<   2017年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 

いま話題の「話題力」

b0141773_23453729.jpg

パルマローザ ブラッシュアップセミナー

「『話題』の見つけ方、つくり方、ふくらませ方」

 --人生を活性化する「話題力」を強化する--

という演題で、講じた。

2017923日 1030分~1730

          横浜市技能文化会館)

話題とはなにか

今回は、こう定義してみた。

「人と話し合うときや、手紙やその他の文章で

用件を人に伝えるときに、中心となる内容のこと。

会議などでは『議題』といい、講演では『演題』『テーマ』」

という。社会的に多くの人の関心事などについて

「いま話題の……」「話題の人」などという。

b0141773_23460551.jpg

さらに「話題力」については、

「TPOに応じて、

同席の人の関心を引きつける話題を提示したり、

ときに問いかけたりして、話の場をよりおもしろく、

より有意義に展開させる能力」とした。

b0141773_23474038.jpg

栄養士をはじめ、健康支援者に限ったことではないが、

公的にも私的にも、

対面やスピーチ、

そして、メールや手紙、ハガキの内容が

ありきたりでおもしろくないものが多い。


日本人は「話題不得意民族」だから、

そうであったととしても不思議ではない。

だとしても、

健康支援者の中には、

開き直って、相手に対して高飛車に出て、

不得意の話題力不足をごまかしている人が少なくない。

その代表は医師かもしれない。

b0141773_23501865.jpg

3時間3分」(実際には待ち時間は改善されたか。

しかし、診療時間は、私の主治医の場合、

短いときは112秒)という医療現場では、

医師は、患者と会話をする時間など、あるわけがない、

ということはわかっている。

b0141773_23464825.jpg

しかし、「どうですか」と

23秒、問いかけるだけでも、

ほかならぬ、医師自身の健康度をあげるのだが、

そのことをわかっていないプロが多すぎる。

医師の過労死の一因に、

患者との関係づくりの不備があることだろう。

b0141773_23504230.jpg

全国の医師が、

表情やアイコンタクトで患者と会話をするとか、

「こんにちは」と患者にひと声かけるようにしたら、

それだけでも、

医師の過労死のリスクの数パーセントは

軽減されるはずだし、

患者の数パーセントの治癒率も高まるはず。

b0141773_23544124.jpg

会話は、口でする前に、目でし、表情でし、

身だしなみでするものである。

いきなり「会話力」といっても、

そういう言語行動の前に、

表情をつくるという、

いわば助走がなくては、

「いかがですか?」程度の一声さえ、

出てくるものではない。

b0141773_23495350.jpg

健康支援者のトップポジションにある医師が

そんなふうだから、

その下で働く栄養士の話題力や、

それ以前の言語・非言語コミュニケーション力が

他の業種より低くなったとしても、

やむを得ないところがある。

b0141773_23560206.jpg

しかし、厨房仕事や献立を立てる業種の栄養士も含めて、

栄養士は、健康支援者の中では、

話力を問われる業種の上位グループに入るだろう。

「話す」「聴く」時間の長さでいえば、

医師や看護師をはるかに超える栄養士も少なくない。

食事相談の担当者などである。

特定保健指導にかかわる栄養士の場合、

病気の予防ということよりも、

対象者のライフスタイルを支えるという要素が

大きくなってくる。

つまり、一生の健康を支援するという、

長期的な仕事になってくる。

(いろいろの世代とかかわるという点において)

b0141773_23581310.jpg

ライフスタイル、

言い換えれば、生き方にかかわってくるとなると、

現代の哲学者にもなり得るのである。

新聞の人生案内で、

回答者としての哲学者の文章を読むことがあるが、

その文章力を見て、

これでは一般人の支援はできない、と残念に思う。

話題が常識的で、広がらない。

哲学者のコトバを引用されても困るが、

もっと人間について、

考察を深めてもらいたいと思う。

心理学や医学、脳科学や経済学などの

下敷きが、いかにもなさそうに思える。

哲学者は、哲学史の解説者ではなく、

現役の市井人に対する

「健康哲学」「人生哲学」を身につけてほしい。

b0141773_23542572.jpg

田中美知太郎氏の文章に、

ギリシャ時代の初期の哲学者には、

著書というものはなく、

対話や講義が中心であった、

という記述があったのを覚えている。

近隣とのトラブルの相談にも応じたというから、

今日でいうカウンセラー的な仕事も

していたらしい。

「話題力」とは、

おもしろい話題を提供するだけではなく、

相手から話題を引き出す能力をも含む。

話題は相手の中にある場合が少なくない。

セミナーでは、

相手から話題を引き出す問いかけのトレーニングとして、

「動物のキリンに5つの問いかけをしてみよう」

という出題をした。

思っているよりもおもしろい答えがあった。

b0141773_23513918.jpg



*「上から目線って言われることが多いと思いますが、

  そんなとき、どう答えていますか」

*「このサバンナで、おすすめのビュースポットといったら、

  どこがおすすめですか」

 (注意深く見渡してるので

 いろいろのことに気づいているはず)

b0141773_00285277.jpg

*「タートルネックのセーターを

 着たいと思ったことはありますか」

*「世の中にアリ(またはモグラ)という動物が

 いることをご存じですか」

*ビールのブランドのうちで、

 2番目におすすめなのは?

お遊びではない。

話が苦手な相手からも、話題を引き出すには、

キリンが相手でも

会話を成立させる根性を鍛えておきたい。

b0141773_00092044.jpg

インタビュアーにとって、

むずかしい相手の代表は、

取り組みが終わったばかりの力士だとは、

昔から言われるところ。

無口なうえに、息が弾んでいる。

そういう人に、自分の取り組みを説明させる、

確かに難題である。

b0141773_00123003.jpg

だから、無口で、上から目線のキリン相手に、

話題を引き出す体験しておくことは、

遠からず、いや、すぐにでも役に立つ。

話題は、相手が参加してこそ成り立つのだから、

相手が乗ってくる話題の提示や問いかけが

瞬時にできなければならない。

b0141773_00102475.jpg

さらに話題力は、

人と対面しているときだけに発揮されるものではない。

メール、ハガキ、手紙での話題もある。

b0141773_00151156.jpg

マツタケを送ってくれた人に

ハガキでお礼を伝えるのに、

「初秋の候、いかがお過ごしですか。

 さて、このたびは、産地の松茸を

 お送りくださいまして、ありがとうございます。

 大変おいしくいただきました。

 秋を実感しております。

 季節の変わり目、みなさまにおかれましては、

 ご自愛ください」

では、味も素っ気も、リアリティも話題性もない。

b0141773_00153430.jpg

文章による話題づくりについては、

セミナーでもお話しした。

その内容については、

いずれ機会があれば……

ということにしておこう。

b0141773_00155859.jpg


[PR]

by rocky-road | 2017-09-27 00:16  

コトバで「自分」へのアプローチ。

b0141773_15541572.jpg

コミュニケーション研究会 ひろしま≫の

3クール(3年目)第5回の

メインの講義テーマは

「『自分力』をどう発見し、どう生かすか。」

93日、広島県三原市)

b0141773_15532038.jpg

自分とはなにか」は、

かつては哲学の主要なテーマの1つだった。

が、私の講義では、

「自分」を認識するうえで、

コトバの果たす役割が大きいことをお話しした。

大きく、くくれば、

認知言語学的アプローチということになるだろう。

b0141773_15551444.jpg

虹が7色に見えるのは、

視覚的に認識しているのではなく、

「虹は7色」という知識があるから、

数えることもなく7色に見えるのである。

b0141773_15555829.jpg

現実の虹はグラテーションのある配色なので、

色数を確かめようとしても、線引きができず、

ぴたりと7色を見分けられない。

b0141773_15580551.jpg

b0141773_15572829.jpg

だから日本人も、

大昔から「虹は7色」とは思ってはいなかったし、

現にいまでも、

虹は7色だと思っていない国や地域や人種は

ゴマンとある。

3色だと思っている地域もあるとか。

b0141773_15591488.jpg
b0141773_14172926.jpg
b0141773_14173922.jpg

さて、自分をどう発見するかだが、

いわば行動傾向を把握すること。

自分の人生の設計図というものはなく、

この先、どこへ行くかの地図もない。

まさに「運を天に任せて」生きているわけだが、

アバウトながらコトバは、

地図のほんの一部分を示し、

方向性を予測するベースにはなる。

b0141773_14180986.jpg

「人生」というコトバを使わない人には

「人生設計」はしにくいし、

「ライフスタイル」「ライフデザイン」という

コトバの正しい意味を知らない人には

自分を客観視する機会は少ない。

b0141773_14191401.jpg

「愛」というコトバを意識しない人には

温かい心の表わし方は苦手だろうし、

「信念」というコトバを

(心の中ででも)使いつけない人は

「ブレやすい」可能性がある。

b0141773_14211927.jpg
b0141773_14195112.jpg

自分を発見したり、

自分を生かしたりするコトバは

ネット上を行き来する頻度は低く、

したがって、スマホ依存の人は、

生涯、人生を考えたり悩んだりする可能性は低く、

その意味ではヤギやウマ、恐竜ほどに

「幸せな人生」いや「幸せな瞬間~瞬間」を

過ごすことができる。

b0141773_14192682.jpg
b0141773_14232035.jpg
b0141773_14270776.jpg

広島出張に際して、購入したばかりの本、

ファッションで社会学する』という

味なネーミングの本を携えていった。

(藤田結子、成実弘至+辻 泉編 有斐閣発行)

と、ここでも「自分らしさ」というフレーズが

頻繁に出てくる、その偶然がおもしろいと思った。

ちなみに「学生向け」の本だという。

どういう学生なのかは不明。

b0141773_14234017.jpg

この本には、

「外見と自分らしさ」という章があって、

社会学の論述のプロセスを学ぶことができる。

ロリータファッションだのガングロメイクだの、

美容整形だのを、なんのためにするのか、

それを本人たちに聞くと、

大半は「自分が心地よくなるため」と答えるという。

b0141773_14243099.jpg

論考を進めるうちに、

「自分」の中には、

すでに「身近な人のまなざし」が入っていて、

つまりは社会が自分を見る目が入り込んでいて、

自分が思っているほど、

「自分は自分ではない」という話になっていく。


「なぜ美容整形をするのか」など、

本人たちに尋ねた調査データが

いくつも紹介されているが、

どうやら、いくつかの選択肢から、

自分の考えに近いものを選ぶ方式らしい。

この段階で被験者は

調査員に誘導されてしまう。

実際には、自分を自分のコトバで語れる人は、

そう多くはないし、厳密には不可能である。

だから、人が作ったフレーズの中から

一見、自分の考えに近いと思えるものを選ぶ。

b0141773_14244103.jpg

「自分」に限らず、

森羅万象を語れるほど、

人間はコトバを多く持っていないし、

いくらかは持っていても、

それを適宜使いこなすことはできない。

その無理難題に挑んで呻吟する(しんぎん=苦しむ)のが

五七五の俳句であろう。

  月天心貧しき町を通りけり  (与謝蕪村)

  (上空にある満月は、いま、この寒村を過ぎつつある)

アンケートは、

いかにも人為が入りやすい形式であるかが

改めてよくわかる。

生物学的アプローチや

精神医学、認知言語学、

そして脳科学などのアプローチなら、

ロリータファッションが「自分のため」

などという女子の意見など求めても、

本当のことはわからないのは、

最初からわかっているだろう。

b0141773_14251932.jpg

生物学の知見では、

社会行動をする種が、

単独で生きていくことなどできるわけがない、

そんな観察はいくらでもある。

適応とは、いろいろの状況に

自分を合わせていくことにほかならない。

b0141773_14252827.jpg

この世に、ガングロがたった1人だったら、

そして、あとに続く者が

絶対にいないとわかっていたら、

あるいは、それによって自分に

なんのメリットもないことがわかっていたら、

そういうファッションを選ぶ人は少ない。

いや、それは「ファッション」とは呼ばない。

ファッションはかならず複数で成り立つ。

b0141773_14250897.jpg

世の中でたった1人の行動は、

奇行か、天才か、新しい病気か……、

いずれにしてもファッションにはなりようがない。

とはいえ、生物学的または文化論的にいえば、

そうしたムダに見える挑戦や突然変異が

新しい適応のカタチをもたらしたり、

新しい文化を生み出したりする可能性はある。

適応や創造は結果論であり、

理屈は後づけになる。

b0141773_14321764.jpg

さてさて、

わが言語学的アプローチとしての

「『自分力』をどう発見し、どう生かすか。」の講義では、

人間が、または社会が作ったコトバが、

自分の社会生活を活性化するのに有効であることを述べた。

コトバは、最小にして最大の地図であり設計図。

「人生」「理想」「未来」「人生観」といったコトバの意味は、

だれも視覚的に確認できないが、

方向指示器としての意味は大きい。

b0141773_14343695.jpg

シラケた小説1冊よりも、

「目標」という1語のほうが、

人生の歩き方を的確に示してくれることがある。

もちろん、その逆もある。

「文章教室」のニュアンスで始まった

シリーズ講座ではあるが、

思えば遠くに来たもんだ。

b0141773_14350511.jpg

文章力は、

社会的コミュニケーションの質を高めることにを

主な目的にしてはいるが、

そのための素材であるコトバの吟味は、

料理をするとき、素材の吟味と同様、

出来栄えを大きく左右する。

今回は、「文章」という単位ではなく、

単語という素材を中心に講じた。

しかし、感想を伝えてくれる人のメールや手紙は、

明らかに「自分らしさ」を的確に示す、

以前よりもずっと重みのある文章になっていた。

b0141773_14304082.jpg


[PR]

by rocky-road | 2017-09-10 14:35