『日本人らしさの発見』

去る12月1日に行なわれた
パルマローザ 栄養士・健康支援者のための輪読会
「人間を多角的にとらえるために関連書物を読む。」
のテキスト書籍を選ぶ段階で、迷うことがあった。

以前、NHKラジオ第2放送の深夜番組で放送された
『私の日本語辞典』の一部を
引用するかどうか、それで迷った。

大学時代の恩師、芳賀 綏(はが やすし)先生
(現・東京工業大学名誉教授)の話がおもしろく、
「人間を多角的にとらえる」ためには、
ぜひ、このユニークな視点を伝えるべきだと思った。
が、アナウンサーのインタビューに答える形式であるため、
輪読会のテキストにするには、
テープ起こしをし、若干のリライトも必要と思われた。
時間的な制約もあって、今回はあきらめた。
2011年11月の放送だったが、
「本にでもなっていてくれれば……」と惜しんだ。

新著が出たので、数日中に届くはず、との情報を得た。
予想どおり、例のラジオ番組の論説を文章にしたものだった。
『日本人らしさの発見』という書名。
大修館書店、2013年12月20日発行。2000円。
出来立てのホヤホヤ、いや、奥付の発行日前の到着である。
読み始めたところだが、
ラジオで予告編を聞いているので、
内容はだいたいわかっている。

いま、日本人が世界の文化を語るとき、
「欧米対アジア」という図式を前提にしがちだが、
この本では、「万物を愛で包容する日本の《凹型文化》(オウ)」
に対して「排他的な《凸型文化》(トツ)」という、
新しい対比で見るおもしろさを提示する。

同じアジアでも、日本と中国では、メンタリティがかなり違う。
その違いの線の引き方に「発見」がある。
一言でいえば、気候風土の違いである。
日本は湿度の高い湿潤地域に属し、
中国の一部を含む、ヨーロッパの一部は
乾燥した大陸に属する。

乾燥地域では牧畜が行なわれ、
ここから動植物の見方、接し方、
そしてコミュニケーションの仕方までもが
違ってくる。
風土の違いは、神の数の違いを生み、
神の居場所さえも変えてしまう。
凸文化圏では神は天にあり、
凹文化圏では八百万の神が、山や川、木や草、
石や土など、身近なところに宿る。

凹文化世界に属する日本人の特徴は、
自然と和合し、季節感を愛し、「間」や「気配」を重んずる。
相撲の立ち合いは、行司が「始め!」と指示するのではなく、
両者の呼吸が合ったときが開始のときである。

邦楽にはコンダクターがいない。
それぞれが、ほかの奏者と呼吸を合わせて
演奏が展開する……これが間であり、呼吸であり、調和である。

こうしたきめの細かさは、
確かに気がねや気苦労、気づかれを生む要因でもある。

対する凸文化圏の顕著な特徴は、
「愛と憎しみの文化」であったり、「対立と闘争」
「征服と復讐」であったりする。

「プロローグ」は、こんな文章で始まる。
「二一世紀は日本の世紀であるべきです。
それは、日本が何につけても世界一になろうといった、
無邪気な、そして無謀な話とは違います。
日本の文化、その根底ある日本人の「気心」のよさ、
美風が、もっと広く深く、世界に理解され、そして、
その気心に根ざした日本の文明が、地球を、人類を救うのに
大きく役立つべき時期が来ている、という意味です。」(中略)

「地球上の諸民族の〝気心〟などと言い始めたら、
千差万別ではないか? たしかに細かく見れば、
違いだらけとも言えるが、また大きく類型(タイプ)
に分けることが可能です。と言えば、ああ、東洋対西洋か、
アジア対欧米でもいいや、日本人は東洋(またはアジア)の
側だろう、と片づけられることが多かった。まさに、その先入観に
間違いがある。」(中略)

「人間性の根本は不変なもので、だからこそ文化圏の別を超えた
相互理解と協力ができる。その確信を一方に抱きつつ、
文化圏による生き方・価値観の差異という現実を的確に知り、
そこから将来への対処の方向を見定めることによって、
日本人の使命、人類社会の役立ち方の自覚が生まれます。
そのような、民族の知恵、いわば<民族的教養>を
深めることに資する本でありたい。執筆のベースにある
筆者の念願と、強い使命感はそれです。」

読みやすい文章で、深い洞察が語られる。
先生は、言語文化論を専門とされるが、
今度の本では、文化人類学的な視点で、
日本人、凹型文化を中心に、
凸文化との比較文化論を展開する。

コンパスを大きく広げて、
地球物理学者、古美術鑑定家、文化人類学者、
民族学者など、矢継ぎ早に関連分野の諸説を引用しつつ
論述する。が、ご自分の軸足はしっかりと定まっている。

若き日、先生から引用の仕方を仕込まれた。
自分のグラウンドだけで戦う窮屈さや弱さを指摘された。

今回の先生の文章は、自他の文章がかなり入り混じっているが、
ご自分の歩調が乱れることなく、
マラソンレースで、2位以下を大きく引き離し、
独走態勢(一人旅)に入った優勝ランナーのように
軽快に飛ばしてゆく。

読んでいて、ランナーズハイになったかのように
ぐんぐんと読み進め、陶酔状態になる。

こうした陶酔体験を、次回の輪読会で
受講者のみなさんに味わっていただきたいと思っている。
by rocky-road | 2013-12-13 22:59