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行動療法、「これまで」と「これから」

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パルマローザ主催の輪読会で、

今回は足達淑子編

『栄養指導のための 行動療法入門』

(医歯薬出版 臨床栄養別冊 199812月刊)

をテキストに選んだ。

2020224日 横浜市技能文化会館)

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「行動療法」というコトバを知ったのは

1970年代の終わりのころ、

月刊『栄養と料理』の編集にかかわることになってからである。

1980年の新年号から始めた「健康の最前線シリーズ」の2年目、

1981年新年号で「心身症としての肥満」という特集をした。

(編集長になってすぐから、肥満や心身症をしばしば記事にした)

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その中に、

野添新一先生(鹿児島大学医学部第一内科/当時)による

「肥満の行動療法の実際」という記事がある。

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それは、こんな書き出しである。

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 「行動療法とは、『不適応的な習慣を克服するために

 学習の原理、すなわち条件づけの原理と

 その関連諸現象の原理を適用していくことである』

 と定義されている。

 学問的にはパブロフの古典的条件づけと、

 スキナーによって詳細に研究された

 オペラント条件づけを二本の柱としている」

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その後、1987年には、

8回 日本肥満学会の抄録の中に

気になる研究発表を見つけた。

それが、当時は福岡市の保健所に勤務されていた

足達淑子先生である。

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さっそくコンタクトをとって、

「ダイエットをするなら自分の食行動を

記録することから始めよう。」

という原稿を書いていただいた。

(細かいことだが、タイトルには句点を入れてある)

以後、先生にはしばしば誌上にご登場いただくことになる。

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行動療法から、私が強い教示を受けたのは、

1.「行動」を広くとらえる点。

  呼吸をすることも、しないことも行動、

  夢を見ることも、1日寝転んで怠惰に過ごすことも行動。

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  かねがね動物行動学に関心があったので、

「行動」というコトバには期待と親近感があった。

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2.人間を動物の一種ととらえ(そうとは言ってはいないが)、

  刺激を与えることで(動機づけ)いろいろの反応が起こり、

  刺激の与え方で自分および他者の行動を

  望む方向へとあと押しできる点。

  脳の研究では、海に住むアメフラシは

  脳を持ってはいないが、

  いやな刺激(強い放水、電気刺激)を受けると

  その経験を記憶し、

  のちに回避する行動をとる、という研究が有名。 

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3.セルフモニタリングによって

  自分の行動を客観視する冷静さと手法を持っていること。

  注目行動を無心に記録し、

  その記述内容から行動傾向を把握したり、

  強化したりする、その沈着冷静さ(冷徹さ)。

   

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そのころ、ダイビング目的の海や島への旅では、

  自発的に(まだログブック記入の制度がない1960年代)、

  水温、深度、見た魚の種類や数、参加人員、

  経路、宿泊地の住所、食事のメニューなどを記録していた。

  こういう下敷きがあったので、

  手書きによる行動記録(セルフモニタリング)の

  意味がよくわかった。

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足達先生のご指導を受け、ときにお手伝いをして、

その後、行動療法の書物を企画したり

編集にかかわったりして今日に至る。

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そんなこんなの3040年、

そのかいあって……

行動療法は健康支援者の基本スキルになった、

と言いたいところだが、

そうはいかない。

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その理由は、

その考え方にしろスキルにしろ、

一朝一夕には身につかないほど、

人間としての総力が求めれること。

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人を変えるなんて「そうは問屋が卸さない」。

「行動変容だ」「認知だ」「介入だ」と、

百万回唱えても、

人間または動物についての基礎知識がないと

自分および人の行動は変えられない。

いや、「変える」のではなく

「変わる」のを待つ忍耐力と洞察力、

そして、自分の心身のゆとり。

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それほど難儀なスキルを人に教えるとなると、

ますます指導する適任者は少なくなる。

1000人に1人、いや1万人に1人かな?

そういってあきらめてしまえば、

「それを言っちゃぁ、おシマイよ」

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いま、若者に限らず、日本人の国語力が急落している。

自国語の勉強をせずに、

英語で会議なんかやっている場合ではない。

「……ていうか」「なんか……」「いわゆるコロナ」

「このぉ、マスク不足っていうか……」

なんて言っている場合か。

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同様に、動物や人間を知らずに、

「行動療法」なんて言っている場合か。

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「はい、バヤイ(場合)です!!!

みそ汁で顔を洗って、

おとといから出直しましょうよ。

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もう少し、人間学と行動科学関連の書物の輪読を

続ける必要がありそうだ。

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by rocky-road | 2020-03-01 21:20 | 大橋禄郎  

「お・も・て・な・し」を偲ぶ金沢の旅。

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20182月に急逝された

谷口佳津子さんを偲ぶ、金沢の旅をしてきた。

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石川県七尾市在住の谷口さんは、

当地で「あじさい会」という栄養士の勉強会を主宰され、

その縁で、

わがロッコム文章・編集塾・能登教室を

2013年3月16日を第1回として始めていただいた。

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当初は、空路で能登入りしていたが、

北陸新幹線ができてからは、

陸路で金沢経由し、半日観光をしてから

車で能登に入るのが定番となった。

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「お・も・て・な・し」の心が豊かで、

事前に私の意向を確かめ、

それを基にスケジュールを作って

事前に送ってくださった。

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3日間のうち、真ん中の1日が講義、

最初の1日は金沢(初期のころは能登)、

セミナー終了後は能登見物。

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観光コースには、もちろん「食」と

撮影スポットとが入っていた。

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そうした日々がしばらくは続いたが、

2017年に、能登教室は終了し、

翌年の2月に谷口さんは他界された。

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彼女やその仲間と歩いたコースをたどって、

彼女を偲びたいという思いがずっとあった。

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能登は、遠くなってしまったが、

金沢なら、

ご一緒していただいた笹川真澄さんがおられるので、

彼女にお願いして、

2日間、金沢の街を散策することもできる。

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笹川さんは、いままで歩いたコースをしっかり記録していて、

いつ、だれと、どういうコースを歩いたか、

ときには絵入りで残している。

思い出をたどる旅をご案内いただくのに

これほど適任の方はいない。

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おそらく、わが人生で最後になる

金沢歩きを深く記憶に残すことができた。

金沢の地形が少しは頭に入った。

以後、地図の上でも金沢の旅ができるだろう。

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以下は、今回の旅で撮った写真のあれこれ。

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by rocky-road | 2019-06-23 23:43 | 大橋禄郎  

孤独は、そこまでわがままである。

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読売新聞の51日の「人生案内」に、

意味の深い相談記事が載った。

投書者は90歳代の女性。

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「十数年前より念願の一人暮らしになり、
極上の孤独を楽しんでおります。
特に一人の食事が好きで、
歯が悪いせいもあり、
長い時間をかけて味わい尽くしております」


「足腰の痛みや苦しみを差し引いても、
すべて自分の思うがままに物事を進んでいろるという
素晴らしさは至福の極みです」

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このように、

自分のライフスタイルに対する誇りと自信を

全体の約75%の文章を使って綴っている。

万々歳の生き様かと思いきわ、

終わりの8行で、こう結ぶ。


「ただ、人間としてこの世に生を受けた限りは、

一般に推奨されているように、

医療の恩恵にあずかりながら、

一日でも長く生きなければならないものなのでしょうか」

(和歌山・Y子)

これに対する回答者の作家は、

内村鑑三(宗教家、評論家)による

『後世への最大遺物』と題する講演から

こんな発言を引用している。

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「お金もない、
手がけた事業も名声もない思想もないという
普通の人でも後世に遺せるものがある。
それは人に恥じない、まじめな生涯を送ることである。
そしてこの世は楽しい世であったと語ること、
これはだれでもできる」


そして、回答者作家自身は
こんなコトバで絞めている。
「あなたの生涯が世の人の手本となられるよう、
そのような気持ちでこれから日々過ごされることを
願っています」
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かねがね、孤独の経験がないどころか、
むしろ日本で、もっとも孤独ではいられない
売れっ子作家の一部の人が
「孤独のすすめ」だの「極上の孤独」だの
「夫婦という他人」だの「元気に下山」だのと、
無責任な言説によって
稼ぎまくっている現象を危ぶんでいた。
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予測どおり、
今回の人生案内に投稿するような
「極上の孤独」にそそのかされている人が
やはり、いたのである。

どの本も、何十万部も売れているそうだから、
投書者のような心境になる人は少なくないだろう。

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「いい歳」になっても、
人間や生きることの意味が

わからない人はいるものである。

そもそも、「孤独もの」の作家や、

人生案内の回答者である作家たちが

ここまで人間がわかっていないものかと、

あきれるばかりである。

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内村鑑三は、

金や事業、名声、思想もない普通の人でも

「人に恥じない、まじめな生涯を送ること」

「この世は楽しい世であったと語ること」と
言ったそうだが、

「人に恥じない」や「まじめな生涯」の解釈は

そう簡単なものではない。

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「まじめな生涯」とは、

単に反社会的な行動をしない

というような浅い意味ではあるまい。


内村が言う

「この世は楽しい世であったと語ること」も、
「まじめな生涯」の要件であろう。

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ドイツ人哲学者で日本在住の
アルフォンス・デーケン氏(上智大学名誉教授)は、

人生の後半は「お返しの時期」だと言った。
自分が祖先や先輩から知識や技術を学んだように、

晩年は、それを後輩に伝えることが仕事だ、と。

いわば「借り」を返す時期である。

「極上の孤独」を提唱したり、

それにそそのかされている人は、

「持ち逃げ人生」「借りを踏み倒す人生」を

臆面もなく「極上」だなどと抜かす。

その挙句は、数百万の読者を持つ大新聞に投書して

しかるべきアドバイスを求める。

「甘ったれるな!!」と、

難聴の耳に口を当てて叫んでやりたい。

「孤独とは、

そんなふうに人に頼るのではなく、

自分で考えて、

自分の道を進むのではなかったのかね。

90年間、お主は、なにを考えてきたのか、

できもしないくせに、突っ張るんじゃねぇ」

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「一般に推奨されているように、
医療の恩恵にあずかりながら、
一日でも長く生きなければ
ならないものなのでしょうか」だと?

だれがそんなことを言った?

「極上の孤独」を楽しみ、

「至福の極み」とまで言いきる人間が、

いまさら「一般に推奨されている」などと

世間を持ち出して、

自分の生き方を人に決めさせるなよ。

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生物学で言う「共生」とは

「異種の生物が緊密な結びつきを保ちながら

一緒に生活すること」だが、
共生にも
「片利共生」「双利共生」「寄生」がある。

アニメ映画で知られた「ニモ」、

すなわちクマノミという魚は、

イソギンチャクと共生し、

クマノミは外敵からの隠れ家とし、

イソギンチャクは、

自分に付着する汚れなどを

除いてもらっているから

ともに利益があるという意味で

「双利」(そうり)の共生という。

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人間の腸内細菌は、

双方にメリットがあるという点では「双利」だが、

水虫菌と人間との関係は、

水虫にとっては「片利」的である。

ただし、同種同志、

人間同士の共存関係は「共生」と言わず、

「仲間意識」とか「協調」とか「協働」とか

「ネットワーク」とかと言う。

かつて、最終学校卒業後も親の家に居座り、

いつまでも育った家から出て行かない若者のことを

「パラサイト・シングル」などと言った

(パラサイト=寄生虫)。

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「極上の孤独」を享受する人は、
パラサイトとは真逆の生き方を

しているように見えるが、

社会の側から見れば、

なんの還元も貢献もないまま、

孤独ぶっているわけだから

とても「共生」とは言えず、

とすると、けっこうパラサイト的ではないか。


回答者の作家は、

回答のまとめとして

「あなたの生涯が世の人の手本となられるよう、

そのような気持ちでこれから日々過ごされることを

願っています」

と書いているが、

「極上の孤独」を決め込んでいる人間のどこが、

「世の人の手本になられるよう」なのか。

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甘やかすのもいい加減にしてはどうか。
そんな人間を手本にしたら、
人類は遠からず絶滅するだろう。
前にもこの欄で書いたが、
家族ではなく、
アカの他人に貢献する「利他行動」を
日本のことわざで説明すれば
「情けは人のためならず」である。

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こういう高度な社会的活動は、
人間に至って身についたものではなく、
体重わずか4050gのチスイコウモリにも
見られる行動だという。
『進化と人間行動』(長谷川寿一、長谷川眞理子
東京大学出版会発行 20004月)

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中南米に住むチスイコウモリは、
夜中に活動して、
野生動物(近年は飼育動物)に近寄っては、
じかに皮膚を噛んで穴をあけ、
舌で血液をなめたり吸ったりする。
相手に気づかれぬよう、
麻酔液を出して注入するという。

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食事が終わって洞窟内の巣に帰ったとき、
老いた個体や若い個体は、
うまく血が吸えず、飢餓状態になっている。
すると、血を吸うことができた個体は、
飢えた仲間の口に血を吐き戻して
「お裾分け」をする。

チスイコウモリの世界では
「極上の孤独」などは許されず、
家族以外の相手でも、
生命の危機を救い合って進化してきた。
人間もチンパンジーもゾウも、
その他の哺乳動物の多くは、
そういう「利他行動」を習性として持っている。

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こういう話を思い出すと、
新聞社としては、
人生案内の回答者の人選を
根本から見直す必要があるだろう。
この欄では、精神科医や哲学者、
作家などが回答をしているが、
適材適所とは言えない。

専門性の問題というよりも、
人間または人生についての洞察ができていない。

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さらに、回答者には「ぶりっ子」傾向があり、
バカな質問者をどやしつけることはまずない。
それは親切であるかのように見えて、
結果的には冷たい。
いつの日か、
食コーチング型栄養士が回答者になると、
少しは状況がよくなるかもしれない。


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それには、
文章による回答力をつける必要はある。
作家でも、
「あなたの生涯が世の人の手本となられるよう
などという窮屈な表現をするのが現状だから。

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ところで、
NHKの「マイあさラジオ」という番組の、
「くらしテキスト」というコーナーで、
三好春樹という理学療法士が
高齢者施設に入る人の注意点として
次の3点をあげていた。

「私物を持ち込むこと」

「人間関係を維持すること」

「生活習慣を変えないこと」

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かねがね私は

「物質は情報を持つ記号でもある」

と言っているが、

現場を知っている人の見解は、

さすがにリアリティがある。

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人間の一生とは、
過去、現在、未来が

糸引き納豆のようにつながっているものである。

「断捨離」だの「極上の孤独」だのという人生は、

粘りのない納豆のようなもので、

食品としての存在価値は半減以下となる。

「健康」や「健康寿命の延伸」が

人生の目的ではないとすれば、

「よい人間関係」の維持・発展は、

人生の目的の1つになるであろう。


糸引き納豆が嫌いでも、

人のネットワークを大事にすることは

一人ぽっちを「至福のとき」などと言っているよりも

「一般に推奨される」はずである。

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by rocky-road | 2019-05-07 21:24 | 大橋禄郎  

元号をどう手書きしますか。

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41日の新元号発表の時点から、

マスメディアの文字に対する準備性のなさが

気になっている。

めったにない行事だからやむを得ないが、

漢字の国としては、やや不甲斐ない。

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「令」を、発表どおり「本字」(ほんじ)または「活字体」で書くか、

筆記体または「許容書体」で書くか、

はっきりと方向性を示していないように思う。

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書家を訪ねて「令和」を書いてもらうテレビ局もあったが、

書家いわく「どちらでもいいんです」

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だから、オタリアまで活字体で「令和」と書いていた。

これでは困るのである。

この場合、取材先を間違えている。

正解は、小学校の国語の先生か、

文部科学省を訪ねて、

日常生活において、どちらを使うのがよいか、

意見を求めることである。

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実は、そんなむずかしい問題ではなくて、

日頃、「命令」や「年齢」「冷却」「鈴」を

どう書いているか、というだけのこと。

おそらく、本字や活字体で書いている人は

ほとんどいないだろう。

(ついでながら「年令」と書くのは大間違い。意味が違う)

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このほか、日常生活において

「道」や「通り」の「しんにょう」を

活字体で書いている人はいるだろうか、

「糸」を8画で書いている人はいるだろうか。

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おもしろいのは、

テレビ画面にちらっと出た写本『万葉集』の序文部分では、

すでに「令」の字を筆記体で書いていること。

写本は慶長年間、1600年代に作られたというから、

400年前には、

すでに「令」を略して書いていたということになる。

どこの国にも「本字」(のちに活字体とも)に対して

「筆記体」「略字」はある。

それが合理性というもの。

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とすると、

新元号を発表するにあたって、

字体をどうするかについて、

有識者のあいだで話し合いがあったのだろうか、

それが気になる。

懇談会参加者の職歴を考えると、

その種の議論に強い人がいなくて当たり前である。

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新聞社も、いまはパソコンで原稿を書く時代だろうから、

「字体をどうすべきなのか」ということに

頭が働く人は少なかったのかもしれない。

「どちらでもいい」では

適切な解釈にはならない。

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この種の問題を話し合うときのキーワードとして

「本字」「略字」「活字体」「筆記体」「許容体」

「常用漢字」(かつては「当用漢字」)、

「字体改革」などは無視できない。

日本では、太平洋戦争後、

漢字の字体を大きく簡略化し、それが今日に至っている。

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とすると、

新元号発表者には、

こんなコメントを添えてほしかった。

「なお、一言申しあげたいことは、

ここでは旧来の『令』の字を使っておりますが、

(正確には、上のテンの部分は略字化している)

日常生活において手書きをするときには

『八』に『、』と『マ』と書くことは妨げません」


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言語現象として興味深いのは、

手書きのときに筆記体を使っていた国民が、

新元号に従って、

活字体を手書きに使うようになるのかどうか、

という点である。

元号を書くときだけ「令」とし、

「年齢」や「命令」「冷却」「鈴」は

いままでどおりに書くのか。

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「どうでもいいこと」と考えず、

しばらく見守ることは、

言語感覚を磨くうえでマイナスにはならないはずである。

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by rocky-road | 2019-04-14 22:16 | 大橋禄郎  

海から見るオカの世界。

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久々に、

ダイビング関係のいくつかの恒例イベントに

出かける時間が得られた。

行ったかいがあって、

いろいろと刺激を受けた。

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毎年4月は、

東京近辺のダイビングシーズン幕開け季節である。

厳密に言えば、

いまどきのダイバーは、

世界中で「いまが夏」または、

「いまが流氷の季節」の海に

出かけていくことができるので、

1年中がシーズンである。

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しかし、それではメリハリがないので、

丘の上世界の習慣に従って、

春から初夏くらいにかけて、

シーズンの開始と考えるようにしている。

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出かけたのは、次の3つのイベント。

1つめは「海で逢いたい」グループによる

23回目の写真展。(東京都・大崎)

2つめは「マリンダイビングフェア」

 (同、池袋サンシャインシティ)

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3つめは「第36
回 水中映像祭」

 (同 江東区文化センター)

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このほかに、スペシャルイベントとして、

45年前から2年間、

西伊豆の海底9メートルに存在した

海底ハウスを語る会にも参加した。

以上の体験から

感じたことの1つを書いておこう。

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改めて感じることだが、

文明や文化は、

右肩上がりに進むとは限らない、ということ。

停滞や逆走もあるし、

消滅も、もちろん、ある。


「海で逢いたい」グループと、

「マリンタイピングフェア」では、

応募された作品、または、

「フォトコンテスト」に入選した

海関係の傑作写真が展示されていた。

被写体のバリエーション、

撮影技術の目覚ましい向上を強く感ずる。

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ところが、作品のタイトルが稚拙すぎて、

失笑を超えて暗い気分になった。

共通するのは、

被写体の生物名を検索することなく、

つまらないネーミングによって

安易に、または低俗化している点。


「海は美しい」(ロク=いま気づいたのか!

「海中は色鮮やか」

「魅せられて」 (古い歌謡曲だ

「キラキラ」  (幼稚園児か

「満点の星空」

「赤い惑星」

「お見合い」

「ひゅん!」 

「回って回って」 

「ゴチャッと」 (アンタのお脳がね

「はい!ポーズ」 (いまどき、陸でも言わんぞ

「コンニチハ」 向こうは人間を恐れているよ

「銀河鉄道」

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水中写真は、

芸術性以前に科学性(生物学などを中心とした生態学)を

担っているとともに

未開のエリアへの探検的・旅行的な発見が

大きな動機の1つとなる。

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したがって、

水中で撮った写真は、

それがどういう生物なのか(学名までは求めないが)、

どういう行動の瞬間なのかを

撮影者および発表者には

説明責任がある。

その自覚は微塵もなく、

「キラキラ」や「ひゅん」「ゴチャッと」などと

ネーミングする。

芸術性はおろか、成人の言語能力さえ疑われる。

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ガマンがならないのは、

自称「プロ」と称する人間の

「古い手法ですが、好きな1枚(笑い)」

というタイトル。

小さなウミウシを、

水面直下で撮影した1点だが、

被写体が水面の裏側(陸上から見たとき)に

反射している作品。

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およそ公共性はなく、

仲間内の冗談みたいなネーミング。

少なくとも公共施設で写真展を開くからには、

その生物の名くらいは示して、

見物者に一定の情報を伝えたい。

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昔、あるイラストレーターのダイバーが

「ダイバーはバカばっかり」とほざいて

私の全面的反論を誘ったことがあるが、

あれから約半世紀、

ひょっとしたら、

あのイラストレーターの言は

まんざら的外れではなかったかもしれないと、

こちらをグラつかせるほどのおバカぶりである。

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この責任はどこにあるのか。

それはコンテストの主催者である。

写真が傑作でも、

ネーミングの悪い者は落選とする、ということは

実際にはしにくい。

だから、事前に「ネーミングのあり方」を

教育しておく必要がある。

たとえば、

*タイトルには被写体の生物名を入れること。(種名でもよい

*ネイチャーフォトであることを自覚する。

*生物を無意味に擬人化しないこと。

 (×「こっちへ来ないで」×「どちらさんですか」)

*海を宇宙に置き換えないこと
(×「満天の星空」×「赤い惑星」)

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かつて、このようなことを

ダイビング雑誌に寄稿して説いたことがあった。

いまは、そういう人がいないのか、

水中写真の発表に関する基礎知識およびマナーに関しては

野放し状態であるようだ。

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ある写真展で、

唯一安心できたのは、

正真正銘のプロカメラマン、

大方洋二氏の作品とネーミング。

「ニシキハギの縄張り争い」

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ここには魚名があり、行動の説明がある。

多くのインチキ・ネーミングでは、

魚が向き合っていると

判で押したように「お見合い」「見つめ合い」とやる。

が、自然界はもう少し厳しい。

お見合いどころか威嚇や対立、

ときには捕食である。

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不勉強な者や思慮の浅い者に

ネーミングの機会や文学性を与えると、

「〇チガイに刃物」くらいに危ない。

自然界の真実を誤って伝える、という点において。

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次に、

「水中映像祭」は36年前に

私と数人の有志とで始めた水中写真のサークルが

毎年1回開くイベントである。

私は第20回までかかわってきたが、

以降も有志各位の尽力で続けられている。

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作品は私の時代とは

比べものにならないくらい進歩しているが、

なんとも入場者が少ない。

500人入るホールにおよそ40人。

12時間のイベントを

昼の部と午後の部とに分けたことが一因としても、

空席があり過ぎて寒々しい。

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ここまで入場者が減ってきたら、

会場をもっと小さいところに変えるべきだが、

それ以前に、

なぜこれほどまでに入場者が減ったのかが問題。

参加者激減の理由は、当事者に直接伝えるとして、

ここでは別の大きな問題について書いておこう。

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万物は経年変化が避けられない。

建造物なら、陽光や風雨による劣化、

組織なら、コンセプトのあいまい化、

リーダーシップの低下、

モチベーションの低下などなど。

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栄養補給は、

組織にも思想にも必要で、

それを怠ると萎えてしまう。

司馬遼太郎は、

「小説はフィクションに分類されるが、

思想もフィクションですよ」と言った。


「マリンスポーツ」としてのダイビングは

フィクションであった。

ダイビングに「スポーツ」性を感じず、

そのカテゴライズに大橋は強く反対した。


いまはレクリエーションダイビング、

または海と島への旅、

またはフィッシュウォッチング、

そして水中撮影の被写体探しなどが

中心となった。

が、私が提案して創刊した『海と島の旅』も、

『マリンフォト』も、

いまは廃刊になった。

栄養を与えられない思想は、

けっきょく「フィクション」として消える。

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陸の世界で言えば、

先祖を慈しむ思想、

国を愛するメンタリティーはどうか、

そしてそして、

食育やスローフード、

あるいはコーチングや行動療法はどうか。

だれかが栄養補給をしているのだろうか。

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もちろん、「食コーチング」とて例外ではない。

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ダイバーのあり方について

私に多くのヒントをくださった工藤昌男さんに

『海からの発想』という著書があるが、

この桜の季節に、

海のイベントに参加したことによって、

いろいろの発想法をいただくことになった。

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by rocky-road | 2019-04-08 19:52 | 大橋禄郎