食事相談に「ヘタうま」はない。

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妻の知人が絵手紙をやっていて、
ときどき作品を持ってきては批評してほしいという。
筆軸の先端を持って、ヨロヨロとした筆致で書く流派である。
きちんとした字で書くと師匠に叱られるという。
「ヘタでいい、ヘタがいい」をキャッチフレーズにする例の手法。

特異な筆の持ち方ゆえに自由がきかない、当然ヘタになる。
絵や書にコンプレックスがある人にとって、「ヘタでいい」は、
どれほどモチベーションアップにつながることか。
今日の絵手紙ブームは、
このキャッチフレーズから始まったといっていい。

それは承知しているが、
「ヘタがいい」といわれると、首をひねらざるを得ない。
「ヘタでいい」と自分を慰めるのは可愛いが、
「ヘタがいい」と開き直られると、
「ナヌ?!」と、身を乗り出したくなる。
ヘタがいい人に、もっとヘタに書く方法は
教えようがない。
あえていえば練習などしないことだ。
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そもそもヘタとはなにか。
「物事に巧みでないこと、なまじっかなこと」などと
『広辞苑』はいうが、いまひとつおもしろくない。
では、「不慣れや未熟のために
人々が考えるレベルより劣ること」
というのはどうだろう。
これだと、アート系がいう「ヘタうま」の説明はつく。
「ヘタ」も、熟練すると「うまい」に変わる。

食事相談には「ヘタがいい」や「ヘタうま」はあるのか。
ヘタな食事相談担当者には
クライアントがつかないから、存在しえない。
「ヘタうま」のほうはどうか。

指示や指導でクライアントに迫る「指導型」から見ると、
クライアントの自発性をたいせつにする
カウンセリング型食事相談は、
なまっちよろくてヘタに思えるかもしれない。

しかし、「急がば回れ」の格言どおり、
長い人生、いずれ持続的な結果が出るから、
けっきょく「うまい」ことになるだろう。
食事相談における「うまい」と「ヘタ」とは、
基準が、いま変わりつつある。 
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★絵手紙は筆者の作品

# by rocky-road | 2008-07-13 06:38  

編集力磨いていますか。

★現在の文章・編集塾を開塾してから
 この5月で満5年になった。
 栄養士、保健師、法科の大学院生、
 編集者、スタイリストなど、
 カテゴリー化すれば、
 ヘルスサポーターが多い。
 私と同じ区内の人から、
 岡山、神奈川、岩手、千葉など、
 宿泊を伴う遠距離の人まで、
 およそ40人あまり。
 遠距離の人には申しわけないので、
 「集中講義にしては?」と提案したら、
 「月々通うから意味があるんです」と
 即答されて、その決意の固さに涙した。
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★実は、まだ大学出版部に勤めていたときにも、
 「大人のための文章教室」を開いたことがある。
 もう30年以上前のことだろうか。
 「大人のため」にこだわったのは、
 子どもがあんなに学習塾通いしているのに、
 大人にはあまりにも勉強に無関心な者が多い、
 それが気になったからである。
 人生20年やそこいらの勉強で、
 社会への適応性ができたと
 思いこんでいる大人が多いのは、
 勉強が足りず、考える力がない大人が
 それくらい多いことの証明である。
 「生涯学習」というコトバがはやり出すのは、
 その後のことである。
 最初の塾は、
 編集長の仕事に追われるようになり、
 休塾せざるをえなくなった。
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★現在の塾を「文章・編集塾」としたのは、
 編集も一生の生活技術と考えるからである。
 編集とは、情報のアピール術だから、
 どんな仕事についても役に立つ、
 というより、編集力なくしては、
 まともな仕事はできない。
 以前、行政が作るパンフレットの校閲を
 途中から頼まれたが、
 内容は末期的で、手遅れ状態だった。
 「こちらは汚水処理場ではない」と、
 状況を説明した。

★「ヘルスプロモーション」とは、
 健康意識の促進活動をいうが、
 メタボリックシンドローム健診でもわかるように、
 病識のない人へのアプローチは、
 通り一遍のものでは受け入れられない。
 健康や食生活、そして生きがいを
 語るコトバは、ときに美しく、
 ときに力強く、ときに論理的で
 なければならない。
 つまり熟練した企画力、編集力、
 そして情報の発信技術力を要する。

★そのことに気がついた人たちが、
 各地で「文章教室」を開催しようとしている。
 私は、文章力を紙やその他の表面に
 書かれるもの、と定義していない。
 詳細は省くが、
 要するに頭の中で論理的に
 モノを考える能力、
 言い換えれば自分とのコミュニケーション力である。
 自分と好ましいコミュニケーションができない人間に、
 どんな情報発信ができるというのか。
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★以下に、私が関係する文章セミナーを
 あげさせていただく。
 「文章」となっていても、私の場合、
 編集と一体であり、ときには映像表現とも一体である

 ◎8月3日(日) 午後12時30分~3時45分
   「栄養士のQOLを高める表現力入門」
     (文章力・写真力を中心に)      
   岡山県栄養士会生涯学習研修会
   場所 岡山県立大学

 ◎8月10日(日) 午前10時~午後5時
   なぜ、ヘルスサポーターが文章を学ぶ必要があるのか
   場所:神奈川近代文学館 中会議室
   アクセス:みなとみらい線元町中華街駅から徒歩15分
   研修費:1万円(昼食込み)
*ご参加ご希望の方は、影山なお子宛、ご連絡お願いいたします。
(ご住所、お名前、ご連絡先、ご所属をご明記ください)

 ◎1回目9月28日(日) 
  2回目2009年1月18日(日)

   午前10時30分~午後4時30分
   「ロッコム文章・編集塾 遠距離クラス」
   通塾しにくい遠方の方のための3か月に
   1回のクラス。
   場所 大佛次郎記念館(横浜山手)
入塾を希望される方は、こちらのアドレスにお願いいたします。 
*palmarosa@yours.biglobe.ne.jp(影山なお子まで)
 ◎11月8日(土) 午前10時~4時
   日本栄養士会  集団健康管理栄養士協議会
  場所 日本健康・栄養会館3F研修ホール

 写真上 ロッコム文章・編集塾のクラス
 写真中 ときには撮影会も
 写真下 行政主催の文章教室で 

# by rocky-road | 2008-07-04 23:44  

「余暇」から「予暇」へ。

b0141773_045209.jpg名刺にある「大橋予暇研究所」とは、
どういう意味か、と久々に聞かれた。
この名称を使い始めてから17年たったせいか、
このところ、その説明をすることを
忘れていたようである。
写真左:『予暇で自分を組みかえる』 (株)三五館 
私が、前職を辞して「大橋予暇研究所」を
開設したのは1991年。
「余暇から予暇へ」をメインテーマに掲げた。

1980年代の前半は、高度成長期で、
海外からは「日本人は働き過ぎ」との外圧を受けた。

日本で余暇の必要性を最初に唱えた省庁は
厚生省ではなく、通産省であった(いずれも当時の名称)。
健康向上が目的というよりも、
労働者の生産性を高めることと、
外圧への対策がおもな動機だった。

働く人がもっと休養をとろう、といわれたのに対して、
主婦(当時は専業が多かった)の休養については
まだほとんど目が向けられていなかった。
 『栄養と料理』という、女性向けの生活雑誌の
編集長をしていた関係で、専業主婦の余暇不足が気になった。
ビジネスマンに「余暇とはなに?」と問いかけると、
「仕事から余ったヒマ」と答える人が多かった。

b0141773_833389.jpgダイビングクラブの運営などを通じて、
余暇活動が健康やライフスタイルの質と
おおいに関係があることを実感していた。
生活習慣病対策を説く医師の論説にも、
余暇の必要を説くものがあったが、
具体的な対策は示されない。
医師は余暇の専門家ではないから、当然である。
写真右:『ハッピーダイビング』 水中造形センター 
平成平成3年、定年を10年前にして、
大学出版部を退職し、いまの研究所をつくった。
「健康は人生の目的ではなく、
自己実現のための手段である」という趣旨の本を書いた。
「予暇」とは、つまりライフデザインのこと。
私はそのためのアドバイザーまたはサポーターとして
著述の仕事を始めた。

b0141773_0503119.jpg人生は仕事と余暇(自分の時間)とでワンセット。
仕事にスケジュールがあるように、
余暇にもスケジュールがあってしかるべし。
「予定のある自由時間」-それが「予暇」である。
「余暇」と「予暇」とは意識の違いにすぎない。
ただし、心身の健康を支えるものでありたい。
からだに悪い活動は「予暇」とは言いにくい。
写真左:予暇を楽しむ筆者

栄養士、保健士、医師、看護士などのヘルスサポーターは、
健康や生活の質の向上を支援するわけだが、
健康や長寿だけが最終目的でないことを忘れてはなるまい。

「生活の質」(QOL)とはなにか、については
熟慮する必要がある。
単に生活行動ができる程度が「QOL」の終点ではないことを
心にとめておきたい。
「予暇」もまた、生活の質の向上、というよりも
人生の質を高めることを念頭に置く。
質のよい人生とは、
健康の期間が長いこと、
人から支持されたり人に貢献したりする要素が多いこと、
それが、結果として、個人の幸福感を満たし、
それがさらにまた健康度を高める。

人生の目標と、幸福の追求、そして健康への願望、
いずれも、着地点にそう変わりはない。

# by rocky-road | 2008-06-28 00:54  

内部・外部環境としての服飾

b0141773_21154721.jpg6月20日の誕生日に、男性からプロポーズをされた、
という人と、バースデー会食をした。
ハッピーなことが重なった女性の輝きには
ハッとさせられる。
結婚を申し込んだ人ではなくても、
「こんなに輝いているなら、自分も申し込みたい」と
一瞬、不思議な心理状態になる。


彼女の3年前と、現在との表情や話し方、
ファッションの変わりようにも話が及んだ。
それには、パルマローザという環境が
大きく関係していることがうかがえる。
表情、身だしなみ、話し方などを磨き続けると、
1年でも、その効果が歴然と現れる。
そのことは、ぜいたくなほど多くの事例で確認できる。
中から外からのブラッシュアップだから、
にわかメッキとは違う。

そんな折りも折り、「ファッションショー」とネーミングする
セミナーを開くというのは、
なかなかタイムリーだと思う(9月20日・土 横浜 開港記念会館)。

衣服が「記号」であることは、服飾学の基本だが、
衣服が、自分自身にも情報発信をする、という視点は
あまりないように思う。
買いたい服を見つける、買いたいと思い続ける、
意を決して買いに行く、親しい人に同行してもらう、
試着し、いろいろのアドバイスを受ける、
購入後、それを着用する機会を考える、
当日、その服にふさわしい言動をする……、
そうしたアクションが、自分の内的・外的環境をつくってゆく。

それはつまり、幸福や健康、よりよい人間関係、洗練などへの
モチベーション強化である。
自分自身はもちろん、
周囲の人たちにとってもモチベーションとなる。 
 
衣服は、自分自身にメッセージを伝えると同時に
社会環境を作ってゆく、という認識も重要である。

健康支援者は、「食コーチング」がいうように、
クライアントが社会や人生をスムースに快走することを
最終目標とするわけだから、
クライアントにハッピーな環境を
無言で提示することの意味は大きい。
表情やコーディネートされた服装は、
健康度やハッピーを雄弁に表現する
b0141773_89221.jpg非言語コミュニケーションメディアである。

そう考えると、ダサイ服装のまま、
無表情やコワい顔の相談担当者が、
「クライアントの行動を変容させる」などと口走るのは、
ハツカネズミがキリンの容姿や生き方を説くようなもので、 
身のほど知らぬ誇大妄想である。

# by rocky-road | 2008-06-22 20:30  

栄養士ブラッシュアップセミナーの講師を務めて。

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パルマローザのブラッシュアップセミナーの
200回と201回を担当させていただいた。
(6月14日15日 健康支援者のための
「文章表現力」2日間特訓セミナー
―別冊付録 写真表現力― ) 

2日間とも午前9時30分から午後4時半まで。
立ちづめの2日間ではあったが、
みなさんの熱意に支えられてのことだから、
そのことによる疲れはない。


b0141773_2227731.jpg参加者の数人から、
健康支援の講演会講師のためのアドバイスを求められた。
世間には1年に200回以上も講演をするという人が
少なからずいるから、
わかったようなことはいえないが、
健康関連の講演会やシンポジウムを
聴講した経験はそこそこはある。
それらを加味して、
改めてその問題を考えてみた。


ヘルスサポーターのための講演入門
1.構成のしっかりした台本(レジュメまたはテキスト)を用意する。
講演は話術でするものではなく、
内容で勝負。ユニークな見方、考え方の提示、提案をする。

2.パワーポイントに寄りかからない。
パワーポイントで進めるものは講演ではなく、
紙芝居である。講演は、演者のパフォーマンスを
楽しむもの。たとえ文章の棒読みでも、
演ずることに意味がある。
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3.演者のルックスが健康イメージを
具現するものである。
無表情、笑顔なし、威張り、
ハッタリなどがなく、身なり、しぐさ、
テンポに明るさやリズムがあること。

4.健康について俗説を前提にしない。
「食の欧米化が進んでいる」
「脂の摂取量が多いとキレやすくなる」
「生活習慣病が急増している」などは
根拠が怪しい。

(以下はいずれまた)
1日目のランチ会場「ランチャンアベニュー」前にて記念撮影

# by rocky-road | 2008-06-17 22:34  

ロッキーロード 開始!

b0141773_2104680.jpg週1回、女子栄養大学文化栄養学科に非常勤講師として出かけています。この大学の出版部に
25年間勤務した縁によります。

きのう、副学長と話をしているときに、学生たちが講師を遠巻きにして席をとる傾向があることを話したら、香川靖雄副学長いわく、「それはDNAによるものかもしれません」と。アメリカに長く滞在した教授は、アメリカでは、前の席から埋まってゆくという話をしてくれました。

 この体験的日米比較はマトを射ているようにも思えます。
 私は、これまで17年間、
 いくつかの大学の非常勤講師を務めてきましたが、
 どこも例外なく、「前空き・うしろ吹きだまり型」でした。

 では、自分の大学生時代はどうであったか。
 先生の真ん前の席をとるのを習慣としてきました。
 私語と居眠り対策を自分に課したのです。
 やはり私の遺伝子には
 アメリカ人型のDNAが存在していたのです。
 
 さて、パルマローザでは、第50回のセミナーから、
 80回、100回、200回と、
 節目ごとにセミナー講師を
 担当させていただいていますが、
 この健康支援集団・パルマローザの人たちは、
 会場の座席を前から埋めてゆく人たちが中心となっています。

 してみると、パルマローザに集まる人たちも、
 アメリカ人のDNAを受け継いでいるらしい。

 b0141773_2133264.jpgそうでないとすれば、その程度の習慣は、学習か、
ちょっとした動機づけで、身につくものなのかもしれません。
事実、私の大学での授業のとき、学生たちは、いくらか講師に近い席に前進しつつあります。

 というようなお話を、影山 なお子さんからご提供いただく
この欄に、書かせていただくことになりました。
よろしくお願いします。

# by rocky-road | 2008-06-11 11:27