海の上を歩いて50年。

60余年にわたって、いろいろの写真を鑑賞してきたが、
多くの傑作の中で、
とくに印象の強いものといえば、
40~50年前に見た『ライフ』という雑誌だったかに載った、
蚊が人間を刺している様子を、
皮膚の裏側から撮った作品が筆頭にあげられる。


解説を読むと、
蚊が皮膚を刺した瞬間、
凝固剤の入ったスプレーで固定し、
モデルとなった人の皮膚を薄く剥ぎ、
それをマクロレンズで撮ったという。

また、ほかの雑誌の時計の広告で、
クジラとダイバーが海面に並んでいるのを
海底から見あげて撮った遠景写真、
これもすごかった。
いまのように、クジラの水中映像がなかった時代である。

どちらもアメリカ人カメラマンの作品。
アメリカ人のやることの徹底さ、
スケールの大きさに舌を巻いた。

それより時代は下がるが、
動物カメラマンが岩合光昭さんが、
インド洋上を航行する船の上から撮ったという、
イカの群れが水面上を飛ぶスクープ写真もすごかった。
イカが、トビウオのように空中を飛ぶことは
知られていなかったからである。

そういえば、以前、伊豆の海中で、
水面を泳ぐ小魚を撮っていたら、
突然その群れが消えた。
そして、数メートル先に着水した。
不確かだが、トビウオの幼魚らしい。
さっそく撮影体制に入ったが、
いくら粘っても撮ることはできなかった。
ジャンプ寸前の瞬間を撮ったら、
岩合さんの写真くらいにスクープものであったろう。
ダイビング雑誌で「半水面」の写真を見たときも、
それを合成写真と考えて、
「いいアイディアだ」と感心した。
が、そうではなく、
実際に1つのレンズを水面に当てて、
水面上と水面下を同時に撮ったのだと知って、
またまた驚いた。

ダイビングを始めて50年目になるが、
その中心はスノーケリングである。
スノーケリングとは、
水面を歩くことだと思っている。

スクーバダイビングがヘビ、
またはチョウの目で水中を見るのだとすれば、
スノーケリングはトンビの目で
水中を俯瞰することになる。

私の場合、トンビの習性が身についているので、
チョウを経験したあとも、
つまりスクーバダイビングをしたあとも、
スノーケリングをやってしめないと
落ち着かない。

半水面を撮り始めて20年くらいになるが、
この世界には、まだまだ発見があるだろう。
空気の世界と、水の世界とが
1枚の写真に記録されるのである。
「天地」ではなく「天水」の世界である。

2009年、第49回 富士フィルムフォトコンテストの
「ネイチャーフォト」部門で金賞を得た
有田 勉氏の『餌場』という作品は、
半水面写真の近年の傑作である。
産卵のために川を遡上したサケが、
産卵後、命を終える。
その死骸を狙って、タカの仲間と思われる猛禽が集まり、
水中の獲物を狙う。
これを半水面で撮った。
空には鳥たち、水中には命を終えて横たわるサケ。

このコンテストには私も応募し、
『フエダイ 夏模様』と題した作品が優秀賞に入ったが、
有田氏の作品と比べると、
横綱と幕下くらいの違いがある。
完敗もいいところである。
いまどきのコンテストは、
企画力、取材力などがないと、
なかなか上位入賞はできない。

もっとも、ネーミング力は
日本のフォトコン始まって以来、
依然として夜明け前の状態。
サケの遡上の果ての最期を『餌場』とやってしまったが、
それはない。
審査員の言及がほしい。
せめて、『遡上の果てに』『天に昇る』『食物連鎖』
くらいのネーミングをしてほしい。

ともあれ、半水面写真には、
まだまだ未知の世界、未知の映像がある。
それを信じて、海の上を歩き続ける。

by rocky-road | 2013-09-28 23:49