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栄養士だって・だから「哲学する」

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恒例の「パルマローザ 新春セミナー」で

終日、お話をさせていただいた。

演題は、「栄養学を『哲学する』と見えてくること。」

2021110日 横浜市技能文化会館)

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哲学の定義はむずかしいが、

いくつかのポピュラーな国語辞典などから引用した。

その1つは、

『新明解 国語辞典 第六版』(三省堂)

「哲学」とは……

①宇宙や人生の根本問題を理性的な思弁により突き止めようとする学問。

②自分自身の経験から築き上げた人生観(世界観)。

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もっと簡略化すれば、

「この世の神羅万象を理性的に分析し、
理解すること」であろう。

「哲学」という熟語は動詞的で、

「知を愛する」「考えることを愛すること」である。

したがって、

もちろん、栄養学を「哲学する」ことも、
健康を「哲学する」ことも、

食事や食事相談を「哲学する」こともできる。

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栄養学や栄養士、そして食事相談や健康相談は、

最終的には、人の健康、人の幸せを支えることだから、

もろに哲学的である。

「栄養哲学」という学問ジャンルがないのが
不思議なくらいだ。

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わかりやすくするために、

こんなイントロクエスチョンを試みた。

同意するものに「〇」を、同意しないものに「」を。

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1)(  )哲学には「知を愛する」の意味があり、

      したがって、愛知県人はおおむね聡明である。

2)(  )栄養学はエビデンスを重んじる科学だから、

      文系の哲学とはなじまないところがある。

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3)(  )哲学とは知識を学ぶものではなく、論理的思考法であり、

      真理を求める探求心である。

4)(  )大学などで教える「哲学」は、おもに「哲学史」であって、

      「哲学」そのものではない。

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5)(  )「哲学」が示す真理は、

      各国のことわざや格言の中にも少なからず含まれている。

6)(  )哲学的思考法を持たない栄養士は、

      ダメ出し型、栄養素士型になる傾向がある。

もちろん、みなさん、全問正解である。

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かねがね頭にあるのは、

哲学の解説書も多く書かれた

田中美知太郎(19021985年 西洋古典哲学専攻)

昔、『文藝春秋』に書いていた

「哲学は一般論として普及したのは後のことで、

当初は、個別相談によって、

それぞれにしかるべき解釈や打開策を示していた」

という説。

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このくだりを読んだとき、

「いわばカウンセリングだな」と思った。

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最新の栄養学も、

すでに得た科学的知見をもとに

生活者の実践的スキルとして普及するのが、

21世紀における主要な仕事の1つではないかと思う。

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「健康とはなにか」「健康寿命の意味とはなにか」

「生きがいとはなにか」

これらは、かつてはまさしく哲学の領域。

それを一度でも考えた栄養士と、そうでない栄養士とでは、

まずは本人の「人生の質」や、

人への影響力において大きな差が出る。

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講義では、こんな事例を使ってみた。

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哲学用語に「演繹法」(えんえきほう)と「帰納法」(きのうほう)

という思考法がある。

演繹法とは「肥満はエネルギーの過剰摂取によって起こる」

という命題(テーマ)に素直に従いすぎると

「あなた、間食をしてはいけませんよ」

というような結論の出し方になったりする。

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これに対して帰納法(きのうほう)では

「Aさんは残業のときに夜食をとる習慣がある」

Bさんは晩酌にビール1缶と日本酒2合を飲むことが多い」

などの事例を重ねることによって、

「肥満はライフスタイルの中に原因がある」
のような結論になったりする。

問いかけは、帰納法的思考法といえる。

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振り返ってみると、

この種の思考は、もともと好むところで、

以前(1993)、ダイビング雑誌で、

「海と人生」というコラムの連載を
33
回にわたってしたことがある。

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「ダイビングの費用は投資か浪費か」

「魚たちとどう健康的につき合うか」

(人は)なぜ海に潜るのか」

などについて語った。

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いつか来た道で、

これを栄養士に置き換えれば、

限りなくテーマは広がる。

「ダメ出し栄養士と問いかけ栄養士とはどこが違うのか」

「栄養士が身だしなみを整えることにどんな意味があるのか」

1人職場の栄養士のライフスタイルは?」

などなど。

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いやいや、「いつか来た道」ではなくて、

こういうことは、つい先日(202010)出した

『栄養士のための ライフデザインブック』でも

論じたばかりではないか。

いまも歩いている真っ最中、っていうこと。


そうでありました。 



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同書は、未来に向けて十二分に
「哲学し続けていた」のである。

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新春セミナーでは、

「同書を読みましょう」などと

野暮なことは言わなかったけれど

(実は、この本との関連を見落としていたのだが)

「哲学書はとっつきにくい」という人には、

超近道の方法として、

とりあえずは「故事・ことわざ辞典」などを座右に置くと、

哲学的思考のオードブルくらいにはなるかもしれない、

とおすすめしておいた。

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「衣食足りて礼節を知る」

「急いては事を仕損じる」

「情けは人のためならず」

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「木を見て森を見ず」

「ローマは1日にしてならず」

「結婚へは歩け、離婚へは走れ」

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「戦争に行く者と結婚する者には、けして忠告をするな」

「金がなくて恋愛結婚をすれば、楽しい夜と悲しい昼を持つ」

「秋なすは嫁に食わすな」

哲学だねぇ。

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by rocky-road | 2021-01-13 18:49 | パルマローザセミナー  

あなたの中のオピニオンリーダー。

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2020年6月7日に行なわれた恒例の、
パルマローザ スペシャルセミナーを

振り返っておこう。

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今回の演題は

「健康支援者がオピニオンリーダーとして、

社会的に、しかるべき役割を果たすための

アクションプラン。」

(誕生日にも当たっていたので

前後のイベントごとに祝っていただいた。感謝)

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「オピニオンリーダー」とは微妙なコトバで、

辞書的には

「世論形成に大きな影響力をもつ人。

特に、有力なジャーナリストや評論家などをいう」

(広辞苑)となるが、

実際には「ファッションリーダー」や

「マーケティングリーダー」などのように、

さほど「オピニオン」(意見)や提案を持たなくても、

そのコミュニティに影響力を持つ人は多い。

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そのせいか、あとから登場してきた

「インフルエンサー」との線引きがしにくくなっている。

(インターネットではその違いを述べているサイトがある)

要するに、意見や行動によって、

そのコミュニティに影響を与える人、

という理解でよさそうである。

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2つのコトバの違いの議論には深入りしないで、

ここではオピニオンリーダーを

「思想や意見、行動などで周囲に、

継続的な、よい影響を与える人」と定義して、

栄養士のオピニオンリーダーについて

考えてみよう。

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日本は、

すでに世界トップクラスの長寿国になって久しいが、

その成果を得るまでに、

栄養士の関与はどの程度あるのだろうか。

もともと健康について意識が高い国民で、

聖徳太子の十七条憲法にも、

「食におごることをやめよ」と

謳ったってあるという。

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もっとも、そうした指針は

中国の受け売りだろうから、

飛鳥、奈良の時代から

大和人が一定の健康観を持っていたかどうかは

わからない。

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ではあるけれど、本家の中国は、

漢方とか薬膳とかと、

いろいろの健康法や治療法を開発し、

日本に多大な影響を与えたにもかかわらず、

現在は、

世界の長寿国には遠く及んでいない。

それはいったい、どうしたことか。

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国のサイズが違いすぎで、

単純には比較はできないが、

やはり日本は国民の健康観は高かった、

健康教育が行き届いた、

と考えたくもなる。

狭い国土は、情報の伝達には有利に働く。

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さて、

日本の栄養士養成は大正時代末期に始まるが、

活躍が本格化するのは

昭和20年の太平洋戦争敗戦後である。

国家資格としての栄養士の歴史は

ようやく70余年というところである。

セミナーでは、その歴史を振り返った。

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日本の栄養学や栄養士は、

佐伯 矩(さいき ただす)や

香川 綾など、医師によって基礎がつくられた。

今日、医師による怪しげな食事法を説く本が

栄養士の頭越しに、堂々と出版されるのは、

医師によって栄養士が生まれた、

という歴史と無関係ではあるまい。

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とはいえ、

日本人の平均寿命、健康寿命が延びたのは

戦後の70年間、それも後半の40年くらいの間だから、

栄養士の関与はけっして小さくはないはずである……

と言いたいところだが、

そう考えようとするとき、

頭に浮かぶのは、

アジアにあって世界的な長寿国である

香港やシンガポールのこと。

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香港やシンガポールが

栄養学の先進国とは思えないし、

栄養士の質量が日本を上回っているとも思えない。

このあたりの実態を調べてみる意味はありそうだ。

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いずれにしろ、日本では、

栄養士の影響力はもっと大きくてもよいと思う。

テレビの連続ドラマで、ヒロインが栄養士だった、

というようなレベルではなく、

人々の健康意識に影響を与えるようなオピニオンを

トークや映像、著作物、行動などで示す栄養士が

もっと出てきてもよいのではないか、

というのが今回のセミナーのテーマだった。

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その事例として、

何人かの方をあげた。

これしかいない、ということではなくて、

たまたま私が存じあげている方のうちの

ごくごく一部であることはもちろんである。

そこでまずは、

栄養士活動というよりも、テレビ出演で語った

「おいしゅうございます」の一言で

食通としてのオピニオンリーダーとなった岸 朝子さん。

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早々と博士号をとって料理や食事による健康法を

多くの本で説いた東畑朝子さん、本多京子さん、

そして、栄養バランスを考えた料理を

テレビやラジオ、出版物で紹介を続ける

宗像伸子さん、竹内冨貴子さん。

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この方々が活動を始めたころは、

栄養士が1冊の本の著者となるのはむずかしく、

医師の名を立てて、

実質的な仕事は栄養士が行なう、

というのが通常だった。

今日のように

栄養士が単独で本を出すなどということは

だれかがブレーキをかけたわけではないが、

通例としてできなかった。

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今回のセミナーでは、

以上のように料理や健康食などを

メインオピニオンとしたリーダーのほかに、

コミュニケーションに関して特筆すべき人として

お2人をあげた。

1人は高橋久仁子さん(現/群馬大学教育学部名誉教授)。

お目にかかったことはないが、

リスクコミュニケーションの分野でご活躍。

「フードファディズム」という概念を

日本中に広めた功績は大きい。

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もう1人は、影山なお子さん。

やはり食コミュニケーションに軸足を置いたオピニオン。

栄養学には

病態、応用、実践、分子、代謝、時間、ライフステージなど

いろいろのジャンルがあるが、

それらの知識やスキルを

一般の人に届ける方法についての研究は

ほとんど手つかずの状態である。

「ヘルスコミュニケーション」の分野でも

似たような状況である。

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倉庫にいろいろの情報が

ストックされているにもかかわらず、

それを宅配する方法については追究されていない。

広告チラシのように

相手かまわず、

郵便受けに投げ入れることはできても、

その人の状況に合った情報を

11軒、玄関でハンコをもらって手渡しはできない。

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「栄養指導」という上から目線の用語は、

まさに画一的に知識を押し込むことを

促進するコトバと言ってよい。

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こういう状況にあって、

「食コーチング」は、

個々人に求められる健康・食情報を

手渡しするコミュニケーションスキルである。

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人は食べるために生きているのではなく、

それぞれの役割を見つけて、

または、見つけようとして生きている。

食行動もまた、

生物的活動として繰り返されているわけではなく、

食に向かいつつも、

そこから生きるモチベーションを得たり

高めたりしている。

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夕食に刺身を食べるかステーキを食べるか、

ということで迷うことは、

自分の人生の行先にもつながる。

ミリ単位の前進に見えても、

それが生きるモチベーションにもなる。

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70余年を経た日本の栄養学は

ようやくそこにも足をかけることになった。

食コーチングのアイディアは、

避けては通れない道にたどりついたと言うべきか、

よくぞ、そこに気がついたと言うべきか、

大事な1歩2歩であることは確かである。

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食関係のオピニオンリーダーとは、

有名人になることや

マスメディアで活躍することと同義ではない。

「おいしそうに食べる」

「箸の持ち方がきれい」

「笑顔がステキ」

「姿勢がいい」

「身だしなみが行き届いている」

「献立にバリエーョンがある」

「話し方に品格がある」

そういうことで、

だれかによい影響を与えているとすれば、

それをも「オピニオンリーダー」と

考えてよいのではないか。

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あるコミュニティに

「ヒラメ顔の無表情な栄養士」がいるという。

こんな人を「カレイ顔」に変えるか、

「コイ顔」か「タイ顔」か、

「ウナギ顔」に変えることができたら、

その人は、オピニオンリーダーとしての階段を

1段上げたことになる。

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by rocky-road | 2020-06-20 21:09 | パルマローザセミナー  

「足袋」に誘われた京の旅。

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201912月から2020年の3月にかけて、

わがロッコム文章・編集塾では、

エッセイについての講義を続けた。

塾生には、これまでにも、

宿題として、いろいろの文章を書いてもらったが、

さらに深い思考のある文章が書けるようにと、

ステップアップを図った。

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塾生は理系の人が多いので、

文学や文学作品に関心の強い人はそう多くはない。

そこで、「エッセイ」というコトバのルーツとなった

モンテーニュや、

それに続くジャンジャック・ルソーの文体に接したり、

日本では、のちに「随筆」と呼ばれる

「枕草子」が「エッセイ」より500年前に

書かれていたことなどを学んだりした。

もちろん、「方丈記」の文体も……。

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現代の日本のエッセイの例としては、

作家・堀江敏幸氏の「青蓮院辺りで、足袋を。」

と題する一文を輪読した。

このエッセイは、雑誌『クロワッサン』の

2007125日号に載ったものを

コピーして保存しておいた。

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エッセイの内容は、

網野 菊という作家(19001978)

書いた短編をベースにしたもの。

作家志望の女性(網野 菊)が、

福島に旅行中に関東大震災が起こる。

そのため東京へは「入京禁止」で戻れなくなる。

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やむを得ず、同行の友人Yの実家である京都へ向かう。

せっかく京都に来たのなら、

京都に住む志賀直哉を訪ねて、

自分の書いた小説を読んでもらおうと思う。

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昔は、著名人を、見ず知らずの人間が

アポなしで訪ねるということはよくあった。

彼女は、あしたに備えて、足袋を洗って、

志賀邸を訪ねる準備をする。

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翌朝、足袋はまだ生乾き。

仕方なく、袂に入れて、素足のまま家を出る。

そしていよいよ志賀邸に近づいたとき、

ちょうど「青蓮院」(しょうれんいん)あたりで、

うずくまって足袋を履く。

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堀江氏は、こう書く。

「なんということもないエピソードだが、

この一節は、私の頭のなかに、

まるで映画の一場面のように立ち上がって、

いつまでも残った。」

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私は青蓮院を知らなかった。

そこで今度の旅では、

ここを訪ねる、というルートを考えてもらった。

「創る旅派」としては、

ルートをあまりキッチリ決めるのは好きではないが、

今回は、あのエッセイが「オレ流」を阻んだ。

哲学の道歩きも中断、錦市場も、新京極も、

清水(きよみず)もあきらめた。

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青蓮院は、

訪ねてみれば、知恩院のすぐ隣で、

しばしば前を通っていた。

が、わが眼中にはまったくなかった。

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今回は、幸運なことに、

僧侶でもある栄養士さんが同行してくれて、

なんと院内で、この寺の由緒について

レクチャーをしてくれるという。

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「この寺は、天台宗総本山、

比叡山延暦寺の三門蹟の1つで……」

さらに彼女は、

学生時代を京都で送ったという。

いつもは、京都通ぶっていた私の出番はなく、

それゆえに、新鮮な旅となった。

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京都で中華料理を食べるとは思っていなかったし

(そこは、彼女が学生時代に通った店だとか)、

仏具店通りとでもいうのか、

本願寺近くの仏具店で、

栄養士さんたちが数珠を物色するのに

つき合うという体験もした。

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若者も4050歳ともなれば、

法事の機会も増えてくる。

「自分用のお数珠くらいは……」と

言ったことがみなさんに伝わって、

ここも僧侶・栄養士の先導のコースに

入れられたのであった。

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想像するに、7人の栄養士が、

そろってお数珠を購入する場面を

文学士が見届けるというシーンは、

この店、この町、この都市、

この国の歴史にはなかったはずである。

これもまた「歴史的瞬間」である。

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今年は、桜の満開が少し遅れたかな、

と思わないでもなかったが、

そのことはどうでもよかった。

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「しまった」と思ったのは、

旅行前、僧侶・栄養士が

「私も足袋を持っていきます」

と言っていたので、

それを確かめることを忘れたこと。

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「青蓮院の辺りで」履いて見せてもらう

つもりはなかったが、

いま考えれば、

そんな写真も撮っておくべきだった。

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by rocky-road | 2020-04-11 23:58 | パルマローザセミナー  

栄養士は、どこまでイニシアティブをとれるか。

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恒例のパルマローザ・新春セミナーが終わった。

(2020112日(日)かながわ エルプラザ)

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タイトルは

「日本人の健康支援を、栄養士が

主導するためのアクションプラン。」

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内容は以下の項目。

1.栄養士が日本人の健康支援を主導したい、これだけの理由。

2.健康支援を主導するために基本となる準備性。

3.健康支援を主導するための社会的行動。

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日本は世界でトップクラスの長寿国だが、

「それはなぜか」と言えば、
1つには地政学的条件。
気候が温暖で、干ばつや冷害が少ない。

水害や地震によるダメージは小さくはないが、

長い歴史の中で見れば、その頻度は限定的で

平均寿命を左右するまでには至っていない。

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文化的、経済的、政治的には、

医療水準が世界的にも高く、

経済的には経済大国の地位を保っているし、

政治的にもきわめて安定。

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文化面では、

東アジアの米食文化圏にあって、

しかも、一汁三菜とか季節感とか、

「いただきます・ごちそうさま」の習慣とかの、

結果としては心身の健康を支える

多くのシステムを生み出している。

これらは道徳的、教育的なレベルを

反映したものであろう。

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俯瞰的に見ればそういう解釈になるが、

人為という点から見れば、

なによりも高い教育効果として

健康意識が高い国民であること、

各人各様に

自分の職場で最善を尽くす人の割合が高いこと、

などにによって、

全国民が直接、間接に

日本人の健康維持・向上に貢献している。

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つまり、

日本人の健康は、

「健康支援者」だけに支えられているわけではなく、

一次産業から三次産業まで、すべての職業、

そして、ここに住むすべての個々人によって

支えられているということになる。

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職業的に見た場合には、

社会の健康教育の面で、

栄養士は、このところ自分の専門分野を

あとからやってきた一部の医師に

少なからず荒らされている。

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「ゴボウ茶を飲むと20歳若返る」とか、

1日3食をやめなさい」とか、

「白米をやめなさい」とか、

栄養学の基礎ができていない医師に

好き勝手な珍説をバラまかれている。

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「荒らされている」と言ったが、

職業的な専門分野を奪われるということより、

フードファディズム(食のまやかし情報)

日本中にバラまかれている

という点が問題であり、

ドクターごときに、そこまで言わせておいて、

この分野のプロとして責任を感じないのか。

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少なくとも食や栄養に関する情報提供は、

栄養士がイニシアティブをとる必要がある、

というのが、今回のセミナーのコンセプトである。

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ただし、相手は医師だけではない。

というよりも、

元凶は医師ではなく、マスメディアである。

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医師がマユツバ情報を

メディアに売り込んでいるとは思いにくく、

むしろテレビや版元が企画をし、

そのプランを、

引っかかりやすいドクターに持ちかけている、

というのが実態であろう。

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栄養士は、書けない、しゃべれない、

一見、論理的に思えるデタラメを

振りまくだけの勇気がない、

などなどの理由があるにしても、

対岸の火事のように感じていては

職業的責任は果たせない。

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フードファディズムのバラまきを

放っておくことは、

箱の中に隠れた容疑者を、

missmiss国外逃亡させてしまったことによる

ダメージなど問題にならないくらい

国民的には損失が大きい。

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その対策をいくつかあげた。

なによりも本人が見た目も健康であること

思想、人生観、表情、姿勢、
歩き方、身だしなみなどの点で。

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さらには、

いつでもスピーチや講演に応じられるように

トレーニングをしておくこと、

そのためのテキスト作りの準備性を高めておくこと

(パワーポイントにおんぶに抱っこの講演はしない)

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あるいは、テレビ出演のときの心得、

同意できないコメントをするように

求められたときの対処法など、

いくつかのポイントを示した。

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要は、メディアを使って社会的発言ができるように

自分を思いきり鍛えておくこと。

医師にしても、

養成中に社会的発言法を学んでいたわけではない。

社会に出てから見つけるスキルである。

依頼があってからの対処ではなく、

日頃から準備性を高めておくこと、

そのポイントを示した。

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さて、受講してくださった人たちが

ピカッと光る食情報を

メディアで披露する日はいつか、

楽しみは10年後か、50年後か、

いやいや100年後か。

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13日は、有志の方々と

「ルノワールと パリに恋した

12人の画家たち」を横浜美術館で鑑賞した。

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ルノワールの作品以外の

当時(1800年代中期以降)の画家たちの作品を

少しずつ見られたことを喜ぶか、

ルノワールの作品が少なかったと悲しむか、

画家たちの作風(うまいヘタ?)の多様性を感じるか、

各作品に付してある解説文の

なんとも味けのない文章を分析するか、

作品よりも解説文にクギづけになる

入場者の、絵ではなく文章の鑑賞力に

感心するか、

美術館にもいろいろの楽しみ方がある。

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その前後の写真も掲げておこう。

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by rocky-road | 2020-01-14 23:31 | パルマローザセミナー  

栄養士は、認知症予防にどう貢献するか。

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1月と6月の開催が恒例となっている、

パルマローザの

ブラッシュアップセミナー、

6月季の、大橋担当セミナーが終わった

2019年6月9日)。

タイトルは

「人生100年時代だから、

食生活・健康支援、15のシフトポイント。」

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3大生活習慣病」といわれる

がん、心臓病、脳血管障害(現在は肺炎が3位)を、

ある程度は克服することができて、

平均寿命も健康寿命も延び続けている。

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延び続けるのはうれしいが、

次に待っていたのが認知症である。

認知症は栄養障害ではないから(異説もあるが)、

栄養士の出番は少なくなるのか。

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いやいや、

それどころか、

むしろ栄養士の存在理由は高くなる。

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野球は9人のプレイヤーでするものだから、

右打ちバッターが出てきたら、

外野手3人で右側にシフトしなければならない。

かつての「王シフト」である。

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日常茶飯事を通じて、

人々の認知機能を高めたり

認知機能の低下を遅らせたりするのは、

現状では、栄養士ほどの適任者はいない。

ここで求められるのが

栄養士による「認知症シフト」である。

「私はレフトが定位置だから……」

などとは言ってはいられない。

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ところで、

「人生100年時代」とは言っても

現在、百寿者は約7万人というから、

平均寿命が100歳になる日がくるとしても、

10年や20年後というわけにはいかない。

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ちなみに、私が生まれた

1936年(昭和11年)ごろの平均寿命は

46.92歳、女49.63歳とあるから、

80余年で平均寿命が約1.8倍も伸びたことになる。

「人生50年時代」には、

平均寿命がそんなに延びることを

どれくらいの人が予想しただろう?

栄養士は、認知症予防にどう貢献するか。_b0141773_22464287.jpg

とすれば、今後の50年で、

平均寿命が100歳になる可能性を

否定し過ぎないほうがいいかもしれない。

もっとも、人生100年時代は

認知症の人が多い時代であることを意味する。

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厚生労働省の計算によると、

2020年には、認知症の人が700万人になるそうで、

65歳以上の5人に1人が認知症になると見込んでいる。

栄養士に限らず、

健康支援者はこのことを念頭に置いて

今後、仕事をしていかなければならない。

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今回のセミナーでは、

人生100年時代を迎えるに当たって、

栄養士や健康支援者が、

対象者とどう接し、どう支援すればよいか、

ということにポイントを置いてお話しした。

栄養状態をよくするのは当然として、

さらには認知機能を高めるところまで、

守備範囲を広げるときがきていることを強調した。

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ここまでの日本人の平均寿命の延びは、

個々人の意識や努力以上に、

国や自治体、医療機関、地域・民間施設による

ヘルスプロモーション(健康促進活動)に

よるところが大きい。

もちろん、

それを可能にした地政学的な事情もあった。

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いわゆる「平和ボケ」が許される戦後の日本社会では、

少なからずの国民は

「平和」を信仰の対象とし、

つまり願えば叶えられるものと信じ、

(本当の理由をあえて考えず)

「企業戦士」となって働き、

余ったエネルギーを「健康」に傾注することになった。

無責任なライターからは「健康ブームを問う」とか、

無責任な作家からは「健康という病」とかと

遠くのほうから冷笑されてもいる。

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なんと言われようが、

健康長寿は、人からうしろ指を指されるような

やましい思想や行為ではない。

そのことを確認したうえで、

では、今後、健康支援者は

どういうスタンスで

食生活支援や健康支援をしてゆけばいいのか、

そのことについて

15のシフトポイントとして示した。

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1.高齢長寿の意味を正しく理解する。

2.むしろ栄養士の守備範囲を正しく理解する

3.「利他行動」の意味を正しく理解すること。

など、以下、省く。

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要約的に述べれば、

少なくとも健康支援者においては、

「健康」を思想として深め、

それとなく健康についての考え方を人に伝えてゆくこと。

その原則は、

(仕事以外のところでも)

積極的に、より長い間

社会参加することである。

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家族、子や孫にとどまらず、

アカの他人と交わり続けて、

モチベーションを持続すること。

子や孫は20年もすれば自立してゆく。

おじいちゃん、おばあちゃんの認知症は

兆候が出ているかもしれない。

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社会活動へのモチベーションは、

もちろん自発的であることが前提。

つまりは、

以前からの生きがい、

先週から始めた余暇活動に感じる生きがいなど、

あれやこれやの生きがいを持つことである。

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そういう活動には、

創作性や協調性、貢献意欲が伴い、

社会的に有用な人材となる。

個人的には、

モチベーションの更新システムとなり、

健康を支える城となる。

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自分の労力的、時間的、金銭的ロスを受け入れつつも

アカの他人を支える「利他行動」は、

生物学用語になる以前に

仏教用語「利他」として

関係者には使われており、

日本人は格言として

「情けは人のためならず」を知っている。

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「思想としての健康」とは何かと言えば、

「情けは人のためならず」に尽きる。

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健康は、

多様な人と交わることで強化されるものだから、

ヒトとしてのコミュニケーション力と、

人間としてのコミュニケーション力を

同時進行的に備え、強化していきたい。

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「ヒト」としてのコミュニケーション力は

姿勢であり、表情であり、眼力であり、

フェロモンなどなどである。

肯定的な身体コミュニケーション力は、

それ自体が健康環境となって人類に資する。

寝ていても、クシャミの瞬間でも、

建設的な表情を保ってこそ

健康支援者のプロと言える。

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「人間」としてのコミュニケーション力とは、

対面、非対面に適応した

記号・言語コミュニケーション力である。

対面、ミーティング、講話、講演、電話、

サイン、手話、手ぶり、Eメール、ハガキ、手紙など。

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健康は、正確なコトバ、

温かいコトバ、伝わりやすいコトバで語りたい。

コミュニケーション嫌いは健康支援者としてはシンドイ。

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いずれにしても、

栄養士による人生100年時代の健康支援は、

軸足を食と栄養に起きながらも、

コンパスを大きく開いて、

人々のモチベーションを高めること、

自身が生きた見本になることを

このセミナーで強調した。

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たんぱく質やビタミン、

献立や外食について

有用なアドバイスをしてくれる栄養士が

旅行の収穫やゴルフの成績、

介護ボランティアでの出来事などを

問いかけることが多くなることは、

認知症の発症年齢を遅らせることになるだろう。

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2020年を待つことなく、

栄養士は、からだの栄養補給と

心の栄養補給を促進するプロとして

活躍してゆくはずである。

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by rocky-road | 2019-06-12 23:09 | パルマローザセミナー