ミイラ取りとオオカミ少年

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新聞広告で見つけた「コミュニケーション・スタディーズ」
というお初にお目にかかるジャンルの入門書を読み始めたが、なんとも読みづらい。
効果的なコミュニケーションのあり方を解説する書物が、
こんなに読みづらいのはどういうことか、と首をひねった。

8人の学者が共同執筆している本なのだが、
いま読んでいる章に限っていえば、読者との向き合う意欲が弱く、
自分の知識を説明すること、いやそれ以前に、自分に言い聞かせることに
追われる筆者であることが一因のように思われる。
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こんな文体で解説されるのである。
「トレンホルム(Trenholm,2011)は,対人のやり取りは
非個人的なものから始まって,互いについての情報が深まるにつれて
いくつかの発展段階を経ながら一定の対人コミュニケーションに
なると考える。本章でも,広く『二者』によるやり取りを
対人コミュニケーションとするが,ミラー(Miller&Stenberg,1975)は,
『関係』の質が最も高い,互いの個人的な特徴が交わされるようなレベルだけを
対人コミュニケーションとする」

自分または同業者に説明することに精一杯で、
読者の反応、読者の理解度など考えている余裕はない。
自分のコトバ、自分の考えを押しやって、軸足を「諸説」に移す。
だから、なんとなく上の空の文章になってしまう。
なおかつ、追い込むように欧米系学者の名を出してくる。
外国の諸説を紹介してくれるのはありがたいが、
一説一説を噛んで含めるように説明しないと、読者はついていけない。
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おもしろいのは、8人中、6人が、ノースウエスト大学とかイエール大学とか、
フランクフルト大学とか、海外の大学で勉強したり、学位を取ったりした人だという点。
アメリカを中心に欧米諸国にはコミュニケーション先進国が多いから、
それらの国々の学説を紹介してくれるのはうれしい。
が、外国帰りの人たちの軸足は、とかく滞在した国のほうに置かれることは、
戦後66年間、変わっていないようである。

終戦直後、著名な小説家までが、
日本はフランス語を採用するとよい、とまで言った。
敗戦で大きなダメージを受けた日本人は自虐的になり、
日本的なものをひどく嫌う半面、欧米の文明や文化を「無条件に」
といいたいほどの勢いで採り入れた。
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以前、担当していた雑誌の座談会に招いたある教育評論家が、
フランスの教育制度をあまりにも絶賛するので、
しまいには腹が立ってきて、「なぜ文部大臣に進言しないのですか、
そんなに優れているフランスの教育制度をそっくり輸入すべきことを。
それをしないことは、教育評論家の怠慢ではないのですか」と、
きわめてマジメな表情で嫌みをいった。

外国で学んだことを、外国人のつもりで日本人に言い聞かせるタイプを
「在日日本人」だといった人がいるが、
私は「ミイラ取りがミイラになった」という言い方をしている。
戦後、何年たとうが、外国の優れた文化・文明を採り入れる作業は必要だから、
「日本人は、もっと自分の文化に自信を持て」と、
ジャンルにかまわず頭から決めつけるのはよろしくない。
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とはいえ、外国で生活したり学んだりした人は、
その知識やスキルを日本に紹介するとき、日本人になりきって語ってほしい。
でないと、外国人による日本語訳みたいな言い回しになって
理解しにくいし、説得力も弱くなる。

仮に、アメリカで、糖尿病患者に対して糖質を極端に制限する療法があるとして、
それを日本人にそのまま当てはめようとしても、ムリがある。
ご飯やパンを「主食」と位置づける日本人が、
糖質を極端に抑制した生活を10年も続けたら精神的におかしくなる。
糖質の代わりに良質たんぱく質含有の食品でエネルギーをとろうとすれば、
ほかの病気を発症する可能性が飛躍的に高くなる。
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翻訳とは、単にコトバをA国からB国に移すことではなくて、
B国の文化、歴史、人間性に適合するように移すことをも含む。
たまたまアメリカで学んだり、アメリカの文献を学んだりした人間が、
たとえば日本人や日本文化を知らないままに、
直訳、逐語訳的に日本中にその知識を流布しようとしている姿を見ると、
「ミイラ取りがミイラに」などとノンキなことをいってはおれず、
むしろ「キチガイに刃物」と言いたくもなる。
その一方で、それをありがたがる受け手もいるわけだが。

医療関係者の中には、病気を診て、人を見ないタイプが多いから、
(忙しくて人など見てはおれない現状もあるが)
これからも外国ネタを自分の「売り」にしたがる人物は出現し続ける。
わけのわからない微量成分をアンチエージングの決め手のようにいう
在日日本人には、一生、注意を怠らないことである。
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それと同時に、日本人の食事が「欧米化」に汚染されきったかのように
悲観して見せる「オオカミ少年・少女」(「オオカミが出た」といって、
人を脅かし、自分のアイディア不足を誤魔化すタイプ)も、
しばらくは生息を続けるはず。
これは、「在日日本人」とは反対に、極端に外国文化を恐れるタイプ。

こういう、いろいろの人間の諸行動を正しく把握するためにも、
健康支援者には「人間学」の知識が求められている。
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by rocky-road | 2011-08-23 23:33  

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