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水族館はお好きですか。

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ロッコム文章・編集塾/能登教室の終了後、
能登島水族館を案内していただいた。

まったくの偏見だが、
日本海側の水族館にジンベイザメがいるとは思わなかった。
別に、ジンベイザメが特段好きというのではなく、
ジンベイザメのいる広い水槽が好きなのである。
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昔、日本海側のある県の水族館に行ったものの、
淡水魚の割合が多く、
なんとも陰気で幻滅したことがある。
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時代は変わって、どこの水族館でも
広い水槽に暖流系の魚の群れを泳がせるようになった。
そういう点では、どこも似てはきている。

能登島の水族館を見ていて、
ふと、以前行ったカリフォルニアにある
モントレー水族館に似ているような気がした。
地元の人によると、
提携しているようなところもあるらしい。
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ウイークデーでもあったのか、
大水槽の前に立っても、
ほかの見物人がカメラのフレーム内に入ってこない、
というのも大きな魅力だと、
つくづく思った。
中の魚よりも人の頭のほうが多いくらい
というところばかりを見てきたからだろう。

能登島では、
水槽内の底をダイバーが清掃していた。
混んでいてはそういうことはできないだろう。
サメなどの急襲を防ぐために、
人間がケージに入って作業を進めていた。
人間がそこにいることが、
私にはうれしかった。
めったに撮れない写真が撮れた。
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ここでも、
イルカのショーをやっていたが、
トレーナーの解説が
まったくのお子ちゃま向きなのは、
国内共通のように思えた。
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甲高い声で、
「さあ、あそこを飛び越えられるかなぁ~」
とやっている限り、
子どもたちは、ショーは楽しむにしても、
水生動物への関心を深めることないだろう。
そして、小学高学年になるころには、
子ども扱いする大人を敬遠するようになり、
結果として、ショーを子ども向きと
認識するようになるだろう。
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ナレーションの文章の見直しをすすめたい。
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カナダのバンクーバー水族館では、
解説タイムを「セッション」と呼び、
シャチのいるプールの水温や、
彼らが食べる食料の種類や量について
静かな声で説明していた。
社会が、大人を育てようとしているように感じた。
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いま、
モントレーの水族館の写真を探したが、
ラッコなどのショットがないので、
慌て始めた。
フィルムをデジタル化していないのだろうが、
さて、そのフィルムはどこにあるのか。
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いくつかの水族館、
そしてホテルの水槽などで撮った写真を
ランダムに掲げておこう。
撮影地は、能登島、沖縄、葛西(東京)、九州、
ハワイ、バンクーバー島、
そして、お台場、旧日航ホテルなど。
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by rocky-road | 2016-03-30 00:00  

もう、タラの芽の天ぷら、食べましたか。

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ロッコム文章・編集塾、能登教室の9回目が終わった。
2014年4月から、
3か月に1回のペースで満2年になった。
受講者も20余人程度で安定、
運営もスムースになった。
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この教室では、
司会をいろいろの人に体験させて、
そのワザを磨き合っている。
最初は原稿棒読みの司会ぶりも、
いまでは季節の話題から始まり、
前回の講義の振り返りをするなど、
柔らかく参加者の気持ちを高めてゆく。
なかなかの準備性である。
季節の話題は、こんなふうに。
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 「3月と言いますと、
 私の家は農家でございまして、
 農業の始まりの月でもあります。
 私が能登に嫁いで来ましたときは、
 まだ五右衛門風呂で、
 マキでお風呂を沸かしていました。
 このお風呂には、
 人間以外のモノも入ります。
 モミを品種ごとにネットに入れて、
 五右衛門風呂の湯壺に水を張って
 そこに浸す、そこから農作業が始まるのです」

 「持っている知識に
 新しい情報を取り入れ形として行く、
 3月は、そういう始まりの月だと感じています」

農作業と、今年の勉強の始まり。
苦心の作というべきか。
ローカルの味もよく出ている。
司会は本谷(ほんや)佳美さん。
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今回の授業メニューは、
1.宿題発表(前回の受講の感想)
2.非言語記号のリテラシー。
3.文章を音読することの意味。

「非言語記号のリテラシー」は、
ふだん、見聞するテーマとは異なるので、
やや理解に戸惑っている感じがした。
少し補っておこう。
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人間にしろ、動物にしろ、
人生は「いつか来た道」を行くのではなく、
1歩1歩が本人にとっては初めての道である。
その道を五感を使って、安全に、
かつ効率的に進んでゆく。
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かすかに吹く風に春の到来を感ずる、
路傍のタラの芽に目をやる。
採って夕食の一品にしようか。
そういう環境認知は、
まずは動物的な感覚によって行ない、
そして言語的なプログラムにしてゆく。
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感じたものを言語記号に置き換えてゆく。
それは人間の知的作業である。
読書も知的活動だが、
言語化されていないもの、
いや、目には見えないものを感じるプロセスも
知的作業である。
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路傍に頭を出しているタラの芽は、
明らかに視覚に入る対象物だが、
見ても見えない人もいる。
見える、見えないは、
その人、そのときによって決まる。
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見えた人が「あ、タラの芽だ」と
感じた範囲では、
タラの芽を「認知」したまでだが、
さらに、それを採って夕食の一品にしよう、
「そういえば、家族の好きな料理だ」と
考え始めるあたりから、
「非言語的対象」を
「読み解く」(リテラシー)ことになる。
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なぜタラの芽が「非言語」なのか。
「『タラの芽』という名がちゃんとついているではないか」
でも、その名を表示して頭を出しているわけではない。
見ても、それがなんだかわからない人も多い。
自然界の万物は名札をつけて存在なんかしていない。
それらを知覚すること、
それを「非言語記号を読み解く」という。
厳密にいうと、タラの芽が「記号」となるのは、
それに着目し、認識し、
自分および人とのコミュニケーションのメディア
として使う段階からである。
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地下にあるカウンセリングルームに、
予定どおりクライアントが訪ねてくる。
「ここがわかりましたか」と問いかける。
患者さんが、病院の玄関から、
カウンセリングルームに来るまでの行動は、
患者さん本人にも、とくに認識されてはいない。
が、「ここがわかりましたか」という一言で、
カウンセラーと患者さんの共通話題になる。
これが言語化であり、
患者さんがカウンセリングルームに
たどり着くまでの道のりが「記号」となる。
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講義で
「世の中には、コトバがついているものよりも、
コトバがついていないもののほうが、はるかに多く、
その数は無限である」と
何度でもいうのは、このことである。
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 「2016年3月21日、
 石川県能登にある、
 介護老人福祉施設『千寿苑』に集まった、
 ロッコム文章・編集塾/能登教室の受講者
 20数人の人たち」
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というコトバ(フレーズ、表現)は、
いま、ここで表記する以前には存在しなかった。
「草食系男子」も「肉食系女子」というコトバも、
「ベルギー同時テロ」というコトバも、
10年前、あるいは1週間前には
この世には存在しなかった。

それらを予測することが
「非言語記号のリテラシー」ではない。
相手を思いやるコトバ、
「雨にぬれなかったですか」
「体重が減って、スリムになったこと、
どなたかに指摘されたりしました?」
「桜前線は、例年より北上がスローペースになるかも」
など、いろいろの事物、
いろいろの現象を読み解くこと(理解すること)、
そういう能力のことをいう。
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それがなぜ必要なのか。
それは、自分の世界を広げること、
自分の世界を活性化すること、
コミュニケーション環境を豊かにすること、
さらにいえば、
人生を刺激的にすることの
ベースになるからである。

作詞家・阿久 悠さんは詠んだ。

 「透明人間、あらわる あらわる」
  ……
 「嘘をいっては困ります
 あらわれないのが透明人間です」
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そこで言おう。
 「弱気になっては困ります。
 人間は、透明なものでも見えるのです。
 記号化能力があれば、
 見えないものが見えるのです。
 それが非言語記号のリテラシーです」

次回の能登教室は7月23、24日。
10回記念の企画中とか。
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終了後、能登島にある水族館を訪ねた。
自称、水族館評論家としては、
大いに楽しめるところだった。
ここに2頭のジンベイザメがいるなんて、
初耳だった。
能登は、奥が深いのか、
いいところの出し惜しみをする土地柄なのか。
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by rocky-road | 2016-03-25 14:44  

リアリティのあるトレーニングを。

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読売新聞の人生案内は、
質問内容も、それへの回答内容も、
食事相談や健康相談を行なう健康支援者にとっても、
大いに参考になる。

 *太った妻をやせさせたいと思い続けて30年という夫、
 *高齢になって年賀状書きはもう限界という男性、
 *夫の死を願ってしまう50代の主婦、
 *人前で話すのが苦手という30代の女性社員
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などなど、当塾や各地でのセミナーでは、
しばしば宿題として取り上げ、受講者の回答を求めている。
「人前で話すのが苦手」については、
3月6日の、
コミュニケーション研究会 ひろしま≫の
セミナーで、みなさんに発表していただいた。
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第三者の質疑応答に対して、
あとから別の回答をするのは、
いわば「あと出しジャンケン」だから、
ずいぶん有利であるはずだが、
健康支援者は、概して
まばゆいばかりの純粋性を持っているので、
回答は、新聞紙上以上に美しくなりがち。
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「妻の肥満を気にする夫」に対しては、
「よく話し合って」「いっしょにウォーキングをしては?」
となりがちであり、
「人前で話すのが苦手の女性」に対しては、
「人前で話す機会をつくればよい」や
「親しい人と思って話せば緊張しない」であったり。
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30年も干渉し続けた夫の評論家的態度を
イメージしないから、
「いっしょにウォーキングをしたら」などと
能天気な回答になってしまう。
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アカの他人の前で話すのを苦手とする人に、
「親しい人と思え」というのはムリ。
思うだけで解決するのなら、
「自分は世界一の大金持ち」
「世界一の幸せ者」の1フレーズで、
地球上に争い事はなくなるだろう。
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ロッコム文章・編集塾の塾生に限らず、
日本人は「心得論」を好む傾向がある。
「こう考えればなんとかなる」と。

たとえば、天災。
「忘れたころにやってくるから」と、
メディアは記念日的にいっせいに放送をし、
忘れることを抑止する。
しかし、毎年、同じ日時に
注意を喚起しているうちに、
それが慢性化して、むしろ耐性ができてしまう。
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こんな場合、行動科学的に考えれば、
避難訓練以上の対策はない。
防波堤を作ったり、陸地を高くしたりと、
同じ場所に同じ津波が来る、という想定は、
発想自体にも問題がある。

各地に活断層が走っている日本のこと、
ハザードマップを作ることは不可欠だとしても、
それに基づいた避難訓練をしなければ、
非難想定地図も「情報の宝」の持ち腐れである。
訓練にしろトレーニングにしろ、
そこにはリーダーが不可欠。
しかし、リーダーは現実には不在。
そこで、メディアが疑似リーダー努めることになる。
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小学生低学年時代、
空から落ちてくるB29投下の焼夷弾(しょういだん)を
見つけ次第、火が本格的に噴き出す前に
「防火用水」(家々の外壁に沿って作った水槽)に
火の出る頭から漬ければ火は消せる、
という実習を校庭で受けた。
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以来、空襲があるたびに、
落下直後の焼夷弾と遭遇することを期待したものである。
トレーニングというのは、困ったもの。
焼夷弾の落下を嫌うのではなく、
「さあ来い」という反応が起こる。
小学2年生の、一種の条件反射である。
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行動科学は、
心得だけでは実際行動は導き出せないことを教えている。
人前で話すのが苦手なら、
ペットの前で10回、
動画収録用カメラの前で10回、
家族の前で20回、
友人の前で50回くらいの
トークトレーニングによって、
緊張感への耐性をつくっていくのが基本であり、
それを避けていては、
克服は時間がかかるばかりである。
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「忘れない」「語り継ぐ」と
100回コメントすることよりも、
1回のトレーニングのほうが実効性は高い。
しかし、リーダー不在の社会では、
災害経験地域以外では、
トレーニングの実施はまず期待できない。
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「机上のプラン好き」型の現在の日本では、
まずは、
片っ端から災害対策マニュアルを作ることから
始めるのも一法である。
ひょっとして、出版不況対策の1つにはなるだろう。
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寝たきりの人の避難訓練マニュアル、
子どもや年寄りの避難訓練マニュアル、
ペットや飼育動物の避難訓練マニュアル、
家族の避難訓練マニュアル、
幼稚園児・小学校生の避難訓練マニュアル、
地域の違う恋人との避難後再会マニュアルなど。
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ロッコム文章・編集塾は、
キャリア不足のため、
ここには参入できず、
論理的思考とコミュニケーションスキルアップへの
ささやかな貢献を続けるのが現状である。
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by rocky-road | 2016-03-14 20:55  

はからずも、この道。

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工藤昌男さんの、
ダイビング界への貢献を確認し、
称える会を開いた。
題して「工藤昌男さんの『海からの発想』を語る会」
2016年3月5日、6時30分~8時30分
新宿区「ウイズ新宿」3階会議室。
タイトルは、工藤さんの著書の書名にちなんでいる。
発起人は、山崎由紀子さん(マナティーズ)と私。
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工藤さんは、1930年、東京生まれで、この3月で85歳。
戦後のレクリエーションダイビングの草分け世代のお1人。
アメリカの進駐軍から
直接習った日本人を第1グループとすると、
その人たちから、さらに習った日本人は第2グルーブといえる。
工藤さんは、
1950年代の前半にダイビングを始めたというから、
第1と第2グループの中間あたりに属するのかもしれない。
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しかし、工藤さんはダイバーとしてよりも、
ダイビングや海を科学的に解釈する論者として、
海洋雑誌やダイビング雑誌、
その他のイベントなどで活躍した。
それがダイビング関係のリーダーたちに、
刺激となった。
自分たちが後輩たちを
どの方向へ導いていくべきかを考えるときのヒントになった。
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もっとも、
工藤さんが著書の中で書いているように
「ダイバーは科学的発想は得意とはいえない」から、
多くのダイバーは、
海を科学するというような楽しみ方はしなかった。
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そうではあるが、
少なくとも私は、
工藤さんの発想には納得するところが多かった。
カメラマンが被写体を手作りして
「自然風」を装う「ヤラセ」議論がはやったとき、
工藤さんは「水中でストロボ撮影することだって
ヤラセといえばいえる」といった。
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確かに、ストロボ光は自然そのものではない。
「それを自然を撮った写真」といえるのか。
工藤さんは、ヤラセを肯定したわけでも
否定したわけでもない。
工藤さんにとって重要なのは、
発想の着眼点であり、ユーモアである。
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ビデオカメラが普及したころ、
「これからは動画の時代」
といった人がいたらしいが、
工藤さんは「人が見ているのは動いている世界。
それをそのまま撮ってもおもしろくはない。
止まっている瞬間は見られない。
それをキャッチするのがスチール写真だから、
その価値は少しも落ちるものではない」
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これらの発想は、
いまも私の写真論の下敷きになっている。
また、1975年に「水中8ミリフェスティバル」を
発足させたが、
このアイディアも、
工藤さんのアドバイスに大きく依っている。
このサークルは、8ミリフィルムの衰退に伴い、
発展的解消をし、
1983年には「水中映像サークル」へと移行した。
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時代は8ミリフィルムから、
ビデオ映像へと変わっていた。
スチール写真をどうするか迷っているとき、
アメリカでは「スライドショー」を楽しんでいる、
という話を工藤さんから聞き、
ビデオとスチール写真を楽しむサークルとした。
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当日の工藤さんからは、
1964年以前、私が出会う前のことも
お聞きしたかった。
その1つは、
かつて三木鶏郎の「冗談工房」に属する
放送作家時代(永六輔、野坂昭如氏らも仲間)の話。
あるいは、海洋博のときの
「くじら館」のプロデュースの話など。
1時間くらいはかけて聞きたかったが、
あの雄弁家/工藤昌男氏も
気力・体力は万全ではなかった。
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この会のコンセプトは、
個人の業績を確認し、
それを個々人の歴史の1ページにすること、
そして、できれば、のちの時代の人に
語り継ぐこと。
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近年、「語り継ぐ」は、流行語になっているが、
その場合、ほとんどが悲劇を対象としている。
日本人は人の業績を
肯定的に評価することが得意でない。
「伝記」という文学ジャンルが不活性なことからもわかる。
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それこそ人を「動画的」に見ているから、
ピシッと静止画像で見られない。
人の業績や人生を静止画像で見るには、
コトバが欠かせない。
コトバは目では見にくい「業績」というものを
ストップモーションで見ることを可能にするし、
保存することをも容易にする。
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それにしても、
これまでに、功績のある人と、
フェイドアウト的に別れることは幾度あったことか。
そういう別れ方は、
自分の能力の低さの証明ではないのか、
そう思うようになった。
こういう反省から、
工藤さんの功績をみなさんと共有したいと思った。

当日の工藤さんは、
「はからずも」をキーワードにして
スピーチをしたかったらしい。
「はからずも」とは「図らず」と書く。
「意図せずに」「たまたま」「偶然にも」
という意味。
つまり、気がつけばこの道を選んでいた、
ということだろう。
ギラギラしない、謙虚な表現。
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工藤さんらしいキーワードだが、
そういう人を
「なりゆき任せ」が嫌いで、
「図る」ことの好きな私が
引っ張り出したことにおもしろさを感じた。
それが人生における役割分担というものだろう。

この経験を、
みなさんも語り継いでくれることだろう。
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by rocky-road | 2016-03-08 00:41  

ネッシーは、いると思いますか。

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2016年2月28日(日)開催の
パルマローザ主催、
第9回・輪読会では、
『食生活雑誌(栄養と料理)は、
どんな視野を持っていたか。』
というタイトルで
1979年1月号の『栄養と料理』のほか、
いくつかの記事をピックアップして読んだ。
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1.『栄養と料理』からのごあいさつ
2.考案者に聞く 四群点数法の心
3.カコミ記事 俵万智さんの紹介
4.一栄養学者の見た 日本人の食生活40年
5.ペットを太らせてしまう人の〝食感覚〟は?
6.結婚披露宴で若い2人に贈る ヘルシースピーチ
7.ネッシーの食生活 巨大生物が生き残る条件

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35年以上も前の月刊誌の記事を
いまになってみんなで読むのは、
けっしてノスタルジーや業績顕示のためではない。
「食生活雑誌」と位置づけた月刊誌が
どういう読者を想定し、
どういう話題を提供したか、
それを知っていただきたかった。
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その心は、
「食は食卓の上だけの世界ではない」である。
「食」を小さく小さくまとめると栄養素の話になる。
無限といえるほど多様で広大な食を、
数種の栄養素の話に持っていくのは、
楽といえば楽である。
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食を小さくまとめたがる人の発想は、
記憶型の、いわゆる「お勉強のできる」おバカに多い。
物知り顔でおバカを隠し、
微細な栄養素の話で優位性を保とうとする。

人は、食べるために生きるのか、
生きるために食べるのか、
そういう発想は不得手で、
自分が習った、ほんのわずかな知識に頼って、
「そんな食事ではたんぱく質が不足しますよ」
「かぼちゃはいいけれど、糖質に気をつけましょう」などと
ダメ出しをする。
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食生活雑誌が、
なぜネス湖に棲むという
「ネッシー」という恐竜の存在の有無を話題にしたのか。
それは、食を通じて生物学的思考法、
あるいは科学的思考法を
読者に提示したかったからである。
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1.1個体が、数億年も生きるはずがない。

2.子孫をリレーしながら生存するためには、
  ネス湖の広さは充分か。
  数百頭、数千頭の恐竜が生息する湖で
  20世紀まで、だれもその集団を見なかったのはなぜか。
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3.そもそも、それだけの大コロニーを生存させるだけの食糧は、
  ネス湖のどこにあったのか。
  魚なのかケルプなのか。
  そんなにいる魚を人間は食料とせず、
  黙視してネッシーに与えてきたのか。

そう考えると、ネッシーの存在はかなり怪しくなる。
しかし、「見た」という人はおり、
「写真に撮った」という人はいる。
そこからテーマは精神医学や写真光学へと移る。
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私が『栄養と料理』の編集長を任されたのは1978年4月、
それから、書籍編集の仕事を兼務しながら、
翌年の新年号に向けて準備を始めた。

ネッシーは、2年目に当たる
1980年の新年号に登場した。
ネッシーの存在を「食」の視点から科学する。
食を通して見る世界は広い。
微量成分に目を向けることを避けたわけではなく、
視線を右に左へと振った。
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それは、
遠回りをしているようで、
自分の食、人間の食、
そしてこれからの健康について考える
発想力の芽になるに違いない。
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2016年現在、
あいかわらず「栄養素士」は多い。
それが専門性だと思っている進歩のなさ。
それが仕事のすべてなら、
「栄養士」の人口はいまの10分の1程度でも
多すぎるくらいだろう。
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栄養士が、
ネッシーほどに、といわなくても、
200年、500年と生存し続けるには、
現在の日本の健康環境、食環境を直視し、
それを前提にして、
人々を刺激し続けなければならない。
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人々に、食を通して生きる楽しさ、
生きることの意味を実感してもらうには、
自身が食を楽しみ、
生きがいを広げていく必要がある。
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パワー不足、元気不足、笑顔不足、
コミュニケーション力不足の栄養士に
人の健康を増進するだけの能力があるとは思えない。
輪読会は、
ネッシーからパワーを得る意味があったと思う。
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もう1つの発見は、
1990年の『栄養と料理』4月号に
「結婚披露宴でのヘルシースピーチ」という記事が載っているが、
多くの識者が登場しているものの、
どれもがなんともつまらない内容であったこと。
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もっとも、
今日でも、健康支援者のスピーチは、
これらからあまり進歩しているとは思えない。
その意味では反面教師の意味はある。
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読書は、
やはりいつの時代も、
そしていくつになっても、
人生の地図であることに変わりはない。
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by rocky-road | 2016-03-02 21:37