日本の健康支援者は、こうしゃべる。
この11月24日(日)から始まる
《食コーチングプログラムス》主催の
「一流を目指す講話・講演力――これでもか100本ノックシリーズ」
全3回のテキストづくりに追われている。
(第2回=12月22日 第3回=2025年2月2日)
11月24日の第1回のタイトルは、
「講話・講演力強化のためのポイント18」
このシリーズを始めるきっかけとなったのは、
ある栄養士会のセミナーを受講した際、
知人の講演のあと、時間があったので、
そこで退出はしないで、
次の講師の話も聞いてゆくことに決めたことによる。
女性医師による、医療の現状についての話だった。
想定していたとおりの、
大いに参考になる講演だった。
まず、衣服が〝普段着〟過ぎる、
近所への買い物のついでに立ち寄った、という感じ。
声がマイクに乗ってこない。
マイクが唇に触れるくらいに近づけているのに。
医療に関する自身の考えらしいが、
それを、だれに、どういう意味で伝えようとしているのか
テーマもポイントもわからない。
そして、パワーポイントを使って、
脈絡のないデータや映像を投影してゆく。
ほんの数人の受講者ではあったが、
受講者の中で、いちばん満足したのは
まちがいなく私だったと思う。
理由は「完全無比」なダメ講演であったから。
いまの日本の講演事情を知りたくて受講したのだが、
ドンピシャリ、何年経っても
日本人の講話・講演力はこのレベルで足踏みしていることを
しっかり確認することができた。
そういう感想を影山さんに伝えたら、
「講話・講演力をつけるセミナーを
ウチでやっていただきたい」との
リクエストをいただいた。
ホンネを言えば、
日本中の講演、講義関係者数千人を対象に、
国立競技場か東京ドームあたりで実施したいと思っているが、
運営者を見つけるのには時間もかかるので、
まずは、足元の1歩から、
日本国に貢献することにした。
日本人が人前で話をするのを苦手とするのは、
けっして無能だからではない。
歴史的に、そもそも、人前で話すという習慣がなかった。
身分制度によって秩序が保たれていた封建的社会には、
だれもが人前で意見を述べる機会はなかったし、
それは要注意のことだった。
いまの中国では、
無言で、何も書いてはいない白紙を
掲げて立っているだけでも逮捕されるという。
21世紀にも、ここまで不自由な社会も存在している。
100年以前の日本でも、
ここまでは不自由ではなかっただろう。
しかし日本の場合、農耕や漁業にいそしむ人は、
天候が変わらないうちに、
黙々と、すばやく仕事を進める必要があった。
しゃべっている奴は、ロクな奴ではなかつた。
「言わぬが花」
「口は災いの元」
「沈黙は金」
「口がすべる」など、
話すことを抑える諺が少なくない。
それに対して古代ギリシャでは、
ある時期、民主制度が普及し、
市民が選ばれて議員(民会)になることができたという。
すると、弁論が立身出世の手段ともなった。
すでに「ソフィスト」と呼ばれる弁論術指導のプロが
存在していたとか。
紀元前5世紀というから、
日本はまだ縄文時代の末期である。
この時間差は大きい。
日本人は必要なことは
日本流にアレンジして採り入れるものだが、
人前でしゃべる、という環境がなかったために、
スピーチ力を輸入することはなく、いまもゼロのまま。
ヨーロッパでは、幼稚園児のころから
ディベート型の話し合いのトレーニングをするというから、
日本人との差は広がるばかり。
確かに、日本人で、
義務教育時代にスピーチのトレーニングを
受けた人は少ないのではないか。
いや、本気でやるなら、
小・中・高・大学、職場と、
ずっとトレーニングをし続けなければならないだろう。
高度成長期の日本では、
結婚披露宴が、しばしばあったから、
「スピーチ」の本や、人前で話すことを学ぶ本が
ずいぶん出た。
「あなたは100人の前で話すことができますか」などと
問いかける「話し方研究所」なるものがいくつか存在した。
事もあろうに、
友人の結婚式の司会を引き受けたら、
なんと、そういう研究所の主宰者が
来賓として出席した。
内心「弱ったな」と思ったが、
かれのスピーチを聞いて安堵した。
一言で言えば「クサイ内容」
話を作りすぎていていかにも不自然。
やっぱり、日本人のスピーチ力は、
プロと名乗っていてもこの程度かと思った。
とはいえ、
欧米人は、みんなスピーチがうまい、とまでは言えない。
アメリカのトランプ氏の品の悪い話力は、
日本の国会議員よりも、まだ下かもしれない。
アメリカとヨーロッパとでは、
やはり伝統が違うのか。
それにしても、
ジョンF・ケネディの時代と比べると、
アメリカ人の品格は、
そうとうに落ちていると言わざるを得ない。
それでも、講話・講演力が低い日本にも、
すぐれた論者はいた。
当方、若いときから講演やシンポジウムを聞くのが好きで、
そういう場所によく出かけた。
オンラインなどがなかったお陰で、
著名人の話をナマで聞くことができた。
そうした経験からいえば、
曽野綾子、司馬遼太郎、永六輔、
大江健三郎、渡部昇一など、
各氏の話は、中味が濃かったし、おもしろかった。
そして、わが恩師・芳賀 綏(やすし)先生は、
話し方の歴史を何冊かの本に著した。
明治時代の政治家などの例を紹介している。
当時の人の録音が残っているものもあって、
そのころは、美文調の講演が多かったが、
結局は内容がよかった。
いつ、どこで、どういう人たち(職種、男女比、人数など)、
そして、なんのために話すのか、
そのシチュエーションさえしっかり把握をしていれば、
そうそう無意味な内容にはならないはず。
今回の3回シリーズでは、
まずは、1回の講話・講演・スピーチの
パッケージのつくり方を
しっかり学んでいただこうと思っている。
その前提となるのは、
いま述べたとおり、
講師の依頼を受けるときの対応が大事。
依頼者は、こちらに関して、少し前の情報を基に
依頼をしてきているので、
内容を「これこれ」と言えるはずはない。
そこで、以下を確認しておく。
なぜ自分を指名したのか、
どんなテーマをお考えか。
類似のテーマで話した人はいるのか、
いれば、それはだれなのか。
対象者の職種は?
男女比は? 年齢層は?
……こうしたインタビューをすることで、
内容は、その段階でほぼ見通せる。
こういう基本をしっかりお伝えしたいと思っている。
そして、2回目からは実習。
「これでもか100本ノック」による
地獄の特訓を課そうと……。
2500年前のギリシャ人に
追いつくのに、遅すぎるということはない。
(講話、講義、講演、演説、
スピーチの違いについては、
3回シリーズの中でご説明します)
by rocky-road | 2024-11-03 19:56 | 講話・講演力強化セミナー