マスメディアが使っても、使いたくない日本語。
「おっしゃるとおり」
先日、NHKの大河ドラマを見ていたら、
水戸藩の武士が幕府側の武士に向かって
「おっしゃるとおりです」と言うのを聞いて、
おもしろいと思った。
いま、はやりの言いようを、江戸末期にも使っていたのだ、と。
時代考証ずみのシナリオだから、
当時も、そういっていたのかもしれないが、
妙に今風に感じられた。
なぜなら、「おっしゃるとおり」は、
現代日本における流行表現だからである。
つまり、
「おっしゃるとおり」のほうが、もちろん古くて、
いまの流行は、昔風の言い方の復活なのか。
もっとも、本気で当時のようにしゃべったら、
現代人にはほとんど通じないことだろう。
ところで、
流行語としての「おっしゃるとおり」が、どうにもなじまないのは、
やや〝つくり過ぎ〟、慇懃(いんぎん)無礼に感じられるから。
ふだん、ロクに「ていねい表現」ができない者が、
そこだけが妙にまともになる。
なんでも知っている者が、素人の「正解」を評価するような態度、
つまり上から目線に聞こえる。
従来は「そうです」「そう思います」「同感です」であった。
それらに比べれば、ずっとていねいになったのだから、
文句を言うところでもないが、
テレビなどで、初対面の人に対して
「おっしゃるとおりです」なんて言っているのを見ると、
「おぬし、なに様だ」という生理的反応が起こる。
「収束するか不透明です」
これは、NHKが常用する表現。
話しコトバとして言うなら「収束するかどうか」のように
「……どうか」まで入れても、そうは時間はかからないだろう。
この省略表現は、
NHKのニュース原稿を書くスタッフ間に定着した表現のようだ。
加えて、「不透明」も不適切な比喩的表現である。
「不透明」は視覚の及ばない状態をいうが、
事態の成り行きは、視覚ではなく、
「心の目」で洞察するもの。
〝不透明な〟塀の向こうは肉眼では見えないが、
事態の推移は、心の目をもつ人には見える。
それを「不透明」と言って逃げてしまうと、
洞察力の強化につながらない、
〝あきらめ〟表現になってしまう。
確かに、「心の目」は百人百様だから、
公共放送としては主観的観測は示せない。
しかし、「見えません」と断定してしまわないで、
見極める必要くらいは暗示していただきたい。
昔は「予断を許さない」といっていたが、
そうとうに使い古したので、すでに捨てられた。
であれば、「事態は流動的」「予測がむずかしい状況」
「急な鎮静化(または「収束」)は見通せない事態」など、
時間経過を表現するコトバを使う努力をすべきである。
ついでに言えば「透明性を求める」などと使う
「透明性」も、あまり使いたくない。
いかにも社会性があるかのように振る舞う、
お調子者のコトバ。
「違和感」
「政府の対応に違和感を覚える」などと使う。
使い勝手のよさそうなコトバだが、
「シャッチョコバッタ」(鯱鉾)表現ながら、
要は「嫌い」「好きでない」と言っているだけ。
大人としては、どこに、どんな異論をもつのか、
それを提示するのがフェアでなかろうか。
「注目を集める」
これもNHK発のおバカ表現。
「注目」は、目(視線)を注ぐのだから
わざわざ集める必要はない。
すでに集まっているのだから、「注目される」でいい。
先例として
「関心を集める」が、ほぼ定着しているので、
それに便乗したのかもしれないが、
誇張表現であるとともに、不正確。
「早朝、海岸にたくさんのプラスチックゴミが
打ち寄せられていて、地域の人の注目を集めている」
という表現の場合、
「集める」という他動詞を使うと誤報になる。
なぜなら、
もしそうであれば、ゴミが、なんらかの意志をもって
「注目」を「集めた」ことになるから。
ゴミを擬人化するのはどうか。
「集まった」(自動詞)と
「集める」(他動詞)とでは、
意味がまったく異なる。
文法の基本中の基本となるところ。
「逼迫」
「医療の逼迫」という表現を、
日本で最初に使った人、またはメディアは、だれか。
コロナが終息したら、
言語現象として研究してみるとおもしろい。
「逼迫」は『太平記』(1370年ころ完成。軍記もの)にも
「五体逼迫しければ……」などの記述があるというから、
立派な日本語。
しかし、現代の日本人で、
この字を書ける人は100人に1人もいないだろう。
意味は
「①苦痛や危機が身にせまること。なやみ苦しむこと。
②事態がさし迫ること。
特に、生活がつまって余裕のなくなること。
困窮すること」(広辞苑)
ということだから、
医療の現状に対して使うことは不適切ではないが、
もう少し、なじみのある日常語を使えたのではないか。
「満杯」「万床」「受け入れ不能」「パンク状態」
「機能不全」「マヒ状態」など、
いくらでも候補語があるだろうに。
「医療崩壊」も、ちょっとオーバーかも。
関係者の責任を問う立場の人なら、
「医療戦線離脱」「敵前逃亡」と言いたいかも。
まだまだ「使いたくないコトバ」はたくさんあるが、
キリがないのでここまでとして、
蛇足をひとつ。
2021年4月14日づけで
1円切手のデザインが替わった。
「近代郵便の父」前島密翁の像が「ぽすくま」に。
前島さん、エライ人には違いないが、
現代社会には似合わないシブさ。
それがクマかパンダか、動物の絵に。
ここ、日本郵便という会社にも
わかっていなプロチームがある。
1円切手は、消費税アップに対応して使う場合がほとんど。
ということは、ほかの切手と組み合わせて使うことになる。
浮世絵や近代名画などの記念切手に
前島さんというのは、
トータルデザインとしてなんとも気になっていた。
ようやく更新と喜びかけたら、今度はクマである。
またまた浮世絵や近代名画とクマ。
これにシビレル人は、ありや否や。
郵便会社勤めの人が、
郵便積極的利用者ではないから、
仕方がないとは思うが、
消費税対応切手は、
抽象画、というより収入印紙のような模様にして、
どこに貼っても
メインの切手の邪魔をしないものにしてほしかった。
さらに言えば、サイズも、いまのものより小さめがよいと思う。
そのことに気を配らなかったというのは、
日本の郵便関係者としての限界か。
切手にも、
いまはやりの「第三者委員会」などの制度があれば、
すすんで委員として参加したいと思う。
by rocky-road | 2021-05-17 20:56 | 大橋禄郎 文章教室