「愚公移山」(ぐこういざん)の精神。

小学校で使う「作文」というコトバ、
文字どおりの意味は「文を作る」ことだが、
小学生には、文章を書くことはすべて
「作文」であると思わせてしまうという
困った側面がある。

社会には「作文」というジャンルはない。
大人が文章を書くときには、それは仕事文であるか、
報告書であるか、解説文であるか、エッセイであるか、
論文であるか、小説であるか、
そして小説にも、私小説であるか、時代小説であるか、
純文学であるか、中間小説であるか、
書き出す前に、そのカテゴリーを把握しておくことが求められる。
ざっと数えただけでも、そのジャンルは数百に及ぶ。

その文章のジャンルによって、形式はもちろん、
用字用語も文体も変わってくる。
そのことを、子どものうちから
ある程度は知らせておく必要がある。
「作文」というコトバは、そうしたカテゴライズ感覚を
鈍らせる要素がある。

実際、大人の書く文章でも、
自分の文章の目的がわからなくなっている例に出くわす。
ある社会現象の要因を分析せよ、という課題に対して、
自己反省や対策のほうに軸足を置いてしまったり、
コトバを定義せよという課題に対して、
「……ことには気をつけましょう」という
お説教になってしまったりする。

わがロッコム文章・編集塾の遠距離クラスで、
「任意に四文字熟語を5つ選び、それを組み込んだ
まとまりのある文章を書きなさい」(600字以内)
という課題をしておいて、過日の授業で発表してもらった。
(10月27日、横浜市技能文化会館)
これが、全員、なかなかの仕上がりであった。
この課題のむずかしいところは、
四文字熟語の意味を正しく理解している必要があること、
それを適度に振り分けるだけではなく、
600字の文章に一貫性のある内容があること、
そしてもちろん、その内容に一貫性があること、である。

四文字熟語を5語使うことは必要だが、
文章のカテゴリー、内容は自由。
こういうのを、久々の「作文」といってよいのかもしれない。
この宿題は毎月のクラスにも課題したことがあるが、
遠距離クラスでは、そろってできがよい。
2つほど紹介しておこう。
―――――――――――――――――――――――――――

「心のドアをノックする趣味」 野村 玲子
今年も残すところあと2か月である。
ふり返ると、趣味といえるものが2つ増えていた。
1つは、農大主催の「香りの科学と美学」という講座に通い、
香りをつくりだす楽しさを知ったこと。
自分で、ある果物の香りをイメージし、40種類あまりの瓶を
無我夢中でかぎ、1つ1つ紙に書きだす。
その中から5種類を選び、調合し、調整するという作業が
何とも面白い。終わる頃には、脳がぐったりしている。
それでも受講者の半数以上は、継続して通っているらしく、
皆、意気揚々としている。1滴でまったく別物になって
しまうところが、仕事とも共通していて面白い。
もう1つは、数年ぶりにコンサートに行き、
「ポップオペラ」というジャンルを知ったこと。
歌声と、すっと入ってくる歌詞に、涙と感動で心が浄化され、
心機一転、次へふみ出す後押しをしてもらった。
この音楽との出逢いは、自分が変わる千載一遇のチャンスであると、
CDを聴き、歌詞を見て改めてそう思う。
しかし、香りとは、記憶の貯蔵庫である「海馬」のある
大脳辺縁系に直接届くので、その香りにまつわるいいことも
悪いことも、すべて思い出してしまうという。
音楽も、その曲を聴くと、その時代背景とリンクする。
記憶を呼びさますものが趣味になってしまったということは、
一長一短のある趣味といえるかもしれない。
いや、この世のどんなことにも、一長一短があるということか。
―――――――――――――――――――――――――――――

「スポーツの秋に思うこと。」 山同 紀子
ランニング、テニス、山登りなど、体を動かすことが
私の生活の一部になったのは、あるソフトボールチームとの
出会いがきっかけだ。専業主婦として平々凡々に過ごしていたころ、
団地のママさんソフトボールチームに誘われた。
半分押し切られて入ったものの、まさに合縁奇縁。
チームに入ってからは汗を流す爽快感、できなかったことができる喜び、
仲間との連帯感に魅了され、無我夢中でソフトボールに打ち込んだ。
試合の流れに一喜一憂し、負けると意気消沈。
もちろん勝てば勝ったで意気揚々と祝杯をあげた。
最近では生活習慣病予防やダイエットだけではなく、
寝たきり予防やこころの健康にも運動がすすめられている。
老若男女問わず、運動する人が増え、
スポーツファッションの素材も改良され、デザインもいい。
スポーツジムではコーチングを学んだインストラクターが
モチベーションを高めてくれる。
昔のように汗や根性が運動の象徴ではなくなった。
まさにスポーツの世界も日進月歩。
病気になって病院にお金を払うよりはスポーツに
お金を使うことは大賛成。しかし、まわりを見ると、
運動をやりすぎてけがや故障をする人も意外に多い。
それでは本末転倒。より効果的に運動効果を上げ、
人生を楽しむには、ときには、専門家のアドバイスに
耳を傾け、用意周到に継続することを心がけたい。
――――――――――――――――――――――――

こうした課題をすると、
四文字熟語を使うほうに気をとられ、
文章がぎこちなくなる場合が少なくない。
その点、このクラスでは、
大半の人が、熟語の用法にムリがなく、
文章のテーマ、構成にも著しい不備はなかった。
ここにあげたのは、その一部である。

それにしても、四文字熟語のなんと豊富なこと。
世の中の諸現象は、これらのコトバによって
おおよそ解釈できる。

コトバは、摂取した糖質の代謝にかかわる
インスリンのように、
自分のまわりの諸現象をしっかりとらえ、
代謝してゆく。
四文字熟語を多く持つことで、
知的健康度は明らかに高くなる。

昨今、中国の覇権主義傾向に
近隣諸国は頭を悩ますが、
あれだけの四文字熟語を作った国、
森羅万象を4文字でまとめる言語能力、
深慮遠謀の思考力を考えると、
われわれも、切歯扼腕するばかりではなく、
千思万考し、ときに熟慮断行する対処が必要だろう。

*タイトルの「愚公移山」の解釈を。
怠らず、努力すれば、どんな事業でも成功する、
というたとえ。

昔、愚公という老人が、家の前の山が邪魔だと思い、
子々孫々に至るまで、山をけずって平地にせよと命じた。
その根性に感心した神様が、山を取り除いてやった、
という故事による。

by rocky-road | 2012-10-30 23:35