春は、桜ファッションがいとをかし。

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花見向きのファッション
というものがあるのだろうか。

「桜だから、服装はピンクを基調にしたい」
とはだれもが思う。
が、桜のピンクに服装のピンク、
それでは桜に失礼ではないか、
さらには、
それを見物する人の興をそぐことにもならないか、
という考え方もできる。
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NHKテレビの「歴史秘話ヒストリア」、
4月2日放送の「春はあけぼのの秘話」
という番組で、
清少納言が「枕草子」の中で、
十二単(じゅうにひとえ)の色を
季節に合わせることの大事さを指摘している、
という情報を伝えていた。
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日本人は、1000年以上も前から、
季節に合わせた衣服の意義について感じていた、
ということだろう。
テレビでは、桜色のグラデーションの
十二単を着て見せていた。

さて、現代では、
見物する、その桜が近所のものか、
夜桜か、旅行先かなどのシチュエーションによっても、
作戦が変わってくる。
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夜桜の場合、花冷えがつきものだから、
ピンクだ、白だといっている場合ではなく、
防寒を前提にして、
ダウンウエアで行くくらいがよい。

では、桜を求めての旅の場合はどうするか。
3月30日~4月1日までの
京都への旅の場合はどうしたか。
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天気予報を何回も見て、
旅行中の天候と温度をチェック。
昼間は温暖、夜になると冷え込むと。
これは例年どおりである。
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次には、旅程だ。
日中は、円山公園だの清水だのと、
あちこちを歩く。
まずは足を固めなくてはならない。
スニーカーか。

が、上に着る服装あっての靴だ。
そんなこんなで、
ポリエステルのシャツに紫の水玉ベスト。
ジャケットは、綿で紫のカーディガン風に。
ズボンは、ゴルフウエア用のパープル(うす紫)。
靴はピンクのカジュアル。
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バッグは大きいほうはブルーに。
これはホテルに置いておくもの。
携行用はうす紫の「サムソナイト」に。
これで、桜には失礼にはならない程度に
ピンクを押さえることができた。
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と、こんなふうに考えて、
旅ファッションを決めた。
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後日(4月4日、5日)の
「身だしなみ」に関するセミナーと
≪食ジム≫(影山さんのブログ参照)では、
http://palmarosa.exblog.jp/
ファッション計画は先を読む力、
シチュエーションを想定する力がたいせつ、
ということが話題になった。

未来とは、想定の中にのみ存在する。
言い換えれば人間の頭の中だけに存在する。
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想定とは、つき詰めればコトバで描くことである。
ファッションプランを図示する人もいるだろうが、
靴下を5足用意するからといって、
計10枚をイラストで描く人は少なかろう。
靴下の絵を1枚描いて、×5などと、
多くは文字化することになるはずである。
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食ジムでは、
「服を買うことは、未来を買うことでもある」
と言ったが、その意味とは、そのことである。

「ピンクのブラウスを買おう」
「飛び柄の入ったパンツを買おう」
「ブルー系の靴を買おう」
などと考えることは、ほとんど言語行動。
人はコトバで考える。
コトバで支えたほうがイメージがはっきりする。
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繰り返すが、
未来は、コトバの中に存在する。
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そして衣服は、それを着る人、
その人をとり巻く人たちの環境の一部となる。
その環境の中で、人は生きてゆく。
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自分がそれに適応したり、しなかったりするように
周囲の人も、それに適応したり、しなかったりする。
こうして、自分の人生の環境の一部がつくられてゆく。
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よい服装は、よい環境をつくる、
とまではいえないが、
より悪い環境をつくる可能性よりは低い。
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あした着る服装を考えることは、
未来を想定するトレーニングになる。
トレーニングでありながら、
それが確かな社会環境にもなる。

いつもダサい人は、
イマジネーションの不得手な人、
自分の環境を鳥瞰図で見たり、
未来を洞察したりする能力が
未開発な人といってよい。
それは資質というよりも、
トレーニング不足であることに尽きる。

ダイビング40年の経験は、
身だしなみに関する想定力強化にも役立った。
月に1回程度の海への旅ごとに、
持ち物のチェック表に従ってパッキングをしてきた。
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その過程で、海への旅では、
靴下は往復用の2足で足りること
(シーサイドでは素足で過ごすから)、
レーヨン生地のアロハシャツは
ほとんどのシーサイドに向かないこと
(アロハは日本のシーサイドでは暑すぎるし
レーヨンはシワシワになり過ぎる)、
ポリエステルのTシャツは必携のもの、
水着は午前、午後に各1着は必要なこと……
などを学習していった。

1960年代の後半、
ダイバーのファッションは
あとから来たサーファーのそれに
追い抜かれていった。
ダイバーは、なぜか登山の系統の服装で
海への旅を続けていた。

そこで、
クラブ内でファッションショーを開いたり、
ダイビング雑誌での連載記事の中で
ファッションについて何回も書いた。
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テニスでも野球でも、サッカーでもよい。
その精神や技術の追究は不可欠だが、
同時に、それが個々の生活、人生に対して
どういう意味を持つのか、
という思考(従来の哲学)がないと、
やがてマンネリに陥る。
モチベーションがダウンする。
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服装は、どんな世界に席を置く者にも、
なくてはならないものであり、
それがあしたへの環境をつくってゆく、
という意味において、
タテ糸の役割を果たす。

身だしなみに関するセミナーや
ディスカッションに参加して、
言うには長すぎる考えをまとめてみた。
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by rocky-road | 2014-04-10 00:03  

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