遠距離クラス満2年に思うこと。

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2008年9月からスタートした「ロッコム文章・編集塾/遠距離クラス」は、
この10月17日で満2年、8回を数えた。
遠方に住んでいて、毎月の教室には通えないという人のために
3か月に1回、1日をかける集中講義形式として開講した。
福岡、広島、大阪、高知、山口、岡山、青森、岩手、京都からの「通学」は、ナミのことではない。
途中で退塾された人も少なくないが、初回から無欠席で通っている人もおられる。
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このところは、毎回、入塾する人もいて、出入りはあるが、人数に大きな変化はない。
関東圏に住んでいる人の中には、月々の教室に参加するうえに、
遠距離クラスにも通う人が増えつつあり、実はこれが講師を悩ませている。
というのは、遠距離クラスは1日に数回分の講義をするため、
いずれは月々のクラスの授業内容に追いつく日がくる。
1人に同じ内容の講義をするのは、講師としては辛い。
二番煎じのお茶を飲ませたくない、と思うから……。
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しかし、「それでもいい」という。「2回聞くことで、また違った学習ができるから」と。
こちらにもプライドがあるから、少しずつ別バージョンを考えることになり、
「二番煎じプレッシャー」からは少しは解放されつつある。

雑誌編集をしていた当時、長期購読をやめる人の言い分に
「いつも内容が同じだから」というのが少なくなかった。
編集者からすると、同じ(ような)内容の雑誌を作ることはできないし、
そうしろといわれたら、こんなに苦しいことはない。
しかし、その後、そういう人たちを観察していて、こんなことがわかった。
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「いつも同じ」というのは、かならずしも雑誌の内容に変化がないことをいっているのではなく、
むしろ、自分の生活に変化が起こった結果、
定期購読していた雑誌への関心が薄れた、という場合が多い。
転職した、収入が減った、お金の使い道が変わった、新しい趣味ができた……など、
つまりライススタイルが変わって、関心がほかに移ったのである。

こういう体験から学んだことは、食生活雑誌のライバルは、
同系統の雑誌とは限らない、ということである。
テニス雑誌であったりランニングの雑誌であったり、
テニスやランニングそのものだったりする。
そしてもちろん、恋人も食生活雑誌メディアにとってのライバルになりうる。
いや、恋人は、あらゆるメディア--というようも、森羅万象のライバルたりうる。
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勉強のために遠距離を通う人の場合も同様で、
3年もすれば、生活環境にいろいろの変化が起こる。
それは当然のことで、それゆえに、学習期間を設けず、いつ、どこかに入っても、
学ぶことができる、ということにした。当然、卒業もない。
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内容的にいうと、自分では意識していなかったが、
その後にスタートした「健康支援者のための リーダーシップ トレーニングゼミ」の
講義方法などを採用したり、各地の研修会での経験を採り入れたり、
地域や他業種の方々の現状を反映させたりしているので、
おのずと講義内容にも変化が出てきている……と、
初回からアシスタントを買って出てくださっている影山 なお子さんから指摘を受けた。
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確かに、講義内容も、講義の進め方も変わりつつある。
受講者の1人がこう指摘してくれた。
「先日、ある先生の講演を聞きにいっておおいに刺激を受けたが、
遠距離クラスでは発言する機会が多いので、飽きないし、身につく感じがする」
先日は、埼玉県坂戸市にある女子栄養大学香友会館を使わせていただいたが、
静かな環境であったので、よりいっそう、1人1人の話に耳を傾けることができた。
以前イメージしていた「サロン風」を思い出した。この雰囲気づくりを忘れていた。
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「以前」とは、1970年代である。
勤め人の生活をしながら文章教室を開講した。
2年続けたが、雑誌編集長になったため、閉塾せざるを得なかった。
このころも、開塾の動機は「大人こそ、もっと勉強すべき」だった。
「塾」といえば子ども向きの学習塾と決まっていた時代だったが、
当時から、大人の勉強の必要性を強く感じていた。
教室をサロン風に進めることを目指していた。
サロン風とは、懇談場面の多い授業である。
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いままた話題の多い吉田松陰や、
この人による「松下村塾」(しょうかそんじゅく 1856年)についての知識も関心も
ないころだが、
いまにして思えば、お恐れながら、松下村塾のように、
使命を強化し、人生を学ぶためにも、大人こそ、学び続けるべき、という発想の萌芽はあった。

第一線で活躍している著名な論者やメディア関係者の論説やトーク、
インタビュー技術、そして彼らの感性や思想の弱点を見るたびに、
「もっと、勉強すればいいのにな」と思ってしまう。
「ロッコム文章・編集塾に通ってみませんか」と、つぶやく私だが、
松陰のように、禁を犯してまで、宇宙船に乗って
ほかの天体に目指して密出航を図ったり、
メディアに乗り込んで彼らに接触を試みるほどの気概と爛漫(らんまん)さは
いまのところはない。
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by rocky-road | 2010-10-20 23:16  

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