「ヘルスコミュニケーション」というコトバ。

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6月5日(日)に行なう
パルマローザのブラッシュアップセミナー、
「『ヘルスコミュニケーション力』をどう強化するか。」
のために、テキスト作りを始めた。
(横浜/神奈川近代文学館 講師 大橋禄郎)

ヘルスコミュニケーション」というコトバを
数年前から使っているが、
そのコトバを掲げる学会があることはあとから知った。
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文章にしろ、講義にしろ、
あまり使い慣れていないコトバを使うときは、
まずはコトバの定義をすることから始めるのを習慣としている。
学会がある以上、
学会の定義に従うのが原則であろうし、
マナーでもあろう。
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きょうは、
「ヘルスコミュニケーション」について、
BGF(バック・グラウンド・フラワー)をバックに、
論じてみよう。
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インターネットで「ヘルスコミュニケーション」を
検索していたら、
こんな説明をしているホームページにたどり着いた。
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「ヘルスコミュニケーション学は、
医療・公衆衛生分野を対象としたコミュニケーション学です。
日本国内では、医療コミュニケーション学、
医学コミュニケーション学等と呼ばれることが多いのですが、
英語圏ではHealth Communication
という言葉を用いるのが一般的です」
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これは「ヘルスコミュニケーション学」の
解説または説明であって、
「ヘルスコミュニケーション」
そのものの定義とはなっていない。
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考えてみれば、「ヘルスコミュニケーション」などは、
読んで字のごとし、で、
あえて定義するまでもない、ということなのかもしれない。
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しかし、このコトバ、
いろいろの概念を包含しているので、
整理しておく必要を感じる。
WHOの「ヘルスプロモーション」の定義を
「ヘルスコミュニケーション」の定義に
転用しているホームページもあったりするので。
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私がイメージする「ヘルスコミュニケーション」は、
医療従事者のためのそれではなく、
軸足を個々人に置いて考察したいテーマである。
そこでさっそく定義すれば、こうなる。
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「個人、集団が行なう健康にかかわる、
または健康を左右する
言語・非言語コミュニケーション行動をいう。
個人においては、発声・発話のカタチ、
言語化された思想、感性、非言語的な生活行動などを対象とする。
社会的には、国、地域、行政、マスメディア教育現場、
各種コミュニティ、事業所などにおける言語・
非言語コミュニケーション活動を対象とする。
研究テーマとしては、健康度という観点から
個人や集団のコミュニケーション行動を考察したり、
改善したり、評価したりする」(2016年4月 大橋)
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かつて、摂食障害の症例をいくつか見てきたが、
それを「コミュニケーション障害」と考えたことがある。
親子のコミュニケーションの過不足、
夫婦のコミュニケーションの過不足が、
子の摂食障害の強い要因となっている例が
少なくない、と見た。
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のちに、ある学者が、
「不登校も摂食障害も発生原因は同じだ」
といっているのを聞いたことがあるが、
私には、その言わんとする意味がよくわかった。

摂食障害の人からもらう手紙には、
親(とくに父親)の悪口を延々とつづるものが
少なくなかった。
不登校も、学校でかかるストレスを
緩和するだけのコミュニケーション環境が
家庭にないか、弱いために、
自分のへやに閉じこもってしまう、
というプロセスを想定できる。
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ここでいう「家庭」の主体は夫婦である。
夫婦のコミュニケーション不足や歪みの影響が
いかに大きく子に及ぶか、
その事例を少なからず見てきたように思う。

「ヘルスコミュニケーション論」を振りかざすことを
厳に自制しなければならないが、
「いじめ」とされる自殺の中には、
家庭なり学友なり、教員なりとの
コミュニケーションの質と量に
問題がある場合も考えられる。
そういうケースについては、
自殺も、
ヘルスコミュニケーションのテーマとなりうる。
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個人の言語行動にしても、
対話中に、「でも」といって発話する人と
「なるほど」といって発話する人とでは、
現在、将来にわたって、健康度はどうなるのか、
というようなテーマでアプローチができる。
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現人類はアフリカに発生したといわれるが、
北の、かならずしも生活環境に適さない
乾燥・寒冷地域に展開した人類のほうが、
健康寿命が長い、という現状を、
どう理解すればよいのか。
「健康」をビジネスにする者として、
考えてみたいテーマを
スタートラインに戻って再スタートしてみたい。

もうしばらく、
テキストを練り続けることになる。
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by rocky-road | 2016-04-06 23:42  

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