病院で見上げる花火大会。

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「花火大会ですね」

思わず主治医に言ってしまった。

ホンネでは、そこに京都橘高校の吹奏楽部のパレード、

さらには、リオのカーニバルのパレードが

乱入してきて、東京都北区で万博が開催された感じ。

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2025年10月に、

就寝中に息苦しくなって、

救急車で近くの病院に運ばれてみれば、

心不全、肺炎、膀胱がん、腎臓がん……ときたもんだ。

ワッショイ、マカショ、ピーヒャララ

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このお祭り騒ぎを、わが健康管理の不備と自責するか、

花火大会を内蔵しながら

89歳まで生きた運と健康を誇るべきか、

言っちゃあ悪いけれど、後者である。

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昔、日本を代表する癌系病院の著名な医師に、

「先生は、毎年、がん検診をなさっているのでしょうね」

と問いかけたら、

「そんなバカなことはしませんよ」と即答された。

「え?」

「現役期間を短くするばかりですからね……

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このコトバを鵜呑みにはしなかったが、

がんについて考えるヒントにはなった。

当方、「勝手にがんとバッド(Bad)」派だから、

こう考えた。

がんにも生活習慣病的なものと、

遺伝性、老化系のものとがある、と。

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別の、がん専門医に聞いたことがある。

「がん細胞は、噴火山のように、

いつ、どこで爆発しようかと、その機をうかがっている。

それを防ぐ仕組みが体質であり、それは遺伝的である。

がんが遺伝するというより、

いまでいう「免疫力」の強弱に遺伝性がある……と。

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63歳で、食道がんでなくなった父の場合は、

どちらかと言えば生活習慣系。

母(57歳/心臓)、長兄(50歳後半/非がん)、

次兄(70歳/がん)、1姉(87/がん)の場合は

免疫系とライフスタイルのミックス系。

……そんな分析をしたことがある。

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わが身の場合、

継続的なモチベーションのあるライフスタイルが、

遺伝性を抑え、免疫系を強化してきた、と言えるかも。

人生100年時代には、

89歳なんてガキみたいなものだが、

自称「がん家系」の1員としては、

まあ「ようやった」ほうである。

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「日本人の2人に1人はがんで死亡する」そうだが、

それは、従来の「成人病」「生活習慣病」の発病が

抑制されてきた結果として、がんや肺炎や老衰などが

〝残り物〟として存在している、という構図である。

それは、

日本が世界的な長寿国であることの側面、

とも言える

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病院にはあまり縁のない人生だったおかげで、

長期の(と言っても1週間)入院生活で

いろいろの体験をさせてもらった。

看護師養成校の学生になったのかと思えるくらい

いろいろの病室をめぐり歩いた。

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内科、呼吸器内科、循環器科、泌尿器科……などとあって、

検体検査や心電図、心エコー、手術室などの

関連セクションがあり、

その総数は部外者、いや勤務者にも

わからない専門科があるに違いない。

それを知りたくなって、

うっかり探索にでも入ったりしたものなら、

間違いなく生還できなくなるだろう。

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そこは分別の人、わがロッキーは、

募る好奇心を理性と洞察力で抑えたので

入院期間が終わってすぐに院外に脱出することができた。

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蛇足ながら、

「心エコー」という検査項目がある。

関係者は「シンエコー」と言っているのだろうが、

入院者には「心に残る若き日の想い出が甦る検査」に思われる。

実際、背中に電極を当てられて撮影をされている間、

「オレは青春だぁ」「澄ちゃん、愛している~」

「わが将来は作家だぁ」といったエコーが全身に響いた。

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青春をもらったおかげで、

看護師のコトバづかい、氏名、

出身地などをウォッチングするモチベーションが高まった。

日本は都市化が進んではいるが、

それでも出身地による人柄の差はあるし、

親は娘の命名にしっかりと向き合っていることを

実感した。

日本国は充分に健康である。

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それよりもなによりも、

今回の発病、入院に関して、

健康度、ハッピー度をあげているのは、

なんと言ってもわがロッキーにほかならない。

パルマローザのみなさん、

ロッコム文章・編集塾の塾生のみなさんの

絶大な支援を受けた。

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病院へのつき添い、医師からの症状の説明の聴き取り、

入院中の支援、在宅中の食事、飲料提供……

この厚遇は、そこらにいる大統領とはレベルが違う。

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2025年から26年6月5日まで、

こういう日々が続いて、

90歳の人生を迎えられたら、

がん家系万々歳。

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もう1回、花火大会と浮き輪飛ばしのイベントを

開催しなければならないだろう。

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# by rocky-road | 2025-12-23 23:44 | 栄養士のための『ライフデザインブック』

 

休眠中にもコトバは踊る。

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入院中はラジオを聴くか雑誌を読むか、

普段なら、夢に描く生活が1週間ほど続いた。

しかし、夢と現実の大違いは定番どおり。

病院生活は思った以上に多忙。

血圧、血糖値、点滴の交換、定刻の食事、トイレ……と、

2~3時間、熟睡できるような悦楽時間はない。

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かつ、〝寝る〟ことにもそれなりの気力や体力を要し、

心身の疲れは娑婆並み、いやそれ以上に強く感じた。


そういう環境のせいか、

ラジオ、テレビ(無音で)、雑誌記事などに

「お空のお星さま」からのポジションで接することができた。

断片的にはなるが、

そのいくつかをあげておこう。

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まず第1が、NHKアナウンサーのていねい表現の未熟、不慣れ。

「3連休という方もいると思いますが……

と声かけをするアナウンサーや天気予報官が少なくない。

「方」と、ていねい表現を使っておきながら、

そのあとで「いる」と、粗いコトバを使う。

この場合は「いらっしゃる」が、大人のていねい表現のはず。

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しかし、NHKのスタッフは、

おおむね、ていねい表現を使って育ってはいない。

小さいときからお勉強ができて、

チヤホヤされて育ったお子様が多い。

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人を尊敬したり、

ていねい表現で会話をしたりする経験が

普通の子よりも少ないことだろう。

そこへもってきて、いまは天下のNHK職員。

彼らから見ると、ますます一般人が下に見えそうだ。

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ていねい表現の不備は、どちらかといえば

女性のアナウンサーに多いように思える。

社会性やトレーニング不足と関係があるのだろう。

そして、局内では、

日本語の正しい使い方を特訓する

気風も習慣もなくなった……(?)。

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一方、テレビのインタビューシーンで、

取材に応じている人が、

「ぜひ、みなさんにお出でいただきたいですね」

と言っているのに対して、

「みなさんに来てほしい」「来てもらいたい

と意訳または誤訳をするケースが少なくない。

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「ほしい」や「もらう」はきわめて平易な日常表現。

子供が駄々をこねるときにも

「ママ、あれがほしい。買って!!」などと言う。

取材先の現地の人が、ていねい表現を使っているのに、

それを「ほしい」や「もらう」に誤訳する。

意図して言い換えているのであれば悪意を感じる。

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英語の「I want you」を耳にすると、

肉食獣に狙われている気配を感じる日本人が

少なくないのでは……(?)

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とは言え、いまや日本語の「いただく」という表現は

「ほしい」に置き換わった、と見てもよいのかもしれない。


「ラジオ深夜便」(23時05分スタート)の進行を担当する

アンカー(ベテランアナウンサー)は

番組の冒頭で、

「あしたの午前4時までの番組の内容をご紹介しましょう

とあいさつをする。

普通に聞いていればていねい表現だが、

細かいことを言うと、わずかに上から目線の表現である。

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子供に対して、「一緒にお歌を歌いましょう」

「ママと、お絵かきしようね」の場合は、

相手と自分を同列に置いて、「一緒に同じことをしよう」

という、寄り添った表現になる。

が、NHKの放送の場合は、

これとは立ち位置が違う。

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番組提供者は、いわば売り手(実際に有料)。

その立場の者が〝ご一緒感〟を出すのは僭越。

スーパーやコンビニの店員が、

「このプリン、買いましょうね」と言ったら

もめることだろう。

寄り添ってはいけない場面もある。

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テレビショッピングのように、

「このお値段でいかがでしょうか」と問いかける、

これが謙虚な立ち位置というものだろう。


つまり、自分の企画を買ってもらう立場としては、

……ましょう」(let’s)とは言わず、

「ご案内します」と表現したい。

現に、金曜日を担当する関西局のアンカーは、

しっかり「ご案内します」を続けている。

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テレビ番組から1つ。

「所さん! 事件ですよ」番組で、

漁網にかかったクロマグロを

漁獲制限基準値を超えたために、

放流せざるを得なくなったというレポートをしていた。

このシーンでのテロップは、

「高級マグロが捨てられる」であった。

「ちょっと待てよ!!


「捨てる」の意味はいろいろで、

「思い出を捨てたり」「名誉を捨てたり」するのだから、

とり過ぎたマグロを捨てても、国語的には問題ないが、

生きたマグロの場合はゴミや不用品ではなく、

海に還してやるだけのこと。

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いつか、また網にかかるかもしれないし、

個体の1尾1尾に対しては、

「今回は命拾いしたね」とでも言ってやりたい。

それを「捨てる」と表現するとは、

なんともデリカシーのない、無粋なセンス。

人生は、最後の最後まで、

チャンスを信じなければいけない。


こういう無粋さまでも、

NHK職員のお育ちに関係あり、としたら、

こちらが無粋になるかもしれないが、

それでもやはり、「関係ない」とは言いきれない。

一定の世界観を持った、

豊かな大人の表現力を強化してほしい……

おっと、「大人の表現力を強化していただきたい

最後に雑誌から1つ。

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『文藝春秋』202512月号に載った

「大衆よ、ファシズムに呑まれるな」

という記事が目にとまった。

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保坂正康氏(昭和史研究家)による

「日本の地下水脈」という各月の連載記事の最終回である。

安倍路線を引きつくであろう高市早苗総理になったことで、

表題のようなタイトルを掲げたことは言うまでもない。


「ファシズム」はやっかいなコトバで、

語源的には古代ローマの儀式用の「装束」にあるが、

政治用語としては、

イタリアのファシスト党の政治体制から、

保守的で強い支配体制を選び、

国民の自由度には抑制的な政治体制。

共産主義には対抗的。

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中身は、時代や国によって大きく異なるため、

いまとなっては、

このコトバを使う者は、最初に、どういう意味で使うのか、

まずは定義をしてから始めないと、

人それぞれに異なるイメージを与えることになる。


『文藝春秋』の記事のタイトルに従えば、

高市政権については、

「大衆」(これもだれを指すか、あいまいだが)

ファシズム(言論統制的?)に気をつけろ」と言いたいのだろう。

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その件についてはパスすることにして、

人間の資質について、つねづね感じていることを

この記事で強化されたことを書いておこう。


記事の中で、

筆者(保坂)が、

前総理、石破茂氏は「八十年所感」のあとの

記者会見の中で「猪瀬直樹、半藤一利、保坂正康の本を

読んできたと発言しており、それは私にとって

光栄なことであるが……」と述べている。

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この件(くだり)で、

政治的信条、

あるいは社会人としてのライフスタイルは、

幼少期から、

着々と形づくられるものであろうことを実感した。


石破氏といえば、

私の人間観からすると、

リーダーシップが身についてはおらず、

それは人望のなさとして現われる。

一見、もっともらしい御託を並べるが、

実行力、決断力はなく、

それどころか、

自分のチームのリーダー的人物を、

離れたところから批判する。

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石破氏は「党内野党」「仲間を後ろから撃つ」ヤツと

しばしば言われた。


仮に、こういう人間に自著を評価されたら、

私だったら大々迷惑というものだが、

シンパシー(共感、共鳴)というのは理屈ではなく、

それを光栄に思うのだろう。


「野党的タイプ」の人間というものは、

幼少期から成人するまで、

たとえば、校庭で、みんなと遊ぶことは好まず、

教室で本を読んだり、勉強のおさらいをしていたりする。

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体育もスポーツも不得手、

したがって、チームの団結や、

リーダーの存在意義を実感したことがない。

保坂氏は、〝ファシズム〟体制下では

言論の自由が抑圧される危険を述べているが、

民主主義の時代でも、

スポーツのチーム、職場、家庭、

予暇活動組織においても、

かならずしも言論の自由度は100%ではない。


その場で言ってよいこと、控えたほうがよいことは、

民主主義の普及程度とは無関係に存在する。

試合中のスポーツ選手が

プレー中に、監督やコーチにクレームを出したら、

チームとしては最悪の状態になる。

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高市体制に関して「ファシズムに呑まれるな」には、

まさに、背後から銃撃するような

冷たさと、〝高見の見物〟的無責任さを感じる。


子供時代のグループ活動のときには、

遊んでいるとき、ブツブツ異を唱える子がいると

リーダー役は「それならお前やってみろ」

と言ったものである。

言われた〝野党派〟は、

「よし、オレに任せろ」などとは絶対に言わず、

コソコソと輪から外れるのが定番である。

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「昭和史研究家」と言えば、

日本を長い歴史的視点で冷静に見つめている人と思いたいが、

司馬遼太郎は言った。

「歴史というものはないんですよ。あるのは史実です」

(関ヶ原の戦いは160010月21日)

「歴史は、史実についての人それぞれの解釈です」


さあ、日本は、敵意を示す周辺国からのいちゃもんに

どう対処するか。

それを考えるのは、歴史研究家ではなく、

大小いろいろのネットワークのリーダーであり、

その成員(チームメンバー)である。



# by rocky-road | 2025-11-28 19:57 | 大橋禄郎

 

「生涯現役」のカタチ。

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「生涯現役」という場合の〝生涯〟は

「人の一生」のことだとして、

〝現役〟とは何か。

ハードルを下げて考えれば、

「1人で生活行動ができる状態」となるだろうし、

ハードルをあげれば、

「仕事、予暇活動、人づきあいなどの社会活動ができる状態」

ということになるだろうか。

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そこで、自分の〝現役度〟を振り返ってみた。

仕事は、高校時代を含めて(女性バッグのデザインのバイト)、

以来、休みなく現役を続けてきている。

予暇活動は、小学生3年から始めた野球を

とびとびながら、40代まで続けた(女子栄養大学野球部)。

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スノーケリングは28歳から始めて、

クラブの運営と同時進行で続けてきた

(東京潜泳会 スノーケリングピープル、

水中映像サークル、ダイビングクラブ連絡会議などの

立ち上げと運営)。

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いま海関係のクラブは休眠状態だが、

代わって栄養士さんたちと続けることになっている。

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それらを加えれば、

スノーケリング歴は今年で60年余となる。

かつての仲間で、スノーケラー現役との情報はない。

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今年の9月半ばに

体調に異変を感じて病院を受診したら、

「心不全」とわかった。

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直後に、地方での講演、10月初旬の沖縄行きなどが

控えていたが、薬をもらったら、だいぶよくなったので、

予定を変えないことにした。

医師は「すぐ入院してもおかしくない」と忠告してくれだが、

〝現役〟にこだわった。

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奈良県での講演、続けての京都見物。

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その1週間後には、

50年ほど通っている沖縄県座間味島(ざまみじま)行きも

バッチリ催行した。

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熱い砂浜をヨタヨタ歩くスノーケラーの様子は、

とても〝現役〟とは言い難く、

いわば〝要介護スノーケラー〟のぶざまな実態。

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それでも、いつもの海には〝湯治効果〟もあってか、

むしろ元気を取り戻して楽しんできた。

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同行者がスノーケリングクラブ仲間ではなく、

健康支援者であったことが

要介護スノーケラーの〝現役〟を可能にしてくれた。

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気がつけば、医師が取り合ってくれなかった腰痛は

完治していた。海の治癒力としか言いようがない。

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もっとも、そのあと、肺炎で救急入院となったが……

これを「ムリして海に行ったから」と指摘する医師はおらず、

自分でも、たまたまのことと思っている。

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日本では、断捨離だの終活だの、下山のすすめだのと、

〝現役離れ〟をすすめる、

人間知らず、健康知らずのおバカな風潮が流布しているが、

それは、国や地域自体が、方向性や使命感を失っていて、

それが個々人のライフスタイルに影響を与えているように思える。

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ここにきて、女性の総理大臣が誕生したが、

男のダメ総理が掘りまくった大穴を

少しは埋めてくれるかもしれない。

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人生は、自ら下山するべきではなく、

息絶えるまで、〝それなり〟に、〝それぞれ〟に

登り続けるべきである。

多くの人からの〝借り〟(知識、感性、思考法、労力など)は

いくら返し続けても

完済できるものではないから!!!

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「ここで終わり」はない。

それでいて、完済を迫られるストレスはない

(だから、返済を忘れる人が多いのだが)。

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が、返済努力は、結果として自分のモチベーションを

あげてくれる。

わが「健康の6大要素(栄養、運動、休養、

ストレスコントロール、よい人間関係の維持、

生き甲斐=モチベーション)」は、

まさに生涯現役のためのベースになる。

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わが〝現役時代〟は、もう数日、もう1か月、

もう1年は続くかもしれない。

最後まで、登り続けるつもりである。

幸い、〝借り〟はいまもふえ続けている。

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# by rocky-road | 2025-10-29 19:00 | 大橋禄郎

 

さすが栄養士の「ライフスタイル」。

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だいぶ間があいてしまったが、

2025年9月28日(日)に行なわれた

「食ジム」 第144

「さすが栄養士」と、いわれるだけの

健康でハッピーなライフスタイルとは?

について振り返っておきたい。

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とはいえ、

ここでは出席者の発言内容の記述は別の機会に、

ということにして、

今回は、

このテーマで話し合うことの意義について書くことにする。

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座長/三上聡美さん

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アドバイザー 影山なお子さん 大橋禄郎

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進行プロットは以下のとおり。

1.お手本にしたい「さすが栄養士」のライフスタイル、

こんな事例、あんな事例から学ぶ……

2.それに比べて、「さすが栄養士」(その他の人)とは、

とても思えない、モチベーションダウンのライフスタイル。

3.この際だから、ご披露――このワタクシの「さすが」と、

勝手に思っちゃってるライフスタイル、ほどほど大公開。

4.栄養士がライフスタイルについて考える意義とは?

5.栄養士が自身のライフスタイルを活性化させることに

なるアクションプラン。

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そもそも「ライフスタイル」とはどういう意味か。

広く使われているコトバではありながら、

その意味を正しく理解している人は多いとはいえない。

そこで、プロット表示の冒頭で、

「ライフスタイル」の定義を示しておいた。

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(ライフスタイルとは)「人生観、価値観、生き方、生き様。

個々の感性、知性、思想、衣食住などを含む暮らし方、仕事、

将来の目標、経済感覚、趣味、宗教、人間関係など、

個人のアイデンティティを含む固有の生き方。」  (大橋) 

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もともと、指で示すことのできない抽象概念であり、

各種の辞書の定義もコトバ足らずであるために、

このコトバを「生活習慣」と誤訳・誤解をしている人は少なくない。

日本語から、意味が近いコトバを見つけるとすれば、

「生き様」(いきざま)だろうか。

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栄養士、健康支援者に限らず、

人は、健康になることを目標としているわけではなく、

より愉快な、より楽しい、よりハッピーな人生を送りたいと思っている。

健康は、そのための手段の1つであって、

けっしてそれが最終目標ではない。

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アブラハム・マズローのいう

人との連帯、自己実現の欲求を満たそうとすると、

さらにモチベーションはアップし、

結果として健康度もあがる。

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一方、不健康の要因は

少なからず「ライフスタイル」にある。

なかには、個人に責任のない、

先天的なケースや、事故などに起因する不健康もあるが、

健康であっても、

やることがなく、ボーっと生きている人間には、

食事や運動、人づきあい、身だしなみ、

表情づくりなどに不備が生じやすく、

それらが〝不調〟を呼び込みがち。

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健康支援者は、そういうことがないように、

それぞれの専門分野の範囲で、

ほんのちょっとでもモチベーションがあがるような

働きかけをすべきである。

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とはいえ、「ライフスタイル」に無関心な者には、

他者のモチベーションをあげるような材料がない。

いまは核家族化がますます進む時代。

「情けは人のためならず」「人の振り見てわが身を直せ」

「鹿を追う者は山を見ず」「虎の威を借りる狐」

「急がば回れ」「急(せ)いては事を仕損じる」

などのことわざや格言を、

さらっと言ってくれる親や祖先が近くにはいない。

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ことわざや格言は、いわば生活の中の哲学である。

ところが、「愛とは何か」「平和とはなにか」「人生の目標とは?」

という問題を、わかりやすく説くことができる哲学者は減少の一途。

「哲学者」を名乗る者は少なくないが、

その大半は「哲学史教員」である。

その区別もできない「自称 哲学者」のなんと多いことか。

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書物や雑誌記事には、

生き方に関する内容のものもあるが、

「ボーと生きている」タイプには、

もともと読書習慣がないので、

こういう有意義な情報は

「馬の耳に念仏」「猫に小判」でしかない。

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それと、

近年の出版傾向として、

高齢者向きの生き方論が多く、

そのうえ、日本人が好きな「何歳になったら……」といった、

年齢にからめたものが圧倒的に多い。

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それとて、「遅すぎる」とは言えないが、

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理想を言えば、

「お父さん・お母さんのための生き方論」

「子供に伝えたい生きる意味」

「中学生のための生き方教科書」

「高校生のための生き方教科書」

10歳になったら考える人生の歩き方」

というような読み物を

どんどん提供してほしい。

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手前味噌になるが、

栄養士・健康支援者には、すでに

『食コーチング』や

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『栄養士のためのライフデザインブック』

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『「予暇」で自分を組みかえる』などが出版されている。

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これらは、生き方そのものを説く書物ではないが、

栄養士・健康支援者のあり方を示すことにもなっている。

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問題は、

栄養士養成校や健康支援者養成校のカリキュラム。

いまも、栄養学に置いた軸足を1ミリも動かすまいと、

きょうも、栄養素の話に明け暮れているのではないか。

栄養学は、人の心身の健康を支える学問。

「健康とは何か」「幸せとは何か」「食行動とは何か」

「ライフスタイルと食生活の関係」

「食コミュニケーションとは何か」

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……そういうテーマを扱うことのないカリキュラムは、

火事の火元ではなく、煙に水をかけることを教えている

消防署のようなものである。

こういう社会環境の中で、

「ライフスタイル」を説くのはチョー チョー チョーむずかしい。


しかし、たとえば栄養士は、

定刻に食事をとることの意味について語ることができる。

季節感を感じる食材の選び方、調理の仕方は説明できる。

「いただきます」「ごちそうさま」と言うと

食事がおいしくなる理由を解説することができる。

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それらを理屈ではなく、

実践で示すことができる栄養士が

わずかではあるが生まれつつある。

「食ジム」に集まった栄養士は、

そういう人たちの一部であろう。

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実情はどうあれ、

夢と希望は持ち続けよう。

それもまた、健康行動であろう。

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# by rocky-road | 2025-10-14 22:49 | 「食ジム」

 

奈良、京都でも、心の栄養補給。

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奈良県栄養士会からお声をかけていただいて、

9月20日、当地で、コミュニケーションに関する講義をした。

きっかけは、昨年7月に、

同会で『人生100年時代の「食事相談」のカタチ。

という演題の講義をした影山なお子さんのお話を

聴きに行ったとき、ほんの少しコメントしたことだった。

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その後、影山さんのお口添えもあって、

今回、

『健康や食生活をさらに魅力的に語るには

文章力をこんなふうに磨こう。』

というお話をさせていただくことになった。

(同日/14:50~16:30 

会場/奈良市内 帝塚山大学 学園前キャンパス)

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文章表現を専門としてはいない栄養士さんに、

いきなり「文章力」強化の意味やスキルを説くのは、

こちらにとっても、ややハードルが高いが、

そこをなんとかするのが

コミュニケーション力、文章力というものであろう。

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講義内容は、こんなふうにした。

1.イントロクエスチョン。

2.「コミュニケーション」とは何か。

3.「文章力」は、どのようにして磨けばよいか。

4.栄養士にとって「コミュニケーション力」とは。

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そのポイントは、

人は、基本的に文章で考え、文章で話をする。

コトバ選びや文法は、まさに文章力を基礎としている。

さらに、文章を読んだり書いたりすることで、

情報量をふやしたり、論理的な表現を身につけたりする。

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情報の受信・発信行動の中に、

手書きや〝紙読み〟が少ない人は、

その分、脳が軽量化することは避けられない

(脳のメカタではなくではなく、機能の低下・容量不足)。

言い換えれば、認知症の大きな要因は、

コトバの受・発信の量が、

生涯にわたって著しく減少し続けることである。

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栄養士さんには、この点を認識していただきたかった。

フレイルや認知症は、栄養障害である以前に、

ライフスタイルの貧弱化、言語活動の不足がある。

その点、日本人の食生活には、

季節感、献立、朝食らしさ、昼食らしさ、夕食らしさ、

定刻の食事習慣、同席する人との会話などなど、

フレイルや認知症の抑止効果がたっぷりとある。

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昔は、こういうライフスタイルを親や祖父母から刷り込まれた。

が、いまは核家族化によって、

親との同居期間が短くなった。

学習不足のまま自身の家庭生活に入るため、

家族をしつけたり、自身が向上のための学習をしたりする

時間も意識も激減した。

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自習能力の低いタイプは、

学ぶ楽しみを知らぬまま、

ケイタイをいじって時間をつぶすことしかできなくなった。

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ケイタイ情報は、自分の思考力やセンスよりも低い、

という自負や誇りがないから、

ケイタイにかかわることで失われる時間が惜しいとは思えない。

悲しい現況である。

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今回、奈良県の栄養士さんには

「心の栄養補給」の仕事があることを指摘したが、

1時間半程度の時間では、

とてもお伝えできなかった。

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終了後、

90歳の僧侶の父を持つという聴講者から、

「先生の場合、元気に89歳を迎えられた秘訣はなんですか」

とのお尋ねを受けた。

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私の中では、「長生きの秘訣」を人に説くのは

野暮中の野暮と位置づけているので、

うかつに「それはね……」と説くわけにはいかない。

しかし、セミナーの時間内に、

それに関連することをお伝えしきれなかったことに気づいた。

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生きるモチベーションの1つは、

人さまのお役に立つこと。

「自分らしく」自分のために生きることは、

1人止まりで終わってしまって展開がない。

が、人さまは、ざっと80憶人いる。

とてもお役に立ちきれない。

これぞ生きるための無限のモチベーション。

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10人の関東組の仲間にご同行していただき、

奈良県でお話をさせていただく機会を得た……

ここには、どれだけの人の関与があることか。

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人のお役に立った人たちは、

その分、生きるモチベーションを強化することになるだろう。

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それが1時間分か、1日分か、

1週間分か、定かではないが、

次の1週間分のモチベーションは

すでにそこで待っている。

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栄養士がモチベーションアッパーとして

最適任であることは、

何回も述べてきている。

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奈良のみなさんに、

その何百分の1しかお伝えできなかったことを

僧侶を父に持つ方の問いかけで実感した。

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わが心の中では、

それなりのインパクトが残ったが、

奈良~京都の旅は続いた。

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京都では、

《キーヤン/木村英輝》ご自身にお会いできたし、

八坂神社や三十三間堂、長楽館を

訪れることもできた。

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約700点ほど撮った写真の整理や利用はこれが始まる。

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モチベーション増量の旅であった。

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# by rocky-road | 2025-09-25 20:30 | 大橋禄郎