コミュニケーション障害の治療法。

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「為せば成る」とはいうけれど、
まったくそのとおり、と実感したのは
7月27日の、ロッコム文章・編集塾、遠距離クラスでのこと。
(横浜/神奈川県文化体育館)

その話に入る前に、「為せば成る……」について補足。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の
為さぬなりけり」は、江戸後期、米沢藩主、上杉鷹山(ようざん)
によるという。(広辞苑)
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さて、ことし1月の遠距離クラスの宿題で、
「『いま、私だけが気がついていること』をテーマに、
一文を書きなさい。タイトルをつけてください」と課題したところ、
1人を除いてあとの人は惨敗だったとことは、
このブログの5月のページに書いたことがある。
しかし、全員が再挑戦することを希望したので、
再度課題してみた。

その結果、驚くことに、ほぼ全員が満足のゆく回答をした。
いくつかを要約してあげておこう。
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*「リスク回避は問題解決にならない事」
 給食で出したプラムのタネをのどに詰まらせて
 亡くなったという不幸な事故があったが、
 そのたびに〝危険な〟食品を避けていったら
 魚は骨のないもの、野菜や肉は細かく切ったものを、
 いや、流動食しか出せなくなるだろう。
 (中国の格言にいう。
 「角(つの)を矯(た)めて牛を殺す」 大橋)
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*「少数派からの脱脚?!」
 足のサイズが大きい女性が増えているが、
 その理由として、体格の向上、
 運動する女性の増加などがあるが、
 靴やその他の履き物などを供給者側は、
 この現状について、
 充分な対策をしていないのではないか。
 (タイトルがおもしろい)
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*「行方はいずこ」
 ペットボトルや、職場では「給茶機」が普及したことによって、
 生活の場から「急須」(きゅうす)というものが消えつつある。
 急須は、コミュニケーションを支える生活器具でもあり、
 それは「お茶コミュニケーション」の機会が減ることを意味する。
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*「男女の平均寿命の差は昼食にも……」
 男女の平均寿命の差の一因として、
 食事の仕方に着目する必要があるかもしれない。
 職場での食事時間や食事代に男女差はないが、
 男性は、より安い昼食を選んだり、
 立ち食いをしたりするなど、
 要するに食コミュニケーションを楽しむ習慣が弱い、
 そこにも問題がありはしないか。
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*「声に癒しの効果」
 カーナビの音声は女性であるのが普通だが、
 車を運転しない男性が増えている今日、
 女性ドライバーを対象として、
 男性のナビゲーションがあってもよいのではないか。
 〝地図の読めない〟女性ドライバーには、
 包容力のある男性の音声案内へのニーズがあるはず。
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などなどである。
「私だけが気がついていること」という、
この課題を繰り返すのは、
文章というものは、単に国語を綴るだけではなく、
森羅万象の中からアイディアを生み出す道具だと考えるからである。
どんな分野にしろ、プロであることを続けるには、
アイディアは不可欠である。

アイディアのないプロは、
プロであり続けにくい。
2流か3流のプロに甘んじて、
〝プロふう〟に生きてゆくことになるのだろう。
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日々の生活には、多くの記事につけられる「小見出し」はない。
しかしプロとしては、
自分の生活圏でどういうことが起こっているかを
洞察しなければ変化に対応できない。
日々の生活にも小見出しをつけるくらいの客観性が求められる。

そういう能力を自分の中に開発してほしいので、
あえて同じ課題をしたしだいである。
その経験、その能力は不可逆的である。
まぐれではこの着眼、この論述はできない。
だから逆戻りすることなく、自分のスキルとして定着する。
もちろん、これにもレベルの高低はあるから、
一生スキルアップの必要はあろう。

うれしいのは、再課題をしたことへの
感謝のコトバがあったこと。
これは、新人選手がコーチに千本ノックを頼むような図である。
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話は変わるが、
もう1つ、「やればできる」ということがあった。
日本テレビの午後の「情報ライブ」と称する番組、
司会者が明らかに「いわゆる病」にかかっていたので、
そのことを番組宛に指摘した。
前2回は電話だったので、
今度はファクスにしてみた。

「司会・進行のキャスターの『いわゆる』の連発には
病理的な関心があります。『いわゆる6人』『いわゆる21歳』
『いわゆる大統領』……(全熟語につけたいらしい)
 電波媒体関係者にはこの『いわゆる病』が多いように思います。
悪影響という点では1つの犯罪事件よりも問題が多いのではないでしょうか。
国語の誤用、セルフコントロールの不全……
こういう言語能力の低い人しか司会者はいないのですか。
これをノーチェックで放置するスタッフの鈍感。
一度、この病理を番組でとりあげてはいかがですか」
(2013.7.13)
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投書後の番組を見たら、なんと「いわゆる」がゼロ(?!)。
まさかと疑って、しばらく見続けているが、
激減した。いままで20回以上、30回くらいは
ふつうだったのが、1~2回のレベルへと急降下。

どうやら「病理」ではなく、
セルフコントロールの不全であったようだ。
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こういうタイプは、簡単に言えばお調子者なのだが、
言語心理学的、またはヘルスコミュニケーション論的に分析すれば、
内気や話しべた、ボキャ貧、平凡なことしかいえない、
話題の展開が苦手など、いくつかの潜在的性向があるため、
「いわゆる」という文語的表現、
要約力を示すコトバを多用して虚勢を張りたいのである。

それについてだれも注意しないと、
ブレーキが利かなくなる。
セルフコントロールが利かなくなるのは、
本人の思い上がりや、エラくなって(?)
周囲に注意する人がいなくなるためである。
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アナウンサーは「読む人」であって「語る人」ではない。
そこで、少し話せる人が現われると、
司会者とかキャスターとかに抜擢される。
それはよいが、話す内容の仕込みをしっかりやらないと、
空虚なおしゃべりになり下がる。

話す内容は、話す・聞くことからだけでは仕込めない。
これに「読むこと」「書くこと」が加わると
話す内容が濃くなる。
謙虚にもなり、用心深くもなる。
書物の情報の質と量は万年、数百万年分にもなるし、
宇宙規模にも広がる。
それが人の重しとなって、その人に思慮をもたらす。
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「いわゆる」つながりの偶然だが、
前回、参院選の翌日、
「感動がない選挙だった」と決めつけたM・毅郎という
ラジオ番組のキャスターも、
NHKをやめて独立したあと、
かなり長いあいだ、「言ってみれば」を連発していた。
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「言ってみれば」は、「いわゆる」の口語版と見てよいが、
言語感覚からいうと、なんともだらしのない言いようである。
彼が連発していたのは30年くらい前だと思うが、
先日、ラジオでしゃべっているのを耳にして、
まだ「言ってみれば」が少し出てくるのに驚いた。

ますますエラくなったのだろうが、
軽薄というのは罹ったり治ったりするものではないから、
彼の場合は100歳になっても、
「言ってみれば」とやっているだろう。
軽薄は死んでも治らない。
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だとすると、日テレの「いわゆる」君の場合も、
もうしばらく予後を看ないといけないかもしれない。
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ロッコム文章・編集塾塾生の表現能力は安定的だが、
放送業界の著名コメンテーターの表現能力は不安定である。
アナウンサーのための文章教室も、
必要になってきたように思う。
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それは国語や表現力の問題という以前に、
「ヘルスコミュニケーション論」の問題である。
「ヘルスコミュニケーション論」とは、
言語行動の面から健康度をあげる理論である(大橋提案の範囲で)。

摂食障害も不登校も、うつ病も、ネット依存症も、
まさしくコミュニケーション障害である要素が大きい
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by rocky-road | 2013-08-03 00:05  

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