「泡」にだって「。」がつくのだ。

お歳暮にいただいたビールの詰め合わせセットに、
「神泡。」というブランドの2缶があるのが格別にうれしかった。
八百万の神の国、日本。
泡にも神が宿るのである。
いやいや、
この場合の「神」は、「神業」「山の神」(自分の奥さんの卑称)「神童」(しんどう)系の、
格別にすぐれているもの、恐ろしいものに対する
尊敬や畏敬の表現である。
自社製品に「神」を名乗らせる自信と多少のユーモアが気に入った。
しかし、もっと共感したのは「神泡。」の「マル」のほう。
このセンス、ただ者ではないな、と思ったら、
案の定、かのサントリーの製品であった。
もちろん、この「神泡。」の2缶をすぐに飲むことはできず、
1週間は冷蔵庫の中に鎮座していた。

サントリーといえば、
あの「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」である。
昭和36年(1961)、当時は「寿屋」といった。
私には、まだ飲酒の習慣はなく、ウイスキーへの関心はなかったが、
それでもこのコマーシャルは耳になじんだ。

ここでは寿屋のテレビCMフィルムの制作を受注していた。
赤坂だったか、日本橋だったか、東京支社の宣伝部にも何回か出かけた。
ここには、開高 健(のちに作家)、山口 瞳(のちに作家)、
柳原良平(イラストレーター)らが宣伝・広告の第一線にいた。

江戸弁が残る軽妙な文体、
苦虫を笑み殺したような、渋い顔をしたユーモア、
そして、縦書きの文章に算用数字を使う表記法など、
ずいぶん影響を受けた。
写真の本、『江分利満氏の華麗な生活』の装丁、
行替えの不規則性に注目。

「華麗な生/活」と、そこで折り返すかね?
これが山口 瞳氏の元同僚、柳原良平氏の遊びである。
寿屋は広告上手もあって、めきめき売り出し、
日本の代表的な洋酒メーカーになった。
ビール部門に参入したときには、
老舗のビールメーカーからはかなり警戒された。
若い感覚が大いに受けたのである。

「巨人軍、寿屋の多摩川工場を訪ねる」
というCMのロケでも接点ができた。
制作会社のスタッフとして、現地で撮影の手伝いをした。
そのときの集合写真がいまも手元にある(プリントをデータ化)。
向かって左端が私、1人おいて長嶋茂雄氏(入団直後)、
私の後ろに立っているのが山口 瞳氏。

これには京都版もあって、
寿屋山崎工場を南海ホークス(現在のソフトバンクの前身)が訪ねた。
この写真もあるので、残しておこう。
樽型のバスの前での集合写真。
左から2番目、顔だけ出しているのが私。
ほぼ中央に立っているのが、当時、名将といわれだ鶴岡一人監督。

話を「神泡。」に戻そう。
商品や広告の世界では、「。」を有効に使う伝統がある。
サントリーは、60年前から、
キャッチフレーズに「。」を打っている。
「金曜日はワインを買う日。」は、昭和36年(1961)である。

最近では、書名にも、屋号にも、「。」を使う例は多くなった。
「。」が入ることで、和やかさが出る。
使うコトバが辞書にあるそれではなく、人間が使ったコトバ、
というニュアンスが出る。



こういう方向性のある中で、
無造作に、または意図的に「。」を省いているのが
年賀状や喪中、転居、結婚、葬儀などの案内ハガキの既製品である。
この業界は、よくよく頭の働かない、
ちょっとおバカが商品開発をしているのだろう。
毛筆の雰囲気を出そうとしているのかもしれない。
宛名をパソコンで打っておいて、
なにが毛筆だ。このセンスは絶望的である。









そういえば、前にも書いたが、
あるメーカーの便箋の表紙の裏に文例が載っていて、
それが現在の手紙の書式を無視していた。

横書きの手紙なのに、相手の名が行末にきている。
すぐにメーカーに連絡したが、
担当者いわく、キャリアのある手紙の先生の指示によるという。
文房具メーカーの社員だからといって、
文房具を使いこなしているはずはないが、
それにしても、
チームとしての準備性がなさすぎる。
電話に出た人は、いっこうに非を認めず、
この路線で行くと言い張る。



生まれる日本語表現、壊される日本語表現。
鴨長明が「方丈記」で述べたように、
「淀みに浮かぶうたかた(泡)は、かつ消え、かつ結びて、
久しくとどまりたる例(ためし)なし」
であって、コトバも同様。
「神泡。」に見習って、コトバでビジネスを行なう者は
「神コトバ。」を目指したい。

by rocky-road | 2021-01-17 22:41 | 大橋禄郎

