語るように書く。
昭和47年に出版した2冊の本が
ようやく手に入った。
『長寿村ニッポン紀行』(近藤正二著)
『食べ物とコレステロール』(五島雄一郎著)
ともに女子栄養大学出版部刊で、
私が手がけた本である。
「栄大ブックス」とネーミングした。
岩波新書にならって、それの食・健康版を
作ろうと企画・提案して生まれたシリーズである。
全部で20点くらいは出しただろうか。
そのトップを切ったのが上の2点であった。
どちらもインタビュー取材をして
それを編集部(私)がまとめる、という方法をとった。
内容は著者の論述であり、思想である。
が、自分がまとめた本だけに、
副・副・副筆者という気分も少しはあって、
思い入れがあった。
当時(36歳)、どんな仕事をしていたか、
どんな文章を書いていたかを知りたくもあった。
発行日を見ると、どちらも昭和47年6月となっている。
当時のことは思い出せないが、
シリーズのトップバッターとして、
まず2冊を出したい。
それには筆者に依頼してから
1年も2年も待っている時間はなかった。
そこで、著者に会って、直接インタビューをしよう、
と考えたのだと思う。
当時、東北大学の名誉教授であられた
近藤正二先生は、衛生学者でフィールドワーク専門の人。
執筆をお願いするのはムリと思った。
五島雄一郎先生は慶応大学医学部助教授。
多忙であったため、
インタビューでないと受けられない、といわれた。
まだコレステロールについて理解の浅い人が多く、
現に、内部の営業課からも、
「コレステロールなんて知らない人が多いから
売れないと思う」といわれた。
関連書を調べたところ、超カタイ専門書が1~2冊。
しかもそれらは「コレステリン」と表記していた。
営業課を説得するために、
3択選びの調査票を作って、警備員とかボイラーマンとかの
予備知識のなさそうな人の認知度を調べた。
いま考えると、多分に誘導的な質問であった。
ちょっとセコイ調査によって、
これなら売れるかも、と営業に思わせて、企画を通した。
が、コレステロールブームは、このあとにやってきた。
『長寿村ニッポン紀行』は、
仙台の東北大学医学部にある先生の研究室に
2日間押しかけて、朝から夕方まで、
インタビューを続けた。
初日の段階で、ホテルに帰って寝ようとすると
先生の残像がシルエットとなって浮かんだ。
約7時間、じっと先生を見つめていたのだから、
そういうことも起こるだろう。
近藤先生の研究は、長寿と食物との関係、
「長寿村」では野菜のとり方がよく、
「短命村」では米を多食し、野菜のとり方が少ないという、
いかにもシンプルな結論だった。
今日の視点からいうと、
そもそも「長寿村」と「短命村」の区分が
ややラフであったり(人口に占める70歳以上の割合)、
食事内容の把握が短期間すぎだり、
献立の記述法や精度に不足があったり、
ライフスタイルに関する調査が少なかったりと、
いろいろと不備があったことを認めざるを得ない。
とはいえ、昭和初期の、日本各地域の食生活の一端は観察されていて、
資料価値はある。
また、貧しい弁当持参の学童(当時はみんな貧しい)に対して、
別に魚を食べさせたクラス、大豆製品を与えたクラス、
なにも与えなかったクラスとの違いが身長に現われた、
というような、今日では問題になるような研究も紹介されている。
こうした内容を、いま改めて振り返ってみたいと思ったが、
ネットで探してみても、その本は入手できなくなっていた。
40年前の本だから、やむを得ないだろう。
「自分の作った本を持っていないの?」といわれそうだが、
自分の手がけた数百種の書物や雑誌を
個人が保管するなんていうことはとてもできない。
そこで、元編集長に
「見つけられないだろうか」と
お願いしておいたのだが、ずいぶん時間がかかったが、
ついに保管している人を見つけてくれて、提供を受けたとのこと。
あれやこれやで、いまは5冊の「栄大ブックス」がそろった。
うち3冊は、学生時代に購入した人からお借りしたもの。
これもまた価値のあるルートである。
自分の作った本を、当時読者だった人から提供してもらう、
幸運を深く深く感ずる。
自分では、ノスタルジーによる興味ではなく、
栄養・健康史の再評価の機会であり、
編集力の自己診断の機会であると思っているが、
他人にとっては、動機にさほどの違いがあるとは思えないだろう。
話が少し変わるが、
この夏は、
半藤一利氏の『日本型リーダーはなぜ失敗をするのか』
(文春新書)をシビレながら読んだが、
内容に加えて、その談話調の文章にも感服した。
「『彼はその頭に、こんこんとして湧いて尽きざる天才の
泉というものもっていたのです』といっています。
ま、秋山のことは、いまはあまりにも有名になったので
語る元気が出ません」
語りそのものの文体である。
しゃべるように書くとは、こういうことなのかな、
などと思いながら読んでいたら、
「あとがき」に、「ふたりの美人に心から
『ありがとう』とお礼を申しあげる」とあった。
この本も、口述筆記だったのである。
『長寿村ニッポン紀行』では、
お相手が衛生学の名誉教授だから、
半藤さんのような軽妙なタッチの文章にはできなかった。
しかし、末尾には「私の半生・私の健康」という
インタビュー記事を約50ページ載せた。
「これまでお話したように、発育期に動物性タンパク質が
不足すると、身長の発育が妨げられて、小さい体格になりますが、
よく調べてみると、胴よりも足のほうがよけいに被害を受けるのです」
甲乙論、勝敗論はともかくとして、
インタビュー記事の比較論を楽しむことのできた、
快い夏になった。
by rocky-road | 2013-08-17 00:39