安心・安全な健康情報とは

b0141773_23304365.jpg
世界的な不況に関連して、
内外の著名な経済学者の見解をテレビで聞く機会が増えた。
それはうれしいが、「資本主義の弱点が露呈した」「経済にもルールが必要」
「派遣社員のシステムは問題」「経営者に倫理観が問われる」
「哲学が求められる」といったコメントを聞いていると、
「専門家にして、それかよ」と失望せざるを得ない。
ウソでもいいから、「私は20年前から警告していた」くらいのことをいってほしい。

紙幣の時代とは、価値がバーチャル化(虚構化)することであろう。
そのくらいのことは、素人にもわかる。
お金を、いまさらながら定義すれば「労働力の約束手形」ということだろう。
バーチャルなゲームがどのような展開になるか、
いちども実のある警告を発しなかった経済学者に、
経済を語る資格があるのか、と素人としては思う。
b0141773_23312894.jpg

この一件でわかることは、学者というのは、過去を見る人であって、
未来を見ることが得意でない職種だ、ということである。
未来学者もまたしかり。
洞察力や人間の生理・心理の理解力に「かなり難あり」ということである。
未来は、人間の生理と心にある……のでしょ?

これを他山の石として、
食や健康を論ずる専門家は、
日本人の健康をどう維持、発展させるべきかを、まじめに考えたほうがいい。
「食の洋風化が進む結果、生活習慣病が急増し」
「食の安心安全が脅かされ」
「食糧自給率の低さをなんとかせねばならぬ」などと
流行フレーズを、脈絡もなく、毎度くり返しているうちに、
日本はますます世界の健康超先進国となり、
ますます憂えることがなくなってしまうだろう。
b0141773_23321179.jpg

いまや日本は、健康管理において、世界のリーダーである。
リーダーには、リーダーの自覚と理念、そして風格が求められる。
悲観論や「オオカミがでたぁ」の脅しからは実りは生まれにくい。

などといっても、そうしたエセ オピニオンリーダーは、
思考力に欠けるから、自分の哲学を持つ可能性はゼロに近い。
そこで、健康支援者としての最良の選択は、
上記のような発言をするリーダーは、二流以下だから、
そういう人の論説を不用意に引用しないことである。
二流を除外し、安心・安全を期するには、
よく表示を見て、「日本人の食生活は欧米化している」
「生活習慣病が急増している」という字句があったら、
それは買い控えることである。

食の安心・安全を説く以上、
自分自身も、安心・安全な「健康・食行動理論」を購入しなければならないし、
自分自身も、危ない情報の発信者にならないように注意しなければならない。

ちなみに、現在の日本は、ご飯食をベースに、
ときにインド化し、ときに中国化し、ときに韓国化し、
ときにタイ化し、ときに洋風化している、
つまりはグローバル化している。
地産地消運動には敬意を表するが、
それでも、食のグローバル化は、
依然として、日本人の健康をますます助長している、
それが現実である。
[PR]

# by rocky-road | 2009-01-31 23:32  

しあわせ色は何色?

b0141773_23144614.jpg
年に2~3回、大学の2部(夜間)の講義を受け持っている。
午後8時10分前が始業。
外はしんしんと冷えるが、教室内は暖房が十二分で、
上着を着ていては暑いくらい。
なのに、ダウンのジャケットを着たまま受講する学生が何人かいる。
その3人とも、なぜか最後列の席についている。

講義に集中する表情はなく、どこか、うつろ。
「暑くないの?」と聞くと無表情に首を振る。
寒暖の感じ方は個人の自由だから、それ以上の干渉はやめた。
が、なぜか森 昌子が歌う、荒木 とよひさ作詞のあの曲が浮かんだ。
「♪ あなた泣いてくれますか 寒い こころ 寒い 悲しみ本線日本海 ♪」
b0141773_23153115.jpg

そうだ、心が寒いのだ。最後列にいると、講義への集中力が散漫になり、
からたの活性度が低くなる。まさしく心が寒い状態である。
ふと気がつけば、彼らのウエアは、なぜか国防色……失礼、オリーブ色である。
戦時中だったら国民服だから、ここは大いに志気があがっただろうが、
いまは平時。こんなけだるい時代にオリーブ色はいけない。
色彩心理学の問題というよりも、あまりにも同系色で類型が多すぎる。
つまり環境に埋没する色として働くということなのだろう。

交差点で信号待ちをしているとき、対岸の人たちの服装を見ていると、
なんと暗い色が多いのだろう、と思う。昔は、フランス人がシックだといって、
地味な色に憧れた日本人も多かったが、いま見ると、
それもまた、一種の「ドブネズミ色」ではないかと思う。
その心理は、「みんなと同じに」、言い換えれば「目立たないように」ということ。
教室で、うしろのほうに席を取る学生の心理と、そうは変わらない。
ベージュ、オリーブ、グレー、茶などは、現在の日本では埋没色として働くことが多い。
これらの色を好む人にとっては、大きなお世話だが、
生物的な適応力を強化する気なら、どこかに強い色のアクセントをおいたほうが、
社会進出を考える人にとっては有利ではないか。
b0141773_2316192.jpg

たとえばパルマローザの栄養士さんたちの中には、
着ることに関心を高めている人が多いと聞くが、
これは単なる流行やおしゃれ感覚の問題ではない。
衣服は、個人がもっとも関与できる環境であり、
その環境は、他者にメッセージを発信する前に、
自分自身に強いメッセージを発信する。
気に入った服を見つける、選ぶ、購入する……
そうした一連のアクションが自分の環境をつくっていく。
衣服に気をつかうようになったら、
家族や同僚、上役とのコミュニケーションがよくなった、という人が多いが、
それは、こちらのメッセージが相手に伝わったということはもちろん、
それ以前に、自分の内的環境がよくなったからである。

映画『マイフェアレディ』の中のオードリー・ヘップバーンのように、
知らず知らずのうちに、プライドや品格のある人間として
ふるまうようになっていくからである。
家庭や職場の中には社会がある、
とすれば、栄養士の社会進出は、
こんなところからも始まっている、と見ていいだろう。
[PR]

# by rocky-road | 2009-01-25 23:15  

ブログに書くもの、ブログでかくもの。

b0141773_2314337.jpg
水中写真の初心者から、以前よく聞かれたことは、
新しくカメラ(ニコノスという水中カメラ 写真)を買うに当たって、
レンズはどういうものがよいか、という問題。
このカメラには、ズームレンズがなく、
35ミリ、28ミリ、20ミリ、15ミリといったレンズを別個に買う必要があった。
レンズの「ミリ」の話は、ここでは数字が小さいほど視野が広く写る、
という程度の説明にとどめておこう。
要は、予算的にいくつも買えないので、どれか1つに絞るとしたら、
どれがよいか、という質問である。

「なにを撮りたいの?」と聞く。これは自発性の促しだ。
が、この問いかけは適当ではないことを、やがて知る。
なぜなら、ダイビング歴、写真歴の少ない人が、なにを撮りたいか、
なんてこと、わかるはずもない。
とりあえず、目にするものを片っ端から撮ってみる、というのが普通である。
やがてこちらも学習して、「よく行く海はどこ?」あるいは「今度行く海はどこ?」
と聞くようになる。アドバイザーとしては、ワンランクアップである。
日本列島の海へ行く人なら35ミリか28ミリ、サンゴ礁の海に行くなら20ミリか
15ミリ、などというふうに、とりあえずの方向が定まる。
b0141773_23144942.jpg

時代は変わっても、歴史は繰り返す。
「ブログを始めたいんですけれど、コツはなんですか」
パソコン歴わずかに5年の私に、こんな質問をしてくる人が多い。
「で、どんな情報を発信したいんですか」とは、めったに聞かない。
(それをいっちゃったら、あんた、いったい、なにを教わってきたの、でしょう?)
現実は、そこにパソコンがあり、なにかをせねばならぬ、と
神が命じたのである。

「自己実現」を人間の高位の欲求としたアブラハム・マズローは言った、
「人は、したいと思ったことをせねばならぬ」と。
だから、パソコンが目の前にあって、なにかせねばと、神が促した以上、
「敵は幾万ありとても」、使命を持って、行かねばならぬ。
どこへ行こうが、そこんとこは、神に任せておけ。
b0141773_23163796.jpg

精一杯の私の使命は、神に任せた段階で終わる。
「1回目のブログを拝見して、アドバイスをしましょう」などと
思っただけでも天罰が下る。
だって、水中カメラ入門者と一緒に、アンタは地球の果てまで、
一度でも行ったことある? でしょ? だったら、アンタの仕事はそこまで!!!」
ブログが編集だ、ということを知らない人に、なんかいっちゃダメ。
それは本当の親切っていうもんじゃない。

「編集」を、私はこう定義する。
「情報を集めたり、複合したり、添削したりして、別個の情報体を創造すること」
日記を書くこと、ファイルを作ること、好きな音楽メディアを作ること、
それが編集である。編集は、新しい価値を生み出すことでもある。
平凡な人の平凡な日常の記録にも編集作業がある。
24時間を数十行の文章にまとめる、それ自体が編集である。

それにいかほどの価値があるかは、本人が決めること。
売れる雑誌と、売れない雑誌とがあるように、
売れる日常と、売れない日常とがある。
読み手の心理、読み手のニーズをどの程度把握しているか、
それが編集力の出発点だ。そこから取材が始まる。
b0141773_23173042.jpg

が、そもそもブログの目的は、すべて「情報発信」なのか。
それ以前に、自分とのコミュニケーションという段階がある。
耳のうぶ毛を気にする、目の縁のシミをいじる、独り言をいう、
肥満を気にして食べたものを吐き出す、下剤を使って下から出す、
それは生理的、心理的ストレス緩和法。
だったら、人が四の五のいうことではない。

もっとも、普通、そういうことは、1人でそっと行なうが、
パソコンが目の前にあると、内的な行為を公開してみたくなる。
従来の日記をつけている人は、私的な日記と、
公的なブログとの違いを学習し、情報発信先を見定めるだろう。
「ダイレクトブログ」の人の場合、
書けば書くほど、恥をかく危険も大きい。
が、幸い、恥のレベルは人それぞれ、
いま、このブログを恥ずかしく思わず書き進めるロッキーのように、
み~んな、面の皮が厚くなったのだ。
小心日本人の進化、と思うことにしておこうか。
[PR]

# by rocky-road | 2009-01-15 23:17  

「食」の夜明け前

b0141773_22344868.jpg
                     2009年1月1日神奈川県葉山

JR赤羽駅近くの古本屋で、『栄養と料理』のバックナンバーを見つけた。
ちらっと視界に入った『栄養と料理』の表紙を一見して、
自分の編集長時代のものとわかった。
1980年3月号、「中古 成人向」のラベルが貼ってあって、
定価は100円。このまま捨て置けないと反射的に思ってレジに持っていったら、
おばさんが「古いから50円にしておきましょう」と、50パーセントオフにしてくれた。
ちなみに当時の定価は500円。28年前の雑誌との再会だった(昨年末時点で)。
b0141773_22483596.jpg

自分の作った雑誌や自分の著書を、
だれかが図書館や電車の中で開いているのを見たことは何度かある。
が、古本屋で見つけることは多くはない。
たぶん、見つけたくないから、無意識的に目をそらしているのだろう。
が、今度は逃げも隠れもできない。真っ正面から目に入ってしまった。
1980年といえば、私が1回目の編集長になった年の翌年。
4月の異動以後、翌年度の企画を始めるので、その年の12月9日に新年号が出る。
古本屋の1冊は、したがって、大橋編集の3号目ということになる。
ピッチャーでいえば、まだ肩ができていなくて、球威が充分とはいえない。

特集は、「ミスとミセスへ やせるための四週間献立カレンダー」
第2特集は「痔と食事 痔は食事で改善できる」
私が力を入れた「研究の前線シリーズ」は「食物によるアレルギー」
まだウオームアップができてはいない、とはいったが、
だいたい私の球筋はできあがっていた、といっていいだろう。
b0141773_22491196.jpg

これを影山 なお子さんにお見せしたら、妙な記事を見つけられた。
見開き2ページの「体重コントロール」というQ&Aページ。
ここに、18歳の女性からの、こんな質問があった。
無理な食事制限をしたためか、血圧が低くなり、胃が弱り、生理も止まった。
自分が情けない、指導してください、という相談である。
これに著名な学者が答えているのだが、その書き出しが
「全く困ったことをなさったものです」である。
影山さんは、鬼の首をとったかのように喜んで(かどうかはわからないが)、
講師を務める専門学校や、いくつかの講演会で、昔の食事相談の1例として紹介し
ているという。のっけの「全く困ったことをなさったものです」というところから、
どっと笑いが起こるという。

自発性を重んじる行動療法や食コーチングを学んだ人は、
この決めつけ型の書き出しに笑いをこらえきれない。
自動車を知った人が、お猿の駕籠屋を笑うのと同じパターンである。
行動療法や食コーチングの以前と以後とでは、
食事相談のカタチがまったく変わった。
だから、私に責任を問われても困る。
法学に「事後法」という概念があって、あとからできた法律で、
それ以前の罪を裁くことはできない、という原則があるという。
……などと、ここでは自己弁護をするのが目的ではなく、
要は、「健康サポート」という世界の夜が、いま明けようとしている、ということを強調したい。
b0141773_22524944.jpg

しかし、現在のわれわれの食の情報環境は、多くの点で夜明け前である。
大手新聞が、食の問題を継続的にとりあげているのはよいが、
しめくくりに登場するコメンテーターのほとんどが、現状を憂いて落着する。
「飽食の時代が続いている」「ファストフードは問題」「一汁三菜が崩れつつある」
「食事量の基準がない」
そしてしまいには、「食糧自給率が低い」「食品のメーカーや流通に道義がない」
と、栄養的な問題とはあまり関係ない話にまで話を広げて煙幕を張る。
どうすればよいか、という結論がない。これがコメントといえるのか。

世界一の長寿国ともなると、日本を代表する識者も論ずべきテーマを失う。
自分にアイディアがない人は、それでも自分の存在感を示すために
悲観論を展開する。楽観より、悲観のほうが、素人目にはカッコイイから。

あと10年、いや、あと5年もすると、テレビや新聞、雑誌で
日本人の食事論を論じた人は、間違いなく笑われるだろう。
いやすでに、食コーチングを学んだ人たちは、着地点のない論者の論法を笑う。
テレビや新聞の企画立案者には、『栄養と料理』の元編集長が
自分の編集した雑誌の2ページが笑いのタネになっているいきさつを
なんらかの方法で伝えてやりたい。
一方、栄養士をはじめ、健康サポーターにとっては、ビジョンを固めるチャンスであ
り、それは社会的地位を確保するチャンスにつながる。
著名な学者、論者、斯界の先輩や上長に、「いま」を語る論点はない、
今年は、それを認めることからスタートしたらどうだろう。
[PR]

# by rocky-road | 2009-01-05 22:43  

今年って、どんな年?

b0141773_2334357.jpg
わがロッコム文章・編集塾の今年の講義は
12月27日のクラスで授業を終了した。
年末の勉強日には、みなさんに1年の振り返りをしてもらうのが恒例になった。
今年、新しいことを始めた人たち(食コーチング研修、当塾入塾、英会話レッスンな
ど)は、もちろんそのことを今年のニュースとしてあげた。
雑誌に記事を書いた人、著書を出版した人、結婚した人、
結婚が間近い人、転職した人……など、
みなさん、明るい表情で語った。
共通しているのは、「人とのよい出会いがあった」という点だった。
b0141773_23351628.jpg

自分の1年をふり返って語ることは、
365日間のいろいろの体験や見聞を記号化することである。
日記は、文章力を高める効果以前に、
雑多な日々の中からポイントとなることを摘出して記録する、
いわば編集力強化にも役に立つ、と話しているが、
1年という単位においても同じことがいえるだろう。
b0141773_2336566.jpg
                     岡山県から通塾している大和悦子さん(上野アメ横で)

自分の体験を人前でコトバにすると、よい点が抽出され、強化される。
みなさんの表情が輝くのは、そのせいだろう。
反対に、家族との死別のようにアンハッピーなことは、
コトバにすることで悲しみ情報が一般化され、一種の風化作用が起こる。
悲しいとき、うれしいとき、泣いたりするのも、生理的であるとともに、
記号化であり、情報の発信である。そのあと、少し安堵がくる。
b0141773_23372676.jpg

こうして1年をふり返る機会のない人は、
日記の最終ページに「まとめ欄」をつくって記入してはいかが?
そうすれば、新年には「今年の抱負欄」を作りたくもなるだろう。

少し話が変わるが、花粉症の治療がきっかけで通い始めてから20年以上なる医院
で、今年最後の薬をもらってきた。例によっての3分診療だが、
医師の声かけは、いつも「どうですか」……
そしてほとんどこちらの回答を待たない。
そこで、問いかけるのは、なぜか私。
今回は、「今年1年、先生にとってどういう年でしたか」

さすがに、医院を出てから1人で苦笑してした。
私にとって、問いかけは、ビジネススキルではなく、完全に地なんだ、と。
「『どこも行けなかったかなぁ』っていうことは、
あらかじめ行きたいところがあったのですか」
などと、先生に次の質問をしなかった自分を、ちょっぴりほめてやりたい。
[PR]

# by rocky-road | 2008-12-29 23:37  

オバサマよ、「チェンジ!!」

b0141773_14193775.jpg
朝日新聞名古屋版にある
「ナゴヤマル」という投書欄に
56歳の管理栄養士が投稿をしている。
その記事を知人が送ってくれた。

「派遣労働者の使い捨て問題」は、
ニュースの中での話と思っていたら、
自分自身がくびになった、という嘆きである。


b0141773_1420319.jpg
「ある診療所で栄養指導の仕事をしていましたが
先日突然、『指導が厳しいから、もう来なくていい』と
言われてしまいました。
 私の仕事は禁酒、禁煙や食べ物の好みなど、
生活習慣を変えることでの治療なので、
指導を受ける方にはつらいことと思います。
 しかも対象となる方は、年齢的には
企業の幹部クラスの男性が多く、
仕事が大変なうえにそんな細かいことで
注意されるのかと、いうことなのでしょう。
 酒もだばこもお好きなだけどうぞとは
言えないし。私も因果な仕事を選んだものです。
しばし充電です」

この記事を読んで、栄養士のイメージや
社会的地位のアップにブレーキを
かけなければいいが、と案じてしまう。
相手にいやがられるほどの「指導」をしておいて、
自分が辞めさせられたのは、派遣労働者のケースと同じ、
と考えているこのノーテンキぶり。
クライアントの事情や意向、自発性などは眼中にないらしい。
b0141773_1421418.jpg

さらに、栄養士の仕事とは、酒やたばこを禁止することだと
心底から考えているようにも読める。
栄養士が「因果な仕事」なのではなくて、
アンタの強圧的でお粗末な「栄養指導」スキルに
天の罰が当たったのだと、
なぜに思えぬ、そのはかなさよ。 ♪

因果とは、因果応報、
意味の1つは、悪業(あくごう)の報いとして
不幸がやってくる、という教え。
災いがご本人に及ぶの仕方がないが、
その診療所や、「指導」を受けた幹部クラスの人たちに、
「栄養士トラウマ」や「栄養士アレルギー」を残しそうだし、
多くのセンスのよい栄養士の足を引っ張ること必定。
自分の思考やスキルに微塵の疑いもないから、
こんな恥ずかしい投稿ができるのだろう。
b0141773_14224683.jpg

どうやら特定健診は、
このテの「ノーテンキ栄養士」を
勢いづかせているような気がする。
このところ「行動変容」だの「介入」だのと
口走る栄養士によく出会うが、
そういうタイプの行きつく一例が
この56歳ノーテンキ栄養士なのではないか。

国家的施策が始まると
小躍りするヤカラが出現するのは
今も昔も変わらない。
戦時中、「ほしがりません勝つまでは!」
というキャンペーンが始まると、
人の着ているもの、へアスタイルにまで
イチャモンをつけるヤカラ、
空襲で「灯火管制」(とうかかんせい=電灯を消して
敵機の標的になるのを防ぐ)を強いられると、
町内のおせっかいなヤカラが、
人の家の明かりが漏れていると
怒鳴り回るなどなど。

「行動変容」とわめく栄養士を見ると、
なぜか「おい、そこの魚屋、明かりが漏れてるぞ!」
と叫ぶお調子モンを思い出す。
だがしかし、権力をカサにモノを言う奴は
「奢る(おごる)平家は久しからず」
の轍を踏むことになるだろう。

因果な仕事を選んだ56歳栄養士さんに
再生のチャンスはあるのか。
この際、受講料を私が負担して、
食コーチングの研修を受けさせてみたい。
これで再生できれば、
食コーチングの真価が証明されるだろうし、
なによりも、彼女に出直しのチャンスが生まれる。

それとも、経験や年齢は「チェンジ」を阻むのか。
アメリカ次期大統領・オバマさんに
オバサマに向けて一席ぶってもらいたい
「チェンジ!!!」と。

それでもダメなら、
「因果な仕事」は捨てて、
派遣労働者として出直すときかもしれない。
[PR]

# by rocky-road | 2008-12-23 14:22  

ハワイ、オーマイゴッド

b0141773_23394097.jpg
ハワイのマウイ島とオアフ島(ホノルル)、
2島めぐりの早歩き旅行に行ってきた。
日本人の感覚では、ハワイへの1週間の旅は、
ほぼ定番といってよいと思うが、
マウイ島で出会ったアメリカ人からは、
「オーマイゴッド」といわれた。
先方は、6~7人の一族郎党で2週間滞在とか。
世界的不景気の震源地の人にして、これである。
こちらは、日本を代表する「大橋予暇研究所」の主宰者。
ちゃんちゃらおかしくて、涙をこらえてぐっと唇を噛む。

b0141773_23371188.jpg
いちばんの目標はマウイのラハイナ見物と、
オアフ島でのスノーケリング。
ラハイナはかつての捕鯨漁港。
以前、海仲間から見せてもらった写真の風情が忘れられない。
昔風のアーケードでつながっている街。
画廊が何軒かあり、また大きなポスターを売る店もあって、
よくある観光地とは少し違う面がある。
この島には、アメリカの金持ちの別荘が多いと聞いた。
そのせいかラハイナは、リッチで、知的な雰囲気もある。
b0141773_23375828.jpg
が、メイドイン・ジャパンのパックツアーは、
やたらと焦っていて、島内観光を午前7~8時にスタートする。
「オーマイゴッド!!」
マウイ島の2日間は、すべてフリーにすべきだったと後悔した。
しかも、ガイド兼運転手の日本人は、
やたらと衒学的(げんがく的=博識をひけらかす)で、
かつ押しつけがましく、困ったダジャレを連発する。
幸い、ツアー客は全員、熟睡していたので、
被害は最小限ですんだ。
「ああ、栄養指導をされるクライアントの苦しさとは、これだな」と、
実感を持って納得した。
b0141773_23402045.jpg

オアフ島では、冬の嵐に見舞われて、
スノーケリングはできなかった。
ワイキキビーチの風景を沖から半水面で撮る、という計画は
強風にさらわれた。
くやしいが、海はそう甘くはない。
ビーチで過ごす時間も少なかった。
b0141773_2343972.jpg

わが「創る旅」は、未完成、
次のチャンスをつくろう。
[PR]

# by rocky-road | 2008-12-18 23:43  

1曲が、どこまでストレスを支えるか。

b0141773_2324226.jpg
11月30日に開催された
「パルマローザ 214回 ブラッシュアップセミナー」で
『ヘルスサポーターが理解しておきたい
ストレスとモチベーション』を担当した。
パルマローザのホームページにある
「活動結果レポート」には、
4人の方が感想を寄せておられる。

さすがパルマローザのメンバーだと思ったのは、
私が「ストレス」や「モチベーション」の定義にこだわっていることを、
しっかり理解してくださっていること。
そう、コトを論じるのに土俵を決めねば
守備範囲が決まらないし、決着もあいまいになる。
講演や論文を始めるときには、
定義や目標を整えてからスタートしたい。
b0141773_2325537.jpg

ストレスについて、
正しく把握していなかった人が多かったとしても、
それを無知と思う必要はない。
これまで、ストレスを論ずる人たちが
丹念に定義してこなかったからである。
いつもハンス・セリエの説に戻るのではなく、
その時代にわかっていることを加味して、
更新していく必要がある。
定義は、不変の真理とはいえない。
時代とともに見直す必要があるものが多い。

今回のセミナーで、
「慢性ストレス」や「手づくりストレス」というものがあること、
ストレスは簡単には「解消」できないものが多い。
あらゆるストレスを解消するなどということは、ありえない。
あるとすれば、それは死亡か認知能力を失った状態である。

一部の論者が「よいストレス」「悪いストレス」などといったのは、
ストレスが、好ましいモチベーションを
引き出すことがある、ということをいいたかったのだろう。
交通事故や親しい人との離別がきっかけとなって、
新しい意欲が起こることはある。
だとしても、それを「よい交通事故」「よい離別」などとはいわない。
事故や不幸と、転機や幸運とは
カテゴリー(定義)が違うように、
ストレスとモチベーションも、カテゴリーが違う。
b0141773_23255070.jpg

いずれにしても、ストレスについての理解度は、
ヘルスサポーターのサポート力の底力になる。
結果報告を書いた方々には、
その認識があるようなのはうれしい。
お1人、「ゆず」の曲を聴くことがストレス緩和法だと
書いていたが、少女のような、極楽のような
穏やかストレス環境がうらやましい。

危険分散という意味では、ゆずのほかに、
ワーグナーやプッチーニーや、
アンドレ・リューや、ナナ・ムスクーリや、
音楽ジャンルだけでも、多様性がほしいが、
世の中には、ストレスのダメージを受けない人、
ストレスそのものを感じない人も多いから、
余計なことはいうまい。
[PR]

# by rocky-road | 2008-12-06 23:26  

人間研究家 ヘルスサポーター

b0141773_0331777.jpg
パルマローザのセミナーで、
「ヘルスサポーターが理解しておきたい
ストレスとモチベーション」という演題で
話をさせていただいた。

ヘルスサポーターに、なぜそんな話が必要なのか。
それはいうまでもなく、
人間、いや動物の存在は、モチベーションとストレスなしでは
説明しきれないからである。
ストレスの学会はいくつもあるから、
そういう話は専門家に任せておきたいが、
「ストレス&モチベーション学会」というのはなさそうだし、
仮にあったとしても、専門家は、その学問を
生活の中でどのように活用するかを説くのがヘタだから、
いわば翻訳家が代わってやるしかない。

ストレスとモチベーションはセットである。
過労死するような人は、
仕事に強いモチベーションを感じている。
が、ストレスも相当にたまる。
モチベーションが強いと、それによるストレスを感じない。
ここに危険がある。
モチベーションは、かならずしもプラスに働くとは限らない。
b0141773_034040.jpg

講演では、「よいストレス 悪いストレス」という分類は誤りだと言った。
が、モチベーションのほうは、強弱だけでなく、適否もある。
宅配便を語って人の家に侵入するのは
社会にとってマイナスのモチベーションである。
自分自身を破滅させるモチベーションでは困るが、
それもまたモチベーションではある。

仕事への高いモチベーションそれ自体は悪くはない。
問題なのは、モチベーションに多様性がないこと。
大小・強弱・長短・物質性・精神性……
いろいろのモチベーションに動かされている人は、
ストレス病へのリスクを軽減できる可能性がある。
b0141773_0343983.jpg

食事相談だからといって、栄養素や食卓の上の話に
終始しているのは、もはや古典的手法。
人の人生、人のモチベーション、
人のストレス、人の幸福感などを
考えたことがない者が、「患者さんの行動変容を……」
などと口走るとは、恥ずかしい。
さらに、そういう青臭いスキルを
組織的に教えている者があるとすれば、
それはガマの油売りほどにいかがわしい。
[PR]

# by rocky-road | 2008-12-03 00:48  

立ち食い文化よ 「アニョハセヨ」

b0141773_039712.jpg

ソウル、2泊3日の旅を楽しんできた。
といっても、ミョンドン(明洞)、インサドン(仁寺洞)、
トンデムン(東大門)などの繁華街と、
チャンドックン(昌徳宮)という名所旧跡を
ちらと見た程度。

印象に残ったのは、屋台で立ち食いをする若い女性が多かったこと。
屋台が出ているどの通りでも、立ち食いの主役は若い女性。
なぜか頼もしい気分になってレンズを向けていたら、
結果として、女性の立ち食いシーン調査の旅みたいになった。

b0141773_0405145.jpg

時間的には夕方の4時くらいから夜更けまで。
そういえば、博多にも似たような風景があった。
あれは夕食なのか間食なのか、
ときには夜食なのか。
見ていると、食べているのは、四群点数法でいう
第二群(動物性食品ほか)か第四群(穀物)のようである。
しかし、彼女たちの体型にさしたる問題はない。

準備のない旅だったので、帰ってから、
韓国の食生活事情を知りたくなった。
統計的には、韓国国民の1日の野菜摂取量は
世界一の約700グラム。
しかし、その原因はあの屋台にはない、
少なくとも私が見た範囲では、
野菜中心の立ち食いではなかった。
b0141773_0452957.jpg

ところがきょう、新聞には、韓国の「保健福祉家族省」が
肥満の原因になるような食品……エネルギーの高い菓子やカップめん、
ハンバーガー、炭酸飲料などのテレビコマーシャルや
学校周辺での販売を禁止することを検討している
という記事が載っていた。
当然、食品会社が反対するだろうから、
決定するにしても、それまでには時間がかかりそうだ。

その結果はともかく、
行政機関が、こういう発案をすることに興味がある。
数千、数万とある食品の中から、〝肥満原因食品〟と、
そうでない食品をどうやって分別するというのか。
それはそれとしても、国家がそこまで責任を感じる姿は
美しくも涙ぐましく、そしてちょっと怖い。

食育基本法は日本の発案だが、
韓国流にやるなら、1日1回、
一家団らんを実行しない家庭は告発する、
車中でカップラーメンを食べたり化粧をしたヤツは逮捕する、
とでもやるか。

国民の健康管理を教育や情報でではなく、
実際行動による介入で行なう場合、
その程度を決めるのはきわめてむずかしい。

たとえば、食育基本法の精神を貫くために、
栄養士を動員して家庭単位に「指導」でも始めたら、
栄養士は市民の敵になりかねない。
現在の「行動変容」のかざし方を見ていると、
「○○○○に刃物」ほどに怖いことになるだろう。

何かというとわが国の食糧自給率の低さを嘆く人がいるが、
b0141773_0464678.jpgずっと嘆き節を唸っていてほしい。
文化大革命みたいに、
「若者よ、農場へ」なんてことになったら、それは職業選択の自由を奪うことになる。

ソウルの屋台で立ち食いをするレディよ、あなたたちは、だれがなんと言っても美しいし、チャーミングである。
[PR]

# by rocky-road | 2008-11-22 00:38