器に盛るライフスタイル

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「食と器に出会うカメラ旅」(長崎 ハウステンボス/佐賀県有田)
にお招きいただいて、2泊3日の旅をした。
おもに写真についてのレクチャーと、
器についてのコメントをさせていただいた。
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写真については、初めて参加する人も含めて、
初級レベルは越えつつある、というのが実感だ。
「何を撮るか」「どう撮るか」は、
技術レベルとは関係なく、つねに1セットで問われる問題である。
「どちらが先か」という問題ではない。
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パルマローザや食コーチング関係が主催する撮影会に
参加される人々についていえば、
食シーンや人、旅に関しては、一定のレベルまで達している。
参加者はいつも同じではないが、参加するに当たっては準備性が高まっているので、
手取り足取りの指導ではなくても、「なるほど」というレベルに達する。
経験者の撮り方、構え方を参考にするのだろう。
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今後は、少し被写体選びや撮り方の技術のレベルアップを考える必要を感じた。
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上記が主催する旅では、「夜通しトーク」が定番化しているが、
(……定番化している中/NHK)
今回は、有田の陶器の老舗、「深川製磁」を訪ねる前夜、
ミニ「食ジム」を開くことになった。
テーマは「私にとっての食器」。
それぞれの発言はほかに譲るとして、
そこで私が述べたことを補足しつつ、まとめておきたい。
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食器は、一義的には食事をとるための一連の器具である。
しかしそこは人間、これらをデザインし、鑑賞物としても楽しむ道も見つけた。
それが美術工芸品や芸術作品である。
日々の食事にかかわるものを「実用」とし、
その他を鑑賞品とすることがなんとなく決まった。それに不都合はないが、
「鑑賞物」を、「実用」から簡単に分けてしまう考え方には、小さな穴もある。
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日々、鑑賞するための食器もまた、人の心を和ませるという点で、充分に「実用」で
ある。
とすると、おじいちゃんが使っていた茶碗、おばあちゃんが使っていた箸なども、
思い出を盛ったり、懐かしさを挟んだりする点で「実用」である。
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食事が生命維持や栄養補給のためだけでなく、
愛情や情報をも伝えるように、
衣服が自然や人目から身を守るだけでなく、
季節や喪に服する心を伝えるように、
食器も、食を盛ったり運んだりするためだけのものではなく、
いろいろの情報を伝えるメディアであり、
コミュニケーションを活性化する記号でもある。
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どこの窯で焼かれたか、陶芸家はだれか、
人間工学的なデザインとしてはどうか、骨董品としての価値は?
そういう食器論以外にも、
その食器を、どういう料理、どういう人に、
いつ、どういうタイミングで使うか、という
コミュニケーション論的食器論も、
楽しいのではないか。
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食器は、料理や食事を盛るだけでなく、
その人のライフスタイル、家族をはじめ、
交際のある人たちへのメッセージ、
そして結局、自分の人生の一部を盛りつけるものなのである。
だって、いわゆる「実用」だけでも、
一生うちに9万8千回も使うものだもの。
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今回、親の食器とのかかわりが、
少なからず子に影響を与えている例のあることが
みなさんの発言からわかった。
メッセージは時代を超えるのである。
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by rocky-road | 2013-04-24 00:09  

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