人は情報を食べて生きている。
学生や社会人を対象に、
コミュニケーションスキルや言語表現、
編集技術に関する講話や講義を始めて20余年が過ぎた。
コミュニケーションスキルは
動物の基本中の基本というべきスキルだから、
「だれ向け」と限定する必要はなく、
国会議員にもサッカー選手にも欠かせない能力である。
40年くらい前に、
『暮らしの中の編集技術』という本を企画したことがあるが、
まだパソコンのない時代でも、
一般向けに、そんな本の可能性が考えられた。
そして、いまはといえば、
正真正銘、編集技術は、
快適に生きるための基本スキルの1つになりきっている。
もっとも、そのことに気づいている人は、
日本人の数パーセントというところではなかろうか。
私の場合、前職との関係もあって、
栄養士または健康支援者に向けてお話をする機会が多い。
栄養士や健康支援者のように、
健康をサポートする仕事では、
ますますコミュニケーション力や文章力は
職業的にも個人的にも、
その方向性を左右するほど重要なものになってくる。
(ドクターに限っては、手遅れの観があるが)
が、この場合も、その必要を感じる人は少なく、
または、講師への人脈がつながらないためか、
手つかずになっている場合も多いのではないかと思う。
時代の渦に巻かれていると、
自分が置かれている位置や状況は把握しにくいものだが、
その渦から物理的に、
または心理的に抜け出すことは、
口でいうほど簡単ではない。
「時代の渦」とは何かといえば、
それはトレンドであり、風潮であり、
流行であり、施策などなどである。
食の世界についていえば、
古くは戦時中の栄養失調対策、
健康優良児の促進、
前回・東京オリンピック後の日本人の体力アップ推進、
「成人病」を「生活習慣病」と呼称を変えての対策、
食育の法律化、スローフード運動、
特定保健指導、行動変容の促進、
そして近頃は糖質コントロールであり、災害食であり……。
こういう渦に巻かれていると、
コミュニケーション力の強化などに
時間や頭を使っている余地はないと思えてくるのは当然である。
が、見方を変えると、
動物として、人間として、社会人して、プロとして、
基本的なスキルについて自信がないと、
むしろ目先の変化に幻惑され、
これについていかないと遅れてしまうのではないか
という危機感を強く感じるようになる。
コトバにしろ文章にしろ編集にしろ、
相手とペースを合わせることを大前提にして発信するものである。
「情報発信」というコトバが流行気味だが、
ここでいう「発信」には「問いかけ」も含む。
相手に情報を発信させる問いかけが、
なぜ「発信」なのか……
このあたりがコミュニケーションの
おもしろいところである。
コミュニケーション力をしっかり身につけた人にとっては、
いま、栄養士がどういうポジションにあるのかが
少し考えれば理解できていることだろう。
少なくとも、「栄養素士」では、
社会のニーズには応えられないこと、
自分の達成感は得られないことは、百も承知のはずである。
その「百」の中には、こんなことが含まれていることだろう。
1.食事相談は、従来のように病院や保健所、
スポーツ施設など、特定の場所で行なう
ものだけではなくなっている。
学校、職場、家庭など、
日々の生活圏の中で行なわれるようになった。
2.それは、先手必勝を原則とする病気予防の形である。
かつて、早期発見・早期治療が叫ばれたが、
いまは、病気の発症を遅らせること、
そして、仮に病気を持っていても、
それを抱えながらも豊かな人生を送ること、
そちらへと重点を移しつつある。
それはつまり、「栄養素士」が
「ヘルスサポーター」へと転身することが求められる状況である。
相手が病人であるかないかにかかわらず、
食行動を通じて、相手の生きることへのモチベーションを高めること、
それが栄養士の重要な仕事になりつつある。
3.それに伴って、使う言語やコミュニケーションスキルを
変える必要が出てきている。
従来のように、病院という自分の城で、
やってくる患者に対して、
ことさらに医学用語を使い、
ときに威圧的、ときに上から目線で栄養指導していればよい、
というわけにはいかなくなった。
日々の生活に追われている健常者にとって
耳の痛い話に関心を示す心の余裕はない。
人生を前向きにとらえ、
目の前のハードルを突破してゆくための
心理的パワーを求めている。
4.これを支援するのはだれなのか。
街頭の手相診断占い師なのか、
保健師なのか、臨床心理士なのか……。
「いえいえ、それは私でしょう」と
つぶやいている栄養士、健康支援者が、
あちこちに生まれ始めているのではなかろうか。
というわけで、栄養士、健康支援者の仕事は、
「ヘルスサポーター」を超えて、
「ライフスタイルサポーター」
または「モチベーションサポーター」の領域へと入りつつある。
11月10日の富山県栄養士会生涯学習研修会では、
文章力や編集力の強化を促す前に、
人間のコミュニケーションパターンそのものを見直しておこうと、
ノンバーバル(非言語)コミュニケーションの基礎からお話しした。
性別の意味、年齢や身長の意味、眼の色、
髪の色の意味、沈黙の意味、身体接触の意味、
そして、料理という、五感をフル活用する
コミュニケーションスキルについて考えていただいた。
(演題「人を引きつける文章力と編集力を
どう強化し、どう実践するか」 富山短期大学内)
また、人を引きつける文章を書くためのトレーニング法を示した。
受講用の専用ノートを持つこと、
整った事務文書を書くためにはマニュアルが必要なこと、
セミナー後のアンケートなどを、単純に「調査」とは考えず、
参加者の参加意識を高め、当日の振り返りを促すなど、
より大きな意義のあることなどをお話しした。
終了後、Eメールで数人の方から問い合わせをいただいた。
それらには、コミュニケーショントレーニングをしている人だからこその
問いかけがあった。
「日記を読み返すとモチベーションが下がる、どうしよう?」
「不慣れな問いかけ技法を上達させるコツはないか」
「ログブックの書式について教えてほしい」
前日の9日には、
石川県栄養士会能登支部生涯学習研修会で、
「コトバを磨くと栄養士活動が3倍楽しくなる」という演題の
お話をさせていただいた。
ここでは、栄養士活動の方向性、
それとコミュニケーション力との関係、
人間にとって食の多様性、
健康や幸福の定義、
私の提案している「健康の6大要素」などについて
ご紹介した。
「6大要素」の1つには、生きがいがある。
人は情報(生きがい)を食べて(パワーにして)生きている。
それは、栄養と比べて甲乙つけがたいほど重要な要素である、
ということについて話した。
コミュニケーション力をつければ、
万事うまくいく、とまではいえないが、
それらのスキルを磨き続けることは、
国民の健康につながり、
栄養士や健康支援者自身も、
生涯、モチベーションを持続できることを強調した。
「将来を見据えて」とはよくいうが、
将来は、もちろんコトバによってプログラムされ、
促進されるものである。
そういう意味では、「将来」も「健康」「幸福」も、
コミュニケーションスキルにほかならない。
by rocky-road | 2013-11-21 16:24