しばらくは「句盗点」の時代。

ことしも、20通ほどの「喪中につき」ハガキを
いただいた。
その中に1通だけ、
句読点入りの印刷があった。
これには「快挙」というほどの感動があった。

ある人は、印刷ずみの文面に
手書きで句読点を書き加えていた。
この姿勢もよし、である。

大の大人が、
句読点の有無で一喜一憂するのは
滑稽に見えるだろうが、
いま起こっていることは、
日本の国語史の中では
特筆すべき現象なのである。

ある人は、自分が出す喪中ハガキを
業者に依頼しようとしたところ、
「句読点は入りません」といって
固辞されたとか。
ハガキのデザインにはバリエーションがあるのに、
句読点は入れられないという。

言論の自由どころか、
それ以前の、正規の国語表現が、
ずぶの素人によって阻害されているのである。
これを事件といわずして、なんといおう。

前回、100匹のサルに
タイプライターを配っても、
文学的名作は生まれない、
という欧米の格言(?)について触れたが、
コンピューターを配布した場合には、
また別で、
とんでもない「迷作」を生み出す可能性が
ないとはいえなくなってきた。

昔から、算数やお絵描きをする動物はいる。
犬、猿、ボノボ、鳥、象、猫など。
これらは、人間の調教技術の進歩によるもので、
別に天才的な動物が出現したわけではない。

ところが、
まともな人間にパソコンを配ると、
一部の「普通程度の頭脳」を
さらに劣化させるということが起こる。
「まとも」とはいっても、
成人してから読み書き習慣を失ったような者は、
電車や公共施設の中で
スマホに集中すると、
バカ丸出し、というか、
アホの表情になる。

読書する人の姿は美しく、
名画にもそういう描写が残っている。
電車内で雑誌や本を読むような人間は、
それなりのポーズ、
それなりの表情を身につける。
読書のカタチにも
数百年の文化的蓄積があるからである。


これに対して、
公衆の面前で化粧をしたり、
大口をあけて熟睡したり、
スマホに心を奪われたりする人間は、
車中や公園、図書館などで
読書をする経験が少ないはずである。

いずれ、公共の場でのスマホの扱い方にも
美学やルールが生まれる可能性があるが、
それまでは、「集中」への準備性のない者たちは、
隙だらけの表情を人々にさらし、
社会を汚染する公害となり続ける。
なぜ公害かといえば、
あのアホ面は、感染するからである。
それらは、動物行動学や文化人類学の
立派な研究対象になりうる。
さて、句読点の話に戻ろう。
パソコンのソフト会社とか
素人相手の印刷請負業者とかが
日本語の正書法を
平然と壊すときにいう屁理屈は、
「毛筆の手紙では、
句読点を入れないのが本来だから」
である。

自分で字も書かず、
デジタル変換で文書を綴っておいて、
なにが「本来」か、
「なにが毛筆の手紙では」だ。
思慮の浅い者たち、
無知な者たちの屁理屈は恐ろしい。
グレシャムの法則ではないが、
「悪貨は良貨を駆逐する」現象を
いま、われわれは目の当たりに
見ているのである。

これを「句盗点現象」
または「句投点現象」と
ネーミングしたいと思う。
しかしその一方、
広告業界では、
むしろ句点(「。」)を入れる方向にあるからおもしろい。
それは、人が使った、人が発したコトバ、
というニュアンスを示すためだろう。
さらには、
半欠けの句点を使う広告をよく見るようになった。
これは文章心理学的にも、
補助符号の歴史的にも
注目すべき現象である。

わざと半欠けにして、
余韻を残す、実に微妙な表現法である。
このセンスは救いである。
月は、満月よりも雲のかかった月がよい、
とする日本文化に通じるのか。


喪中の案内や年賀状の印刷を
業者に依頼する場合、
自分で打った原稿どおりのものに
仕上げにらないようなところへは
発注しないことである。
この問題は、
けっきょくは発注者の見識、
意欲、頭脳の問題だろう。
蛇足ながら、
私の周囲は、喪中のハガキが来たら、
すぐにお悔やみの返信ハガキを
書くことが常識になっているが、
そのルールを書いておこう。
*できれば和紙のハガキを使う。
*青墨の筆ペンで薄字に書く。
*最近は長寿者が多いので、
それを称える場合が多い。
*切手は弔事の52円を使う。
≪文例≫
拝復 お婆さまのご逝去のお知らせ、
謹んで承りました。
九十七歳とは、
世界の長寿国日本の平均寿命を
はるかに超えるご長寿、
お見事な人生であられたことでしょう。
それだけに喪失感も大きいことかと存じますが、
明くる年のご一家のご健勝と
ご多幸を心からご祈念申しあげます。 合掌

なお、「平均寿命」云々は、
比較的若いご逝去の場合には使わない。
「平均寿命よりもお若いご他界、
さぞやご無念のことでしょう」
などとはやらないことである。
気をつけたいのは、
こういう返信しておきながら、
それを忘れて年賀状を出してしまうという
大ミス。
それをやっちゃぁ~おしまいよ。

by rocky-road | 2015-12-20 22:50