宵待草はいずこに……。

♪
待てど暮らせど 来ぬ人は
宵待草の やるせなさ
今宵は月も 出ぬそうな
これは、竹久夢二作詞の『宵待草』の
一番の歌詞。(昭和13年)

♪
宵闇せまれば悩みは涯(はて)なし
みだれる心にうつるは誰(た)が影
君恋し唇あせねど
涙はあふれて今宵も更け行く

これは、私の世代ではフランク永井の歌で聞いた
『君恋し』という歌謡曲の一番。
時雨音羽という人の作詞。(昭和3年)
これらに歌われた「宵」というコトバが
日本語から消えつつある。

「宵」とは、「日が暮れてからまだ間もない時。
また、ゆうべと夜中の間。初夜。初更。
また、よる。夜間。」(広辞苑)のこと。

「宵の口」とか「宵っぱり」とかという
言い方は、かつては日常会話の中に普通に存在した。

「宵」には「日が暮れて間もない時」という意味と、
「宵っばり」のように、一晩中という意味もあるので、
時間を限定するにはあいまいなところがある。
そこでNHK(または気象庁)は、
天気予報でこの時間帯をいうときには
「夜の初めころ」と言い換えた。
昔の日本人は「宵」と「夜」「真夜中」とを
「宵」の使い方で区分してきた。

天気予報でも「宵のうちに小雨があるかもしれません」
といえばわかると思うが、若い世代を念頭において、
正確さを期して「夜の初め」と言い換えた。
「夜の初め」とは、なんと無粋な言い方。
この結果、「マツヨイグサ」(俗称「宵待ち草」)という
植物の名前の意味はわからなくなる。
まさか「夜の初めころ草」と言い換えるわけにもいくまい。

マツヨイグサは野生化した黄色い、
弱々しい花を咲かせる、南米あたりからの帰化植物。
「月見草」と似ているので、よく間違えられる。
両方とも、夕方、夜や月を待つかのように花が咲く。
この時間帯に媒介するムシ(蛾だともいう)を引き寄せる。
(使っている写真の花はすべてマツヨイグサにあらず)
コトバは「見れる」「寝れる」「食べれる」のように
多数決で採用されていくものだが、
「夜の初め」は、意図的な造語である。
将来、「宵」というコトバを排除した責任者を
追求する日が来たときには、
気象庁かNHKの中から
首謀者を見つけ出すことになるだろう。

日本は四季があり、昼夜の差がはっきりしており、
方言も多様なので、気候、天候を表わすコトバが多い。
たとえば「雨」。
「朝雨」「丑雨」「梅の雨」「寒の雨」「霧雨」「時雨」
「紅梅の雨」「こぬか雨」「五月雨」「鉄砲雨」など、
あげきれないほどある。
しまいには「血の雨」が降ったりもする。
これらは誇るべき言語文化であるが、
このところ、気象用語にカタカナ語が入り込んできている。
上昇気流が固まって、熱い空気のかたまりができる。
この上昇気流域を「スーパーセル」という。
それが大きな雲、積乱雲となると、エネルギーが凝縮される。
そのエネルギーが地表に勢いよく逆流してくる
「下降噴流」のことを「ダウンバースト」という。

わが気象用語大国も、「入道雲」なんていう
味のあるコトバを使う一方で、
「スーパーセル」や「ダウンバースト」なんていう、
アメリカ語をそのまま採用しつつある。
訳語の達人はいないのか。
気象関係者には、和製の気象用語にくわしい人が多いが、
「スーパーセル」や「ダウンバースト」を
「天熱(あまねつ)」とか「熱風滝(ねっぷうたき)」とかと
メモ用紙に、訳語の候補を50や100くらいは
書き出してみたはずなのだが。

ここで改めて、福沢諭吉のように、
「フィロソフィー」を「哲学」、「カンパニー」を「会社」
「スピーチ」を「演説」などと訳語にした人たちの偉さがわかる。
ちなみに、「ダウンバースト」という現象は、
アメリカ国籍の日本人、
藤田哲也という学者によって発見されたという。(1973年)
着陸直前の飛行機がこの「噴流」を受けて墜落したこともある。
藤田先生はアメリカでこれを発見したので、
当然のように英語名をつけたのだろう。

地球温暖化が始まる前の日本でも、
竜巻はあり、それが「龍」に見えたのだろう。
が、地域の家々をごっそりさらっていくほど大きなものはなかった。
平地が広いアメリカのスケールとは違う。
そのせいか、「竜巻」関連の学術用語は、英語中心になる。
雨用語があんなにも多い日本にも、
さすがに「ゲリラ豪雨」というコトバはなかった。
遠からず、
「竜巻」を「トルネード」と言い換える日が来るかもしれない。
野茂投手の復活である。
そして、「夜の初めころ」は「アーリー イブニング」に
言い換えられるかもしれない。

と、そこで気がつく。
「宵」を「夜の初めころ」という具合に、
和語ふうに訳したことは、評価すべきかもしれない。
英語や漢語にしなかっただけでもほめてあげるべきで、
主犯者としてしょっぴくなんて、とんでもない。

「宵」を漢語風に「初夜」と訳していたら、
困ったことになっていただろう。
天気予報で「初夜におしめりがあるでしょう」
などとやったら、放送禁止予報になっていたことだろう。

by rocky-road | 2013-09-04 21:30