奈良、京都でも、心の栄養補給。

奈良県栄養士会からお声をかけていただいて、
9月20日、当地で、コミュニケーションに関する講義をした。
きっかけは、昨年7月に、
同会で『人生100年時代の「食事相談」のカタチ。』
という演題の講義をした影山なお子さんのお話を
聴きに行ったとき、ほんの少しコメントしたことだった。

その後、影山さんのお口添えもあって、
今回、
『健康や食生活をさらに魅力的に語るには
文章力をこんなふうに磨こう。』
というお話をさせていただくことになった。
(同日/14:50~16:30
会場/奈良市内 帝塚山大学 学園前キャンパス)

文章表現を専門としてはいない栄養士さんに、
いきなり「文章力」強化の意味やスキルを説くのは、
こちらにとっても、ややハードルが高いが、
そこをなんとかするのが
コミュニケーション力、文章力というものであろう。

講義内容は、こんなふうにした。
1.イントロクエスチョン。
2.「コミュニケーション」とは何か。
3.「文章力」は、どのようにして磨けばよいか。
4.栄養士にとって「コミュニケーション力」とは。

そのポイントは、
人は、基本的に文章で考え、文章で話をする。
コトバ選びや文法は、まさに文章力を基礎としている。
さらに、文章を読んだり書いたりすることで、
情報量をふやしたり、論理的な表現を身につけたりする。

情報の受信・発信行動の中に、
手書きや〝紙読み〟が少ない人は、
その分、脳が軽量化することは避けられない
(脳のメカタではなくではなく、機能の低下・容量不足)。
言い換えれば、認知症の大きな要因は、
コトバの受・発信の量が、
生涯にわたって著しく減少し続けることである。

栄養士さんには、この点を認識していただきたかった。
フレイルや認知症は、栄養障害である以前に、
ライフスタイルの貧弱化、言語活動の不足がある。
その点、日本人の食生活には、
季節感、献立、朝食らしさ、昼食らしさ、夕食らしさ、
定刻の食事習慣、同席する人との会話などなど、
フレイルや認知症の抑止効果がたっぷりとある。

昔は、こういうライフスタイルを親や祖父母から刷り込まれた。
が、いまは核家族化によって、
親との同居期間が短くなった。
学習不足のまま自身の家庭生活に入るため、
家族をしつけたり、自身が向上のための学習をしたりする
時間も意識も激減した。

自習能力の低いタイプは、
学ぶ楽しみを知らぬまま、
ケイタイをいじって時間をつぶすことしかできなくなった。

ケイタイ情報は、自分の思考力やセンスよりも低い、
という自負や誇りがないから、
ケイタイにかかわることで失われる時間が惜しいとは思えない。
悲しい現況である。

今回、奈良県の栄養士さんには
「心の栄養補給」の仕事があることを指摘したが、
1時間半程度の時間では、
とてもお伝えできなかった。

終了後、
90歳の僧侶の父を持つという聴講者から、
「先生の場合、元気に89歳を迎えられた秘訣はなんですか」
とのお尋ねを受けた。

私の中では、「長生きの秘訣」を人に説くのは
野暮中の野暮と位置づけているので、
うかつに「それはね……」と説くわけにはいかない。
しかし、セミナーの時間内に、
それに関連することをお伝えしきれなかったことに気づいた。

生きるモチベーションの1つは、
人さまのお役に立つこと。
「自分らしく」自分のために生きることは、
1人止まりで終わってしまって展開がない。
が、人さまは、ざっと80憶人いる。
とてもお役に立ちきれない。
これぞ生きるための無限のモチベーション。

10人の関東組の仲間にご同行していただき、
奈良県でお話をさせていただく機会を得た……
ここには、どれだけの人の関与があることか。

人のお役に立った人たちは、
その分、生きるモチベーションを強化することになるだろう。

それが1時間分か、1日分か、
1週間分か、定かではないが、
次の1週間分のモチベーションは
すでにそこで待っている。

栄養士がモチベーションアッパーとして
最適任であることは、
何回も述べてきている。

奈良のみなさんに、
その何百分の1しかお伝えできなかったことを
僧侶を父に持つ方の問いかけで実感した。

わが心の中では、
それなりのインパクトが残ったが、
奈良~京都の旅は続いた。

京都では、
《キーヤン/木村英輝》ご自身にお会いできたし、
八坂神社や三十三間堂、長楽館を
訪れることもできた。




約700点ほど撮った写真の整理や利用はこれが始まる。



モチベーション増量の旅であった。

by rocky-road | 2025-09-25 20:30 | 大橋禄郎

