「おもてなし」の宿題に応える。
去る10月23日(日)(2016年)に行なった
第49回食ジム「おもてなしの心をどう表わすか」
――人づき合いからイベントまで――
は、座長の小林美穂さんの進行で、
有意義な話し合いができた。
人をもてなすとは、どういうことか、
国語辞典には多くの意味が示されている。
①とりなす。処理する。
②取り扱う。待遇する。
③歓待する。ご馳走する。
④面倒をみる。世話をする。
⑤自分の身を処する。ふるまう。
⑥取り上げて問題にする。もてはやす。
⑦そぶりをする。見せかける。
(「広辞苑」)
源氏物語や平家物語などから用例を
拾っているところを見ると、
そうとう古くから使われているコトバのようである。
とても便利なコトバのようで、
いろいろの意味で使われてきたことがわかる。
要約すれば、「人に対応すること」である。
次期、東京オリンピック誘致のときに使われた
「お・も・て・な・し」には、
外国から来る人たちを「温かく対応する」という意味を
込めていることだろう。
これに関しては、日本人は心配いらない。
放っておけ、といっても
厚くもてなすに決まっている。
今日的な「おもてなし」には、
「飲食をもって待遇する」という意味が強い。
昔、新潟県にある父の実家を訪ねたら、
「わざわざ東京から来なさったから、
ラーメンでも取ってやろうのう」と、
もてなされたことがあるし、
「ごちそうするから、あの鶏を絞めて来いのォ~」と
歩いている鶏を指してもてなしてくれたこともある。
食ジムでは、
いろいろのもてなし体験、もてなされ体験が披露された。
ここでの収穫の1つは、
贈り物も「もてなし」の1つになりうること、
非対面(電話、ネット、ハガキ、手紙)の「もてなし」も
ありうる、という点にも触れられたこと、などである。
心のこもったバースデーカード、クリスマスカード、
年賀状なども、一種の「もてなし」であろうし、
必要な情報をタイムリーに提供することも
「もてなし」といえる。
国語辞典が示す「とりなす」や「待遇する」に相当する。
時間の関係で、
「おもてなし――する側、される側のための10か条」は
私への宿題となった。
ここでは、「もてなす側」について、
その宿題に応えておこう。
◆もてなす側の10か条
1.物品の提供だけを「もてなし」と考えない。
客や相手と誠実に向き合い、
ていねいにコトバを交わすことこそ基本とする。
相手にもよるが、「もてなし」の基本は会話を楽しむこと。
接待側としては、お客に問いかけ、相手の好む話題を見つけ出す。
ここがうまくいけば、「もてなし」の大半は成功。
ごちそう攻め、酒の強要、録画映像やアルバム閲覧の強要、
自分ばかりが話す、ホームグラウンドをいいことに、
自慢話大会などはNGとしたい。
2.食事などを供する場合、
もてなし側がサービスのために
立ったり座ったりするのは感心しない。
話題、話し合いを第一と考え、
飲食はその次に。
3.自宅に招く場合、
事前にタイムスケジュールを示しておくとよい。
「3時においでいただいて、
旅行のときの写真など見ながらお話しして、
6時ごろ夕食をとっていただいて、
8時にはお開きというご予定ではいかが?」
4.和風のもてなしの基本、
玄関あたりに打ち水をする、花を生ける、
水まわりをきれいにしておく、
香りをつかう、衣服を整えるなどは、いまも手本にしたい。
洋風には、玄関にウエルカムボードを掲げたり、
ゲストから以前にいただいた絵ハガキ、アクセサリーなどを
飾っておいたりする方法もある。
5.宿泊をしてもらう場合、相手によっては
自宅よりもホテルを使ってもらうほうが、
相手にとっては気づかいが少ないことも。
もちろん、事前に知らせておく。
近くに適当なところがない場合はその限りではない。
6.飲食店を選ぶ場合、「ここはおいしいから」と
あまり強調しないほうが安全。
むしろ「私はよく行くところだけど、
お口に合うかどうか試してみて」くらいに抑えめに。
「テレビで紹介された」「有名人がよく来る」などは無用で野暮。
ネットで検索したところに
初めて連れて行くなどは「もてなし」以前。
7.家に招く場合、インドアだけがもてなしとは限らない。
近くの公園に行く、公共施設を見学する、
祭やイベントを案内するなどの方法もある。
8.「もてなし」には、
観劇、コンサート、スポーツの試合、
旅行などへのご招待などもある。
これには自分が同行する場合と、
ペアチケットを贈る場合とがある。
ペアチケットとなると、
「贈り物」に近づくが、
「もてなし」の定義から外れるとまではいえない。
9.「もてなし」には、
祝い事に関して物品や食品を
プレゼントすることも含まれる。
そうなると、伝統の中元や歳暮まで
もてなしになってくる。
それでも「もてなし」の定義からは外れないが、
好意を示す、親愛の情を示す、という
基本理念からすると、
季節の行事までをも「もてなし」とするには
異論があろう。
つまり、パソコンで打った年賀状までもが
「お・も・て・な・し」ということになってしまう。
ここは基本に帰って、
「こころのこもった対応」こそが
「お・も・て・な・し」なのだ、ということにしよう。
年賀状といわず、紙切れに書いたメモ書きでも、
「もてなし」になることもある。
教室で先生にほめられた子に、
近くの席の子が「やったね」と書いただけでも、
「もてなし度」は高いものとなる。
つまりは、日常的なメールやハガキ、手紙にも、
もてなし度の高低がある、ということ。
10.イベントに集まる人への「おもてなし」の基本は、
集まった、より多くの人が発言できる機会をつくること。
飲食はその次。
初参加の人には一言でも発言してもらうように問いかける。
この点は、パルマローザや食コーチング関係の集まりは完璧。
話し合いを好まない傾向のある日本人は、
立食パーティなどでも、
飲食を山のように用意する。
食べ物で口をふさいでしまえば
隣の人と話をしなくてもよい、ということか。
ビュッフェは災害地での食糧支援とは違う。
ゆったり話し合う場と考えたい。
忘れられがちなのは、
その日、集まった人の氏名は
全員が共有できるように図らうこと。
あとから振り返ったとき、
そこで、だれと同じ体験をしたかがわからないのでは空しい。
「個人情報」とやらを拡大解釈して
なんでも隠そうとするのは、
「もてなし精神」を阻害する。
さて、年末・年始の「おもてなしシーズン」
どんなアイディアで人をもてなそう。
by rocky-road | 2016-11-10 23:39