「おもてなし」の宿題に応える。

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去る10月23日(日)(2016年)に行なった
第49回食ジム「おもてなしの心をどう表わすか」
――人づき合いからイベントまで――
は、座長の小林美穂さんの進行で、
有意義な話し合いができた。
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人をもてなすとは、どういうことか、
国語辞典には多くの意味が示されている。
①とりなす。処理する。
②取り扱う。待遇する。
③歓待する。ご馳走する。
④面倒をみる。世話をする。
⑤自分の身を処する。ふるまう。
⑥取り上げて問題にする。もてはやす。
⑦そぶりをする。見せかける。
          (「広辞苑」)
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源氏物語や平家物語などから用例を
拾っているところを見ると、
そうとう古くから使われているコトバのようである。
とても便利なコトバのようで、
いろいろの意味で使われてきたことがわかる。
要約すれば、「人に対応すること」である。
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次期、東京オリンピック誘致のときに使われた
「お・も・て・な・し」には、
外国から来る人たちを「温かく対応する」という意味を
込めていることだろう。
これに関しては、日本人は心配いらない。
放っておけ、といっても
厚くもてなすに決まっている。
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今日的な「おもてなし」には、
「飲食をもって待遇する」という意味が強い。
昔、新潟県にある父の実家を訪ねたら、
「わざわざ東京から来なさったから、
ラーメンでも取ってやろうのう」と、
もてなされたことがあるし、
「ごちそうするから、あの鶏を絞めて来いのォ~」と
歩いている鶏を指してもてなしてくれたこともある。
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食ジムでは、
いろいろのもてなし体験、もてなされ体験が披露された。
ここでの収穫の1つは、
贈り物も「もてなし」の1つになりうること、
非対面(電話、ネット、ハガキ、手紙)の「もてなし」も
ありうる、という点にも触れられたこと、などである。
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心のこもったバースデーカード、クリスマスカード、
年賀状なども、一種の「もてなし」であろうし、
必要な情報をタイムリーに提供することも
「もてなし」といえる。
国語辞典が示す「とりなす」や「待遇する」に相当する。
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時間の関係で、
「おもてなし――する側、される側のための10か条」は
私への宿題となった。
ここでは、「もてなす側」について、
その宿題に応えておこう。
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◆もてなす側の10か条

1.物品の提供だけを「もてなし」と考えない。
  客や相手と誠実に向き合い、
  ていねいにコトバを交わすことこそ基本とする。
  相手にもよるが、「もてなし」の基本は会話を楽しむこと。
  接待側としては、お客に問いかけ、相手の好む話題を見つけ出す。
  ここがうまくいけば、「もてなし」の大半は成功。
  ごちそう攻め、酒の強要、録画映像やアルバム閲覧の強要、
  自分ばかりが話す、ホームグラウンドをいいことに、
  自慢話大会などはNGとしたい。
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2.食事などを供する場合、
  もてなし側がサービスのために
  立ったり座ったりするのは感心しない。
  話題、話し合いを第一と考え、
  飲食はその次に。
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3.自宅に招く場合、
  事前にタイムスケジュールを示しておくとよい。
  「3時においでいただいて、
  旅行のときの写真など見ながらお話しして、
  6時ごろ夕食をとっていただいて、
  8時にはお開きというご予定ではいかが?」
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4.和風のもてなしの基本、
  玄関あたりに打ち水をする、花を生ける、
  水まわりをきれいにしておく、
  香りをつかう、衣服を整えるなどは、いまも手本にしたい。
  洋風には、玄関にウエルカムボードを掲げたり、
  ゲストから以前にいただいた絵ハガキ、アクセサリーなどを
  飾っておいたりする方法もある。
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5.宿泊をしてもらう場合、相手によっては
  自宅よりもホテルを使ってもらうほうが、
  相手にとっては気づかいが少ないことも。
  もちろん、事前に知らせておく。
  近くに適当なところがない場合はその限りではない。
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6.飲食店を選ぶ場合、「ここはおいしいから」と
  あまり強調しないほうが安全。
  むしろ「私はよく行くところだけど、
  お口に合うかどうか試してみて」くらいに抑えめに。
  「テレビで紹介された」「有名人がよく来る」などは無用で野暮。
  ネットで検索したところに
  初めて連れて行くなどは「もてなし」以前。
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7.家に招く場合、インドアだけがもてなしとは限らない。
  近くの公園に行く、公共施設を見学する、
  祭やイベントを案内するなどの方法もある。
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8.「もてなし」には、
  観劇、コンサート、スポーツの試合、
  旅行などへのご招待などもある。
  これには自分が同行する場合と、
  ペアチケットを贈る場合とがある。
  ペアチケットとなると、
  「贈り物」に近づくが、
  「もてなし」の定義から外れるとまではいえない。
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9.「もてなし」には、
  祝い事に関して物品や食品を
  プレゼントすることも含まれる。
  そうなると、伝統の中元や歳暮まで
  もてなしになってくる。
  それでも「もてなし」の定義からは外れないが、
  好意を示す、親愛の情を示す、という
  基本理念からすると、
  季節の行事までをも「もてなし」とするには
  異論があろう。

  つまり、パソコンで打った年賀状までもが
  「お・も・て・な・し」ということになってしまう。
  ここは基本に帰って、
  「こころのこもった対応」こそが
  「お・も・て・な・し」なのだ、ということにしよう。
  年賀状といわず、紙切れに書いたメモ書きでも、
  「もてなし」になることもある。
  教室で先生にほめられた子に、
  近くの席の子が「やったね」と書いただけでも、
  「もてなし度」は高いものとなる。
   つまりは、日常的なメールやハガキ、手紙にも、
  もてなし度の高低がある、ということ。
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10.イベントに集まる人への「おもてなし」の基本は、
   集まった、より多くの人が発言できる機会をつくること。
   飲食はその次。
   初参加の人には一言でも発言してもらうように問いかける。
   この点は、パルマローザや食コーチング関係の集まりは完璧。
   話し合いを好まない傾向のある日本人は、
   立食パーティなどでも、
   飲食を山のように用意する。
   食べ物で口をふさいでしまえば
   隣の人と話をしなくてもよい、ということか。
   ビュッフェは災害地での食糧支援とは違う。
   ゆったり話し合う場と考えたい。
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   忘れられがちなのは、
   その日、集まった人の氏名は
   全員が共有できるように図らうこと。
   あとから振り返ったとき、
   そこで、だれと同じ体験をしたかがわからないのでは空しい。
   「個人情報」とやらを拡大解釈して
   なんでも隠そうとするのは、
   「もてなし精神」を阻害する。
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さて、年末・年始の「おもてなしシーズン」
どんなアイディアで人をもてなそう。
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# by rocky-road | 2016-11-10 23:39  

水中スタジオに、ことしも。

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「いままで潜った海でどこがいちばんいいですか」とは
よく聞かれることである。
この質問に対しては、
あえて条件設定をしてから答えることにしている。
水中か、ビーチか、ホテルライフか、
水中の場合、魚の濃さか、透明度か、サンゴかなど。
「♪ 海は広いな、大きいな ♬」だから、
評価対象を絞っておかないと
誤解の元になる。
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これは『海と島の旅』という雑誌の創刊に
かかわって以来のことである。
創刊当時、海へのパックツアーを評価するページを設けた。
ここでは、食事や景観、アクティビティなども対象にした。
しかし、スポンサーのご都合もあって、
長続きはしなかった。
『暮しの手帖』のように、
商品評価をすることは
商業雑誌には容易のことではない。
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ともあれ、私のささやかな海の旅経験でいえば、
水中景観という点では、
沖縄の座間味島(ざまみじま)が
いちばん好みに合っている。
透明度、魚の濃さ、水中景観の美しさ、
そして、水中へのアクセスの容易さ、という点で。
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ここの古座間味ビーチは、
水中スタジオだと思っている。
波打ち際から1メートルと泳がないうちに、
コトヒキやコバンアジ、
マルゴバンの群がりや群れに出会える。
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困るのは、
那覇から島への高速船が
ちょっとした風雨で欠航することである。
真夏のベストシーズンなのに、
天気図にはかならず台風があって、
すぐに船は欠航する。
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半世紀近く通った結果、
いまさらながらだが、
台風シーズンを避け、
10月下旬から11月を狙えばいい。
沖縄といえども冬はあって、
そのころから寒くなると、風が吹く。
魚も減ってくる。
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そこでことしは、10月下旬を狙った。
秋が、いつもより早めに来た感じだが、
今回は、
スノーケリング初体験者を含むツアー。
「ぶらカメラ」とフィッシュウォッチング。
このパターンも、
これまで続けてきたことだが、
メンバーが若返った分、こちらもリフレッシュした。
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結果は写真のとおり。
今回は、映像にすべてをお任せしよう。
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# by rocky-road | 2016-11-05 23:14  

蒲郡で「三谷祭り」を見る。

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名古屋周辺に在住の3人の塾生から
 お招きをいただいて、
 愛知県のご当地祭りを見物した。
 「三谷祭り」(みやまつり)という。
 場所は愛知県蒲郡市(がまごおり)三谷(みや)地区。
 祭りは2016年は10月15日、16日の2日間。
 私は16日に伺った。
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 2つの神社の間を4基の「山車」(やま)が
 移動するのだが、
 途中で海の中を行く場面がハイライトとなる。
 山車の上にはお囃子方の子どもたち。
 山車を支える男たちが100人近く。
 山車を曳く男たちはおよそ200人。
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 たぶん、海中は砂地なのだろう、
そこをおよそ300メートル、
山車はゆっくりと移動する。
大潮の日を選んで行なう理由がよくわかる。
水位が下がるので、大きな山車が
海の中を進むことができる。
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それにしても、海底が岩場では、
山車(やま)にとっては不安定すぎるし、
砂地だとしても、車がのめりこんだりしたら動かなくなる。
300年の歴史のある祭りという。
最初にこれを試みた人のアイディアと勇気に感心する。
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東京の祭りしか経験していない者からすると、
祭りにしては静かである。
確かに祭囃子は流れてはいるが、
人の表情が柔らかだし、ゆったりとしている。
はしゃいで走り回るような子どもも見当たらない。
東京の祭りでは、参加している男たちの表情がキツイ。
戦闘モードであり、実際、あちこちで衝突が起こる。
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東京に限らず、ときに死傷者が出るような
荒くれた祭りは各地にはある。
愛知県人は郷土愛が強いそうだが、
それも荒くれない一因なのか。
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三谷祭りの穏やかさは、
神事としての意識を参加者が持ち続けているからだろう。
また、参加者の年代の幅が広い。
子どもから高齢者まで、
各層のバランスが実によい。
高齢者が、年長づらすることなく、
みんなが溶け合っている。
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日本中の若者がスマホ依存症に
かかっていると思っているが、
少なくともこうした祭礼の日には、
スマホをのぞき込む者はいない。
そういう機会のある地域が、
この日本にもまだあることを知って安堵した。
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祭りはシーサイドに限らず、
神社の境内でも行なわれていた。
ここでも、奉納する数パターンの踊りを
いろいろの年代層のグループが
分業して行なっているのであった。
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この多面性が気に入った。
1点に集中するのではなく、
広い地域のあちこちで、
いろいろのメンバーが、いろいろの目的で動いていた。
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その多様性は、なぜかアメリカのショーを連想させる。
アメリカ人のショーには、
幕間に当たるものがないことが多い。
あるショーが、右から左へと展開し、
それを目で追っていると、
いつの間にか右手からは、
次のショーの一団が入場してきて、
パフォーマンスを始めていたりする。
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三谷祭りでは、
神社の境内は階段になっていて、
階段と階段の間のスペースで、
いくつかのグループが舞を舞っていた。
まさに階段の「踊り場」なのであった。
それを追って見物した。
歩数計によれば、
1万歩以上は歩いたという。
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1年前から計画した、
私の誕生日へのプレゼントとのこと。
祭のあと、竹島水族館を見学し、
名古屋経由で東京に戻った。
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# by rocky-road | 2016-10-18 23:59  

そして、いまも「スノーケリング」。

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10月末から11月にかけて、
いつものように沖縄県の那覇市に近い、
慶良間諸島、座間味島(ざまみじま)に
スノーケリングの旅に出る。
50年近く通っている、
水中スタジオのような島である。
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これに同行する栄養士、ケアマネージャーたちが
自主的にスノーケリングの講習を受けたと聞いて、
大いに明るい気分になった。
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日本のレクリエーションダイビングの歴史の中で
栄養士やケアマネージャーが
ダイビングやスノーケリングを経験した、
という例なら、いくらでもあるだろうが、
「健康支援者」というくくりで、
スノーケリング講習を受けた、
という話は、そう多くはないはずである。
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講習は、2016年10月8日、
千葉県にある室内プールで行なわれたという。
指導は、東京新宿でダイビングショップ
「マナティーズ」を開いている山崎由起子さん。
ずいぶん多くのダイビングインストラクターと
かかわってきたが、
女性のオーナーは珍しく、
それよりもなによりも、
気力・体力、心配り、アクティビティにおいて、
彼女を超える人は知らない。
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女性が講習を受けるなら、
あるいはツアーガイドを頼むなら、
この人こそドンピシャリである。
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以上のプールの水中写真は、
彼女にお願いして撮っていただいたもの。
水面上は、甲斐和恵さん撮影。
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いまは「シュノーケリング」という人が多い。
もう30年以上前になるだろうか、
水中造形センター発行の『マリンダイビング』や
『海と島の旅』という雑誌、
その他の刊行物の用語統一を図ったとき、
「スノーケリング」「スクーバダイビング」を採用した。
外部スタッフとして私もかかわっていたが、
現状はどうなっているかが気になって、
編集部に問い合わせたら、
いまも同様だと聞いてほっとした。
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が、世間では、インストラクターまでが
「シュノーケリング」という。
しょせんは日本語だから
(カタカナ表記という意味で)、
どちらが原語に近いか、なんていう議論はナンセンス。
ともあれ、なじんだコトバが変わるのはいやなもので、
私は生涯、「スノーケリング」で通すつもり。
「スノーケリングピープル」
というクラブを作ったこともあって、
「シュ」か「ス」かは大問題である。
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前にも書いたような気がするが、
スノーケリングにしろダイビングにしろ
「地の果てから始めるもう1つの旅」が
私の定義の一部である。
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日本では、
スノーケリングはスクーバダイビングの準備として
位置づけられがちだが、
私としては、スノーケリングは独立した
レクリエーションだと思っている。
「旅」の自由さという点でも、
スノーケリングは利点が多い。
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旅のおもしろさは、
「足の向くまま、気の向くまま」である。
その点でスノーケリングは、
この自由さを持続することができる。
その地にダイビングサービスがあろうがなかろうが、
どこの海、湖、川、池でも、
その水面を歩くことができる。
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実際、ある公園の池で、
うじゃうじゃいるコイを水中で撮りたくて、
そっと水中マスクと水中カメラを持ち込んだことがある。
が、監視員が何回も巡回するので、目的を果たせなかった。
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しかし、大分県の佐伯の水族館のプールで
マンボウが一時的に飼育されていると聞いたときは
もう我慢ができず、
飛んで行って、水中撮影をさせてもらった。

沖縄の座間味島は、
ダイバーには知られるスポットだが、
われわれが旅するビーチは、
むしろ海水浴のビーチ。
そこが狙い目で、実に多くの魚が集まっている。
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そんなところで、
スノーケリング講習をやっている時間はない。
とはいえ、50年近く、
そういうことをやってきた。
が、いまは晴れて、
スノーケリングの基礎を身につけた健康支援者と
地の果てからの旅を楽しめる。
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スノーケリングだけを目的に講習を受ける人は少ないし、
ショップもそれを嫌う傾向がある。
客単価が低すぎるからである。
が、そこはマナティーズ。
フロリダにあるクリスタルリバーという川に
冬場、海に生息するマナティが集まる。
ジュゴンに似た海洋哺乳動物である。
これを見物するのはスノーケリングだという。
マナティーズは、しばしばそこにツアーを出す。
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スノーケリングとダイビングを始めて52年、
スノーケリングだけの講習を
引き受けてくれるショップがあるというのは、
私には奇跡のように思える。
講習を受けた人たちは、
海での講習は省いて、
いきなり魚たちと対面することになる。
(そうは、うまくはいくまいが)
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昔、初めてこの海をのぞいた女性が
「大変、たいへん」と叫んだことがある。
事故かと思って走って行ったら
彼女は魚の多さに驚いて、
「たいへん」と叫んだのだった。
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さて、ことし「たいへん」を叫ぶのはだれなのか。
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海の陸、水中の写真は大橋撮影。
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# by rocky-road | 2016-10-12 23:21  

模倣はクリエイトである。

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今年、2016年6月5日の誕生日のプレゼントとして、
パルマローザのみなさん、
ロッコム文章・編集塾の塾生、
その関係者の方々から、
「韓国旅行」をいただいた。
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事前に作っていただいたパンフレットには、
「大橋先生と行くワクワク・ウキウキ韓国2泊3日」
とあったが、
私にとっては2008年の初回訪問以来2度目。
まったくの不案内の行先であって、
みなさんをワクワク・ドキドキさせるのはムリ。
みなさんに着いてゆくだけの気楽な旅……のつもり。
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メインテーマは、
ファッショングッズの物色と食べ歩き。
このテーマは、わがレパートリーの1つでもあるので、
充分に楽しむことができた。
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日本の女性の衣服の多くは
メイドイン・アジアだが、
メイドイン・コリアの一部は
デザインそのものをクリエイトしている様子。
つまり日本の下請けではなく、
オリジナリティを発揮している。
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専門家から見ると、
世界のファッションの動向から、
「いいとこどり」をしている
といわれるのかもしれないが、
むしろ世界の動向をヒントにして、
より大胆なファッションをクリエイトしているように思える。
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それは、わが日本の「いつか来た道」でもある。
昔は「模倣が得意なジャパン」といわれたが、
実際には、そこから新しいものを生み出してきた。
今日の模倣、というよりコピー大国は中国だが、
このほうは、完全無欠な「ニセ物」である。
こういうルートをたどって、
センスもマナーも近代化してゆくものである。
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これを不快と感じてはいけない。
Jポップスの歌詞は、
すでに数十年にわたって、
「完全無欠」なニセモノ外国語を使って、
国籍不明のソングスを生産し続けている。
いとしのエリ―さんや
五番街のマリーさんは、
何県何街何番地に住んでいるのか。
欧米風の虚構の世界である。
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それを非難しているのではない。
文明・文化の流れとは、そういうものである。
かくして、
アメリカ生まれのジャズの一部はJポップスとなり、
ラーメンやカレーライスは
天下晴れて日本料理となったのである。
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いまや(といってもかなり前から)
韓国の女性服の一部デザインやアイテムは、
先進国の下請けから脱して、
少なくともアジアをリードしつつある。
生地の色のバリエーション、
デザインのバリエーションの多様性には、
昔の「アメ横」体験者といえども圧倒された。
もっとも、
これらのファッションは観光客向けなのか、
自国民向けなのか、
その判断は、いまは情報不足でできない。
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とにかく、妙にカッコをつけず、
思いつきをどんどんカタチにしている。
日本人には、ここまでの勇気はなかった。
フランスのシックに憧れるような、
遠回り(?)をすることなく、
テレビファッションでもなんでも、
どんどん商品化してゆく。
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見落としているのかもしれないが、
日本で見かける「国防色」(こくぼうしょく=オリーブ色)が
あまり目につかなかったのは、
この旅の収穫の1つといえる。
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メンズジャケットの店には
黄色や赤、ロイヤルブルーが飾られていた。
日本にも、ダンス系やホスト系の店には、
こんな衣服が展示してあるが、
これを日常使いする例は、あまりない。
むしろ、私がそのごく一部の実践者かもしれない。
徴兵制のある国で、
だれがこれを着るのか、首をかしげた。
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街は深夜を過ぎでもにぎわっているが、
さっき見たような服を着ている女性はいない。
夜中の街歩きに、あのファッションはありえない。
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では、昼間は? 働く人たちは? オフィスでは?
全部を「視察」する時間も機会もなかったが、
帰りの空港で見た地元のテレビに、
あの恰好をした女性アナウンサーやキャスターが
映し出されていた。
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ファッションビル、日本風にいえば雑居ビルに
ひしめいているミニサイズのショップに、
倉庫としか思えないほど積み込まれた衣服の需要は
どこにあるのか。
日本から業者が買いつけに来るとは聞いたが、
それにしても、その量が多すぎる。
この需要を上回る過剰生産力が、
デザインのバリエーションと価格の安さを生んでいるのか。
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転業の余地が少ない地域の事情が
この活力を生んでいるのだとすれば、
ハングリー精神は、
やはり人間に強いモチベーションを与えると
改めて実感した。
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ところで、5階まであるビルのショップ群。
日本と同じように、
「メンズ」は4階、5階へと追いやられている。
のぞいてみると、客は1人2人。
こわいくらいのフロアの静かな空気。
秘密アジトに迷い込んだかと緊張したが、
売っているものは、
1か所のホスト系(?)を除いては
日本のメンズコーナーと変わらない。
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よほど客が来ないのか、
エレベーターホールや階段近くのスペースに
不要になった商品のゴミ袋入りが
放り投げられていた。
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この光景を見て、あることを思った。
日本では、かつて有給休暇の消化率がきわめて低く、
「日本人は働き過ぎ」と欧米諸国から非難された。
趣味がないから働く、
「余暇」ではなく、「与暇」(与えられ暇)に甘んじていた
日本人の閉塞的人生を緩和したのは女性だった。
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休暇をとったあとの月曜日、
「疲れたのでもう1日休みたい」と
追加申告をする女性の勇気に、
内心、「敵ながらあっぱれ!」と思った。
今日、男にも育休や産休が与えられるという休暇事情は、
堂々と(ぬけぬけと)休暇を求めた女性の功績によるところが大きい。
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いま、女性たちは、
山と積まれた衣服を買い求めた以上、
午前と午後に1回ずつお色直しをしたくなるほどの
ライフスタイルへとシフトすることだろう。
それこそ、平和運動そのものである。
それは「戦前」の期間を延ばすことにもなり、
もし、男たちがこれに倣うことができれば、
健康寿命を延ばすことにプラスに働くことだろう。
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以上が、徴兵制のある国で感じたことの1つ。
次回の韓国行きがあるとすれば、
軍事基地などをコースに入れて、
軍服姿の男たちにインタビュ―したいと思う。
そのときはもちろん、
イエローかレッドのジャケットを着て。
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# by rocky-road | 2016-09-29 21:13  

30食品~四群点数法~10食品。

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去る9月14日の夜、
「NHKジャーナル」というラジオ番組を
たまたま耳にした。
『老化を遅らせる食事法』という番組。
人間総合科学大学教授の熊谷 修氏が、
その内容を説明していた。
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年齢が高くなるとコレステロール値や血糖値、
血圧を気にする人が多いが、
それ以上に気にしなければならないのは
たんぱく質の不足やエネルギー不足だという。
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氏による、
番組以外の説を参考にすると、
近年、血液中に含まれる血清アルブミンの低下が
老化や認知症、その他の生活習慣病のリスクを
増大させることが
外国の研究者などの間でも
明らかになってきたという。
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血清アルブミンは
摂取した良質たんぱく質を材料にして
肝臓で合成されるという。
この成分は、血中の60%を占めるといい、
これより下回ると抗酸化機能が落ちたり、
放熱作用が落ちたりするという。
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高齢者の熱中症の一因は、
血清アルブミン量の不足から
つまりは摂取たんぱく質不足から
外気温で上昇した体温を、
放熱することができなくなるため、とする。
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結論は、「粗食」や、1日2食などではダメで、
毎日80㌘ほどの肉をとる必要がある、と。
近年の高齢者研究者には、
肉をすすめ、
「ちょっと太め」をすすめる人が多い。
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数年前から
「肉など脂っこいものをたくさんとると
生活習慣病をふやし、『食の堕落』を進め、
それは民族の危機」との珍説を展開し続けている
農学系の某発酵学者がいるが、
このセンセイの意見を聞いてみたいものである。
この発酵学者は、昭和30年代まで続いてきた
海藻、根菜、魚、豆、米を基本とする和食は
栄養バランスが理想的、と公言し続けている。
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NHKジャーナルの話に戻って、
熊谷氏は、老化を遅らせる食事の大切さを述べ、
その事例を「いまからいう10の食品を
リスナーのみなさんは書き取っていただきたい」と
ことわって、以下の食品をあげた。
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①肉、②卵、③牛乳、④油、⑤魚介類、
⑥大豆製品、⑦緑黄色野菜、⑧芋、⑨くだもの、⑩海藻
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これらの食品を1日3回の食事によって
均等にとることをすすめていた。
この中で、量を示したのは肉の80㌘。
食品の品目で見れば、
食事摂取基準に近いものになっている。
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しかし、量の目安がないうえに、
適正エネルギーについての説明もないので、
この放送を聞いただけでは、
実行しにくいし、実行したとしても、
長続きはしないだろ。
漫然と10食品をマークして、
それを毎日とるには、食品が散らばりすぎている。
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文明や文化もまた、
つねに右肩上がりではないことは承知しているが、
分野が違うと、
これまでの歴史が生かされず、
およそ50年くらい後戻りしてしまうものかと
またまた慨嘆した。

つまり、1958年には、
いろいろの経過を経て、「四つの食品群」が
香川 綾先生によって提唱されていた。
(女子栄養大学創立者、医学博士)
この食事の目安は、
当時の「栄養所要量」に基づいて
1日にとりたい食品を4つのグループに分け、
性、年齢、労働量などに応じて、
その摂取概量を示したものである。
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第1群として、卵は1個、牛乳をコップ多めに1杯。
第2群は、肉と魚、その加工品を1日2皿。
第3群は、緑黄色野菜と淡色野菜を合わせて300㌘。
     (今日では350㌘)
     芋1個、
くだもの1個(リンゴ、みかんなら2個)
海藻、きのこは任意の量。
第4群は、穀類(米、パン、麺など)を
     1日3食。ご飯は茶わん軽く1杯程度。
     パンは食パンなら2枚、
     麺なら1わんを1食分とする。
     油脂は、1日、計量スプーン1杯
     菓子や砂糖、嗜好飲料は
     毎日とるべき食品ではないが、
     とる場合は、この群の食品として扱う。
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「四つの食品群」の食品は、
「老化を遅らせる食事」と大差はないが、
それらを4つの引き出しに入れて覚えるので、
整理はしやすくなる。
卵と牛乳は第1群だから、
朝食で、真っ先にとるようにする、
などの原則を作ってしまえば、
あとは3つの群のコントロールである。
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この「四つの食品群」はとるべき量を
1個とか2皿とか、概量を示すほか、
それぞれに重量を示している。
上記のものは家事を専業とする
主婦の必要エネルギーをベースにしたものである。
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のちに、食品の重量を、80キロカロリーを1点として、
1日20点(1600キロカロリー)を基本量とする、
「四群点数法」へと発展し、
中学、高校の一部の教科書にも採用された。
『食品成分表』に収載されている食品を
1点80キロカロリー当たりの重量に置き換え、
冊子にした。
『1点80キロカロリー成分表』という。
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エネルギー単位に食品の重量を示したのは、
当時、1960年代前半ころから、
肥満や「成人病」(当時)が顕著になってきたためである。
「卵は1個がほぼ1点(80キロカロリー)、
魚は、アジなら1匹が1点」というように把握する。

栄養学はここまで前進してきた。
食品栄養学、食品化学、栄養生理学、
ビタミン学などの研究実績をもとに
「食事摂取基準」というガイドラインが
省庁から数十年にわたって示され、
さらに、毎年行なわれる国民健康栄養調査などの
成績も加味して、ゼロ歳から高齢期の人までの、
労働量別の適正摂取栄養量の
ガイドラインが示されている。
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医学の分野では、
ここ30~10年くらいのあいだに
治療から予防へと急速にシフトしてきた。
この過程で、栄養学に関心が向くようになる。
が、栄養学の基礎知識を学んでいないから、
とかく部分対応になる。

アンチエージング分野では、
こんな微量成分がいい、
こんな食品がいい、と、
単品をすすめる学者が多かった。
「多かった」と表現するのは、
「アンチエージング」説の流行が
ほぼ終わったと見るからである。

ドクターや、栄養学以外の学者には、
国民健康栄養調査や日本の栄養学史を
チェックしている人の割合は低かろう。
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かれらには「三色食品群」や「1日30食品」
のことを知っている人は少ないと思われる。
つまり、食品に含まれる栄養素の特徴別に
食品を分類するだけでは、
量のコントロールができないことを
調理経験や食生活運営経験のない者には、
なかなか理解できないのである。

昔(1980年代)、厚生省が提案した
「1日30食品を」運動などは、
「七色とうがらし」をとれば7品はとれる、
というようなお笑いネタにまでなった。
毎日、とりたい食品を30品だ、10品だと
並べただけでは、
ルートを示したことにはならないので、
食生活の地図にはならないことに
大半のドクターや専門外の学者の思いは至らない。
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悲しいが、それが現実である。
しかし、彼らの無知や浅学を嘆くだけでは
問題は解決しない。
その原因は、むしろ栄養士の怠慢にある。
「四群点数法」を学んだ栄養士が、
それを普及することを怠ったか、
それに全力を注がなかったことが
遠因としてある。

それをさらに掘り下げると、
栄養士のコミュニケーション能力の低さにある。
話す力、書く力の強化を怠ったために、
情報を遠くに飛ばすことができなかった。
「1日に何をどれだけ食べるか」という
食の地図を人に示し、
実践してもらうところにまでもっていくには、
論理も、情緒も、さらには哲学も必要になる。
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相手は専門家ではなく、一般市民である。
よけいに情報発信力が必要になる。
学ぼうと思っていない人たちの関心を引くには、
よほど魅力的な話し方、書き方が求められる。

というところまできて、
「だったら、アンタだって、一端の責任がある」
という声が聞こえてきた。
「栄養士、健康支援者のコミュニケーション力、
表現力の強化を目的に授業を行なっているのに、
なぜ、栄養学の分野にすぐれた論者が出てこないのだ」と。
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指導法の問題なのか、
目標設定があいまいなのか、
珠玉(「じゅず」ではなく、「しゅぎょく」)の
人材に不足があるのか、
かれらもモチベーションの低い世代なのか、
さらに熟考してみたい。

と同時に、
一時、研究分野でしきりにいわれたように、
「学際的」な人的交流も必要だろう。
ドクターや、栄養学に弱い学者と栄養士とが、
コラボレートすれば、
いくらか状況が変わるだろう。
だがだが、
果たして、そういう連中、
つまり、ナイーブで、視野狭窄気味のドクターや栄養士が、
放っておいたままで
自主的に交流ができるのか。
ここにもコミュニケーションの
ハードルがあるのが現実である。
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# by rocky-road | 2016-09-21 17:05  

企画会議、いまは昔――にあらず。

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いま放送中のNHKの連続テレビ小説に
しばしば編集部の室内シーンが出てくる。
仕事中のシーンや同僚との会話、
上役とのやりとりなど。
編集会議らしきシーンもある。
が、なぜかみんなトゲトゲしている。
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終戦直後の、モノのない時代だから、
と考えるのは間違いで、
実際には、もっと明るく、のびのびしていた。
あんなに深刻な顔ばかりはしていなかった。
演出の過剰なのか、演技力の問題なのか。
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現実の『暮しの手帖』は
やがて100万部を超える大ヒット出版企画である。
なのに、あの暗さ、あのトゲトゲしさはないだろう。
私自身も長いあいだ購読し、
おもに文章力を学んだ。
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番組の編集会議シーンでは、
長方形に並べた机の頂点に
社長および編集長が座り、
かつ、編集長(?)は
立って演説調で発言しているのだった。
柔らかな会議では、立ってはいけない。
演説をしてはいけない。
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過日、≪コミ研 ひろしま≫のセミナーで、
戦後まもなくアメリカから伝わった
「ブレーンストーミング」
という話し合いの形式が、
今日に至るまで、
日本中に行きわたったとは言いがたい、
という話をしたが、
『あなたの暮し』(番組中の誌名)の編集会議は、
古き良かざる時代の形式である。
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リアルな時代考証によるシーンなのか
(実際、スタッフの少なからずは生存している)、
テレビ制作者の創造的(想像的)シーンなのか、
定かではないが、
あの形式では、
打打発止(ちょうちょうはっし=刀で撃ち合う状態)
といえるような「ブレスト」はしにくい。
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創設者の花森安治(はなもり やすし)氏が
よほどのワンマンだったことを言いたいのか、
実際、ああいう形式で会議を行なっていたのか
番組からは推測できない。
花森氏が亡くなったのは1978年というから、
私が食生活雑誌の編集長になった年である。
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私はオーナー編集長ではないし、
そして労働組合全盛期でもあったから、
あんなワンマンは通らなかった。
それに、そこまでワンマンでありたいとも
思わなかったので、私の場合は
もう少し「ブレスト志向」があったと思う。
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つまり、司会進行によって
きっちり進められるような
四角四面の「会議風」ではなく、
前の発言者のアイディアに
別のアイディアを上乗せしていくような
聞き覚えのブレスト風を
目指したつもりである。
1日かけて、飲食つきで行なったこともしばしば。
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ブレーンストーミングのルールはそういうものだが、
そこは発言が控えめな日本人のこと、
とても談論風発というわけにはいかない。
「参加型」というのは簡単だが、
ミーティングでも講義でも、
参加者はなかなかしゃべってはくれない。
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そこで、
どうしても『あなたの暮し』編集部風になる会議が
2016年の日本中にはゴマンと、
いや数百万とあることだろう。
『あなたの暮し』社は、
戦後、すぐにスタートした版元だから、
そういうワンマンスタイルが続いたのかもしれない。
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アメリカ人の行なうブレーンストーミングを
間近で見る機会はなかなかないが、
2014年11月29日、
その機会が突然やってきた。
映画『ベイマックス』や
『アナと雪の女王』のプロデューサー、
ジョン・ラセター氏の伝記的レポートを
NHKテレビが放送した。
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3Dアニメ映画の『ベイマックス』の制作過程に
「ストーリールーム」とか
「ノートセッション」とかといった場で、
30人は超えると思われるスタッフが、
映画の主人公たちの心理描写、
表情の描き方などについて、
司会者らしい役も置かず、
意見交換をしているのだった。
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これぞまさにブレーンストーミングである。
総指揮者のラセター氏は、
端のほうで黙って見ているくらい。
この番組を見て、
アメリカ人のディスカッション力に完全脱帽。
日本人との差は100年どころではない、
と感じた。
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そうではあるが、
いや、だからこそ、
ブレーンストーミングやディスカッションの
スキルアップを続けなければならない。
こういう話し合いができること、
言い換えれば企画力を養うことは、
商品や記事をヒットさせる、という程度の話ではなく、
地域の、国の、地球人の生存にかかわる問題である
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そう思うと、
一部の健康支援者が5年間続けている
「食ジム」は、そうとうに意味があることと思う。
テレビ小説『とと姉ちゃん』を観ている人は、
会議シーンや、上役の登場シーンのときには
企画力を高めるための反面教師とするのも
一法かもしれない。
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# by rocky-road | 2016-09-12 00:02  

ときには、自分に不正直に。

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2人の海仲間から
うれしい情報が入った。
 
その1人は、自然保護協会が発行する
自然保護』という雑誌の
昨年の「表紙写真コンテスト」に応募し、
それが入選して、
この10~11月号(隔月刊)の表紙に使われた、というもの。
その雑誌が、
撮影者(井出哲哉)から送られてきた。
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去年、沖縄の座間味島(ざまみじま)で撮ったという
ハマフエフキ、約60センチの大きな魚の真正面写真。
ダイビング雑誌でも、
ここまで魚のド・アップ写真を使うことは多くはない。 

もう1人は、
昨年、出版した『評伝 増田萬吉 潜水の祖)』
という本が、
岩手県にある、種市(たねいち)高等学校の教科書として
採用されることになったため、増刷されたという。
この高校は、日本で唯一の、
プロの潜水士などを養成する学校である。
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彼(鷲尾絖一郎)には、
すでに『海で死なないための安全マニュアル
もし、サメに襲われたら
十姉妹の謎を追う!』など、
海ものと、飼育小鳥のルーツをたどる著書などがある。
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私がスノーケリングのクラブの創設にかかわり、
同時に海と島への旅を始めたのは1964年。
クラブには20年間で600人くらいの人が
通過していったが、
活動の中心になるのは、最大で70人くらいだった。
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スノーケリングやスクーバダイビングを
地の果てから始めるもう1つの旅ととらえ、
国内のいろいろの海におもむいた。
私がダイビング雑誌の編集にかかわっていたこともあって、
ダイビング界の動向について話題にすることがあった。
それの結果なのか、
編集や著述業を希望の人が何人か出てきた。
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といって、スノーケリングのクラブは、
著述家や編集者の養成機関ではないから、
とくにその道をすすめるような野暮は避けてきた。
しかし、その道を目指す人には、
ある程度の口利きをして、
あと押しくらいはした。
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そんな日々から40~50年、
本格的な出版プロデューサー兼著述家になったり、
ゼロ戦ライターとして
独立したりした人が何人か出た。
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最初にあげた「ハマフエフキ氏」は公務員として定年を迎え、
以後、俄然、写真や著述に目覚め、
あちこちへアクションを起こしている。
スタートに遅すぎることはない。
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いま、ロッコム文章・編集塾を主宰したり、
能登や広島でコミュニケーションについて講義する目的は、
プロフェッショナルのスキルアップであるが、
心の底で、さらにその先を目指す人が出てくるのを
期待しているところがないとはいえない。
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しかし、それを前面に出すと
無用なプレッシャーをかけることになるので、
そういう(どういう?)話題やアクションは
控えるようにしている。
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栄養士の中には、
なぜこんなに有能な人が
情報発信者にならないのだろうか、と、
思わせる人も少なくなかったが、
本人の描く人生設計図は意外に小さくて、
いまの仕事で充分と、引き下がってしまうのだった。
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また一方で、
なかなかのノリでその道を選びながら、
不勉強と、人脈づくりや人脈維持の不得手から、
いつの間にか消えてしまった人もいる。
そういう人のほうがはるかに多い。
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人生は、確かに「マイペース」や
「自分に正直に」「自分らしく生きる」のほうが楽である。
マイペースや「自分に正直に」は、
シッチャキになって努力をしない人間の、
自分をごまかす言であり、生き方である。
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人間は楽なほうを選びがちだから、
「自分に正直」や「自分らしく」は、
楽な生活に逃げることを意味する。
大事なのは、ときに、自分に不正直に生きる根性である。
この場合の「不正直」とは、自分の感性に対してである。
眠くなった自分に「それはヤバいよ」と言ってやることである。
知力は、眠気や怠惰を防ぎ、
あしたの「快適」「爽快」をイメージすることができる。
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「アリだってゴキブリだって、自分に正直に生きている」
と、言ったことがあるが、
考えてみれば、アリやゴキブリに失礼な発言である。
≪ゴキブリホイホイ≫をはじめ
駆除薬剤の攻撃から逃れて生存してゆく苦労は
人間なんぞにはわからない、
「倍々ペース」の人生であろう。
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この8月28日、
≪コミュニケーション研究会 ひろしま≫主催の
セミナーが終わった。
年4回のペースで1年目が終わり、
次のクールに入るところである。
この日は、「企画力、アイディア力は文章をこう使えば
強化できる」という演題で1日講義をした。
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ここのメンバーからも、
次の目標を定めつつある人が
現われることになるだろう。
その日までの時間はたっぷりある。
人生は、最後の最後まで、登り坂である。 
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# by rocky-road | 2016-09-02 00:51  

魅力的なスピーチと、魅力的な食事。

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オリンピックの女子レスリングの金メダル優勝者が、
判定直後、喜んで近寄るコーチを
2回、一本背負いで投げ倒す、
というパフォーマンスがあった。
しっかり準備をしたうえでの喜び表現だった。
そのユーモア感覚に感心した。
しゃべりを得意としないスポーツ選手は、
コトバ足らずのコメントをするくらいなら、
こういうパフォーマンスのほうがすがすがしい。
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これと反対に、
女子マラソンで、
10位にも入れなかった日本の選手が、
まるで一位でゴールしているような、
いけシャーシャーとした
フィニッシュポーズをしたのにはあきれた。
おまけに、インタビュアーに
「オリンピックには出るもんだねぇ、楽しいよ」だと。
書き留めなかったが、ガラの悪い仲間コトバで
あっけらかんとしたコメントをしていた。
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入賞するにしろ予選落ちするにしろ、
コメントを求められたときの対策くらい立てておくのが
世界クラスの選手と、
その養成関係者の責務だろう。
わが家の近くには「トレセン通り」(トレーニングセンター)や
「アスリート通り」がある。
ロッコム文章・編集塾も近いことだから、
「コメント トレセン通り」を
引き受けてもよいと思っている。
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プロのトーク力もたいしたことはなく、
あの超人的短距離ランナー、ボルトに、
「プレッシャーをどう克服しましたか」と
インタビューをするNHKの女子アナがいた。
当然、彼の答えは「いや、プレッシャーは感じなかった」
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ハナからプレッシャーがあると
決めつけのある問いかけは、
プロ、アマにかかわらず厳に慎みたい。
ダントツ世界1のトップランナーに
「プレッシャーをどう克服した?」とは、
失礼だし、相手の偉大さをわかっていない、
なんたるおバカだろう。
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さて、8月13日の「講話力セミナー」では、
受講者から有効な質問や問いかけがあった。
その1つが、「魅力的スピーチ、魅力的な講話とはどういうものか」
というものであった。
だれもが、そういうものがあれば知りたいと思う。
が、「魅力的な話し方」というものはあるにしても、
「魅力的なスピーチや講話の内容」は一期一会のものだから
「定番」を決めることは、むしろ避けたい。
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スピーチや講話は、
その都度、目的もテーマも違う。
聞き手の属性も違うし、人数も時間帯も違う。
食事になぞって考えればよくわかる。
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日本人の食事には季節感が求められるし、
朝は朝らしく、昼は昼らしく、
夕は夕らしくありたいと思う。
そのうえ、外食してきた家族の外食メニューとも、
バッティングしないように気をつけなければならない。
だから食事のことを「瞬間芸術」などともいう。
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「芸術」とまではいわないが、
スピーチも講話も、クリエイティブな行動である。
充分な準備と、その場、その場での対応、
まさしく「空気を読む」能力。
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ボルトに「プレッシャーは?」と
愚問を発するようなのは、
空気が読めないタイプだから、
「魅力的なスピーチも講話」もできない。
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毎度のことだが、
アナウンサーは「読む人」であって「語る人」ではない。
それを誤解すると、相手にプレッシャーをかけることになる。
「語れるアナウンサー」は、100人に1人、
500人に1人というくらいに
見積もっておいてあげたほうが親切。
そのことは、アナウンサー養成機関や
アナウンス部の上層部こそ、
わきまえておいてほしい。
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スタートした講話シリーズでは、
幅の広い「専門性」を持つ、
「魅力的なスピーチや講話」をこなせる
健康支援者を目指してサポートをしたい。
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# by rocky-road | 2016-08-20 22:33  

あなたは10人の前で講話ができますか。

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いよいよ「講話シリーズ」の第1回が始まった。
≪食コーチング プログラムス≫主催で、
第1回が2016年8月13日(土)、
以降、第2回は10月22日(土)、
第3回は12月17日(土)を予定している。
いずれも横浜市内。
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食生活雑誌編集者時代、
「栄養士のための講演の仕方」
という企画をしたが、
大学教授を含む企画会議で却下された経験は
仲間内で話したことがある。
企画が必要なくらい、
当時も(?!)
栄養学関係の教員の話はつまらなかった。
それを今回、
影山なお子さんが、
セミナーとして取り上げてくださった。
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30年ぶりに、昔の企画を復活できたことは
それ自体は格段うれしいことではないが、
この企画がいまも通用すること、
いや、ますます必要度が増していること、
それがわかる人が存在することが
日本の「健康界」(初使用、そういう「界」が
そろそろあってもよさそう)にとって
うれしいことではないかと思う。
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もう1つうれしいのは、
わが恩師の旧著
『日本人はこう話した 言論100年』
(芳賀 綏<やすし> 著 実業の日本社刊 1976年)
の一部を、
テキストとして使うことができたこと。
福沢諭吉が英語の「スピーチ」を
「演舌」「演説」などと訳したとされる
通説の裏事情が書かれた部分を
今回、みなさんに紹介できた。
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といって、裏話のおもしろさの紹介ではない。
日本人の習慣にはなかった
人前での「1人語り」の必要を
明治維新後、福沢諭吉が強く説き、
それを実践してきた、
にもかかわらず、
今日の教員、代議士、弁護士に見るように、
日本人のスピーチ力にいかに進歩がないか、
それを知っていただき、
少し気合を入れていただくためだった。
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ところで、「講話」とは、
日本人の感覚では、スピーチよりは長く、
講演よりは短めで、
内容的には、スピーチよりはテーマや起承転結がしっかりしていて、
講演よりは軽めのもの(とも限らないが)
という認識でよいだろう。
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今回のセミナーでは、
極力講師のしゃべりは少なくし、
みなさんの実演、みなさんとのディスカッションに
時間を割くことをコンセプトにしている。
みなさんの活動報告などに、
「講師の講義の中で……」などという
フレーズがあったら、
それは「コメント」のことだと
理解していただきたい。
「コメント」を「講義」と誤訳されるようでは、
講師のメンボクはつぶれる。
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このセミナーのご案内に
一生の財産としてのスピーチ力、司会力
としたが、これはけっして誇張ではない。
人が3人以上集まれば、
スピーチ力も司会力も必要になる。
幼稚園でも老人ホームでも、
その能力は個人の存在感、求心力、
その結果としての幸福感の質と量に関係してくる。
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今回は、全員(29人)に
3分間スピーチをしていただいた。
内容については、以後のセミナーで、
より詳細に論評してゆくが、
それ以前の問題として、
まだ表情、声量が複数の人対応にまで
できあがっていない人が少なくなかった。

野球でいうと、「遠投」が足りない。
野球選手の基礎能力の1つは肩のよさ。
イチロー選手のように、
外野フライからタッチアップで
ホームを狙うランナーを
スピード返球で刺すことができるのは、
遠投で肩を鍛えたからにほかならない。
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声が2メートル先の人に届かないのは、
声の遠投トレーニング不足以外の
なにものでもない。
声のボリューム調整力の不具合は、
もって生まれた声量の問題ではさらさらなく、
聞き手となる人々の
表情や反応を読み解こうとしない
不注意か怠慢かにある。
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それと、耳が遠くなってわかるのは、
人はいかに表情でしゃべっているか、
ということである。
声が不鮮明でも、表情を見ていると
なにをいおうとしているかが、ある程度はわかる。
聴覚障害の人の会話を見ていてもわかるが、
いかに表情をつけて会話をしているか、である。
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声が小さく、
表情に「遠投」モーション、
言い換えれば表情で話さない人の話は、
たいていの場合、
話の内容が聞こえなくてもさほど損失はない。
聞こえたとしてもつまらない話である場合が多い。
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声が小さく、表情がないから話がつまらなくなるのか、
つまらない話しかできないから
声や表情がウサギの肩(イチローの肩に対して)になるのか、
1人1人について考察してみたい。
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だいたいのことはわかっているが、
学会発表のためには、
もう少し
エビデンスを固めておく必要があるだろう。
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# by rocky-road | 2016-08-15 18:42