40年前の本、40年後の本
意外にも、昔、自分が企画した新書判シリーズに
出会う機会があった。
奥付には、初版発行・昭和47年(1972年)とあるから、
40年前のことになる。
『食物のぎもん』(食品常識のウラ・オモテ)と、
『続 食物のぎもん』(「こつ」のア・ラ・カルト)
この2冊をパルマローザの会員であり、
当塾の塾生でもある人が、その昔に入手して、
それをずっと所持していてくれたという。
私は、女子栄養大学出版部に昭和41年4月に入り、
書籍編集課で校正係として仕事を始めた。
が、1年後には係長になり、
課の運営に関与するようになった。
以後、課の運営や企画の仕事が増えることになる。
とたんに校正マンとしての腕は落ちた。
企画の仕事と、校正の仕事とは両立しにくいことを実感した。
新書判の「栄大ブックス」は、
食や健康に関する〝岩波新書〟を作ろうと、
私が企画し、以後、数十冊を刊行した。
『気になる胃』 『食べ物とコレステロール』
『食べてやせる』 『歩く健康法』 『うす味 食事相談』
『ストレス解消法』 『長寿村ニッポン紀行』
『10代の からだのぎもん』
『食べ物とコレステロール』や
『食べてやせる』はヒットした。
コレステロールは、
当時は「コレステリン」などとも呼ばれており、
まだ認知度は低くかったので、
営業課からは、「そんな本は売れない」と反対された。
が、結果は30万部を超えるヒットとなった。
『食物のぎもん』は、『栄養と料理』に載った
読者からの問い合わせと回答とを中心に構成した。
「牛乳とみかんの食べ合わせはよくない?」
「ゆで卵の殻はどうするとむきやすい?」
「なまで食べる肉の条件は?」
「白身魚と赤身魚の栄養比較」など、
265項目を収めてある。
執筆をお願いしたのは、専門家35人。
この本もヒットし、改訂版を出し、続編も出し、
さらに約20年後、ある出版社に版権を売った。
これらの本は、いま手元には1冊もない。
自分の関わった本くらい、手元に置くべきだが、
各1冊ずつとはいえ、25年間にかかわった出版物の
すべてを手元に置くというわけにはいかない。
それにしても、その一部でも、
手元に置くべきだったとは思う。
まだ「断捨離」などというコトバは知らなかったが、
捨て急いだことを後悔している。
先日、『長寿村ニッポン紀行』をインターネットで検索してみたが、
すでにネット上からも消えていた。
編集員時代は、編集部を自分の城のように思っていたから、
いろいろの資料は、そこに行けばいつでも見られる、と考えた。
しかし20年も過ぎると「ただの部外者」となり、
自分が保管したり整理したりした雑誌や書籍、
写真やイラスト、各種資料のある資料室に入るには、
面倒な手続きを要するようになり、
とても自分の書庫の分所というわけにはいかなくなった。
ともあれ、40年前にどんな仕事をしていたのか、
振り返ることには興味がある。
時代によって考え方や技法がどう違ってくるのか、
それを検証することができる。
卵のゆで方の項を見ると、
食品学の先生だと思うが、
新たに実験をして、その結果を報告している。
古い卵と新しい卵とのゆで結果の違い、
ゆであがりを水につけたのと、
そのままに置くのとでは、
殻の剥け具合がどう違うかなど。
これなどは、情報が一部少し古くなっていて、
いま私は、事前に丸みのあるほう(気室側)に
ヒビを入れてから、ゆでるようにしている。
テレビで卵の加工業者が行なっている方法を見て以来、
それを見習っているのだが、
こうすると片手でもツルっと剥ける。
(「尖っているほう」「丸いほう」という言い方、
そのボキャ貧の現実は悲しい!!)
卵の殻の剥き方など、
いまは、インターネットで簡単に調べられるが、
当たってみたら、ガス会社のホームページの内容が、
意外に古いのにがっかりした。
情報は年ごとに新しくなる、というのは、
一種の固定観念で、現実は、そうは問屋が卸さない。
さて、昔、自分がかかわった仕事を振り返ることの
もう1つの意義は、30歳代、40歳代とは、
どういう年代なのか、それを現在の塾生の方向性と
合わせて考えるときのヒントとなることにある。
自分のその年代にしたことを
人に押しつけるほどヤボではないが、
自分の行き方を考えていない人、
なかなか発火しない人を刺激するときには、
材料の1つになる。
ところで、
自分の作った本の風化程度をチェックした直後に、
〝いまどき〟の健康本の何冊かに目を通している。
これらの本の5年後を考えれば、
それは間違いなく消えている。
「空腹は人を健康にする」とか、
「自分の好きなものだけを食べれば
病気は治る・防げる」とかの書名を見れば、
5秒もあれば、その行く末は予想できる。
なのに、
なぜ、そんな無意味なことをしているのか、といえば、
パルマローザのブラッシュアップセミナーで、
「栄養記事・健康記事の正しい読み方」
という演題の話をするためである。
*栄養士・健康支援者サークル「パルマローザ」主催による
上記、大橋禄郎先生のセミナーは、
2012年6月3日(日)に横浜で開催いたします。
(開催場所:横浜伝統技能会館特別会議室
最寄駅:JR関内駅徒歩8分
開催時刻:午前10時30分~午後5時30分)
ご参加ご希望の方は、メールにて承ります。
当日は、パルマローザ会員の栄養士が
JR関内駅(元町側改札口)に、午前10時10分にお待ちしています。
開催場所までのアクセスにご不安な方はこのお時間にご集合ください)
上記のような本の影響は、食事相談にも現われるはず。
クライアントから「1日1食がいいのですか」
などという質問は、きっと出るだろう。
食わず嫌いではなく、
どこに問題があるのか(あるいは、ないのか)
論理的に、文章論的に分析してみる意味はある。
一部の医師のいかがわしい健康本は、
栄養士への挑戦と考えることもできる。
栄養学や健康論の素人が(医師の少なからずが含まれる)、
怪しげな健康論を展開する現実に、どう対処するか、
それは栄養士、健康支援者という職業の
プライドにかかわる問題である。
つらいが、分析して、一定の対処法を見出すのは、
「ヘルスコミュニケーション論」を
提唱する者の使命でもあろう。
by rocky-road | 2012-05-31 19:25