群羊社と藤原勝子さんに乾杯!!
給食関係の人や、献立に興味のある人なら、
『組み合わせ自由 3段式料理カードブック』を
使ったことがあるか、見たことがある人は少なくないと思う。
版元の群羊社(ぐんようしゃ)が「日本初の形式」として
1992年発行した書物である。
各ページが3分割されており、
いちばん上が主菜、2段目、3段目が副菜、またはご飯と汁。
上のページを開いたまま、2段目、3段目のページをめくって、
いろいろの献立プランを考えることができる。
以後、著名な料理研究家による家庭用版が刊行されている。
のちに2段式も作ったようである。
いずれも、㈱群羊社のヒット商品の1つである。
製本技術の進歩で、各ページを3つに分断する、
などという造本が可能になった。
が、そういうハード面の進歩でヒット商品が生まれるものではない。
多くの人が日々の献立で頭を悩ませている、
そういう潜在ニーズをくみ取ってこそ生まれる企画である。
「ニーズは人々の頭の中にあるものではなく、
第三者が創り出すものである」
多くの先人たちの指摘が説くところである。
版元(一般には出版社)には
100年以上の歴史をもつ組織が少なくないので、
1978年創立の群羊社を〝老舗〟といったら叱られるだろうが、
女子栄養大学出版部時代の後輩が、
夫婦で始めた出版社が、
もうひとふんばりで50年になるというのは、
私からすれば老舗としての「資格あり」と評価したい。
(「版元」と言う理由は、書物や雑誌を発行するのは
会社とは限らず、女子栄養大学出版部など学校の出版部、
新聞社の出版事業部、その他の諸組織など、
いろいろの組織が出版活動をしているので、
プロは「出版社」とは言わず「版元」と言う)
群羊社を「老舗」と呼びたいのは、
社歴の長さによるものではなく、
「食と健康」に関するジャンルで
世界に2つとない版元として存在し、
いまもユニークな企画を出し続けている点にある。
この分野では、
『栄養と料理』の創刊が1935年(昭和10年)だから、
草分け的存在であるが、
群羊社は、一時期、女子栄養大学出版部以上に
女子栄養大学的な良書を出し続け、
いまは、それらをはるかに超える良書を出している。
それが《たべもの・食育絵本》シリーズ、
『野菜の教え』(春・夏編)(秋・冬編)
『魚の教え』(上巻「食べて生きる」
下巻「泳いで生き抜く」」
《家畜に親しむ食育絵本》のシリーズ、
『牛の教え ひたむきに生きる』
『豚・鶏の教え たくましく育つ』
これらは「食育絵本」とは言いながら、
「食」以前の動植物の生態学、生理学系の絵本。
これを子供向けの本として出したところがすごい。
『牛の教え』を開くと、
こんな項目が……。
*生存競争のチャンピオンになれた牛の歩み
*大き~い! 食べる量も出す量もスゴイ!
乳牛は1日に50~60kgもの青草(ほし草では15kg)を
食べ、60~80Lの水を飲み、20~30Lの乳を出す。
1日に排せつされるふんは約40kg、尿は約20Lにもなる。
(リットルは大文字表記「L」)
実は子供の潜在ニーズを強く刺激する。
乳牛が1日40kgものうんちをすることを知ることが
なぜ「食育」なのか。
それはつまり、
教育の原点は知的好奇心を刺激することであり、
新鮮な情報を提供することである。
うんちの1日量は新鮮なのか。
もちろん、新鮮であり、かつ実用的である。
1頭の牛の1日の排せつ物は、
自分の体重以上もある、という知識は、
クラスメイトのだれもが知らないし、
先生さえ知らないだろうし、
もちろんお父さんもお母さんも知らないはず。
そういう情報をもっている子は、
仲間に尊敬されるだろうし、
自身の認知能力も高まり、世界を見る視野が広がる。
そういう意味で「実用的な情報」となる。
子供たちにとって、
牛肉のレシピよりは数百倍の鮮度も価値もある知識であろう。
実際、「食育絵本シリーズ」には
食材の話や料理の話は完全に出てこない。
出てくるのは、
カツオやサンマは何を食べているのか、
バショウカジキは、
どうやって補食をするのか、
などといつた生態学的解説図。
出版に長くかかわってきた者にとって、
この企画は、わが身の「完敗」の事例である。
企画と編集は、藤原勝子さん。
この着眼、情報収集力、プロデュース力などなどにおいて、
とてもかなわない。
その他、いくつかの公的機関から推薦されたりするのは当然である。
振り返れば、
藤原眞昭氏と北矢勝子さんが
女子栄養大学出版部に入ったのは1967年。
同時採用である。
私は面接に立ち会った。
1年を過ぎたころ、お2人は結婚。
2人とも、書籍編集部に属し、
のちに勝子さんは『栄養と料理』の編集部に転属。
そして、採用から11年たったころ、
2人は、ほぼ同時に退職し、「群羊社」を設立した。
当初は編集プロダクションとしての仕事をした。
すなわち、版元の出版物の下請けである。
眞昭氏もなかなかのアイディアマンで、
女子栄養大学出版部の仕事を助けてもらった。
私は、書籍と雑誌の編集長を兼務した時期がある。
このとき、書籍の仕事は眞昭氏にお願いした。
多くはヒット商品となった。
やがて、群羊社も出版活動をするようになる。
「3段式料理カードブック」なども、
眞昭氏のアイディアによるところが大きいと思う。
この時期の勝子氏の軸足は、
出版業から「食ビジネス」へと移りつつあった。
㈱「食生活プランニング」を設立し、
「食の仕事セミナー」を開催したり(通算54回)、
フードコーディネータースクールを開校したり、
「食生活カウンセラー養成講座」や
「食育リーダー養成講座」(東京、福井、熊本、宮城)を開催したりと、
独創的で、食ビジネスを活性化する仕事を次々と興した。
「栄養士の職域をもっと広げたい、栄養士を後押ししたい」
というコンセプトで、縦横無尽に活動した。
(ここからは香川 綾先生の信念が感じられる)
フードコーディネータースクールや
食生活カウンセラー養成講座では、
私も講師としてお手伝いをした。
いま、ロッコム文章・編集塾にも、
このときの生徒さんがおられる。
そしていま、
勝子さんは、出発点となった出版関係に戻って
前述の「食育」関連の良書を次々とプロデュースしている。
大手出版社の仕組みや、
編集者の限られた勤務年数からは、
ここまでユニークで緻密な、
そして読者の潜在ニーズを引き出す書物は生まれない。
彼女のようにフットワークが機敏で、活動の幅が広いと、
それを評価すべき人の目が追いつきにくく、
その業績がしっかり受け止められにくいところがある。
(そうは言っても、栄養・食糧学会賞、
第13回ビジネスプラン賞、グッドデザイン賞など、
受賞は少なくはない)
ここは出版にかかわった1人として、
群羊社と、藤原眞昭、勝子両氏を
私的にでも評価し、記録にとどめておきたい。
授賞理由は以下のとおり。
*食の出版界において、
他の追随を許さぬユニークな出版活動を
長期にわたって行ない続けていること。
*勝子氏については、
ジャパンフードコーディネータースクールをはじめ、
いろいろの養成企画を通じて
食ビジネスを多様化、活性化しつつあること。
*これらによって栄養士、フードコーディネーターなどの
活躍場面を広げ、いまも高いモチベーションを
あげ続けていること。
《群羊社 藤原勝子氏による
日本における食シーンの活性化に尽くした功績に対し
高い評価と敬意を示す委員会》
【委員会代表 談話】
「眞昭氏の出版活動は、
本来なら女子栄養大学が出すべきような本を、
いや、とても企画できないような本を
次々と出していった。
動員された筆者群はユニークな人ばかりなのです」
「勝子さんについては、
交渉力と営業力がずば抜けていますね。
怖いものなしで、1992年に恵比寿(東京都渋谷区/えびす)で
ジャパンフードコーディネータースクールを開校したときには、
周富徳、小林カツ代、服部幸慶、岸 朝子、落合なお子、
海老久美子、砂田登志子、三國清三といった
食の世界の一流どころを講師に揃えましたからね」
「実業家がビジネス展開するというニュアンスではなくて、
栄養士たちの後押しをしたいという熱意が感じられるので、
みなさん喜んで協力してくれたのでしょう。
それよりもなによりも、
学校のユニークさに、
参加しないなんていう選択肢はなかったのでしょう」
(大橋禄郎/談)
by rocky-road | 2022-10-01 22:59 | 藤原勝子