「健康」は、こんなにも見えるもの。

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知人のドクターが、在宅で死ぬことの意味を説いた本を上梓した。
『風になった医師』《在宅で死ぬということ/在宅医師のカルテから》
(田村 学著 (株)MZSブレーン発行)
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田村医師は、大学勤務やアメリカの大学病院での勤務を経て、
今年の7月に自営の「おおさか往診クリニック」を開設した。
ここは「自宅で死にたい」と願う人の終末ケアを中心とする医院である。
著書は、医療関係者や、自宅での死を考える人を対象としている。

そのポイントは、病院での死は、患者数が多いこともあって、
一種のベルトコンベア的な対応になってゆく。
患者1人1人に向き合っているヒマはなく、
検査データ中心に治療が進められる。
これを「EBM」(Evidence Based Medicine)と呼ぶという。
(データ至上主義とでもいうか)
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これに対して、心理学者の河合隼夫氏(はやお)が提唱した
NBM(Narrative Based Medicine)は、
その人の生き様(物語)に沿った、
言い換えれば患者と向き合う医療という概念である。
(ライフスタイル尊重主義とするか)
昔からいわれている、「病気を診て、病人を見ない」医療に対する
アンチテーゼである。
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田村医師のスタンスは、
もちろんNBM型アプローチ。
患者と向き合い、その人が発するコトバを聞き取り、
患者の家族や医師、その他の、周囲の人からは温かく見守られて、
穏やかにこの世を去った人たちの事例を紹介している。

医療の世界のこうした潮流は、
かなり前から起こっているが、「言うは易し行なうは難し」で、
それを実行できる人は多くはない。
人の話をていねいに聞くというスタンスは、
小手先のスキルでカバーできるものではないからである。
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NBMを思想とし、理念として自分のものにするには
それ相当の時間がかかるものだが、
ようやく医療界にも、それが浸透してきたように思う。
もっとも、それは医師によるワンサイドゲームではなく、
患者自身も、自分の物語をつくる(意味を考え、総括する)能力を獲得する必要がある。

このあたりから、健康支援者にも出番が回ってくる。
「自分の物語をつくる」のも、口でいうほど容易ではない。
それを食や健康の面からサポートするのが栄養士であり、
健康支援者ではないかと思う。
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社会通念として、国民の多くは、
依然として「早期発見・早期治療」に軸足を置いている。
「ここ何年も病気をしたことがない」
「スポーツ万能のタフ人間」
そういう過信は禁物……それが常識になった。
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それは誤りではないが、
医学的データだけが健康状態を把握する方法ではない。
「健康」や「幸福」は目に見えない抽象概念ではあるが、
それをカタチとしてとらえようとしている人は、すでに存在する。
手相を見る人は、手の形や平の筋によって健康度を言い当てたり、
幸福度や、これからの運命までをも予測したりする。
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幸福をカタチにするのは宗教関係者だろう。
主観的な「不運」や「不幸」を神との関係で見直し、
「でも、まだできることがたくさんある」という見直しによって、
感謝の気持ちを人や社会への貢献というカタチにして示す。
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健康支援者は「健康が大事」といいながらも、
どういう状態が健康な状態なのか、
そのあたりのイメージが確かではない。
それは、山岳ガイドやマラソンのペースメーカーが、
山頂がどこか、ゴールがどこかがわからずに
ただただ、やみくもに対象者をサポートするのと同じで、
サポートを受ける人にしてみれば、
スタミナのペース配分ができるものではない。
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栄養士も、検査データ主義の影響を少ならず受け、
医師に従属する形で仕事をしてきたが、
病人であれ健康人であれ、社会生活を送っている限り、
その支援の主体は、健康支援者であり、栄養士である。
その人たちに問われるのは、健康とは何か、について、
しっかり認識し、それを支援する意味を思想として確保しなければならない。
意外にも、この分野は、そう先には進んでいない。

健康は、医学データ以外にも、確かめることはできる。
いかに視覚的に確認できるものなのか、それを示してみたいと、
かねがね考えてきた。
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2013年1月6日(日)に、
パルマローザのセミナーの講師に招かれたので、
ここ数年、ずっと考えていた、目に見える「健康のカタチ」を
示してみたいと思っている。
「感じ方の健康」「考え方の健康」「表情の健康」
「態度の健康」「動作の健康」「コトバづかいの健康」
「情報のとり方の健康」「情報発信の健康」
「人づき合いの健康」「生き方の健康」などなど、
医学テータ以外にも、健康がこんなにも目に見えるものなのかを
知っていただく機会になると思って、
その準備に入ったところである。

パルマローザサークル恒例となりました、
大橋 禄郎先生
による新春セミナーは、2013年1月6日に開催します。 
■テーマ「健康をカタチにする」ための21のアクションポイント」。
  
ご参加ご希望の方はpalmarosa@yours.biglobe.ne.jp 影山なお子
ご連絡ください。折り返しこちらからご連絡させていただきます。
開催場所神奈川近代文学館 中会議室
 (港の見える丘公園の奥にある建物です。
■最寄駅:みなとみらい線の最終駅・「元町中華街駅」から徒歩15分) 
 みなさまのご参加をお待ちしています。 パルマローザ主宰 影山なお子

by rocky-road | 2012-12-14 15:39  

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