「くだもの」と書く人、「果物」と書く人。

1月11日(日)は、
恒例のパルマローザの新春セミナーで
「『用字用語』から考える
健康・食情報の鮮度と信頼性」という演題で
丸1日かけて講義を行なった。


けっして柔らかいテーマではないが、
健康支援者に対して、
こういうタイトルの講演が成立することに
日本人として誇りと喜びを感じた。

と同時に、
こういうタイトルにもかかわらず、
各地から、栄養士や健康支援者が
集まってくださったことに
感謝しつつも、
日本の健康事情に深い安堵を感じた。


「用字用語」という熟語は
まだ一般的なものとはいえない。
おもに編集用語であり、
ときにビジネスレターマニュアルで
使われるコトバである。


意外に思われるだろうが、
国語学や文章論、
あるいはコミュニケーション力研修でも
真正面から取り上げられることの少ないテーマである。

「文章をすらすら書けるようになりたい」
「うまく書けるようになりたい」
という人は多いが、
「これから書く文章に
最適な用語を使えるようになりたい。
最適な用字をしたい」という人はまずいない。
「語彙をふやしたい」
「ボキャ貧から脱皮したい」というのとは少し違う。

文章は、情報を印象的に伝える手段だが、
その情報は、
コトバの1つ1つに分けて載せられて運ばれる。
用語が適切でないと、
質のよい文章はできない。
つまり、印象的な情報伝達はできない。

この点は、料理と似ている。
素材の鮮度が落ちていたり、
その料理に合っていない素材であれば、
名人をもってしても、
食べる人をうならせるような料理は作りにくい。

いやいや、
そんなピンチを切り抜けるのが
料理名人なのかもしれない。

だが、文章はそうはいかない。
料理に厳しい人の数と、
文章に厳しい人の数とを
比べたとき、どちらが多いだろうか。

たぶん、料理に厳しい人のほうが、
文章に厳しい人よりもずっと多いことだろう。
年賀状の文面とか、
メールの文面とかについて、
いちいち評価したり論評したりする人は、
そんなに多いとは思えない。

がしかし、
素材選び(用語選び)が適切でない文章は
料理のカタチは整えていても、
相手に伝わるものが少ない、という点では、
料理以上に結果がはっきり出る。

みんなが使い古したコトバを多用した文章は、
新味がなく、したがって
言わんとすることにも新味がない。
あってもなくてもいいような文章、
世の中は、そういう文章であふれている。

今回のセミナーでは、
文章の綴り方ではなく、
文章の素材である用字用語を見直すことで、
文章、および発話表現の質を
高める方法を提案した。

健康支援者についていえば、
「健康」「生活習慣」「ライフスタイル」
「モチベーション」「食育」「食事力」
「食文化」「和食」「食の意味」などのコトバを
その意味を正しく理解して使うことの意味を示した。

また、
普段使うことの多いコトバ、
「アンチエージング」「胃を休める」
「消化のよい食材」「食の欧米化」
「薬膳」「野菜ソムリエ」「ダイエット」
などの不用意な使い方は、
健康情報や食情報の正確さ、
そして鮮度を下げる可能性があることを指摘した。

用字については、
当て字の無制限な使用は、
文章を重くするし、
見かけの鮮度を落とすということを話した。

「小豆」も「果物」も、「今日」も「明日」も
「秋刀魚」も「八百屋」も当て字だが、
パソコンは、
あるべき国語の提案をする機械ではないから、
かまわず漢字変換してくる。



日本人は、漢字をベースにして、
カタカナ、ひらがなを考案した。
そういうことをするから、
日本語と漢字とをチャンポンに使うようになり、
書くのに手間暇がかかるようになった……、
そいう論も成り立つが、
大きなメリットもある。

ひらがなやカタカナは、
大和コトバの表現を多く残すこともできた。
というより、
先人たちは、
日本流の表現をするために
ひらがなやカタカナを考案した。

漢字まじりひらがな文は、
日本人の思考力を強化し、
コミュニケーション力を強化することになった。
相手によって巧みに使い分ける必要があるが、
それは混乱を招くのではなく、
知恵をつけ、表現力に多様性をもたらす。

「サンマ」と書くか「秋刀魚」と書くか、
「おいしい」と書くか「美味しい」と書くか、
「くだもの」と書くか「果物」と書くかは、
時と場合で異なる。
それを判断することは、
相手を洞察することに通じ、
文章を磨くことに通じる。
読み手、話題、用途、分量などを勘案して
最適な表記法を選ぶ。
それは高い感性と知性を駆使する機会。

その判断をパソコンに任せてしまうのは、
自分の感性や思考力などを
パソコンに丸投げすることにほかならない。
そんな文章からは、
芯のある思想は生まれない。

健康支援者は、多かれ少なかれ
ヘルスプロモーション(社会の健康度をあげる諸行動)の
要素を持つことになるが、
読み手のモチベーションを高めるのは、
整った文章であり、
ときに美しい文章表現である。
美しくない文章は、
美しい行動への動機にはなりにくい。

セミナーの効果がすぐに現われるとは思っていない。
が、少なくとも、
「早速」と書く人、「有難う」と書く人、
パソコンで「件名」を書かない人、
などなどの割合は、
少しずつ減ってくるのではないだろうか。

by rocky-road | 2015-01-14 23:03