若者と若者でない人の将来性

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非常勤講師で通っている大学の後期の講義が終わった。
「食コーディネート論」を数人の講師が担当する。
私は後期のトップバッターなので、
4回の講義と実習を終えて、早ばやとオフになった。

私の講義は、料理レシピや食関係の文章の評価の仕方、
インタビューの仕方、発想力・企画力のつけ方、
食ビジネスにおける情報発信の方法など。
どんな分野に就職しても役立つように配慮しているつもり。
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履歴書には、最終学歴として「大学」を書くことが多いが、
私は、大学は社会人の入門講座であると、
最初に学生に伝えている。
実際、大学生活にはアルバイトがあり、
社会人との交流もあって、
社会との接点が多いのが普通である。
「社会人としての第一歩」といえば、
少しは気合が入るかと思って、
そう言い続けてきたが、
さて、その効果は如何?

大学のカリキュラムは、社会の動きに対して、
どうしても遅れがちになる。
いま、社会ではどんな知識や技術、
考え方が必要とされているか、
そういうことを察知し、適応する力は、大学にはあまりない。
ただし、それゆえに、いかがわしい学説、
流行の珍説に惑わされないという利点もある。
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非常勤講師には、大学の外の動きが見えているので、
大学のカリキュラムの長短、強弱がよくわかる。
おまけに、当方は元編集者。
大学のカリキュラムは、雑誌や書籍の目次、
つまり企画、構成そのものに思える。
いま、どんなカリキュラムが求められているかを論ずる、
カリキュラム編成会議に編集者を出席させてくれたら、
専任教員の弱点を補って余りあるだろう。

もっとも、4年間の大学生活で知的生活の基礎ができる、
などと考えるほうが、ムシがよすぎるだろう。
私の持論では、「若者に将来がある」は誤り。
真実は、「努力を続ける若者、よほど運のよい若者にだけに
将来がある」ではないか。

若者ではない人には、こんなことがいえる。
「学び続ける人には、将来への可能性がある。
その意欲と思考力は、若さと美しさのベースにもなる」と……。
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# by rocky-road | 2008-10-23 16:07  

使命感の風船

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非常勤で出かける大学の学生に、
「将来、就きたい職業は?」と聞くと、
「食育」「商品開発」「フードコーディネーター」が
上位にあがってくる。
この傾向は20年近く、変わっていない。

一方、フードコーディネータースクールでは、
さすがに「フードコーディネーター」は少ないが、
「食育」や「商品開発」は上位にランクインする。
そう願う人の中には栄養士も少なくない。

若い食関係者に、これらの職業の人気が続くのは、
1つには、実像がはっきりしないために、
憧れが先行し、いつまでも中空にさまようためだろう。

栄養士の世界では、「開業栄養士」というのも
これに近いところがある。
栄養士を読者とする雑誌が、
「開業特集」を企画するのは当然である。

トレンドにしろ、流行にしろ、
それらはイメージやコトバが先行するものである。
中空に漂う風船のようなところがある。
糸をつかまえれば自分のものになるが、
ほっておけば、風船は空へ。
つまりは一時の流行に終わる。
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「開業栄養士」との関連でいえば、
食事相談も、単独ではビジネスにならないと見切りをつける栄養士もいるという。
いや、公の場で、そう宣言したという。
そのあきらめの早さは江戸っ子的といおうか。
結論を急ぐのも才能の1つだが、
だから、マネジメントや語学力、
アメリカの栄養士の資格をとろう、
と人に説くようになると、
ミスリードを始める危険がある。

フードコーディネーター養成校の講師にも、
「ソロバンのはじけるフードコーディネーターになれ」と
強調する人がいた。至極まっとうな意見だが、
困るのは、本業よりも、ソロバンのほうにポイントがあると錯覚し、
自分の専門をおろそかにする学生が少なくないことである。

つまり、食ビジネスに関する自分の商品開発をしないで、
マネジメント力ばかりを磨くのは本末転倒。
それは、車の路上運転の練習をしないで、
車の掃除や、車庫への出し入れの練習ばかりを
するようなものである。

食育も、開業栄養士も、食事相談も、
現段階では、確かに不安定な風船である。
が、飛びかかっている風船の糸をつかまえる人はきっといる。
それは社会人としての経済的成功につながるとともに、
職業的使命の達成にもつながる。

手相や風水、トランプや星座など
いろいろの占いで仕事をしている人がいる。
寒風の吹きすさぶ、うす暗い街角で、
じっと人を待ち続けた先人たちの努力が、
今日をつくったということだろう。
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人生、いつも迂回ばかりしていてはダメだ。
真っ向勝負の度量と持続性、
それ以前にアイディアが問われる。
栄養士は、既存のものに乗っかることを
習性にしてはいけない。
パイオニアとしての意欲をかき立ててほしい
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# by rocky-road | 2008-10-18 01:35  

2009年、おめでとう。

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来年度の手帳を買ってきて、
さっそく記入を始めた。
ついでにカレンダーも、と思ったが、
11月にならないと、
現在使っている形式のものは入荷しないという。

ともあれ、手帳やカレンダーの中では、
2009年は始まっている。
文章・編集塾の遠距離クラスを開講したので、
いつもの年よりも早めに年度計画を立てる必要に迫られ、
2010年の1月までのスケジュールを設定した。
年に10回ほど、海に出かけていた時代にも、
再来年まで予定を入れることはあまりなかった。
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わが「予暇論」では、
元気や健康を維持・増進する要因の1つとして、
「あした、週末、来月、来年の予定があること」をあげる。
モチベーションの強化の1つとなるからである。

「手帳は、脳の支店だ」と、最近、いうことが多い。
脳の記憶がどういう記号で保存されているのか
まだ確かなことはわかっていないと思うが、
その記憶の1つは、言語記号以前の記号、
いわば「未熟の言語記号」が、青い果実のように、
細胞の枝にぶら下がっているのか、くっつていいるのか、
そんなイメージでいいのだろう。

手帳は、その果実をとり出すカゴだ。
カゴを持っていると、果実をとるのにも気合が入る。
果実のほうも、カゴが外にあると、
早く熟そうとする……ここは、果実と脳とは違う。
いや、果実の栽培だって、熟成促進をするための
いろいろのテクニックがあるはず。
手帳は、脳での思考を熟成させる促進グッズ。

それを使わない人が少なくない。
先日のパルマローザのファッションショーでも、
女性のバッグにも、A4サイズのノートが入る余地がほしい、
バッグには脳の支店を入れることも忘れずに、とコメントした。

女性が、手帳にメモをとっている姿は美しい。
それは、脳内の果実をとり出している、
収穫の姿だからなのかもしれない。
茶摘みや綿摘みをする女性も美しいが、
脳の果実の収穫姿は、さらに美しい。
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さて今年は、長年使ってきたA社の手帳を
B社のものに変えた。
末尾に、日本の路線地図が入っていたからである。
これだけのことでも、2009年のフットワークが
アップするはずである。
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# by rocky-road | 2008-10-12 01:21  

日記、つけてますか。

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30年来の知人、島崎とみ子氏(女子栄養大学準教授)は、
調理科学や食文化を専門とするが、
同時に江戸時代の料理や江戸の食関係の書物などの研究家でもある。
以前から手がけおられた「幕末京都町人のくらしと食」の一部を
『国文学 解釈と鑑賞』という雑誌の別冊、
 『文学に描かれた 日本の「食」のすがた』
(2008年10月1日発行 至文堂・しぶんどう)の中に発表された。
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京都の呉服商人 水口屋清兵衛(本姓 八木清兵衛)と、
その先代とが、天保9年から明治9年までの38年間
書き続けた日記のかなりの部分が、
個人によって所蔵されているという。
それを島崎先生が研究対象としているのだが、
もちろん、食生活を中心に、清兵衛の余暇活動などを追っている。
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日記には、日々の食事、行事の食事などが細かく記録してある。
たとえば、「安政4年9月15日 日和 折々雨ふり」の日の昼食は、

  棒鱈  太平皿  はも  柿
  せんまい  ゆりね 
  玉甚殿より 鱧ずし少々
  カステイラ持参被相成り

といったぐあいである。
「野菜が足りない」なんて、ここでは野暮はいわず、
38歳の家長が、使用人、近所つき合い、日々の食事のメニューなどに
いかに細かく気を配っていたかに着目したい。
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『日本の「食」のすがた』には、ほかにも興味ある記事が
たくさん載っている。
なかでも、「座談会 食と文学」は、
栄養士などが食の話を活性化するのに役立つネタの宝庫である。
平安時代、すでに自然は少し遠くになってきた、
そこで屏風絵や庭、和菓子などへと「縮小され、芸術化され、
記号化されて、四季の文化が生み出された」という。
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食事相談にそんな蘊蓄(うんちく)は必要ないだろうが、
食のバックグランドをこのくらいのスケールで見たいし、
語ってみたい。
「バナナダイエットって、効果あるんですか」
なんていう質問に即答しないで、
「バナナの産地の人、台湾人やフィリピン人は
どんなダイエットをしているのかしら?」なんて、
少しフェイントをかけてみる余裕と視野がほしくなる。
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# by rocky-road | 2008-10-07 22:47  

海つながり、食つながり

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↑→写真右:『マリンダイビング』500号記念号 写真左:ツマグロモンガラ
ダイビング雑誌のパイオニア、
『マリンダイビング』500号記念号が届いた。
創刊は1969年、私がダイビングを始めたのは1964年。
この雑誌が出たときの喜びは大きかった。
ダイビングという、まだ少数派のレクリエーションが、
世間に認知されるきっかけの1つとなると思うと、うれしかった。
編集者として、この雑誌の編集には
期待するところが大きかった。
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                          ↑写真:1974年38歳の大橋 

その直後、縁があって編集のお手伝いをすることになる。
水中写真家として、すでに著名であった館石 昭氏は、
ご自身が経営する水中造形センターから出すこの雑誌に
プロの編集者の力を借りたい、とおっしゃり、
「レジャー雑誌ではあるが、社会に出すには、
しっかりとした国語を使った、文化的に
恥ずかしくないものにしたい」とその理由をつけ加えた。
編集者にとっては、ぐさっとくる殺し文句である。


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                      ↑500号記念号 創刊当時のエピソードページ

以後、25年あまり、この雑誌や、
そのあとに創刊された『海と島の旅』
『マリンフォト』などのプロデュースにかかわることになった。
おかげで、館石さんからは、
撮影テクニックの基本、写真評論など、多くを学んだ。

趣味としてのダイビングは、いまも続けているが、
出版プロデュースの仕事は、
海から健康、食へと移った。
『栄養と料理』の編集長時代は、
まだ海関係の出版にたずさわっていたため、
あるとき、『栄養と料理』の読者から、
こんな問い合わせがあった。
「編集長は、あのダイビング誌の大橋さんですか」

つまり、海と食とがここでつながった。
当時、創刊45年あまりをたっていた『栄養と料理』の読者と、
当時は創刊10年あまりの『マリンダイビング』の読者とが
クロスオーバーしたのである。
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                          ↑『マリンダイビング』 108号 1982年
                           この号で第11回 水中写真コンテスト
                           グランプリ発表。大橋が受賞 

編集を仕事にする人にも、専門と非専門とがあり、
得意と不得意があるが、
基本的には、どんな情報でも扱うし、扱わなければらない。

私は、「編集とは情報を収集や再構成などによって、
新たな情報体を創造すること」と、定義している。
録画画像からコマーシャル部分を除く、
1日のできごとを3行の日記に書く、
自分の仕事にネーミングし、名刺などを作る……
これらには、大きな割合で編集作業が伴う。

私が「編集は社会人としての基本スキルだ」というのは、
このことをいう。
そして、情報の受け手は、おおむね「人」である。
そして、人の仕事は、直接・間接的に人を対象にしている。
人を知ることが、けっきょくは編集の原点である。
ヘルスプロモーションはもちろんのこと、
食事相談にも食育にも、「編集」が伴い、
いずれも人のモチベーションを洞察する仕事ではないか。
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# by rocky-road | 2008-10-03 00:09  

健康支援者には、それなりの文章論

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ロッコム文章・編集塾
(大橋予暇研究所併設。大橋禄郎主宰)の
遠距離クラスが、きょう、スタートした。
遠方から、毎月通っていただくのはたいへんなので、
3か月に1回、いわば集中講義形式で、
終日、文章トレーニングをやろう、というものである。
影山 なお子さんのご提案と下準備に支えられて
19名の方々に初回のお話をさせていただいた。
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会場に、横浜の大佛次郎記念会館をとっていただいた。
大佛次郎(おさらぎ じろう)といえば、
昭和を代表する大作家(1897~1973年 横浜生まれ)、
『鞍馬天狗』のような大衆小説から始まり、
『パリ燃ゆ』といった社会性のある純文学に至る、
多様性のある作家である。
私は、なじむことはなかったが、
晩年の知的な文章は何度か読んだことがある。
そういう作家の記念館で、
私ごときが文章を語るのは畏れ多い。
「次郎さんに、にらまれないように」と
少し気合を入れて講じた。
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昔は、文章論を作家がよく書いた。
谷崎潤一郎や三島由紀夫の文章論には
お世話になった。
が、いまは、というより、私の文章理論からいえば、
文章論は、作家の専科では、まったくない。
そもそも「文章」と、ひとくくりにするには、
文章のジャンルは多すぎる。
作家は、実用文や事務文書を得意としないし、
言語学者や国語学者は、行動科学や精神医学、
健康論やヘルスプロモーション論を得手とはしない。
専門が分化してきた結果である。
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              ↑研修終了後は、元町のチャーミングセールへ。
このクラスでは、まずは、文章はかならずしも対人コミュニケーションを前提としない、
自分とのコミュニケーションという段階も見落としてはいけない、
という、私の持論から始めた。

3か月に1回というペースが妥当かどうか、
実験的な楽しみがある。
「私は文章をこのように活用したい」という
宿題の文章を全員に読みあげていただいたが、
時間をかけて構想を練り、
さらに、しっかりと推敲(すいこう)した文章には、
明らかな勢いと安定とが共存していた。
さわやかな読み応え(聞き応え)であった。
講義の頻度は、けっしてマイナスにはならないことを実感し、
今後への期待がふくらんだ。
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# by rocky-road | 2008-09-29 02:19  

美しいと寿命が延びる

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この20日に開かれた
「栄養士のための ファッションショー」では、
歴史的な場面に居合わせた、と実感しながら、
最後まで楽しむことができた。
人生には見出しはないから、
歴史感覚のようなものを磨いておかないと、
いま、どんな章が始まろうとしているのかに気づかず、
無為に体験を重ねることも少なくない。
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が、「日本初」と謳っている以上、
それが事実であれば、健康支援者のファッションショーは、
日本の歴史の中でエポックメイキングとなるだろう。
ひょっとしたら、世界的にも……と想像を広げたくなるが、
別にオリンピックをやるわけではないから、
無用なイメージ遊びはやめよう。

ショー(ワークショップ)の経過は、
影山 なお子さんのブログで紹介されているので、
http://palmarosa.exblog.jp/
そちらに譲るとして、もう1つ、私が注目したのは、
発表者の話しぶりの美しさ、チャーミングさであった。

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自分の職場の衣服事情、それに伴う体験などを
5分程度で語るのだが、会場中にメッセージを伝えるという
表情、姿勢、視線、マイクに向けての声のボリューム、テンポ、
そしてなによりも、話の内容。
自分の職場での白衣や制服、私服、アクセサリーなどの位置づけ、
自分の服装に対する同僚の反応などを、
的確に話してくれて、
それぞれの職場環境が実見するように理解できた。
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「栄養士のためのファッションショー」は、
栄養士・健康支援者が、さらに社会進出するための
手段の1つである衣服や装飾品を見直すことにあったが、
それに加えて、言語能力という面においても、
少なくともパルマローザの発表者たちは、
充分にスタンバイ状態にあることを示してくれた。
身だしなみ、話し方、文章、食コーチングなど、
いろいろのことを学んだ集積というものであろう。
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このワークショップの中で、
私は、髪型や着るものがレベルアップすると、
言動が変わってくる、ということを強調した。
そのことが目と耳とで確認できた。
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ある大学教授が昔、雑誌にこんなことを書いていた。
「きれいな軍服を着ている軍隊は、
きれいでない軍服を着ている軍隊に負ける」
それが法則だといっていたが、
きれいな軍服を着ることができる財力のある国が
最終的に敗戦する例は、そんなには多くない。
「勝ち・負け」の定義にもよるが、
アメリカ軍と北朝鮮軍、アメリカ軍とベトナム軍の勝敗は
軍事力や戦闘力の差というよりも、
国内世論の自由度の差と考えるほうがよさそうだ。
遠征したアメリカ軍は自国内の反戦論に負けたといえる。

それはともかく、現代の平和な世界において、
自分のもっとも身近な環境を向上させることは、
言動が積極的、意欲的、肯定的になる重要な要素である。
それならば、ファッションモデルは、みんな、社会で成功するのか。
そう、そのモデルが、自分で考え、自分で選び、
自分でメンテナンスしているとすれば、
社会的に成功する確率はもちろん高い。

健康支援をする人たちが、
専門スキルを磨いたうえに、魅力的に話し、
ファッショナブルであったなら、
回り回って、日本人の寿命はさらに延びるのではないか。
そう思う1日であった。
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# by rocky-road | 2008-09-22 18:30  

ファッションショー ふたたび

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スノーケリングのクラブを作ったのが1964年、
あれから44年が過ぎた。
発足してから数年後、自分も含めダイバーのウエアが
あまりにもダサイのに失望した。
アメ横で買った米軍払い下げの実戦服、
それに軍用バッグ、登山靴、
うっかりすると、
朝鮮戦争がまた勃発したかと思うような格好だった。

伊豆七島のどこかの島からの帰り、
ようやくメジャーになってきたサーファーたちが
ドカドカと乗船してきた。
その海っぽいファッションを見て、
「こりゃ、いかん、いかぬ!!」と思った。

が、いわゆる「マリンルック」は、ヨットマンのファッション。
あやつ等の軍門には下りたくない。
で、トレーナーにジーンズ、
運動靴(まだそう呼んでいたカジュアルシューズ)かスニーカー。
そこらあたりに落ち着いた。
なんでそこで落ち着くの? 
どこが「マリン」だね、なにがダイビングだね、
そういわれたって、ゲップ1つ出るもんじゃない。
それが実力の限界というもんだから……。
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でも、例会の日に、日本初の
「ダイビングファッションショー」というのをやった。
ダイビング雑誌にも、ちょっぴり記事が載った。
そろいのTシャツやトレーナーも作ったが、
海への旅にユニフォームは似合わない。
ダイビングは「マリンスポーツ」ではなく、
地の果てから始まるもう1つの旅なのである。

ユニフォームは、チームの団結には有効だが、
仲間の結束は、一方で外部を威圧する排他性を伴う。
「ファッシヨン」と「ファッショ」とは同根のコトバである。

かくして、いまのダイバールックがある。
いや、それらしいファッションがあるとはいえない。
旅は自由だ。それでいいじゃないか。
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その日から30数年、いま栄養士がファッションショーを
開くという(2008年9月20日。詳しくは、パルマローザHP
スケジュール欄をhttp://www.palmarosa.jp/circle/event/index.html)。

こういうめぐり合わせの幸運を強く感じる。
栄養士の世界、健康支援者のファッション事情は、
あの日、あのころの東京潜泳会(私が所属したスノーケリングクラブ)に
ほんの少し近いかもしれない。

が、そこから歴史が始まる。
私が海行き衣装にこだわるのは(ええ、それなりにィ)、
海とは、地の果てと水中ステージとで、
魚たちと競演するファッションショーそのものである。

魚たちに通じるファッションが、
メタボリックシンドロームを気にするおじさんや、
減量とか健康とかを願う人たちに
通じないはずはないではないか。

魚たち同様、もっと自分を信じ、
ディスプレーしてみようじゃないか。
それが生きるってこと、
そして人を活かすっていうこと、かな?
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# by rocky-road | 2008-09-16 22:25  

師になりたくない先輩たち

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前回書いた「師弟」の話を、もう少し続けてみたい。
先生と生徒との関係は、1対複数だが、
1教室全員が「弟」かというと、そういうものでもないし、
先生にしたって、師と仰がれたくはないと、心底思っているらしい人もいる。
だから、先生と生徒、先輩と後輩は、
機械的に師弟関係にあるとはいえないわけである。

「もし、キリストが2人いて、2人で1つの仕事をするとしたら、
どちらかがリーダーとなり、もう1人がサブに回らなければならない」
そんなたとえ話をして、
スノーケリングにおけるバディシステムを説明した時期がある。
バディシステムとは、2人1組のチーム、
ダイビングの前、最中、終了後、互いに相手を支えるシステムである。

スノーケリング中、1人が浮上してくるときは、
「1人は水面で待っていて、アイコンタクトで笑顔を表わせ」と、
そこまで伝えて、互いの心身の安全性を高めた。
しかし、いざ1つの決定をするときには、メインリーダーに従え!!
2人のキリストは、ここにつながる。
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家庭における夫婦も同様。
「理論的に正しいから」と、2人のキリストが主張を始めると、
事態は泥沼化する。
バディシステムには、それを抑止する機能がある

さて、栄養士の世界にどのくらいの師弟関係があるかは知らない。
一時期、栄養士のことを「ダメだダメだ」と叱咤激励する
〝おっさん師〟が存在して、いつの間にか栄養士のほうも、
「私をぶって!!!」状態になっていた。

そんないじめられっ子を救うのは同性の師や先輩であるはずだが、
どうも栄養士の師や先輩たちは、
弟子に限らず、年下の人に対するコトバづかいが悪い。
横柄(おうへい)、身内とよそ者との態度が大きく違う、公私混同……など、
好ましくない先輩が持っている好ましからざる要素をすっかり
持ち合わせている人も少なくない。
引っ越しの手伝いをさせる、自分の子の面倒を見させる……。
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栄養士の社会進出を阻んでいるのは、
同性の師や先輩である可能性が考えられる。
「ヘルスサポーターの師や先輩のためのお行儀セミナー」を
何回か続けると、若い栄養士の視界はパッと開けるだろう。
優先順位からいったら、
「特定保健指導セミナー」なんかよりも
ずっと上位にある問題ではあるまいか。
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# by rocky-road | 2008-09-07 08:15  

あなたの師弟関係は?

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愛読誌『文藝春秋』の9月号で、
「日本の師弟89人」という大特集をやっているので
少しずつ読み始めている。
「師弟」からは、古くさいイメージを描く人も多かろう。
それは、このコトバが単に師匠と弟子
(または生徒)のことを指すだけではなく、
師が弟子に期待し、弟子が師を尊敬し、
それを互いに誇りに思う関係をいう場合が多いからであろう。
菊田一夫と森光子、松下幸之助と中村邦夫(現松下電器産業会長)
などの関係は、確かに従来型の師弟関係に近いかもしれない。
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しかし、これでも師弟関係といえるのかな、と
首をかしげたくなる関係もある。
自分の処女作というべき本の書評を書いてくれたことに感謝し、
以後、師の主催するシンポジウムに参加しているうちに、
「敬慕」する気持ちになったという。
が、師と「出会ったのは」という書き出しで始まる文章
(「お目にかかった」でしょ?)は、
師を「さん」づけで呼び、いわば世話になった人への
いくらか深い感謝という程度の文体で書かかれている。
つまり、よくいえば親しげ、悪くいえば馴れ馴れしい。
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古いイメージの「師弟関係」を好まない人は、
こういう薄くてドライな師弟風の「イマドキ関係」もあると、
少しは安心するがよい。
こんなのに「師」と呼ばれたくない、と
読んでいて思えてくるが、
師も師で、そのことにあまり迷惑を感じていないらしい。
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話は少し変わるが、
わがスノーケリングピープルは、満30年記念のツアーとして
伊豆の中木というところへ行ってきた。
スノーケリングクラブには「師」はおらず、
「師弟関係」はありえないが、
30年、あちこちの海に旅をし、
イベントを続けてくると、互いに学び合って、
専門知識や技術を共有する関係ができあがる。
怪しげな師弟関係よりもずっと実のある
フレンドリーなシステムが持続する。

パルマローザも、現在、そういうシステムづくり、
ネットワークづくりへの道を歩き続けている。
30周年記念の日には、どんなイベントが企画されるのだろうか。

栄養士の世界には、
これまで育成型の師弟関係はあまりなかった。
そうだとすると、パルマローザは、
サークルという点ではスノーケリングピープル型だが、
勉強会やセミナーも実施しているので、
大学での研究室機能に近いのか。
さらにセンスアップと勉強、
そして社会進出志向……その目標はとても大きい。

これは大学に見られる師弟関係どころではなく、
1911年に平塚らいてふが結成し、野上弥生子、
岡本かの子らが参加した「青鞜社」(せいとうしゃ)ではないか。
もしそうであれば、
人材の宝庫になるのは10年、20年先か。
ケチな師弟関係とは大きく違う、
「同志」の結束を誇る、価値ある存在になるだろう。
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# by rocky-road | 2008-09-01 10:16