心貧しい人の貧乏ゆすり

タイミングというのはおもしろいもので、
パルマローザブラッシュアップセミナーで
「栄養記事・健康記事の正しい読み方」という
タイトルで、健康支援者に向けてお話をした翌日、
文例の1つにあげた書物の広告が新聞に載った。
それに加えて、正午に始まる「笑っていいとも」にも
著者が登場し、書物には書かれてはいない、
いっそうおバカな発言をしてくれた。
書物に書いたことは背伸びした理論などではなく、
天下御免の素地。無知・浅学であることを自らが証明してくれた。

人さまの無知や無教養を責めるのは
あまり品のよいことではないが、
相手は国家資格を持つ医師であることを考えると、
そして、被害者が出る可能性を考えると、
配慮や遠慮は無用のように思う。

テレビでの、その医師の発言に従うと、
スポーツをしなくても、貧乏ゆすりをすれば
同等の効果が得られるといい、
食事は1日1食の食事を続けることで
20歳若く見えるようになるといい、
動物性食品は丸ごと食べることで
栄養効果が高くなるといい、
牛や豚の部位だけをとることは
サプリメントと同じだという。

本人は56歳だそうだが、テレビで見る限り年相応、
とても56歳-20歳=36歳には見えない。
それ以前の問題として、なぜか健康的な表情ではない。
この弱々しさで、というより病弱さを思わせる風貌で、
よくも「若く見える」ことを売りにするものだと思う。

テレビでは、
私がテキストにした本(空腹が人を健康にする)に
載っていなかった1日1食のメニューが
ほかの自著からの引用ということで映し出された。

ご飯は小さな茶わん1杯、目刺しが3尾、
ふろふき大根1切れ、ほかに副菜2皿。
修行僧の献立のようにも見えるその1食のエネルギーは、
先日のセミナーでも、栄養士さんが推定したように、
多めに見積もっても800~600Kcal、
これで1日をまかなえという。


食後はすぐ寝るのがいいというが、
朝・昼食を食べず、夕食でようやく800kcal以下の
食事にありつくのだから、
爬虫類のように、じっとしているしかないだろう。

6月4日の新聞広告には、
読者からの「感動・感謝のお便り」が紹介されている。
「食べないとダメという固定観念が吹っ飛んだ」
「今の私に合うダイエットだと思いました。
本気で、食の大切さなどが勉強になり、
自分の体と向き合う機会にさせる本だと思います」
「出会えてよかった! よくぞ出版してくれた!」

早くも被害が出始めているように読める。
広告には「55万部突破」とあるから、
それなりの存在意義はあるのだろう。
800kcalの食事のリバウンドが起こるのは
もう少し先だろうから、当分のあいだは
肯定的な話題にはなるだろう。
医師による多くの健康本に共通しているのは、
栄養学への著しい理解不足である。
それは「栄養計算は面倒」と言い切る姿勢によく出ている。
病院での重篤な患者への治療食ならともかく、
日々のウエートコントローを心がける人が、
毎日「栄養計算」なんかしているだろうか。
そんなことをしなくても、
食事の質と量とをコントロールする方法はある。

そういう実際を知らず、27年前に旧厚生省が提唱し、
2000年に撤回した「1日30食品」という指標を持ち出して、
栄養的なコントロールがむずかしいとか、
栄養計算が面倒だとかいう。

1日1食主義の医師は、
かつては身長160センチ台(目測)で体重80キロにまで
太ったと告白している。そして強度の便秘、それに伴う不整脈。
そういう身体コントロール歴を聞くと、
この人物は、もともと自分のからだを見つめる眼力が弱いと思える。
ようやく目覚めて、いまはセルフコントロールを
10年間ほど続けているとのこと。
自分の治療食を普遍的な食事法として人にすすめているらしい。
「栄養計算は面倒」を強調している「栄養学オンチ」だから、
性別・年齢別栄養所要量の存在など眼中にはない。

遠からず、リバウンド障害を起こす人が多発するだろうが、
それ以前に、栄養失調、エネルギー不足も
一定の比率で起こるはず。
こうなると、医師としての責任が問われることになるだろう。
とはいえ、こういう珍説医師、暴言学者は、
何年に数人という頻度で現れることを、
健康支援者としては想定しておいたほうがいい。

もう50年も前になるが、
「日本人は白米を食べているとバカになる」と
自著で主張した大脳生理学者がいたし、
ある著名な栄養学者は、赤軍派がいろいろの破壊活動ののち、
警察に追われ、その途中で仲間内のリンチ殺人が起こったとき、
「カルシウム不足が原因の1つ」などといった。
さらに、環境汚染が進む日本を嘆き、
「41歳寿命説」を唱えた食生態学者がいた。
かれらはれっきとした知識人として活躍した人たちだが、
かれらの説は、その後の現実によって否定された。
素人の常識のほうが正しかったことになる。
(白米食をやめた人はいなかったし?
日本人の寿命は延び続けた)

なぜ、こういうおかしな言論が現われるのか。
いくつかの推測ができる。
1.自分の専門性に対する過信。
この道では自分こそ第一人者との自負が、
論理的な地盤固めに手抜きを起こさせる。
2.持って生まれた軽薄タイプ、早とちり、目立ちたがりタイプ。

3.人間知らず。
動物学的、心理学的、精神医学的、
社会学的な考察ができず、
結果としてスッピン状態の自説を人に押しつける。
そこには自戒や自制、警戒心もない。
浅学菲才、無知とは、そういう人をいう。
(1日1食説についていえば、
1日800kcal程度で普通の生活ができる人が
どれくらいいるのか、考えた形跡がない)
4.医師は、問診ではなく、
薬中心で治療するようになり、
製薬会社にオンブにダッコ状態。
自発的なモチベーションが低下気味で、
治療よりも、予防に熱意を感じるようになった。
アンチエージングは、その典型。
珍妙な学会が次々に生まれることだろう。

この部分で栄養士と一部がバッティングすることになるが、
栄養学に目覚めた医師は、
かつての栄養士がそうであったように、
栄養素過信のフードファディズムに感染中。
免疫がないうえに、健康についても第一人者という、
根拠のない自尊心を土台にして、
二流以上の栄養士には恥ずかしくて書けないような
論述を繰り返している、ということだろう。

心ある栄養士よ、
あなたがサービスすべきクライアントには、
医師も含まれるようになったことをお忘れなく。
それは下剋上ではなく、自分の専門を大事にするための
アクションにほかならない。
栄養士は、栄養素士からとっくの昔に進化して、
ライフスタイル、ライフデザインをもサポートする
プロフェッショナルになっていることを、
医師に直接話をするか、
しっかりとした本を書くかして、
教えてあげることはできないだろうか。
by rocky-road | 2012-06-07 01:12