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気になる「編集力」「コーディネート力」

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前回、このページで

「編集力」と「コーディネート力」は

一般には職業的スキルと位置づけられているけれど、

同時にそれは、万人の生涯にわたる生活技術でもあるから、

そのことを認識して、

能力アップの努力をしたほうがよい、と述べた。 

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この指摘は、去る201764日の

パルマローザ・ブラッシュアップセミナー

栄養士、健康支援者の

編集力、コーディネート力をどう強化するか

のテーマであったが、

それをこのブログで報告し、そして補足した。

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ところが、当日のアンケートを読み返したり、

何人かの人からの質問を受けたりしていて、

「編集」と「コーディネート」との区分が

かならずしも正確に理解できてはいない、

ということが、よくわかった。

ふだん意識していない事柄だから、

一度聞いて、すべてがわかった、とはいかない、

それは当然のことであり、想定内のことである。

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たとえば

「アンケートは編集ですか、コーディネートですか」

「創作料理のネーミングは編集ですか、
コーディネートですか」

「アナウンサーがニュースを伝えるという行為は

編集ですか、コーディネートですか」

といった迷いである

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コーヒーにミルクを流し入れるとき、

どこまでがコーヒーで、どこまでがミルクなのか

区分がつかない瞬間があるが、

編集とコーディネートにも、

2つのアクションが混ざり合ったり

連続的につなかったりすることがしばしばある。

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だから、どこかの大統領のように、

境界線にフェンスを張り巡らして

不法移民は絶対に遮断する、などとリキむ必要はない。

編集とコーディネートは、

もともとは別個に発達してきたものだが、

いつの間にか生活の中で交じり合ってきたのである。

コーヒーとミルクの関係である。

そのことに、もう気がついていいころ、

そう考えて講義の演題にした。

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前回のこのページでは、

2つのコトバの定義をしていなかったので、

ここにあげておこう。

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●「編集」の定義(大橋)

 「雑誌、新聞、書物、映像、パンフレット、

 CDなどのような、ひとまとまりの「情報体」を作るために、

 必要な材料を集め、それをまとめ、整える作業。

 または、すでにある情報体の順序を変えたり、
短くしたり長くしたり、

 整え直したりする作業についてもいう

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ここでいう「情報体」とは、

新聞、雑誌、映画、音楽CD、写真集などをいう。

「編集」は、それをつくるために、素材を集め、

まとめあげる作業。

音楽の1曲については「編集」作業はないが、

2曲以上を集めて1枚のCD(情報体)を作るとなると、

編集作業が伴う。

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小説も「情報体」に違いないが、

これは1人の作者の創作物と見られるから、

「編集物」とは扱われず、「作品」となる。

厳密にいえば、作家が1本の小説を書くとき、

人や場所、その他の事物の状況を取材したりするから、

編集の要素も入っているが、

「創作」という要素を優先させて、

1個人の「作品」という扱いになる。

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1曲の音楽にも、

厳密にいえば編集的要素はある。

チェコの人、ドボルザークの『新世界交響曲』は、

彼がアメリカの「ニューヨーク音楽院」の院長に招かれたとき、

アメリカ的(黒人音楽的)要素を採り入れて(取材して)

作曲したというから、

編集的要素が少なからず入っている。

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「そういうことをいうから、

編集とは何かが、またまたわからなくなる」

といわれそうだが、

要は比率の問題。

コーヒーにクリープを入れた程度なら「コーヒー」だが、

ミルクをたっぷり入れれば「カフェオレ」になる。

そんなものである。

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漱石の『坊ちゃん』も、

トルストイの『戦争と平和』も、

取材的要素が少なくないが、

創作が中心となっているから「作品」である。

一方、

新聞やテレビの特集番組は、

チームで作られるものだから

「作品的」価値はあるとしても、

カテゴリーとしては「編集もの」である。

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前述の「アンケートは編集か……」でいえば、

アンケート用紙の作成は編集的である。

「この講演の感想、*よかった *ふつう *よくなかった」

という、受講者の筆記能力を低く見た問いかけはやめよう、

という制作者の判断は編集的感覚。

「みんな字が書ける人なんだから、

自分のコトバで感想を書いてもらおうよ」という判断で、

「ご講義をお聞きになって、

印象に残ったことがありましたら、

お示しください」に落ちつく。

個人的な判断力によるアイディアだとしても、

これも一種の共同作業の一部だから、

「創作」というのはムリで、

読み手、記入者からよい反応を得ようとする

編集的作業である。

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さて、次はコーディネート。

コーディネートの定義(大橋)

 ヒト、コト、モノなど、それぞれ個別に存在しているものを、

 ある目的に沿ってまとめたり、調和を図ったり、

 連携させたり、調整したり、促進したりすること

「ヒト」「コト」については、会議の設定、プロジェクト、

コラボレーション、イベント、冠婚葬祭、

お見合いなどの推進、調整などについていう

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「プロモーション」や「プロデュース」「リーダーシップ」

と類似するところがあるが、

コーディネートの場合は、リーダーシップの程度は弱い。

あえていえば、「率先垂範型」(オレについて来い型)というよりも

「あと押し型」リーダーの要素が強い。

プロのコーディネーターの場合は、

自らが発案者ではなく、

依頼人の要望に沿って活動するのが通常の形。

「モノ」については、衣服、アクセサリー、インテリア、

テーブルコーディネート、収納などの調和を図ること。

各コーディネートをさらに大きな視野から

調和を図るトータルコーディネート

というコトバや職種が生まれている。

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さっきのアンケートについていえば、

アンケート用紙を制作する仕事は編集的だが、

それをどういうタイミングで配るか、

記入してもらうのに

どれくらいの時間をかけるかなどは

コーディネートに属す仕事。

そうして集めたアンケートを集計したり、

分析したりするところで、ふたたび編集作業に戻る。

そもそもアンケートをなぜとるのか、

それを「調査」とだけ考えるのは

プロデューサーとしての認識不足。

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そういう感覚は、編集的でもコーディネート的でもなく、

プロデューサー的、または演出的アクション。

アンケートには、

自分が学んだことをフィードバックする意味、

つまり認識を深め、学習効果をあげる意味もある。

だから「*よかった *ふつう *よくなかった」のように

「〇」をするだけの選択式は、学習効果を低く抑えるだけ。

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さらにアンケートには、

受講者の参加意識を高める効果もある。

書くことで、モチベーションが高まる。

主催者への親近感を深める。

こういう話になってくると、

編集か、コーディネートか、という区分では

収まりきれなくなる。

ニュースの原稿は記者が書き(編集の一部)、

それをプロデューサーが編集し、

その原稿を、アナウンサーが読む。

その読み方、表情、発声、身だしなみなどは

コーディネート力によって印象づけられる。

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ポイントは、編集とはどこまでをいうか、

コーディネートとはどこまでをいうか、

というカテゴライズの問題ではなく、

それぞれのスキルが自分の生活技術として、

自分や人の人生を支える、ということを認識し、

活用していくこと。

ホントのことをいうと、

プロの編集者といえども、

編集のなんたるかがわかっていない者が多い。

教える人が少ないし、

教える人のためのアンチョコとなるマニュアルもない。

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現状はそうだが、

パソコンやスマホの普及は、

人類に編集力強化を求めている。

その反面、人に関するコーディネート力は、

著しく衰えつつあるように思える。

数人の人に向けて

適正な声で問いかけたり、

話しかけたりすることができない人が

激増している。

電車の中でスマホでゲームに没頭している人間には

とてもコーディネート力を期待するのはムリ。

自分の10センチ先の周囲が見えない者に、

A地点にあるモノと、B地点にあるものを一緒にし、

C地点にいる人にまとめてもらう、

などという発想は生まれようもない。

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そういう時代には、

編集力もコーディネート力も、

当分は得難い能力であり続けるだろうから、

その能力を磨くことは、

人生のスペシャリストとして

あなたを支えることになるはずである。


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by rocky-road | 2017-06-21 16:10  

編集力、コーディネート力を問う。

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64日(日)に、

パルマローザ ブラッシュアップセミナーで

講義をした翌日、

古い海関係の友人から電話をもらった。

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彼が本を出したので、

7月に出版記念パーティを行なうべく、

知人に案内状を送ったところ、

予定人数の3分の1くらいしか

「出席」の返事が来ない、どうしたものか、と。

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このイベント、だれの発案か知らないが、

5人の代表発起人がいて、

さらにフツ―の(?)発起人が15人もいる。

その中に私も入っている。

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電話で依頼を受けて承諾したが、

そのあとの打ち合わせはなく、

いきなり案内状と「出欠」を尋ねるハガキが届いた。

つまり、発起人とはいっても、

何もしなくてよい、
ただの参加者ということらしい。

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こういう荒っぽいイベントを企画しておいて、

「思ったより人が集まらない」という。

そりゃ、そうだろう。

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私が主催したり、私のために開いてくれたりした

いくつかのイベントの場合はどうだったのか、

と、いまさらに聞いてくる。

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「もちろん、事前に参加希望者には

電話やメールで打診をして、
だいたいの人数を把握してから

会場などを決めた」と答えた。

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すでに「欠席」と答えた人たちに、

私が再度連絡をとっても、

状況が大きく変わるとは思えない。

70人を予測して、

ホテルの大きな部屋をとったというから、

なんとかしなければならないのだが……。

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この、降って湧いたような、悩み多き話が

64日のセミナーで、

栄養士、健康支援者の編集力、

コーディネート力を強化する」という

講義を行なった翌日に舞い込んでくるというタイミングに

苦笑せざるを得なかった。

(セミナーは横浜市技能文化会館 終日研修)

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編集経験30年以上、編集長も務めたベテランにして、

このていたらくである。

世間一般が、編集やコーディネートを

職業スキルと思い込み、

日常生活にはいかに活用していないかを

これほど見事に示してくれる事例は、

ほかには見つからない。

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パルマローザのセミナーでは、

編集力もコーディネート力も、

ほとんどの人が活用する生活技術である、

と力説した。

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手紙やハガキを書くとき、

目的や相手のセンスに合わせて用紙を選ぶ、

筆記具を選ぶ、話題を考える、字の大きさを決める、

封筒を選ぶ、切手を選ぶ、貼る位置を決める、

配達する日時を予想する……

これが編集でなくてなんだろう。

ホームパーティも冠婚葬祭の集まりも、

コーディネート力なしでは行なえない。

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日時を決める、メンバーや会場を決める、

料理を決める、案内を出す(これは編集)、

ときにはサプライズを考える……。

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だれもがやっていることなのに

それが編集やコーディネート力を駆使するものであることを

多くの人は知らない。

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プロがどんな編集作業をしているか、

どんなコーディネート作業をしているかを
知らないからである。

では、プロであれば、

それが生活技術であることを

だれもが知っているのか。

その答えは、

冒頭のエピソードが物語っている。

プロでも、それを私生活で活用していないと、

それを職業専門スキルにとどめてしまう。

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もう一度いう。

編集とコーディネートは

万人の生活技術である

しかも、(ここが大事な点なのだが)

この2つは、別々に存在するスキルではなくて、

その境界さえわからないほど

隣接するスキルなのである

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さっきのホームパーティしかり、

ホームページの運営しかり、

旅行しかり、である。

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旅行の場合、

目的地の選定、情報の収集、仲間との連絡、

予約の交渉、

スケジュールパンフの作成などは編集的であり

コーディネート的要素も大きい。


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そして、荷物の準備、服装の準備となると

いよいよコーディネート力の出番。

それでも、用意する衣服や靴を

リストアップする作業は編集的。

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「行きはこの服、ディナーのときはこれ、

翌朝のジョギングは、このウエアとシューズ、

ホテルの朝食のときはこれ、

ビーチへ出るときはこれ……」と、

編集的企画力を発揮すれば、

この旅行はいただき!!!

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大事なのは、編集力とコーディネート力とを

ワンセットの生活スキルであり、

人生を愉快に送るスキルである、

ととらえること。

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この2つのスキルを

同時進行で強化してくれる指導機関はないと思うので、

しばらくは

食コーチングやパルマローザの研修会で、

その強化法のスキルを研究してみたい。

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毎年、このセミナーは、

私の誕生日にぶつけてくれる、

これもコーディネート力によるもの。

81歳になったが、

これからの、やることの多さを感じて身を引き締めた。

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by rocky-road | 2017-06-09 00:13