室参加3回)
(東京都 株式会社ミナキ)
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【選評】
ワイドレンズの特性を生かした作品。
が、このままでは、
レンズの特性を説明しただけに終わってしまう。
この位置で作品化するには、
景色を眺めている人を画面のどこかに配するとか、
洋上を船が走るとか、
という絵にすることで、
撮影者の創作性が増して、作品らしくなる。
一眼レフにワイドレンズをセットして使うカメラマンは、
レンズのおもしろさに寄りかからず、
その特性を生かした絵づくりをくふうしたい。

エントリー14
タイトル
午後の公園
撮影 渥美智佳子さん(写真教室初参加) 
(千葉県 特別養護老人ホーム 松戸愛光園  管理栄養士)
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【選評】
タイトルから描くイメージは、
のどかな公園風景だが、
人けのないベンチはいかにも淋しい。
ここにはだれかに座っていてほしい。
それがムリなら、
バッグ、本、帽子などを置いて変化をつけたい。
ベンチが右に傾いて見えるので、撮影時に注意しよう。
多くの人に右左に傾くクセが見られる。
自分のクセを把握して補正しよう。

by rocky-road | 2014-05-16 00:55  

食事相談にも編集力が必要?

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先日、第31回「水中映像祭」に参加した。

31年前、数人の仲間に呼びかけて発足した
アマチュア水中カメラマンによる作品発表会である。
毎月1回例会を行ない、
毎年4月には発表会である「水中映像祭」を開く。
私は第20回まで運営にかかわった。
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発表作品は、スライドショー、動画ショー、
またはその混合映像、作品は5分以内。
タイトル、エンドマークをつけ、
BGMやナレーションを入れてショーアップする。

発表者は、海への旅のときどきに撮った写真を
一定の順序で配列し、
ストーリー性を持たせて作品とする。

1回の旅をレポートする作品、
1種または数種の生物の生態を紹介するもの、
ある地域の特徴を継続的に撮ったもの、
接写レンズで海洋生物の表情をとらえたものなどなど。
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私がかかわってきた20年間のうち、
後半の10年間は、
ストーリー性やテーマ性を求めた。
30~100枚のスチール写真を
羅列的に並べるのではなく、
一定の流れを保って作品化してほしい、と。

たとえば、
ボートでダイビングスポットへ向かう写真を映す。
次の1枚は水中写真で、魚群のカット。
これでは流れができない。
「いま、ボートから見た風景が
映ったばかりじゃないか!
いきなり水中かよ!」
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では、どうするか。

海に入る直前のダイバー、
または着水したダイバー、
潜っていゆくダイバーの後ろ姿などを1カット入れる。
これによって、ボート、エントリーするダイバー、
魚の群れ、という具合に「点」が「線」でつながる。
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A(ボートで海へ)のカットと
C(魚群)のカットをつなげるために
挿入するBのカット(エントリーするダイバー)のことを
「インサートカット」という。

さらにいえば、
ボートに代表される陸上のシーンに数カット、
エントリーするダイバーに数カット、
水中の魚群に数カットというように、
複数のカットで小グループを作る場合、
その小グループを「シークエンス」という。
「小エピソード」というような意味である。
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トランプでは、ハートの2、3、4、
スペードの7、8、9のように、
同じマークで連続して3枚がそろった状態を
「シークエンス」という。

映像(あるいは風景)は、
文字や文章が生まれる以前から存在するが、
それが人間(そして動物)に認知されると、
時間軸に沿って記憶され、配列される。
そこで、好むと好まざるとにかかわらず、
文法が生まれる。
映像にも文法がある、
というより「文法」という引き出しを作って
それに目にしたものを順次収めてゆく。
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久々に水中映像祭に参加して、
あれから10年たっても、
後輩たちが、編集力を自分のものにしていないことを
実感することになった。
キャリアのある人は編集力をつけているが、
新しい人にそのスキルが伝承されていない。
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水中映像サークルは、
映像の編集技術向上のためのサークルではない。
そして、水中映像祭は、
アマチュア個々人の、
海への旅の楽しみの報告会である。
「だから、むずかしいことをいわず、
楽しむだけでいい」という人もいる。

が、毎年、数百人の人に集まってもらい、
2時間を拘束し、
自分たちの旅の映像を鑑賞してもらおう、
と思う以上、レベルアップを目指すのは当然である。
でなければ、20年、30年は足踏みでしかない。
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確かに、映像の編集は(も)むずかしい。
NHKテレビに「探検バクモン」
というシリーズがある。
《爆笑問題》の2人が国立公文書館や
地下鉄の深部など、
部外者が入れないところを探検する。

番組中、
インタビュアーとして登場する太田氏は
いつも私用のコンパクトカメラをぶらさげている。
その映像が気になった。
カメラマンのモラルとして、
仕事中には自分の写真を撮らない、
という不文律がある。
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知人のプロカメラマンは、
依頼されて出張したとき、
取材地では原則として自分のカメラは持たない、という。
「アゴ・アシつき」の取材旅行先で
自分の写真を撮るのはいかにもセコイ。

が、番組では、
太田氏がカメラを構えている場面は皆無。
「聴く」のか「撮る」のか、どちらかに絞れ。
撮る気配のないカメラをぶら下げて、
右手をいつもふさいでいる番組の意図がわからない。
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そう、担当セクションに問い合わせたら、
カメラは私用だと言う。
そうだろう、漫才師にカメラを任せるほど、
NHKはカメラも、
カメラマン不足してはいないはず。
そのはずなのに、
写真は番組の中で使っている、と言う。
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いままで見てきた中では、
太田氏が撮った写真を番組中で使っている、
という映像表現はなかった。
映像の文法がわかっていない。
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「使っている」ことを示すには、
太田氏がカメラを構えているシーンがあって、
次に、そのアングルからのショットを出す。
「撮影/太田」との
スーパーインポーズが入ればなおいい。
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いまになって、相方の田中氏のほうに
わざとらしく大きめのカメラを持たせているが、
太田氏のブラブラカメラは変わらない。
芸ではない、行儀の悪い演出が見苦しいので、
以来、視聴はやめたから、現状は知らない。
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ことほど左様に、
文章表現から離れるほどに、
映像の「文法」や「編集」はむずかしい。
いや、映像にも、
それ以前の段階では、
シナリオやコンテがあるわけだから、
本当は、「文法離れ」や「手抜き編集」は
防げるはずなのである。
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プロがその程度のことなのだから、
アマチュア水中カメラマンに
四の五の言わないほうがいいのかもしれない、
などと思ってはいけない。
アマチュアが、アマチュアであることに甘えたら、
モチベーションはあがらず、
仕事の向上は望めない。

時間的、予算的制約のないアマチュアの仕事が
つねにプロに劣る、などという発想は、
負け犬の自己弁護である。
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忘れてならないのは、
シナリオを持たぬまま、
数十分の健康相談、食事相談を行なう
栄養士などの健康支援者は、
話しながら話題を編集しているということだ。
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初めて会った人とコトバを交わす中で、
その時間に適した起承転結をつくり、
会話を編集し、その日のエンディングへと持ってゆく。

その作品作りのすごいところは、
主役はつねにクライアント自身であること。
クライアントには、健康意識を高めたのも、
モチベーションを上げたのも
この自分の聡明な判断によるものだ、
と思わせるようなストーリーに
仕上げてゆくところである。
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「行動変容」などというイカツい用語を使わず、
自分で自分の健康ストーリーを作らせる、
そういう話し合いの構成力、編集力が
実は、健康支援者の特技なのである。

もう一度言おう、
食事相談や健康相談は、
打ち合わせのない「相方」と
アドリブ的に物語を作ってゆくスキルなのである。
一定の時間に収める以上、
省略も割愛も必要。

これを「編集」と言わずになんと言おう。
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「インサートカット」「シークエンス」
健康支援者も遠からず
編集スキルを真剣に学ぶことになるだろう。

最後に、「編集」を定義しておこう。

「編集とは、ある目的のために情報を集めたり、
再構成したりして、別個の情報の創造体をつくること」
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by rocky-road | 2014-05-09 00:41  

「いい写真」とはどんな?

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4月29日開催が恒例となった、
パルマローザ主催の写真撮影会が終わった。
天気予報は、早ければ昼ごろには雨、
と伝えていたが、幸い、撮影中は雨には合わなかった。
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結果論ではあるが、今年は氷川丸に乗船し、
そこを撮影場所に選んだので、
雨が降ったとしても船内にいる限り、
雨の影響を受けなかっただろう。
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今年は事前のレクチャーも、
終了後の合評会も省いた。
その理由は、フォトテクニックの基本は、
初参加の人でも、ある程度はわかっていること、
撮影会と合評会を1日(午後5時まで)に収めるのは
時間的に窮屈なこと、などによる。
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その代わり、撮影中に参加者の撮影ぶりを見たり、
写真を見せてもらったりして、
適宜、アドバイスをさせてもらった。
それはそれで、現場感覚を体験できてよかったと思う。
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経過説明などは影山さんのブログに譲るとして、
今回も、当日の撮影写真による
コンテストを行なうので、
「いい写真とは何か」について少し書いておこう。
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最初に、はっきりしておかなければならないのは、
「写真は芸術か」という問題。
芸術をどう定義するかにもよるが、
広辞苑の定義
 「一定の材料・技術・様式を駆使して、
 美的価値を創造・表現しようとする人間の活動
 およびその所産。造形芸術(彫刻・絵画・建築など)・
 表情芸術(舞踊・演劇など)・音響芸術(音楽)・
 言語芸術(詩・小説・戯曲など)、また時間芸術と
 空間芸術など、視点に応じて種々に分類される」
に従えば、写真は文句なく芸術である。
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広辞苑の定義に写真が入っていないのは、
写真の歴史が絵画などに比べてあまりにも浅いせいか、
単なるスペースの問題なのか、定かではない。
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写真が芸術の外に置かれがちなのは、
仕事の大半はカメラというメカニックが担うこと、
「ただシャッターを押すだけ」と思われがちで、
絵画や文学作品など、ほかの芸術に比べて
作業量(労作=栄養学でいう「ろうさ」)や作業時間が
軽いと思われていることによるのだろう。
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しかし、「写真は芸術か」という設問には
答えを急いではいけない。
音楽に「第九」があり、コマーシャルソングがあるように、
絵画系に「晩鐘」があり、トイレの落書きがあるように、
人間のさまざまな所産には多様性がある。
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すべてが芸術性を持つ必要はないし、
むしろ持たないほうがいい。
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ある著名な水中カメラマンは、
元画家で、学生時代にセザンヌを学んだ。
それがために、芸術論を持たない、
または絵画論的美意識を持たない者に
まともな写真など撮れるはずはない、と、
活躍中の多くの水中カメラマンを軽蔑したという。
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心の中の自負心だと思うが、
うっかりその話を側近にもらした。
その人の死後、そのエピソードが私の耳に入った。
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カメラマンが、
自分の写真活動にコンプレックスを持ったら
おしまいである。
写真は(写真も)、
芸術以外に、科学、報道、発見、説明、
リアリティ、驚き、マジック、ミステリー、
コミュニケーションなど、
無限の応用範囲がある。
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芸術であろうとすると、かえってそのダイナミズムや
可能性をそぐことになる。
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写真は、写真でいい。
さらにいえば、4月29日の横浜・山下公園に
停泊している氷川丸の船内はこうだった、
その周辺はこうだった、ということだけで充分。
それは、この世の中に空前絶後の瞬間である。
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それが芸術なのか、報道なのか、
おしゃれなのか、おちゃらけなのか、
それは後世に、自分以外の人が決めること。
いまは、数人の人に、ある種の印象を与えればよい。
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少なくとも2014年4月29日に行なわれた、
パルマローザの撮影会においては、
芸術性で優劣を決めることにはならないはずである。
フォトコンは一種のゲームでもある。
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だれが先手をとるか、
だれが意外性をアピールするか、
普通の可愛さが他を制するか、
「ヘタウマ」が共感を呼ぶのか、
その結果は、スポーツのゲーム同様、
戦ってみない限り、だれにもわからない。
もっとも、この世の中には
勝ち方がうまい人はいるが。
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わかっているのは、
ヒトは、珍しいもの、新しいもの、
おかしいもの、きれいなものに
「へぇ~っ」といってしまう生物だ、ということ。

by rocky-road | 2014-05-01 23:22 | 写真教室