きょうも、ダイビングシーズン。

b0141773_13452679.jpg

毎年4月初旬は、ダイビング関係の2つのイベントがある。

この状態は少なくとも34年間に及ぶ。

「これからはダイビングシーズン」などというのは

部外者の言、または「ときどきダイバー」の言。

休日中心に活動をしてきたから、

元旦をはさんで、

年末・年始に海に入ることは珍しくなかった。

ダイバーにとって、

「ダイビングシーズン」は1年中である。

b0141773_13463042.jpg

少し余裕が出てくると、

日本の季節に関係なく、

いま夏の国に出かけて行って潜った。

? 夏を追いかけて ♪」である。

ご来光を海外の海で見ることはしばしばあったが、

日本で見るほどの感興はないことを知った。

b0141773_14025211.jpg

b0141773_13502713.jpg

47日、8日、9日の3日間開かれる

「マリンダイビングフェア」は、

水中写真コンテストの作品発表展、

プロカメラマンのトークショー、

ダイビング関連機材の展示会、

世界のダイビングスポットのブース展示などがある、

華やかなイベントである。

(東京池袋のサンシャイン/文化センター)

b0141773_13511075.jpg
b0141773_13504898.jpg

ここで気がついたのは、

フォトコンテスト入選作品のタイトルに

「擬人化型」が激増したこと。

「擬人化型」とは、

被写体となっている生物の立場でネーミングすること。

「きれいでしょ?」「何、見ているのよ」「仲よくしようよ」

などと、生物がしゃべるパターン。

b0141773_13482361.jpg

このネーミングは、かつては女性に多かった。

しかし、今回見ると、男性応募者にも多い。

ここからうかがえるのは、

生物の名や生態を検索するという

トレーニングができていないこと。

おそらく図鑑を持っていないだろうし、

インターネットで調べる発想も根気もない。

そして、もしかして「草食系男子」の増加。

b0141773_13522683.jpg

水中写真は、「ネイチャーフォトグラフ」

というジャンルに属する。

この場合は、生物の個体名を入れたい。

自然への興味、自然をたいせつに思う心は、

そこから始まる。

b0141773_13474400.jpg

b0141773_14012278.jpg


大橋作品 「イワシの春」

17回 水中写真コンテスト グランプリ

昔、水中写真作品の好ましいネーミング論を

『マリンダイビング』誌に何回か書いたことがある。

ダイビング雑誌には、

そのようにして、

読者をリードする責任がある。

が、いまや、編集部にはその必要を感じる人間が

いないのだろう。

さて、415日には、

久々に「水中映像祭」に出かけた。

私が何人かの友人に

共同発起人になってもらうことをお願いして立ち上げた

水中写真の勉強会を中心とするサークルである。

b0141773_13483283.jpg
スタートは19834月。

1回の「水中映像祭」を開催してから34年になる。

私は第20回まで運営してきた。

後継者を育てた覚えはないが、

みんながあとを引き継いでくれて、

そこから数えても13年になる。

b0141773_13542968.jpg

スライドショーという発表形式は、

当時の日本では一般的ではなかった。

持ち時間5分の中で、

3080枚のスチール写真を

一定のストーリーに組み立て、

プロジェクターにセットし、

自分の直感的なタイミングで絵を送っていく。

b0141773_13572840.jpg

一種の演奏である。

あらかじめ用意したBGMやナレーションを使って

海の美しさ、生物の生態、旅の体験などを

映像表現してゆくのだが、

緊張して、プロジェクターのボタンを押す指が

震える人も少なくなかった。

自家用のプロジェクターを持っている人はいないので、

会の機材を使っての練習日を設けて、

晴れの「映像祭」に備えた。

b0141773_13575428.jpg

それがいまは、パワーポイント時代。

自宅で整えたデータを持ってきて

パソコンにセットするだけ。

そういう時代、つまりこの十数年間、

私は、この方式で作品作りをしていないが、

しばしの局外者となって鑑賞して感じるのは、

機材や発表システムは発達しても、

コンテンツ、つまり作品の質は、

そう飛躍的に進歩はしていない、ということ。

b0141773_13503515.jpg

現役時代は、「テーマが大事」と言い続けてきた。

数十枚のカット、つまり「点」を並べると、

なんらかの意味、テーマを求められるようになる。

「で、なにを言いたいの?」

映画を見てきた人の報告、

コンサートに行ってきた人の報告、

講演会に行ってきた報告、

どの場合も、ひととおりの流れを説明すると、

「で、どうだった?」と、感想を求められる。

極論すれば、その「求められるモノ」がテーマである。

b0141773_14001295.jpg

もっとも、最近は、映画のストーリー、

コンサートのおもな楽曲、

講演会の講師名、演題さえも

正確に伝えられない人が多い。

せめてしばらくは、

プログラムくらい持ち歩けよ!!!

b0141773_14414458.jpg

が、「第34回 映像祭」では、

テーマという点では、

大半の作品がクリアしていた。

「海はきれいだった」だけではテーマにならない。

「タコはこんなふうに擬態する生物である」

「海中の生物の色彩は、どんな光学的理屈で

人間の視界に入ってくるものであるか」

これがテーマである。

「京都の紅葉は真っ赤っか。水中にも赤い生物がこんなに」

さて、これがテーマになり得るか。

評価が分かれるところだろう。

b0141773_13541749.jpg

かつては、スチール部門、

8ミリフィルム部門、

ビデオカメラ部門と、

3つにパート分けをしていたが、

いまは、スチール(静止画)と動画とを

1作品の中で自由に使えるようになった。

表現の幅はそれほど広がったが、

人間の表現力はたかが知れている。

それを実感できることは、

失望ではなく希望である。

b0141773_13480038.jpg

まだやるべきことはゴマンとある。

それが希望でなくてなんだろう。


[PR]

# by rocky-road | 2017-04-17 14:03  

「民度」の捨て方、拾い方。

b0141773_16133993.jpg

過日、近くのJR駅構内のゴミ箱に、

大きな紙袋を押しこもうと苦戦している女性を見かけた。

なんとかゴミ箱に押しこんだと思ったら、

今度はビールの缶を2個、

それに清酒の5合びんを1本を、

「ペットボトル」「缶」の回収箱に押しこんでいる。

b0141773_16135441.jpg

状況を察したので、

「それ、みんな、電車の中で

あなた1人が食べたり飲んだりしたものなのですか」と

声をかけてみた。

「そう」と、彼女は答えて、

こちらに注意を向けることなく作業を続けている。

「ちょっと、顔を見せて」と私。

顔半分をこちらに向けた。

「それだけ飲んで、顔にはまったく出ませんね」

「そう」と無表情に彼女。

b0141773_16140541.jpg

50歳代の人だろうか。

家庭のゴミを駅の構内に持ってきて

捨てていこうという魂胆が一目でわかる。

彼女は咎められているという認識を持つまいと 

まったくひるまず、無表情を保つ。

b0141773_16161452.jpg

そこで、

「あなたは、肝臓も強そうだけど、

心臓はそれ以上だね」と言ってみた。

今度はさすがに「そう」とは言わず、

足早にホームに向かって走っていった。

b0141773_16155315.jpg
b0141773_16160075.jpg

いまから50余年前の

196410月の東京オリンピックの前年、

国鉄(当時)の山手線車内で

酔った男2人が、座っている女性のひざに

代わる代わる腰を下ろすのを見かけた。

b0141773_16172015.jpg

1人で2人の男を相手にするのはムリだと思ったので、

近くにいた自衛官に声をかけた。

「やめさせたいので手伝ってほしい」と。

が、彼の答えは冷たい。

「制服を着ているのでそういうことはできないんです」

b0141773_16182222.jpg

なぜか私は納得して

(国は守れても1人の女性の安全は管轄違いで守れない)、

車掌に伝え、駅員に伝え、ラチがあかないので、

けっきょく、東京駅の鉄道公安室に駆け込んで、

状況を説明した。

と、そこにいた公安官の答えは

「相手は動いている電車の中だから

つかまえられません」であった。

b0141773_16190487.jpg

b0141773_16184837.jpg

この顛末を新聞の投書欄に投稿した。

それが新聞に出た日、

鉄道公安室長が、

私の不在のわが家にやってきて、

謝罪していった。

なんと、ショートケーキ30個を手土産に。

オリンピック開催を控えて

「公徳心」を高めよう、

という運動が盛んになっていたころである。

b0141773_16191581.jpg

あれから50余年、

そして戦後、70余年、

長い間、日本人の「民度」の正体を見てきたので、

駅の構内に家庭のゴミを捨てていったり、

構内に自転車で入ってきたり、

駅のトイレの洗面所で

髪を洗う若者を見かけても、

驚くほどのこともない。


むしろ、

こうした大人の甘え行動は

日本ののどかさを示す「原風景」なのかもしれない。

が、しかし、

その「のどかな国」日本は

「地下鉄サリン事件」によって、

無差別テロの不名誉な先進国になってしまった。

ソフトターゲットを狙うテロにしてみれば、

こういう「ゆるい民度」の国は

狙いやすいのかもしれない。

b0141773_16201750.jpg

と、思いたいが、そうはいかない。

ニューヨークでもロンドンでも、

パリでもサンクトペテルブルクでも、

そして、バリでもマレーシアでも起こった。

テロの起こり方、起こし方に法則性はない。

思想や宗教、民族、格差、貧困、支配と被支配……

どんな論法ででも理屈は作れるが、

多分に後づけの解釈や理屈である。

b0141773_16211133.jpg

確かなことは、

それが人のモチベーションであること、

凶器には、火薬や武器、毒ガス、自動車、

飛行機などを使うこと。

つまり文明が生み出した道具を使う。

文明は、道徳心や公徳心を否定したがるのか。

そんなことを考えつつ、

渋谷のスクランブル交差点を渡るときには、

どんなタイミングでテロリストを発見するか、

あるいは、いざというとき、どう避難するか、

ハリネズミのように気張って歩いている。


だというのに、

そんなスクランブル交差点のド真ん中で、

ウエディングファッションの2人が

記念写真を撮っている場面にぶつかった。

スクランブル交差点は、

外国からの旅行者にとって

すっかり観光スポットになっているのを

改めて感じた。

b0141773_22530038.jpg

5分もすれば警察官が来て、

スクランブル・ウエディングを中止させる、

だろうと思ったが、ずっと続いていた。

「ゆるい民度」の国から、

「ゆるい民度」の国にやってきて、

交差点のド真ん中で「誓いのキス」をする風景は、

なぜか許せる光景だった。

b0141773_16214803.jpg

「あなたのドレスはきれい、

きっとハートもきれいなんでしょうね」

と声をかけずにいた自分を

ほめてやりたいと、思う。

「粋」の文化の後継者にはなれないが、

「野暮」を避けたい文化の後継者としての自負は、

ひょっとして、いくらか残っているのかもしれない。

b0141773_16195985.jpg

ちなみに「民度」の定義。

「人民の生活や文化の程度」(広辞苑)


[PR]

# by rocky-road | 2017-04-05 16:36  

信仰も健康も……。

b0141773_17393693.jpg

ロッコム文章・編集塾の塾生から

宿題として提出された文章に、こんなものがあった。

その人は、ある宗教組織の病院に勤務しているが、

そこのトップ(外国人)が

職員に向けて出すメールによるメッセージが

まったくの信者向けであるため、

信者ではない職員は違和感を覚えるという。

その病院での勤務者は、

信者であるかどうかは採用条件にはなってはいないという。

b0141773_17402230.jpg

この事情を書いたあと、

彼女は、こうした一方的な情報提供の仕方は、

栄養士がクライアントに対して、

一方的に栄養のたいせつさや健康の意義を説くのと似ている、

としている。

人のふり見てわが身を正せ、というわけで、

彼女は、栄養士として、そうならないよう、

コミュニケーション力を磨いていこうと、

年頭の所感として文章に書いていた。

b0141773_17403821.jpg
b0141773_17423146.jpg

さて、320日に、

私は、横浜で、パルマローザ主催の輪読会を担当したが、

ここでは、栄養士会のリーダーが書いた文章を

「ワケアリ文章」の事例として2本を示した。

内輪の機関誌の記事とはいえ、

いや、内輪だからこそ、

何を言いたいのかがわからない、

救いようのない文章を平然と書くことができるのだろう。

b0141773_17410697.jpg

よくも悪くも「情報化時代」が続き、

また、Eメールの普及の効果も多少はあって、

国民の文章力は、わずかに底上げされつつある。

少なくとも、印刷媒体に関しては、

いわゆる「悪文」を見つけるのがむずかしくなった。

が、大学の「紀要」とか、学会誌とかは、
依然としてガラパゴスで、

「悪文収集家」を喜ばせずにはおかない

正真正銘の悪文が生きながらえている。

b0141773_17420444.jpg
b0141773_17415402.jpg
b0141773_17421966.jpg

多くの人は、文章力を評価するのに

「文才」というコトバを使う。

このコトバは曲者で、

文章力はあたかも生まれつきの才能であるかのように錯覚させる。

人間にとって文章表現力は

きわめて後発の能力、

したがって、生まれつきとの関係はうすく、

すぐれて学習力を要する能力である。

b0141773_17434507.jpg

しかもその能力は、

ひとくちに「文章力」とくくることができないくらいに

それぞれ、ジャンルごとにポイントが異なっている。

「ジャンル」とは、

日記、手紙、ハガキ、エッセイ、解説、論文、詩歌、広告、

レポート、事務文書(さらに依頼書、注文書、わび状など)、

諸届、小説(さらに純文学、中間小説、大衆小説などなど)、

そして、Eメールやブログなどのことで、

これらは大きく分けても200以上のジャンルとなる。

b0141773_17432585.jpg

それぞれのジャンル間には大きな差異がある。

事務文書の文章と、小説や詩歌のそれとの違いは、

相撲とレスリング、サッカーとベースボールほど、

といっても過言ではないくらいのものである。

だから、それぞれのジャンルに共通する文才などあるはずもない。

手紙が書けない小説家や学者、

ノンフィクションは書けても、
論文が書けないライターがいても、

少しも驚くことはない。

b0141773_17441290.jpg

さてそこで、

最初の「宗教」と「栄養」の話に戻ると、

どちらも目には見えないものを対象としている

という点で共通している。

「栄養素は顕微鏡で見られる」というかもしれないが、

その生理作用は目には見えない。

神を見た人は少なくないが、

神がもたらす精神的効果は目では見えない。

b0141773_17453130.jpg
b0141773_17391904.jpg

見えないものを語る人の宿命として、

見えないものを「見える化」する

コミュニケーション力が求められる。

神の場合は、
古来、絵画や彫刻などによって具現化されてきた。

阿修羅や弥勒菩薩の穏やかな表情から、

安らぎを得る人も多い。

それとても、信仰を持つことで得られる幸せを

コトバで説明する必要に迫られるはずである。

b0141773_17483248.jpg

栄養や健康の「見える化」の場合は、

スポーツシーンであったり、
子どもが無心に遊ぶ姿だったり。

が、それらには弥勒菩薩ほどの霊験はない。

b0141773_17484450.jpg

けっきょく、栄養効果や健康は、

印象的なコトバ、美しいコトバで

それを語るしかない。

信仰も健康も、

人々がそれへの関心を弱めているとすれば、

それは、自分の専門を語れない担当者の責任である。

b0141773_17481479.jpg
b0141773_17472604.jpg

日本人は、いつのまにか、

世界一の長寿国になった。

そこへ向かってひた走ったわけでもないのに。

とはいえ、「偶然にそうなった」という解釈では、

それにかかわってきた人の尽力に対して失礼だろう。

b0141773_17504308.jpg

b0141773_17463846.jpg

どんな事情であれ、その地位は、守るに値する。

「生」とは、なんだかんだいっても、感動の収集活動だから。

その経験は、あとから来る地球上生物のために生かしたい。

それをバックアップする一員が健康支援者だとすれば、

コミュニケーション力すなわち、発話力、文章力、

基本のところでは表情、身だしなみなどを、

磨き続ける必要がある。

b0141773_17475940.jpg

b0141773_17465066.jpg
b0141773_17482267.jpg

輪読会で使った悪文を書くような先輩が、

健康支援者たちを引っ張っている以上は、

後輩たちは、よほどがんばらないといけないだろう。

b0141773_17515045.jpg


[PR]

# by rocky-road | 2017-03-24 17:52  

本家の「栄養バランス」事情。



b0141773_16081603.jpg

「栄養のバランス」とは、

なにをもって評価するか、

この点については、

自分のセミナーのときには

確認ポイントとしてしばしば話題にしている。

栄養士は、クライアントに対して

「栄養バランスに気をつけて」といえば、

責務を果たしたような気になるが、

なにをもって「バランスがとれている」といえるのか、

指導している本人がわかっていない場合が多い。

b0141773_00224324.jpg

ところが、

かつて編集にかかわっていた雑誌の最新号を見ると、

この雑誌も、栄養のバランスを

わざわざあいまいにしているのである。

「栄養バランスごはん」という特集を組みながら、

「ごはんは茶わん1杯」

「肉や魚は片手くらい」と、

1食分の目安量しか示していない。

b0141773_00212262.jpg
b0141773_00205015.jpg

毎号、巻末のページで

「四群点数法」を解説しているのに、

どのページも、それにはノータッチ。

もはや「四群点数法」はお飾りになってしまった。

b0141773_00213220.jpg
b0141773_00200820.jpg
b0141773_00214046.jpg

この大学の創設者であり、

「四群点数法」の考案者である

香川 綾先生から数えて3代目ともなると、

あの画期的な「食の地図」を

継承しようという意欲を持つ者もいなくなる、ということか。

b0141773_00203579.jpg

文化や文明には停滞や後退はよくあることとはいえ、

食事の指針というものが、

こうも普及しないものかと、慨嘆する。

先進国の多くは、国民の健康を考えて

なんらかのガイドラインを提示しているが、

ほとんどの場合、普及していない。

b0141773_00310305.jpg
b0141773_00211081.jpg

スマホだのカーナビだの

歩数計だのヘルスメーターだのと、

情報や体内環境をキャッチする

機器の発達はめざましいが、

毎日食べる食事の質と量に関しては、

人類はかなりアバウトにできている。

集団的管理はできても、

自己管理はできない、

それが新人類から数えて20万年間の

現実というものであろう。

b0141773_00331857.jpg

「それでも世界でトップクラスの長寿国なんだから

まあ、そうカタいこといわなくても……」

という意見もあろうが、

これが終点であるはずはなく、

これからも人生の質と量の充実の道は続く。

b0141773_00220542.jpg

つまり、人生は長引かせることが目的ではなく、

充足感を感ずる期間をより長くすることが目的である。

そう考えたとき、

1日に、なにを、どれくらい食べるか、

という食事の指針も

目的意識を自覚するうえでのモチベーションとなる。

b0141773_00221522.jpg
b0141773_00483444.jpg
b0141773_00492692.jpg
b0141773_00502281.jpg

このページにも、

「四群点数法」の群別と、目安量を掲げておこう。

b0141773_00512099.jpg
b0141773_00543442.jpg
b0141773_00571782.jpg


[PR]

# by rocky-road | 2017-03-13 00:55  

セミナーを渡る風。

b0141773_22304117.jpg

226日(日)、広島で

コミュニケーション研究会 ひろしま≫、

35日(日)、石川県能登で

ロッコム文章・編集塾/能登教室

1週間に2つのシリーズセミナーが終わった。

広島での講義は

文章表現に映像表現を応用する

能登での講義は

いつも、鮮度の高い『食と健康情報』を

提供するための7つのポイント

どちらも、1日かけての講義であった。

b0141773_22305857.jpg

いずれも日帰り出張はキツイので、

前日泊となるが、

主催者の計らいで、

自分では計画できない

陸の旅をするよい機会になっている。

「旅」といえば「海への旅」を優先してきた者には、

遅ればせの「陸の旅」の貴重な機会となっている。

b0141773_22314332.jpg

広島では、

宮島へ渡って、厳島神社を遠望し、

やはり海を背景にシカを撮ることに熱中した。

なんのことはない、

これも海への旅ではなかったか。

b0141773_22312060.jpg
b0141773_22334480.jpg
b0141773_22335741.jpg

b0141773_22352588.jpg
b0141773_22354489.jpg

石川県能登への旅は

北陸新幹線のおかげで金沢経由のルートができた。

金沢では、今回も「ひがし茶屋街」をリクエストして、

案内していただいた。

b0141773_22343220.jpg
b0141773_16081603.jpg
b0141773_16084155.jpg
b0141773_22351255.jpg
b0141773_22365924.jpg
b0141773_22372670.jpg
b0141773_22391108.jpg
b0141773_22392481.jpg

伝統のある町では、

看板などで見る手書き文字に目が行く。

パソコンには入っていないはずの

味のある書体、

それを書くプロがいる町の奥行を強く感じる。

b0141773_22385820.jpg
b0141773_22411446.jpg
b0141773_22412733.jpg

今回は、あれこれのスナップ写真をお目にかけたい。

b0141773_22414506.jpg
b0141773_22420007.jpg

b0141773_22431340.jpg

b0141773_22433002.jpg


広島と石川、
東京から見ると、
時計の9時と11時の位置にある見当だが、
両教室の交流もあって、
能登の人が広島に、
広島の人が能登へと、
ツアーとセミナーに参加してくれることもしばしば。
今回も、そういうことがあった。

b0141773_22371594.jpg


そしてしばしば、
ここに横浜勢、名古屋勢、東京勢が加わることがあることも
忘れてはならないだろう。

b0141773_22383776.jpg

b0141773_22442688.jpg


日本が狭くなったのは、

交通機関の発達ということもあるが、

人のモチベーションが

世界を狭くしている面がかなりあることも、

見落としてはなるまい。

b0141773_22443424.jpg




[PR]

# by rocky-road | 2017-03-07 22:45  

うまく育った「私」と「あなた」

b0141773_15504866.jpg

去る2
19日に開かれた第53回「食ジム」では、

栄養士・健康支援者における『子育て』のいろいろ

 (美しい関わり方)

というタイトルで、終日、話し合った。

会場 横浜市技能文化会館

アドバイザー 影山なお子さん 大橋禄郎

b0141773_15490429.jpg

内容は

1.私の育てられ方--親のこんなところに感謝したい。

2.「親の顔を見ちゃいました!」 バッド子育ての現場レポート

3.日本人の子育て食育--①ここが問題 ②ここが誇り

4.栄養士・健康支援者の考える「子育てのあり方」

5.「子育て」の評価基準を設けるとすれば……。

b0141773_15590590.jpg

1~3については、各自の発言が続いたが、

4~5については時間切れで

軟着陸とまではいかなかった。

むずかしいテーマであっただけに、

むしろ、みんなで考えてみたかった。

やむを得ず、私なりの感想を述べたが、

充分ではなかったので、

以下にまとめておきたい。

b0141773_15544609.jpg

「4」の栄養士・健康支援者の考える「子育てのあり方」

については、当然ながら、

食と健康に軸足を置いての論になる。

ということは、端的に言えば「食育論」である。

「食育基本法」には、目標はあるものの、

「食育」の定義がないため、

土俵のない取り組みが続いている。

b0141773_15521081.jpg

それは、地引網体験も、芋掘りも、

田植えも、稲刈も、

魚市場や青物市場見学も、食品メーカー見学も、

「食育」ということになる。

将来、一次産業に従事させることが前提なのか、

社会科への横滑りなのか。

挙句の果ては

中高年対象に「寝たきりにならないための食育」として、

料理教室が開かれたりもする。

b0141773_16024839.jpg

「食育」とは、知育、体育、徳育の連想から、

子どもの心とからだを培うために、

家庭での食教育を強化することが目的だったのではないか。

しかし現状では、

食育は家庭に戻ることはなく、

学校や業者任せになりつつある。

ここで注目すべきは次の点。

b0141773_15595533.jpg

女性の社会参加の結果として、

食の外部化(外食、中食、調理済み食品)により、

家庭での「団欒」(だんらん)の機会が減り、

食卓を通じての情操教育がしにくくなった、

そこで「食育」が大事、

として「食育基本法」を作った。

その狙いは、

家庭での「団欒」の復活にあった。

b0141773_16000649.jpg

ところが、その「食育」は学校任せになり、

さらに、

学校を通して

専門コーディネーターへの発注となった。

気がつけば、「食育」も外部化していた。

当時から、予測していたとおりになった。

b0141773_15593541.jpg

子どもが親と食事をする機会が減った、

その事実を認める視点があるならば、

「食育」が空論になることは予測できたはず。

そう推測できたから、

子どもから「食事力」を引き出すほうが

現実的ではないのか、と言い続けてきた。

いつ、どこで、どう食べようと、

自分にプラスとなる食事を選ぶ力、

食べる力を引き出すのである。

b0141773_16051703.jpg

3歳児の食事力、10歳児の食事力、

20歳の食事力、70歳の食事力。

どれにしても、気力、体力、記憶力、

欲をいえば、努力や精神力、学力があるといい。

b0141773_16092386.jpg

「食事力」とは、

ヒヨコが孵化した直後にエサをついばむように、

哺乳動物が生まれてすぐ、母親の乳を飲むように、

それは本能的な能力であるとともに、

知力や学力、経済力をもって支える

社会的能力でもある。

つまりは、人間の一生を支える能力、

それが「食事力」である。

b0141773_16093497.jpg

それほど基本的な能力を表わすコトバなのに、

「食事力」が国語として定着しなかったのが不思議。

英語ではどうか、ドイツ語ではどうか。

人類は、そんなコトバを作っていなかったのだ。


であるとするならば、

栄養士・健康支援者の育児論の軸足は、

「食事力」強化に置くことであろう。

b0141773_15530504.jpg

さて、

5」の「『子育て』の評価基準を設けるとすれば……。」

つまり、子育てがうまくいったかどうかを

どういうタイミングで評価するか、である。

b0141773_15565567.jpg

細かく区切れば、1
歳児の子育て、

2歳児の子育てとあって、

その延長で20歳時の子育てというところまで、

評価ポイントは移っていく。

とはいえ、

子を、どう育てようが、親の守備範囲、

「他人からどうこう評価されたくない」

というのが親のホンネだろう。

b0141773_15533537.jpg

しかし、成人式の式典で、

大酒を食らって、

壇上で暴れだすような「子」を持ったら、

「子育てがうまくいった」とは言い難い。

あるいは、小・中学生で自殺をされてしまったら、

「子育て成功」とはいかない。

どんなに外圧(イジメなど)があったとしても、

子に自殺されてしまったら、

先手を打てなかった親の負け、

そう自己評価するしかあるまい。

b0141773_15563591.jpg

それを学校や社会のせいにしているようでは、

親自身の「育てられ方の失敗」と

評価されても仕方がない。

子どもの自殺を学校や友人のイジメのせい、

というところだけをクローズアップし続けると、

自殺者は、その時点で「勝者」になってしまう。

「死んで恨みを晴らす」「身の潔白を示す」は

日本の伝統的思想。


ただでさえナイーブな少年・少女時代のこと、

死んで「勝者」になる選択をする可能性は高い。

b0141773_16162843.jpg

イジメで学校側やイジメたほうをイジメることは、

自殺の促し効果をつくりだす、という側面を持つ。

「なにが悪いって、自殺する者は卑怯、敗者、

次の自殺者へのけしかけ」

という価値観を植えつけない限り、

この連鎖に終点や減少は望めない。

b0141773_15580454.jpg

子が親を越えてよくなったり、

悪くなったり、いろいろの方向を探るのが

「適応」と「進化」のカタチというものだろうが、

いまの世の中が「よい」とするならば、

「適者生存」という結論になる。

b0141773_16181974.jpg

人間の社会活動の範囲では、

子の行動の大半は親や大人の反映。

子どもがダラシナクなるのは、

親や大人の影響か学習によるもの。

b0141773_15555675.jpg

とすると、「大人は子育ての成果」である。

四六時中、スマホをのぞき込む大人には、

自分が「子育て失敗の事例」なのか

「子育て成功の事例」なのか、

自己評価する時間も問題意識も

思考力もない。

b0141773_15540872.jpg

みんながアホになる状態、

それは、復元力を生み出す1プロセスともいえる。

大宅壮一氏が、テレビの普及時代に

「テレビによって一億総白痴化する」と

指摘したが、いま、テレビを見る人の数は激減している。

b0141773_16263283.jpg

鴨長明は、「ゆく川の流れは絶えずして」といって、

人生や社会は2度と元に戻ることはない、としたが、

もっと大きく見るならば、

世の移ろいは、寄せては返す波の繰り返し。

b0141773_16290177.jpg

長明さんは川しか見ていなかったが、

海は地球上の湖だから、

ツボの中で水はあっちに行ったり、

こっちに行ったりの繰り返し。

b0141773_16261400.jpg

テレビによる「白痴化」を免れた人類は、

今度は、スマホによる「白痴化」の波にさらされている。

「子育て」の成功・不成功は、

その社会の、ある時点での「大人」の生き方を

どう評価するか、という問題になるだろう。

b0141773_16271608.jpg

厳密にいえば、その評価対象は個人でしかない。

ということは、

この世は、子育て失敗の結果と、

子育て成功の結果とが共存している集合体であって、

相互補完をしつつ継続している、

ということになろう。

b0141773_16272703.jpg

個人的対処としては、

従来の「人様に迷惑をかけないように」は

標語化しすぎて実効性がないから、

各自がバージョンチェンジを図らなければならないだろう。

*人のモチベーションを下げないように。

*街を汚さないように。

*マスメディアのターゲットにならないように。

*人を排斥したり差別したりしないように。

*使わないお金を持ち過ぎないように。

*ブログでわけのわからない論を展開しないように。

b0141773_15592173.jpg

などなどのように、

子どもへの徳育を進めるには、

親側、大人側のほうに、

そのつどキャンペーンテーマを変えるだけの

準備性が求められる、ということだろう。


[PR]

# by rocky-road | 2017-02-23 16:29  

ネットワークをどう温めるか。

b0141773_23054806.jpg

サークルにしろ学会にしろ、NPOにしろ、

ホームページを見ると、

記事が更新されていないものが少なくない。

「箱もの」と同じで、

作るときはがんばるのだが、

それを維持するのはむずかしく、

空洞化してくる。

イベントなどの活動もそれに比例する。

b0141773_23145476.jpg

そうなる理由の上位は、

役員を順番制にするからである。

創設期の役員は、

ゼロから出発しただけに、

意欲もエネルギーも十二分にある。

しかし、3年、4年とたつと、

役員の交代を考えるようになる。

b0141773_23093780.jpg

このあたりから、

創設メンバーのコンセプトがあいまいになり、

パワーも下がってくる。

情熱も経験もトレーニングもない

押しつけられ役員としては、

組織を活性化するどころか

持続することさえおぼつかない。

b0141773_23102142.jpg

ビジネスの場合には、

それを保持しないことには

自分たちの生活が成り立たないから、

創設者が退いたとしても、

手を抜くことはできず、残った者ががんばって、

組織をなんとか維持することにる。

b0141773_23104304.jpg

ほんとうは、学会だって、サークルだって

「情報」という、

金銭には代えられない貴重な「価値」が

得られる場だから、

人々の関心をもっと集めてよいはずだが、

そうはならず、すぐに「開店休業」状態になる。

b0141773_23112432.jpg

その理由は、

提供する情報には鮮度と、

香辛料の数倍という刺激が必要だからである。

なにしろ、フツ―の人は、

情報の値踏みが不得手だ。

情報が、心理的エネルギー源であり、

生存に不可欠なものであることを

ホモサピエンスとして数十万年たっていながら、

人類の98%は気がついていない。

b0141773_23114280.jpg

同時にまた、

「情報ステーション」(情報を提供する場)

というものも、

商品と同じようにパッケージが大事。

商品のクオリティが第一条件だが、

その価値を高めるのは、パッケージ。

b0141773_23122148.jpg

情報ステーションのパッケージに当たるものは

会場となる建物のルックスではなく、

主催者の求心力。

つまり情熱であり、人間性であり、

コミュニケーション力であり、企画力であり、

ファッションセンスであり、

コーディネート力であり、持続力でありと、

あまりにも多くのパッケージが必要となる。

いま、パッケージとはいったが、

実は、それら自体が情報でもある。

b0141773_23172711.jpg

b0141773_23175337.jpg

情報ステーションをの活性し続けるには、

数年で交代する役員方式ではなく、

少なくとも5年、

欲をいえば10年以上を任期とするか、

1人のリーダーが

命ある限り、ずっとリーダーを続けるかである。

b0141773_23183921.jpg

私の経験でいえば、

私が立ち上げたサークルは、

20年間運営を続け、

そこで後輩にバトンタッチした。

バトンタッチの技術というよりも、

あとを引き継いだ人たちががんばったために、

33年間、いまも活動を続けている。

b0141773_23190631.jpg

b0141773_23203090.jpg

結果論でいえば、創設者時代を経験し、

それを引き継ぐ準備性があったからこそ、

持続できた、ということもできる。

数日前に、今年のイベントの案内が届いた。

「第34回 水中映像祭 水中のスライド&ビデオショー」

415日(土)と。34年間、継続している。

b0141773_23210550.jpg

一方、石川県能登では、

20143月に開講した

「ロッコム文章・編集塾 能登教室」が

4回のペースで続き、

この3月で12回目になる。

このケースでは、

能登の経験のあるリーダーが、

優れた企画力と推進力で立ち上げ、

いまに至っている。

b0141773_23215521.jpg

b0141773_23222377.jpg
b0141773_23224490.jpg
b0141773_23230622.jpg

すでに別のネットワークの運営経験もあって

そのコーディネート力は一級品。

自己流のワンマン運営ではなく、

メンバーを引き立てるし、

各地に出かけて行って情報を仕込んでいる。

そのフットワークとパワーが

持続性のあるネットワークを支えている。

b0141773_23233874.jpg

広島では、

能登のネットワークを参考にして、

有志で「コミュニケーション研究会 ひろしま」を

201412月に発足させ、

こちらも3年目、

3クールに入っている。

ここでも文章、編集を学ぶことを中心に、

栄養士のコミュニケーション力や

食コーチングなどを学び続けている。

b0141773_23250044.jpg

b0141773_23254172.jpg
b0141773_23244395.jpg
b0141773_23265207.jpg
b0141773_23392512.jpg
b0141773_23271113.jpg
b0141773_23272358.jpg

日本の、または各地の地域のネットワークでは

会員不足やイベントへの参加者数が減り続けていて、

それが大きな問題点になっていると聞く。

その理由は、以上に述べたとおり。

ということは、

現状では改善は望みにくい。

b0141773_23251660.jpg

これを一部の役員のせいにするのは当たらない。

企画が平凡で、

役員の求心力不足が一因であることは確かだが、

ほかに替わる人がいないのだから仕方がない。

大きな労働組合では、

報酬を払って「専従」の役員を置いている。

それでも組合員の参加意識はあがらないというから、

救いようがない。

それはつまり、

日本人というものが、

とことん自発的な組織プレーが苦手であり、

したがって、システムづくりに進歩がない、

ということである。

b0141773_23411163.jpg

なにしろ、

衣服を選ぶのに「一生着られる」という、

ケチと更新嫌いが合わさった価値観を持つ国民である。

72年もの」のビンテージ憲法を

床の間に飾ったまま

ハタキさえかけないくらいのことは

当然といえば当然である。

ちなみに、スイスでは、

1892年に制定された憲法が、

2016年までの124年間に

「国民イニシアティブ」という制度によって

318件について改正が発議され、

203件について国民投票が行なわれ、

22件が改正されたという。

(『世界一豊かなスイスとそっくりな国ニッポン』

 川口マーン恵美著による。 講談社)

b0141773_23415724.jpg

文化というものは、

人を真似てすぐ身につくものではない。

が、近くの県でがんばっている人がおり、

活性化しているネットワークがあることを

知っていながらジッとしているとしたら、

それは怠慢か、人生の放棄というもの。

b0141773_10384460.jpg

健康支援者とは、

究極的には、食や健康をベースにして

人のモチベーションを高める仕事。

そういう職業の人が、

自分のモチベーションさえあげられないとなると、

果たして健康支援者という職業を

この先、続けることができるのか。


[PR]

# by rocky-road | 2017-02-12 23:35  

「四群点数法」人口はどれくらい?

b0141773_23244722.jpg

去る1月28日、
元の勤務先である女子栄養大学で、
食と健康情報の鮮度を高めるための
7つのポイント
」と題して
4時間弱の講義をさせていただいた。
経過は、
影山なお子さんのブログにくわしい。
http://palmarosa.exblog.jp/
b0141773_23252628.jpg

この講義の7つのポイントの中には、
「栄養バランス」の基準の1つとしての
四群点数法」について私見を述べた。
この大学は「四群点数法」の発祥地であり、
いま、その講義を担当する先生もおられるので、
いわば「釈迦に説法」にはなるが、
むしろ、だからこそ、
通り一遍ではない普及と
そのための熱意の増強を願いたかった。
b0141773_23254134.jpg

世の中には、いろいろの計器が普及している。
体重計は、いまやヘルスメーター、
体組成計などと呼称を変え、
体脂肪率からBMI、骨格筋率、基礎代謝などが
測れるようになった。歩数計もしかり。
b0141773_23511853.jpg

ところが、1日に、なにを、どれだけ食べるか、
という指針は、世界はもちろん、
日本国内にも普及していない。
ヘルスメーターで「結果」を測るのに、
その「原因」となる食品のほうは測るどころか、
指針さえ持たない人が多い。
b0141773_23513786.jpg
b0141773_23514976.jpg

当日のアンケートの中には、
四群点数法」が普及しない理由を
説明してくれている記述がいくつかあった。
1つには、「女子栄養大学のもの」
というイメージが強いこと、
そして、教育現場では
「三色食品群」や「6つの基礎食品」が主流であること、
などをあげてくれていた。
b0141773_23272943.jpg

「三色」や「6つの基礎食品」のように、
量の単位が示されていないものを
食生活でどう活用するのか、
これを普及している人は、
まちがいなく、それを実行していない人であろう。
魚や肉、卵が必要とあっても、
どれくらいとればよいのかがわからなければ、
実行できるわけがない。
b0141773_23274512.jpg

少し話題を変えてみよう。
カメラに「オートフォーカス」機能がついてから久しい。
被写体にレンズを向ければ、
自動的にピントが合うシステムである。
b0141773_23281956.jpg

しかし、この機能も万能ではない。
走っている人や、飛んでいる鳥、
泳いでいる魚は、
その場にとどまるのは一瞬だから、
オートフォーカス機能を使っても、
数千分の1秒の瞬間にピントを合わせることはできない。
b0141773_23302149.jpg

こんなとき、置きピンというテクニックを使う。
ランナーが通るであろう地点に
あらかじめピントを合わせておいて、
ランナーがそこを通過する瞬間、
厳密にいえば、
その「瞬間」の数百分の1秒前にシャッターを切る。
b0141773_2327049.jpg

しかし、鳥や魚の場合は、
「通るであろう地点」は予測できないから、
たとえば1メートル目前に来たときにシャッターを切る、
と決めておく。
この場合、約1メートルという目測を瞬時に行ない、
そこに仮のピントを合わせておいて(半押し)、
そのまま被写体に向けてシャッターを切る。
b0141773_23305473.jpg

こういうトレーニングは、
水中カメラで何万回とくり返した。
当時、水中カメラには
オートフォーカス機能がついていなかったから、
水中で40㎝、60㎝を目測する必要があった。
b0141773_23312128.jpg

目測40㎝をからだに覚え込ませるには、
被写体ごとに目測するのではなく、
40㎝先のものだけを撮ることに徹する。
カメラは、いつもピント40㎝に固定しておく。
b0141773_233132100.jpg

これを座標軸にしておくと、
それより近いか遠いかが、すぐにわかる。

四群点数法」とは、
食生活における座標軸である。
スタンダードといってもよい。
これを元にしていると、
卵を2個食べた日は、その日に限って、
それ以上は食べないようにする、という方針が立つ。
b0141773_2332791.jpg

計器類がこれだけ発達、普及した時代に、
日々の食生活をコントロールする
基準のスタンダートが普及しないというのは、
人間の悲しい性(さが)というしかない。
食を情緒的な対象としておきたいという
深層心理によるところがあり、
一方に、「三色だ」「6つの基礎食品だ」という
セクショナリズムがある。
b0141773_2333237.jpg

以前、『話を聞かない男、地図が読めない女』
という本がヒットしたことがあるが、
食に関しては、『地図を持ちたがらないヒト』
と言い切ってもよいのかもしれない。
b0141773_23332758.jpg

前述のセミナーでは、
そうではあっても、
それを普及させ得なかった関係者にも責任がある、と述べた。
私もその1人から逃れようとは思わない。
b0141773_23335370.jpg

女子栄養大学の非常勤講師をしていたころ、
学生に、「四群点数法」を解説するパンフレットを、
成人男性向き、小学生向きに作りなさい、
という宿題を出したことがある。
彼女たちは、もう30歳代、
四群点数法」を実践している人の割合は、
どれくらいのものだろう。
b0141773_2334284.jpg

その予測は、悲観的である。
しかし、現実には、
実践している人が数万、数十万、数百万(?)は
存在しているはず。
b0141773_2334525.jpg

ボブ・デュランのように、
「その答えは、風に吹かれて、風に吹かれていんだよ」
などと、風任せにしてはいけない。
計画的な旅をするのであれば、
地図を持って旅立つほうが、
目的に対する達成率は高いはず。
b0141773_23355255.jpg
b0141773_23361677.jpg

地図は、
計画性、論理、知性などを強化するもの。
だとすれば、
四群点数法」の普及度の停滞は、
論理や知性のバックアップ不足によるところが
あるのかもしれない。
b0141773_23541723.jpg
b0141773_23542980.jpg

[PR]

# by rocky-road | 2017-02-04 23:37  

建築家のコミュニケーション力に注目。

b0141773_2355117.jpg

NHKテレビの「プロフェショナル」、
1月16日、放送の「建物を変える、街が変わる」には、
興味を引かれるところがあった。
大島芳彦という、建築家の仕事の紹介である。

大島氏は建造物の「リノベーション」(修復、再生)の
第一人者だそうで、
築50年以上という、廃墟同然だった団地を再生し、
かつ、それをきっかけに、
街の活性化を図って成功させたりしている。
この建築家のコンセプトは、
「物語をデザインする」だという。
b0141773_2362017.jpg

家は、人間が使う道具だから、
まずは人があり、次に建物がある、
当たり前の話だが、
素人は、そのことを忘れる。
b0141773_2382949.jpg

つまり、建築家とは、
自分のアイディアをいかに美しく、
いかに機能的なものとして具現化するか、
ということに強いモチベーションを
抱く職業だと思ってしまう。
b0141773_23918.jpg

しかし、大島氏は、
最初にその家を建てた人の意図や、
その建物が街の一部として
どういう役割を果たすか、などを重視する。
b0141773_2392096.jpg

古くなった家を単純にリフォームするのではなく、
その家や、その地域を、
以前よりも活性化することを目指す。
b0141773_239555.jpg

古くなった家を再生してほしいと、
家主から依頼されれば、
建築家としては「よし、任せろ」と
思いたくなるところだが、
大島氏は、それは家主の当事者意識の放棄だとする。

つまり、家主のマインドが定まっていないと、
ハコとしての建物をどんなに美しく再生しても、
人は居つかないという。
b0141773_23101089.jpg

確かに、使い勝手のよい家でも、
家主がいやな奴だと、
長く住みたいとは思わない。
家主ばかりでなく、
商店やご近所に温かみがないと、
なじみにくい。
b0141773_23105435.jpg

そこで大島氏は、
リノベーションを依頼してくる家主、
行政、会社などのマインドを引き出すために、
じっくり話し合うという。
また、「リノベーションスクール」とネーミングする活動を、
空き店舗などのある現地で行なうという。
それは、コンセプトを固めるための
ブレーンストーミングのようなものらしい。
それを3日間、続けることもあるという。
b0141773_23113024.jpg

ここに関心を持ったのである。
建築家といえば、鉄筋だのコンクリートだの
ハードな仕事が中心だと思っていたら、
大島氏のスタンスは、
まず感性と知性を駆使しての
コミュニケーションから始まるのである。
建築には基礎工事がつきものだが、
地面を均す(ならす)前に、
大島氏の場合、人の心をならすというわけだ。
b0141773_23115144.jpg
b0141773_2312459.jpg
b0141773_23161211.jpg

話は変わるが、
食コーチングプログラムスが主催する
食ジム」は、
2010年10月に始まってから50回を超えた。
ずっと思ってきたことは、
こうした1日をかけた話し合いが、
地球の、どういうところで、
どのように行なわれているのか、
知りたい、ということ。
b0141773_23125820.jpg
b0141773_23131535.jpg

内閣の閣議は、
たぶん、そんなに時間はかけられないだろう。
それにしても、
閣議の司会進行はだれが行なうのか、
インターネットで調べてはみたが、
そこまでの記述は見つからなかった。
b0141773_23133093.jpg

ちなみに、国会や各種委員会などは、
会議とか討論とか議論とか、
そういうものとは、似て非なるもの。
なぜなら、逆質問や、
反論が許されない話し合いは、
討論や議論とはほど遠い。
国会議員が
これほどまでに空虚な議論を行なっている現状を見ると、
日本は、とても先進国とはいえないことを認めざるを得ない。
b0141773_23134567.jpg

建築家が、
前述のような
コミュニケーション環境を「構築」しているのだから、
きっと、世界各地で、いろいろのテーマで、
じっくり議論していることだろう。
b0141773_2314313.jpg

かつて、アメリカのケネディ大統領は、
ソビエトの支援でミサイル基地を作ろうとしているキューバを
どう攻めるかを議論したという。
その閣議の様子を、
側近であったシオドア・C・ソレンセンが書いた
『ケネディの道』という本で読んだが、
アメリカ人の閣議の一端を知って、
これはかなわん、と思った。
b0141773_23143843.jpg

確か、7つくらいのプランを並べ、
それを1つずつ検討するのであった。
その中には、失敗のシナリオもあった。
このあたりが日本人と違うところである。
日本だと、そういう案を出すこと自体が憚られる。
「そんな弱気でどうする!」という指摘が
ほかの出席者から出るに決まっているから、
弱気の発言はできないことになっている。
b0141773_2315326.jpg

ともあれ、
建築家が、
ここまでコミュニケーションをたいせつにする事実は、
人間の可能性に夢を描かせてくれる。
60回に向けて進み続ける「食ジム」型トークセッションも、
さらに磨きをかける必要がある。
b0141773_23173278.jpg

人の健康を支援する健康支援者、栄養士は、
「建築家以上にコミュニケーションの
機会が多い職業だから」という認識は、
危ない認識かもしれない。
毎日、食事相談を続ける栄養士よりも、
建築家のほうが、
よほど質のよいコミュニケーションを
行なっている可能性がある。
b0141773_23191738.jpg

大島氏に、こんな発言があった。
「古い建物を壊して、新しく立て直すと、
過去はリセットされてしまう。
先代が何を考えていたかを理解したうえで、
それを解釈しなおして価値をつなげる。
それは、ほかの人にはできないことを
生み出す力になるはずなんですよね」
b0141773_23192929.jpg

野暮なことだが、
これを食事相談に置き換えれば、
ある人が、長く続けてきた食生活の中から
弱点を指摘して、リセットさせようとすることは、
その人の生き方を否定することにもなる。
その人がなにを考え、
どこへ向かっているかを知ることで、
新しい価値、新しい力を引き出すことができる、
のではないか。
b0141773_2319444.jpg

b0141773_23195634.jpg
b0141773_2320854.jpg

[PR]

# by rocky-road | 2017-01-22 23:20  

栄養士、健康支援者の社会的使命とは。

b0141773_22295077.jpg

恒例の、パルマローザ新春セミナー」が終わった。
(2017年1月8日(日) 神奈川県横浜市立技能文化会館)
今年のテーマは
『栄養士・健康支援者の社会的使命 
いま求められるバージョンアップ』
--健康の6大要素を中心に--

b0141773_14997.jpg

どんな国家資格も、
設定したときから年月を重ねるうちに、
資格が証明するその技能に過不足が出てくるものである。
つまり、社会がどんどん変化するので、
資格を得るために求められた技能では
追いつかないところが出てくる。
b0141773_2234112.jpg

もちろん、資格審査をする側も、
それに応じた履修内容に更新するが、
大きな組織ゆえに小回りはきかず、
対応するのに早くて5年、
一般には10年か、それ以上はかかる。
もちろん、時代は止まっていてはくれないから、
追いつきかかったときには、
さらに先へと逃げている。
b0141773_142450.jpg

もう1つの大きな問題は、
時代を読み、人間の行動傾向を読むリテラシーは、
国家試験の内容よりもはるかに高いものだから、
一部の役人や学者のレベルでは、
フレッシュなカリキュラムを「創造」することはできない、
ということ。
b0141773_22341982.jpg

仮にできたとしても、
その内容を伝える教員の養成にまでは手が及ばない。
したがって、世界中の資格というものは、
時代に追いつくことなく、
追っかけ追っかけの宿命を担っている。
それでも、ないよりは、はるかにマシで、
ないことのリスクを大きく軽減していることは確か。
b0141773_22374838.jpg

そうした不都合を緩和しているのが、
次々に生まれる新しい資格だろう。
フードコーディネーター、フードスペシャリスト、
野菜ソムリエなどなどは、
新しいものを追いかけすぎているように見えるが、
大型車に対する小型車の役割を担って、
小回りして時代を追いかけていることになる。
b0141773_22344362.jpg

これが栄養士、管理栄養士の置かれている
社会背景だと思うが、
スキルアップ、バージョンアップのもう1つの対策として、
栄養士個人がセミナーを企画して、
さらにスピーディに時代を追いかける、
という方法もある。
b0141773_15466.jpg

その1つが、
毎年、1月と6月に定期的に開いている
栄養士による非営利ネットワーク
≪パルマローザ≫による
ブラッシュアップセミナーである。
毎年これを担当させていただいて、
かなり時代を急追してきた、という
実感と自負がある。
b0141773_22355434.jpg
b0141773_22562282.jpg

今回は、栄養士の、現時点での社会的使命とは何か、
そして、栄養面から人々の健康を支える、
という役割が、かなりマンネリ化し、
現代人のニーズに応えられていない点を
いくつか指摘した。
b0141773_22524747.jpg
b0141773_22392142.jpg

「使命」とは、いかにも四角張ったコトバだが、
早い話が社会のニーズであり、
栄養士側から見れば、
必要とされる職業としての魅力を
持ち続けるためのチャームアップ策であり、
ビジネスチャンスを得る手順である。
b0141773_22504334.jpg
b0141773_2251118.jpg

健康を支える3大要素として、
「栄養」「運動」「休養」が
長いあいだ唱えられてきたが、
振り返ってみれば、
「栄養」というから、栄養素の話に偏り過ぎていたし、
「運動」についても、
「スポーツ栄養士」という資格をつくったりしてきたが、
「栄養と運動は車の両輪」などという割には、
運動の意義についての説明力は充分とはいえないし、
スポーツと運動との違いや、
それぞれの食事面でのあり方などについて、
社会をリードしてきたとも思えない。
b0141773_22404165.jpg
b0141773_22412590.jpg
b0141773_22515694.jpg
b0141773_2255121.jpg

ましてや「休養」となると、
栄養士に限らず、いろいろの分野のリーダーたちが、
休養のとり方について、
その思想や方法について充分に提示してこなかった。
手前みそながら、
私は『予暇で自分を組みかえる』という本で
「あらかじめのヒマづくり」について
具体的に示した。(1995年)
b0141773_22423460.jpg

その影響は軽微だったとても、
日本は「予暇」(積極的休養、参加型)時代へと向かい、
その人口は多少は増えたといえるが、
まだまだ「だれかに遊んでもらう余暇」が
中心であることに大きな変化はない。
b0141773_22435111.jpg

以上の3大要素、栄養、運動、休養は、
人生50年時代に生まれた指針である。
人生100年時代には、
これに「ストレスコントロール」「よい人間関係」
「生きがい」を加え、6大要素としてはどうか、
というのが、この10年来の大橋の提案である。
b0141773_22443863.jpg

新春セミナーでは、
これを栄養士、健康支援者が
実行することをすすめるのではなく、
人々の健康を支えるには、
栄養素の知識を伝えるだけではなく、
少なくとも6つの要素を頭に入れて
アプローチすることの必要性について述べた。
b0141773_22445536.jpg

つまり、健康は食事だけで支えるものではなく、
人生の「質」そのものを高めること、
総合的なアプローチのほうが、
支援にバラエティが生まれるし、
飽きがこないので効果は大きい。
b0141773_2245529.jpg

人はそれぞれのライフスタイルを持っている。
それを見極める下図として
「健康の6大要素」を使うと、
対象者のライフスタイルの特徴が見えやすくなる。
栄養士が、
「四群点数法」や「食品交換表」を頭に置いていると
クライアントの食事の特徴が見えてくるのと同じである。
b0141773_224661.jpg

セミナー受講者は、
受講によって時代に追いつける、
とまではいえないが、
ことしのアクションポイントがどのあたりにあるのかを
意識することはできるように思う。
b0141773_22463744.jpg

[PR]

# by rocky-road | 2017-01-10 22:56