名がつくと、そこにモノはある。

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「突然ですが」クイズから入ろう。
この写真にどういうタイトルをつけるか。
いくつかのたたき台をあげておこう。

*「マリーゴールドとスカイツリー」
*「ゴールドツリー」
*「負けないぞぉ~」
*「仰視」
*「天高く」 
*「もう1つの観光スポット」
*「もっと高く」
*「初夏の背比べ」

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クイズとはいったが、
これらのネーミングには正解はない。
4月29日の写真教室での作品のコンテストをやったが、
作品は一定のレベルを保つところまできているものの
タイトルのネーミングのほうはガタンと落ちる。
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これは、わが写真教室に限ったことではない。
全国の、あるいは世界のフォトコンテストのネーミングは、
似たようなものではないかと思う。
映像表現と言語表現とは異質なものだから、
映像表現に軸足を置いているときには、
言語表現の思考は休眠してしまうか、
スムースに回転しないか、なのだろう。
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才能の違いというほどのことはないだろう。
その証拠に、だれもが自分の子やペットには、
しかるべきネーミングをしていて、傑作も多い。
さらには屋号、社名、組織名。
自動掃除機にも名をつけている人もいるという。
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要するに習慣または関心の問題。
いろいろのフォトコンテストがあるが、
タイトルに注文をつける審査員はめったにいない。
自分の経験でいえば、
水中写真コンテストへの応募作品のネーミングがあまりにもひどいので、
審査員でもないのに、
何回か、スキルアップのための記事を書いたことがある。
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水中写真は、ジャンルとしては「ネイチャーフォト」に属するが、
そういう意識がまったくない応募者が多い。
「お稚児衆を引き連れて」「ガマ口」「オバケのQ太郎」
といったネーミングに我慢がならなかった。
写真界には文学性を求めるネーミングの流れがあって、
それが水中写真では「天空のワルツ」
「水の風景」「銀河のロマンス」などとなる。
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水中は一見、宇宙を連想するところがあるので、
宇宙をなぞるネーミングが多い。
それにしても、海の中で「水の風景」はなかろう。
ネイチャーフォトであるからには、
そこに写っている生物の名前くらいはしっかりとつけたい、
そう提唱し続けた。
ちなみに、第13回水中写真コンテストの
わがグランプリ受賞作品は「イワシの春」
第29回「よみうり写真大賞」
第1席受賞作品のタイトルは「わんマンショー」
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少し話がそれるが、
ダイバーには海にちなんだ名をわが子につける流れがあった。
2人の娘に「南海子」(なみこ)、「輝海子」(きみこ)とつけた母。
しかし、2人の娘はダイバーとはならなかった。
なのに南海子さんの子は「海音」(かのん)、
輝海子さんの子は「海聖」(かいせい)というからお見事。
ダイバーの子には、
ほかに「友海」(ともみ)、「七海」(ななみ)、
「夏海」(なつみ)などがある。
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ネーミングにも、ジャンルや時代の風潮があって、
かつて文学作品には「波」「鼻」「心」「蒲団」
「歯車」「和解」「明暗」「三四郎」「暗夜行路」など、
短いタイトルが多かった。ピシッと、しまっていた。
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それがいまは、
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」
(ともに村上春樹氏)の時代である。
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ラジオでは、
「有馬隼人とらじおと山瀬まみと」
「伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう!」
「すっぴん」
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平和ボケというのか、
肩にも腰にも心にも力が抜けた、
うたた寝のような姿勢で
人前に出ることが許される時代である。
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ネーミングは、
森羅万象、見聞や体験を端的に認識する能力である。
五感で感知したものを体系化すること、
言い換えればフォルダーに入れて
記憶することにほかならない。
表現する前に、自分の中でブログラム化する必要がある。
ダラダラと長いコトバで認識するか、
一言で認識するか。
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フォルダーやインデックスは、
短いほうが便利だが、
それでも、人生には長々と説明する時と場合とがある。
両方の能力を兼ね備えていたほうが有利だろう。
スピーチや講話、講演は長めに属するネーミングだろう。

認識とは、最終的には言語化に行きつく。
狙ったとしか思えないホールインワン、
ワンチャンスしかないときのシュート、
形勢逆転のホームラン、
みんなから称賛されたパーティファッション。
それらは言語行動ではないが、
あとで言語化を求められたりする。
「あのシュートを決めたときのご感想は?」
「あのときのファッション、いつから準備したの?」
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写真のネーミングセミナーをやってほしいと言われたが、
効果を出すにはかなりの回数やトレーニングがいる。
しばらくは自主トレに励んでもらうしかない。
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その1つは、1日10~20個、
なんでもいいからタイトルをタイトルノートに書き写す。
これを1か月くらい続ける。
あるいは、
毎日の食事をネーミングする。
「粘力朝食」
「腹黒男の黒酢ランチ」
「子持ちシシャモの2人っきりミニディナー」
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さて、この回のまとめとして、
世界を17文字で表現する俳句名人の句を5句、
紹介しておこう。いずれも池田澄子さんの作である。
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  やどかりや地球だんだんあたたかく

  永遠に泣いていたいの心太  (ところてん)

  刺した蚊と痒い私とうすら寒

  少しなら要らぬよ情けも散る花も

  二人して春から夏へ野を駆ける
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by rocky-road | 2016-05-17 17:49  

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