「ガソリン」足りていますか。
パルマローザ主催の輪読会⑦、
「愛と恋を語る文章」が終わった。
(7月5~6日 横浜)
万葉集の恋の歌、
『風立ちぬ』(堀 辰雄)、
『春琴抄』(谷﨑潤一郎)、
論文『愛は脳を活性化する』(松本 元著)
『男と女』(渡辺淳一著)
など、およそ1000年間にわたる
愛や恋の文学や論説に
ちょこっとながら触れたことになる。
2日間のこと、
ごく一部に目を通すのがやっとだが、
その目的は文学鑑賞ではなく、
愛や恋を記述する文章とはどんなものか、
そして、
人間を多角的にとらえるとはどういうことか、
などを展望するのが目的だったので、
ある程度の成果は得られたと思う。
その中から、
ポイントとなった2点を復習しておきたい。
谷﨑潤一郎の『春琴抄』は、
盲目の美少女と、
それを奉公人として介助する佐助という少年の
主従関係が厳然と守られる、
しかし、怪しくも強烈な恋の物語だが、
作者は、
この物語を、リアリティのある、
こんな体験話から書き始める。
「春琴、ほんたうの名は鵙屋(もずや)琴、
大阪道修町(どうしゅうまち)の薬種商の生れで
没年は明治十九年十月十四日、
墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。
先達(せんだって)通りかゝりにお墓参りをする気になり
立ち寄って案内を乞ふと『鵙屋さんのお墓は
こちらでございます』といって
寺男が本堂のうしろの方へ連れて行つた。
見ると一と叢の椿の木かげに鵙屋家代々の墓が
数基並んでゐるのであつたが琴女の墓らしいものは
そのあたりには見あたらなかった。」
春琴と佐助の異質な恋物語に入る前に、
本筋とは、さほど関係のなさそうな話に
力を入れるのは、
フィクションを
いかにも本当にあった話のように
仕立てるうえで大事なディテールとなっている、
という趣旨の補足をした。
ディテールとは、
文学や絵画、音楽などの芸術作品を鑑賞するときに
よく使われるコトバ。
メインテーマを浮かびあがらせるための、
いわば影の部分、
そこを押さえてあると、
作品の奥行きが深くなる。
「ディテール」の定義は、
「ある事柄に付随する、個々の具体的で
細かな事実。詳細」
(『カタカナ語の辞典』小学館版)
栄養士、健康支援者の仕事に結びつけて
理解するならば、
食事相談や健康相談のとき、
一方的に「指導」するなどは、
ディテールなし。
「朝食をとらない」という人に、
「朝食をとらないとすぐに頭が働かないし、
1日2回では、1日に必要な栄養素がとれません」
などと説教するのは3流の「健康支援作品」。
「朝食抜きは、いつごろから?」
「夜は、何時ごろ、お休みになるのですか」
「ご家族は朝食をどうなさっているのですか」
「水とか、コーヒーとかもお飲みにならない?」
などの問いかけによって、
対象者のライフスタイルのディテールが見えてくる。
そこをていねいに見ることで(描くことで)、
作品の完成度が高くなる。
つまり、相手から対策を引き出すことができる。
谷﨑潤一郎の『春琴抄』のイントロ文章から、
健康支援のあり方を考える人は
世界中探しても皆無と思うが、
「自分流」の本の読み方とは
そういうものである。
2つめのポイントは、
松本 元氏の『愛は脳を活性化する』の中にある文章。
「心は知・情・意からなる、と言われる。
(中略)われわれは情を受け入れ(価値を認めて)、
意が向上し(脳の活性が上がって)、
知が働く(脳が働く)生物であることがわかる。
すなわち、情がマスター(主人)で、
知はスレーブ(従僕)である。」
「一般的に、
情は低次元の心のはたらきと思われがちだが、
実際には情こそ脳というエンジンを
もっともよく働かせるガソリンなのである。
人は情が受け入れられ、
それによって意欲が上がると
脳の活性も高まり、知が働くようになる」
メタボ対策としての特定保健指導では、
一定の情報をクライアントに伝えることが
担当栄養士に義務づけられているが、
情報の受け入れ態勢ができていない人に、
どんなに重要な情報を伝えても、
共感は得られない。
制度としては、やむを得ないことだが、
担当者が、それを丸呑みして実行すると
(「行動変容を促す」などといって)、
その効果は、「半減」程度では済まないだろう。
「愛は脳を活性化する」
愛のない健康支援者は、
三流で終わるしかないだろう。
「愛」とは、渡辺淳一の専科ではない。
多くの哺乳動物にとって、
愛は、または愛の表現力は、
種の生存のためという以前に、
自分の一生を活性化する不可欠の
ガソリン、ということになる。
by rocky-road | 2014-07-08 12:47