子どもはホントに味オンチに?

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先日、NHKのテレビニュースで
いまどきの子どもには、
味覚オンチの割合が多いという
研究結果を伝えていた。
 
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その調査とは、
東京医科歯科大学の研究グループが
一昨年行なったもので、
小学1年生から中学3年までの349人に
「甘味」「苦味」「塩味」「酸味」を識別させるもの。
映像を見ると、
スポイトで舌に4つの味を順に落とし、
その味を言わせるという方法らしい。
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結果は、21%が酸味を認識できず、
14%が塩味を、
6%が甘味と苦味を認識できなかったという。

ニュースの始まりから、
この話の展開を予想していたが、
ドンぴしゃりのまとめ方になった。
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いわく、加工食品などの濃い味の料理や
人工甘味料を使った飲み物などを
頻繁に口にする子に、
味覚を感じることができない子が多かった、
というのである。
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メディア側の解釈ではなくて、
調査を行なった研究者のコメントである。
さらに被験者となった子の主治医の1人は、
「味覚は健康と深い関係がある。
幼いころから味覚を育てるためには、
バランスのよい食事を取ることが必要」
と語っていた。

まるで、漏斗(じょうご)に
液体が吸い込まれるように
「近ごろの子ども調査」の結論は
かならずそこへ流れ込んでゆく。
悪いのは、加工食品やインスタント食品だと。
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が、ちょっと考えればわかるが、
人間の味覚は、100年や200年、
いや1000年や1万年で、
そんなに変わるものではない。
生物的味覚は、
そのような短期間で退化や進化はしない。
変わるのは、
味を指すコトバである。

世界中で「えぐい」に当たる味を指すコトバを
持っている民族はどれくらいいるだろう。
「えぐい」味を持つ食品がなければ、
「えぐい」というコトバは生まれない。
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「うまみ」は日本語から世界語になりつつあるコトバ。
カツオ節やコンブだしの「うまみ」に
出会ってしびれる西洋人が増えている。

コトバがあれば、味は感じられる。
「認知言語学」や「記号論」の専門家は、
「近ごろの子は味覚が鈍くなっている」などの、
時評的な解釈はしないだろう。
(時評的=限定的な時代現象だけで結論すること)
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食卓で、家族が活発にコミュニケーションを
行なっているかどうかまでを、
調査対象にすべきである。
家族が、「きょうのおみそ汁、しょっぱくない?」
「このみかん、酸っぱくて食べられない」
などという会話が、
普通に行なわれていれば、
味覚を表わすコトバは失われることはない。
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味覚が感じられなくなったのではなく、
それを指すコトバが使われなくなったのである。
感じられなかった子どもの家では……。

スポイトで4味の液を舌にたらす、
という調査も、リアリティに難がありそうだし、
350人という調査対象も、
「いまどきの子ども」を語るには少なすぎないか。
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そりよりもなによりも、
食関係者は、
こういう知見をみだりに振り回さないほうがいい。
母親たちに、「うす味」をすすめるのはよいが、
「でないと、味オンチになりますよ」は言い過ぎだろう。
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加工食品やインスタント食品を敵視するのは自由だが、
「味覚が鈍くなるから」とまではいわないほうがいい。
子どもの味覚を鍛えるのなら、
団らんや食卓コミュニケーションを活性化することである。
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「A社のカップめんより、
B社のカップめんのほうが、
スパイシーだし、塩分は控えめ、
ママはこっちが好き」

なにを食べるかではなく、
どう食べるかである。
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いまどきの子どもを嘆いたり、
食品会社の悪口を言ったりと、
文句の多い論者やコメンテーターは、
だいたいにおいてオリジナリティがなく、
これといった提案のない人物である。
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(写真は、東京・新宿区神楽坂で行なわれた
『まち飛びファスタ』11月3日)

by rocky-road | 2014-11-05 22:59  

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