壊れていませんか、壊していませんか。

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ノンフィクション作家の柳田邦男氏が
壊れる日本人
(サブ/ケータイ・ネット依存症への告別)
という本を著わしたのは2005年である。
(新潮社発行)

それから10年たったが、
「ケータイ依存症」
(精神医学者/小此木啓吾氏の造語)の
蔓延はさらに勢いを増していて
終息の気配はまったくない。
それどころか、
サイバーテロという、
病気のレベルを超えて、
戦争そのものの破壊行為まで地球規模に広がった。
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文明病は、ウイルス性の伝染病と違って、
ワクチンの作りようもなく、
人為的に止めることはむずかしい。
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ところで、
人間が「壊れる」とは、どういう状態を指すのか。
上記の本にはその定義はないが、
要約すれば、
「人間的な、または動物的な
個体間の接触を軽視または無視し、
現実と仮想との区別がつかない状態で
自己中心的に行動し、
社会への積極的参加を避けるか、
社会の安定性を揺るがすような傾向」
ということになるだろうか。
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それによって、
個人が寿命を縮めたり、
死に至るようなダメージを
受けたりするかどうかは、
いまのところはわからない。

パソコンやケータイが普及してから
日本人の寿命が短くなり始めた、
という調査や研究はないから、
寿命への直接的な影響はないかもしれない。
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現在の問題は、
本人の病状というより、
風土病的に、社会によからぬ影響を与える、
というところで蔓延を続けるという点だろう。
もしケータイ依存症が「病気」であるとすれば、
個人の生命を奪う以前に、
社会の精神的健康度を下げるという、
かなり変わった病気である。
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そういえば、昔、「社会病理学」というのがあった。
それは非行、犯罪、売春、自殺、家出、遺棄、
貧困、スラム地域などの研究である。
しかし、どれもこれも
問題が大きすぎ、複雑すぎて
取りつく島がなく、存在理由を失った。

つまり、社会の問題は個人の問題の累積であり、
個人問題は社会的因子によって助長される。
いわばギリシャ神話の「ウロボロスのヘビ」、
自分の尾を飲み込み始めたヘビは、
最後、どうなるのか。
尾が残るのか、頭が残るのか、
終点のない話である。
日本では「イタチごっこ」という。
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してみると、
「ケータイ依存症」も、
個人と社会の追いかけごっこが
延々と続くことになるのかもしれない。
それを食い止める一案は、
電車内での通話を禁じたように、
車内でのケータイいじりもやめさせる、
つまりルールを作ることか。

個人はともあれ、
社会の側から人間の「崩壊」を防ぐ方法。
人間の社会は、
結果として、個人の自由度を抑制する方法で、
社会が壊れるのを防いできた。
タバコを道に捨てること、
街なかで奇声を発することなどを
軽犯罪として罰する、といった具合に。
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それしかないのかもしれない。
しかし、ルールに抜け道を作るのも人間だから、
私的な空間や、
一見ケータイには見えない、
書物型ケータイなどというものを考案するはず。
したがって、
ウロボロスのヘビは、永遠に生き続けることになる。

過日、ラーメン店で食事中に、

ケータイ操作中の男が入ってきて隣に座った。
注文品がくるまでの時間はもちろん、
ラーメンとギョーザが来てからも、
操作をやめない。
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そこでこちらは、社会病理学を始めた。
食事に手をつけるまでに何分かかるかを計測開始。
6分間。そこで食事開始。
食事時間は7分。
ギョーザが並んだ盛りつけ皿に
じかにタレをかけてしまった。
小皿に1個ずつ運ぶ手間を省くということか。

これを「病気」と言うにはムリがある。
こちらにはまったく迷惑が及ばない。

かなり前に、
ラーメン屋のメニュー表示の更新を
手伝ったことがあるが、
主(あるじ)がこんなことを言っていた。
「せっかく作ったラーメンを
いきなり箸でグチャグチャにかき混ぜる人がいるんですよ。
あれをやられると頭にきちゃう」
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このとき、
ラーメンにも「盛りつけ」があることを知り、
ラーメン屋にも作品意識があることを知った。

けっきょくのところ「壊れる」とは
民度を低下させること、
民度低下に加担しない、ということになるのか。
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「民度」というのはあいまいなコトバで、
広辞苑では「人民の生活や文化の程度」としている。
このコトバは、発展途上の時代には
モチベーションをあげるものだった。
成熟社会に入って、
むしろ軽いコトバになった。

パリやニューヨークの地下鉄や地下道で
目につく落書きの多さ、
これぞ成熟社会の民度なのか。
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成熟社会には、
個人が自発的に壊れる自由がある。
しかし、
社会を壊す自由までは与えられていない。
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健康関連でいえば、
にわか知識のドクターたちの
怪しいフードファディズム本に触発されて、
それにブレーキをかけなければならない立場の先輩栄養士が
おかしな本を出すようになった。
「玉ねぎ水」がどうだとか、
塩分が日本人を滅ぼすとか。
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日本人は、けっきょくは
壊れるか、滅びるか、しかないのか。
警鐘は大きいほうがよいが、
誇張や脅しもまた、
文化を壊す作用があることを銘記したい。
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若い栄養士よ、
どうか先輩栄養士に壊されませんように。
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by rocky-road | 2016-02-04 23:05  

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