?!なんで・なんで・なんで、どうして・どうして・どうして?!

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愛用する食器類の窯元が毎年開く新作展に招かれて行ってきた。
題して「○○恵以子 欧州アートデビュー展」
(会場は撮影禁止。紹介の写真は手持ちのもの)

案内状から推測して、新作をたっぷり鑑賞できるのかと思っていたが、
前衛的な作品(前衛書道を思わせる)はわずかで、
大半は昔の柄の復刻や、すでにある食器のバリエーションばかりで、
手持ちとして増やしたい食器はゼロだった。
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食器は、絵柄が先にあるのではなく、まず用途、そして使い勝手。
が、この新作展では、絵柄の変化に目線が行っていて、
生活器としての新しい提案がほとんど感じられなかった。
デミタスカップに復刻柄、それが7万円!!!???
まったく用途が思い浮かばない。

冷蔵庫と電子レンジの間を往復できるような器……とまではいわないが、
やや小振りのスープ容器の提案だとか、
刺身にもカレーライスにも兼用できそうな皿だとかをまず発案し
(すでに私的にそうしている食器はある)、
それからデザインということになるのだと思うが、
そういう模索の跡がまったく感じられなかった。
人ごとながら、伝統の絵柄の類型から抜け出せないこの窯元の将来が心配になった。
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自分の提案ばかりで、ニーズや時代を見失っているこの窯元の姿勢を
顕著に表わしているのが、会場に待機しているスタッフたちの対応だった。

やたらと説明したがる。
こちらが何者か、この展示会に来るのは何回目なのか、
弊社の製品をお持ちかどうか、おめがねに適った(かなった)ものはあったか、
お感じになったことがあれば伺いたい……といった問いかけはゼロ。
こちらがすでに持っている器についてまで説明を始める。
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「栄養指導」に明け暮れしている栄養士は安心してよい。
100年を超える伝統のある窯元してこの程度なのである。
こんなに一方的コミュニケーションでも100年は生きられる(かな?)。

自分の商品を相手かまわずアピールすることが仕事だと思っている。
幸か不幸か、ベテランらしき男性がガイドをしてくれだが、
まったくこちらへの問いかけはなかった。
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その密集するコトバの羅列をかいくぐって「今年のコンセプトは?」
「復刻柄への傾斜は、後ろ向きを意味しないのか」と発したこちらの問いかけにも、
満足すべき答えが返ってこなかった。
「説明じょうず」に自信過剰になる者は、問いかけられることに弱いのか……、
そんな研究ヒントを与えてくれるほど説明は一方的だった。

栄養指導が好きな栄養士もまた、相手からの問いかけを防ぐために、
一方的に相手を攻め続けるのかもしれない。 
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やさしい問いかけ、厳しい問いかけ、考えさせる問いかけ……
それに対する適切な回答、
これがセットとなったとき、人も社会も知恵を深められる。
そして、1人になったときは自問自答を深める。

1人になると反射的にケイタイやパソコンをいじりだすデジタル病の人には
自問自答の時間も、そこに向かう発想もない。
その状態こそ、病気の症状なのである。
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なるほど、
「説明や意見は消極的、問いかけは積極的」と説く
アクションラーニング(人材開発の学習プログラム)は見事。
これにつけ加えるならば、
問いかけは「創造的でもあり、進化の原点」かもしれない。

なぜ鳥は空を飛ぶのだろう? 
なぜ食べ過ぎが起こるのだろう?
なぜ老舗は伝統から抜け出せなくなるのだろう?
なぜ陶器屋さんでの体験を健康支援者に伝えたいと思うのだろう?

by rocky-road | 2010-06-26 22:12  

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