「和食」としての市民権。

第36回「食ジム」
「和食文化とはなにか」
(2015年8月9日/横浜)で
座長を受け持つことになったので、
資料を探っていたら、
以前、目を通したことのある
ある研究レポートが目にとまった。

その資料とは、
日本食の健康効果を追認するための研究で、
伝統的な日本食と現代の日本食、
それに「欧米食」を一定期間ラットに与え、
細胞レベル、
さらには遺伝子レベルへでの得失を見る、
というレポート。

結果は、伝統的日本食、現代の日本食、
「欧米食」の順で、健康効果が高いというもの。

この研究のモデルとなっている「欧米食」とは
パン、ステーキ、クレソン、ポタージュ、
アイスコーヒー。
日本人がイメージする、
典型的な「悪玉」欧米食には思わず苦笑した。
日本食が文化遺産として
認知されたのは喜ばしいが、
かなりの身びいき、自信過剰の自己評価が目立つ。
科学的評価でさえも、その傾向にある。
そもそも、「欧米化」という用語が危ないし、
「欧米食」の認識も怪しい。

念のために、
カナダのバンクーバーに定住している日本人と、
アメリカのラスベガスに定住している日本人
(ともに配偶者はカナダ人、アメリカ人)に、
ご当地の現状について尋ねてみた。
カナダ在住の人からは、
「ステーキ、スープ、アイスコーヒー、
パンというのは、
どこから出てきたイメージなのでしようか」と、
のっけから釘を刺された。

カナダは、カナダ系、イギリス系白人が75%と、
それ以外の人による多重国籍文化の国。
食事のパターンには大きな幅がある、
少なくとも「ステーキ、パン……」ではない。
朝食に生野菜サラダをとることも少ないとか。
朝食にパンという家庭は多そうだが、
パスタも優勢、それに米、ワイルドライス、雑穀米など。
ちなみに「アイスコーヒー」は、
アジア風であって、
もともと、アイスの習慣はなかった、と。

アメリカの友人は、朝食メニューとして、
コーヒーまたは紅茶、
ソーセージ、またはベーコン、ハム、
ポテト料理、パンまたはオートミール、パンケーキ、
マフィン、ドーナッツなどをあげてくれた。

また、夕食メニューの1例として、
チキン、牛、豚、魚(サーモン、オヒョウ、ヒラメ、タラ)、
それらを屋外にセットされている
バーベキューグリルで焼いて食するとか。

ところで、
「和食文化の文化遺産登録」報道には、
しっかりした「和食」の定義が見当たらないので、
「食ジム」の資料としてまとめてみた。
が、そこは「食ジム」の鋭いところ。
「そばが入っていない」
「すしがない」との指摘を受けた。
そこで、その部分を修正したものを
以下に掲げておきたい。

【定義】
米を炊いた白飯を茶わんに盛り、
これに数種のおかず、汁などを添え、
箸で食べることを基本とする日本人の伝統的な食事のこと。
米飯(主食)とおかず(菜)、
汁などからなるこの食事の形を「献立」と呼ぶ。

献立は、品数により、
「一汁一菜」「一汁二菜」「一汁三菜」などと呼ぶ。
おかず(菜)は、主菜と副菜とに区分し、
主菜は動物性の素材(歴史的には魚介、鶏卵)
または大豆製品を素材とした料理、
副菜は、植物性素材(野菜、海藻、芋、きのこなど)
を主とする、やや小ぶりの料理を指す。
これ以外に、
そば、うどん、すし(にぎり、のり巻き、ちらしほか)、
近年では、おにぎりなども、主食とする。

【付随する特徴】
献立には、朝食・昼食・夕食ごとに、
ある程度の定型がある
(朝食には汁物、卵料理、夕食には刺身、
揚げ物、魚料理など)。
さらに、四季に応じて、食材や料理の種類、調理法、
味つけの方法、食器の選び方、盛りつけ、
料理の温度などにおいて「その季節らしさ」を
考慮する伝統がある。

食前には「いただきます」、
食後には「ごちそうさま」と唱え、
食材(命)、生産者、家族、
調理した人などへの感謝を示す。

食事中は正座またはそれに近い姿勢で、
落ち着いた態度を保ち、
箸は巧みに、食器はていねいに扱うこと、
各料理には均等に箸を向けることなどの原則がある。
このように、食材、料理、
食事や料理についての考え方、
食べ方(所作)、季節感などの
総合的な特徴をもって「和食」と呼ぶ。

【考え方】
「和風スパゲティ」「和風ステーキ」
「和風ハンバーグ」や「カレーライス」
「ソース焼きそば」「豚骨ラーメン」
などをどう考えるか。

「風」(ふう)を「まねた」「それらしくした」
とするなら、
まだ完全には「和食」として認知されていないことになる。
「カレーライス」や「豚骨ラーメン」など、
原型は他国にあっても、
現時点で、
同じものが他国に存在しないものについては、
いずれ和食として取り込まれる可能性がある。

現時点でも、日本のラーメンについては、
中国人も「あれは日本食だ」と言うし、
カレーライスについても同様。
すき焼きや天ぷらが「和食」としての認知を受けるのに
100年近くから数百年かかったことを考えると、
それくらいの時間をかけて
「和食」としての認知を受ける可能性がある。

(とうふや納豆、うどんなど、
現在の和食と扱われるものも
日本のオリジナルではなく、
その多くが中国などをルーツとする)

なお、「日本料理店」などで供する各種料理は、
伝統を受け継ぐ要素が大きいが、
それのみを「和食」とするのは適切ではない。
食生活は、時代、地域、食べる場所、
家庭によって変容するものである。
「和食」「和食文化」というとき、
明治維新以前あたりを目安とする
伝統的な食事形式のみを
指すのは適切ではない。

文化は固定し、不変の現象を指すものではなく、
時々刻々変化し続けるものも多い。
それを前提にして「和食」とは何かを考えるときは、
以下をポイントとする。
①米飯を、銘々茶碗と箸で食する。
②肉も、主食と主菜という献立構成で
茶わんと箸で食べるときには「和食」または
「ほぼ和食」と考える。
(たとえステーキであっても)

③にぎりずしや、ちらしずしは、
かつては比較的高級料理に属していたが、
今日では市販されるようになり、
日本人の日常食となった。
④おにぎりは、旅行や移動、
作業時に食する簡便化した主食であったが、
種類も握り方も多様化し、
また、専門店などもできて、
日本人の日常食となった。
③と④については、
海苔(のり)が「食べられる包装材」としての
役割を果たしている。

⑤「いただきます」「ごちそうさま」は、
和食らしさの重要なポイント。
(ただし、イタリアでパスタを食べるとき、
「いただきます」と言っても、それをもって
「和食」とはしない)
つまり、銘々箸と銘々茶わん、
それらをセットにした献立は、
食事を日本化する基本的システムといえる。

それは、
カタカナが、世界の言語を日本化するのと似ている。
「piano」を「ピアノ」と書いた瞬間、
日本語になるように、
ビーフステーキも、
茶わんと箸を使い
(そのためにはサイコロ型が必要か)、
ご飯とおかずという位置づけで食べた場合、
限りなく「和食」に近づく。
これにみそ汁がつき、
「いただきます」「こちそうさま」となれば、
和食としての条件は整う。

ちなみに、
一部の専門家によって、
とかく好ましくないものとしてイメージされる
「欧米化」だが、
「欧米」を代表するアメリカ、カナダ、イギリス、
フランス、イタリア、ドイツ、ノールウェー、
スペイン、スウェーデンなどの平均寿命は、
世界平均の71歳を大きく超え、
アメリカを除けば80歳を超えている。
(アメリカは79歳 世界ランキング34位)

戦後70年、
多くの分野で「欧米化」を続けてきた日本は、
世界1の長寿国となった。
ここでも定義はしないが、
「欧米化」は、
日本人の平均寿命を延ばす一因となっていることを
軽視または無視する専門家の視点には
疑う余地が大いにある。

by rocky-road | 2015-08-12 21:14