「名古屋から京都へ」の時代。

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10月20日、21日、22日の3日間、

食にかかわるとはいえ、

まったく業種の異なる3つのグループの集まりに、

連日参加した。


1日目は、

わが地元、北区の健康増進部健康推進課が行なった、

「北区 楽しい食の推進員会」10期生を対象とした養成講習会。

ここでは、影山なお子さんによる

食生活を輝かせるために知っておきたい7つのポイント

「食コーチング」の視点から

という午前中の講義のあと、

午後に、「おいしさ100倍の食シーン撮影入門

というコーナーを担当した。

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2日目は、藤原勝子さんが校長時代の

ジャパンフードコーディネータースクールの同窓会。

1982年に発足したこのスクールだが、

いまは別経営のスクールになったため、

元校長が参加する同窓会は今回が初めてであった。

元・講師として、これに出席した。

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3日目は、食コーチングが主催する「食ジム」第125回。

今回のテーマは

「栄養士は後輩たちに、栄養士という職業の魅力を

どのように伝えてゆけばよいか。」

(座長 三宅理江子さん 

アドバイザー 影山なお子さん/大橋 )

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3つのコミュニティは、個々に活動をしていて

互いの交流はない。

しかし、それぞれに関わった者から見えてくるのは

「食」を通じて社会に貢献しようという参加者のモチベーションであり、

日本人の健康寿命を支える柱としての役割である。

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北区の「楽しい食の推進員」も、

「食ジム」参加者も、主体は栄養士である。

フードコーディネーターにも、

栄養士の肩書を持つ人が少なくない。


栄養士および食生活の社会史を振り返ると、

栄養士の働き場所は、主に病院であったが、

フードビジネスが盛んになると

(その社会背景には、女性の社会参加がある)

病院以外のところにも、

栄養士の活躍場所が広がっていった。

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このとき、「栄養士」という肩書は、

フードビジネス向きとは感じられないところがあり、

別の肩書が求められるようになった。

このニーズに応えるべく、

「フードコーディネーター」「フードスペシャリスト」

「食育コーディネーター」「食生活アドバイザー」など、

資格を与える短期養成校が数々生まれた。

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「管理栄養士」と「フードコーディネーター」との比べ方として、

どちらが養成機関が長いか、

どちらがお金がかかるか、という点を基準にすれば、

迷うことなく前者である。

したがって、「栄養士の資格があるのに、

なぜわざわざ〝フード系〟の資格までとる必要があるの?」

そういう疑問を持つ〝外野〟が多かったのは当然である。

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が、今度、フードコーディネータースクールの同窓会で、

何人かの人と話をしていて、

やはり、この資格には意味があった、と感じた。

「いま、どんなお仕事をしているの?」と尋ねると

「カフェを開くにはお金がかかるので、

カフェを開きたい人のサポートをしています」

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そしてBさんは

「メディアで働きたいという人を売り込む仕事をしています」

さらにCさんは、

「カフェプランナーの仕事をしています」

Dさんは、

「大学の教授をしています」

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養成期間や払った学費の多寡とは関係なく、

みなさんしっかりご自分のポジションを得ている。

人と人とを引き合わせるコーディネーターという仕事は、

社会が多様化するほどに、ニーズが高くなる、

いや不可欠な仕事となってくる、

ということであろうか。

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いま思えば、

日本を代表する大手の食品会社にいた人も少なくない。

その人たちが、

いまはフリーのフードコーディネーターとして活躍しているではないか。

「あの会社にいたときと、いまを比べたら、

どちらに達成感がある?」

そういう野暮な質問は、もちろんしなかったし、

する必要もなかった。

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答えは表情や話しぶりに書いてあつたから。

そして思った。

「楽しい食の推進員」も、

「食コーチ」も、

健康を軸足にした、人生100年時代のコーディネーターなのだ、と。

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人生100年時代の説明の仕方として、

こんなストーリーを考えて見た。

仕事関連の出張か、ほかに、なにかの都合で、

東京の人間が名古屋まで、年に何回か通っている、としよう。

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名古屋までの間、車中で何をするかは、

経験的にわかってくる。

「この本を読み切る」「この雑誌を買って読む」

「ケイタイでブログの下書きをする」

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が、事情が変わって、

名古屋への定期的出張先が京都に変わった。

名古屋から京都までの時間がプラスされたとき、

「読む本は少し厚めのものにする」

「週刊誌はやめて月刊誌にしよう」

「車窓から低山だけを撮ろうか」

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「人生100年時代」とはそういうことだ。

名古屋から京都までは睡眠時間とするか、

米原で途中下車して1泊するか。

「あなたのお好きなように」

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どう過ごせばよいか、定まらない人が多い。

そういう人に、アドバイスをするのが、

「楽しい食の推進員」であり、「食コーチ」であり、

「フードコーディネーター」であろう。

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「100年時代」とは、

出張先が遠くなる、ということであり、

車中で過ごす時間が長くなる、ということである。


by rocky-road | 2023-10-27 23:21  

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