真剣な遊びゴコロ

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                                          井出哲哉氏 撮影
久しぶりで千葉の海で潜ってきた。40年ぶりくらいになるか。
1964年から始めたスノーケリング&ダイビングも、
今年で46年目を数える(28歳でスタートした)。
当初は三浦半島や千葉、伊豆半島、伊豆七島など、比較的近場で潜っていた。
千葉県の海は、そのころ何度か行った程度。

日本列島は南北に広がっているので、
海の景色も多様である。
夏を中心にしていえば、太平洋側も千葉以南は、透明度もよく、
魚たちの活動も活発である。
千葉から北海道にかけては、寒流の影響を受けて、水温は低くなり、
魚たちは穏やかな動きをする種が多くなる。
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写真の館山の海底は、まだ南の海の色が濃く、小魚も多い。
ウミトサカ(写真の白い生物)と呼ばれる柔らかいサンゴも見られる。
いっぽう、日本海に初めて潜ったとき、「裏日本とはよくいったものだ」と思った。
シーンという音が聞こえるくらいに水中が静かである。
沖縄や小笠原列島については、知る人も多い。サンゴの海である。
私は、明るい、光の通る海が好きで、だから沖縄やモルディブに憧れる。

ダイビングを始めて2年後あたりから、
ダイビング雑誌の編集にかかわるようになった。
その雑誌に投稿したり、別のダイビング雑誌に投稿したりしていたことも
きっかけの1つだった。
ダイバーの集まりで発言したり、ちょっとした意見を投書をしたりしたことによって
ダイビング雑誌のオーナーとの接点ができた。
以来、ダイビング雑誌の編集には30年近くかかわることになる。
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現在、ダイビングは「海への旅」という考え方が定着しているが、
かつては、魚を突いたり、魚介類を採取したり、水中ナビゲーションをやったりと、
方向性が定まらなかった。
ダイビングは「マリンスポーツ」と位置づけられていた。
もしそうなら、「館石 昭氏(日本のダイビング普及における最大の功労者)は
スポーツマンか」と問いかけて、ダイビング=スポーツ説を否定し続けた。

連載記事を持たせてもらったことで、ダイビングの将来性について
いろいろの議論を提示することができた。
「スノーケリング」というか「シュノーケリング」というか、
「スクーバ」というか「スキューバ」というか、そういう用語の問題から、
漁業者とのトラブルの回避法、クラブの運営法、ダイビングのテーマとは何かなど、
いろいろの問題を考えることができた。
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こういう思考の中から「ダイビングは地の果てから始まるもう1つの旅」という発想が生まれた。
サンゴ礁の海に漂うのも、魚や、その他の海洋生物を観察するのも、
それらの写真を撮るのも、旅の一環である、と。
「フィッシュウォチング」や「スノーケリング」というコトバを提案し、
『海と島の旅』や『マリンフォト』といった雑誌の創刊を提案したりした。
こういう方向は、偶然ではなく、人々の意志によるものである。

近代ダイビングの歴史はせいぜい50年あまりだが、
栄養士の歴史はその倍近くはあるはず。
なのに、ネットワークが活性化していなかったり、
個々人の方向性がいまひとつ定まらないのは、
みんなが「仕事」と割り切ってかかわっているからだろう。
どこか、かかわり方が浅いか、距離を置いているか、冷たいか。
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これに対して、遊びがパワフルなのは、24時間勤務、365日、
いつもそのことで頭がいっぱいになっているから--そういう面がある。
取り組み方が真剣である。遊びとは、本来そういうものである。

食や健康に関する専門誌がおもしろくない。
作り手が、仕事としてやっているからだろう。
編集者が、自分の仕事や、自分のかかわる業界に示す愛情が不足している。
そういう弱みを埋めようとして、ムリに専門的であろうとする。
軸足が専門家、情報源のほうにあって、栄養士の側にはない。
雑誌は、そのほとんどが職場の応接室や談話室に置いてあって、
みんなが「自分の雑誌」とは思っていない。
そういうメディアから心の奥底に入ってくる情報というのは、そんなに多くはない。
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「あまり真剣に読まない雑誌」または「楽しんで読まない雑誌」が共通認識として定着し、
それに疑問を持つ人も少なくなったらしい。
編集者が、出版物が伸び悩んでいるのは「パソコンが普及したから……」
という弁解をするようになったら、そのメディアは終わりである。
読者への関心が深ければ、そういう言い訳は出ないはず。

栄養士の世界の、なんともいえないさめた景色は、
遊びのない寂しさから来ている、と見ている。
もっと楽しさやおかしさを求めたらいい。
公私混同は困るから、仕事の中で遊べばいい。
遊びに夢中になり、遊び続ければよい、一生でも……。

館山の海で、ウミトサカと向き合いながら、
そんなことを思っていた。

by rocky-road | 2010-10-07 00:21  

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