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「用字用語」に用事があります。

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100円ショップで、
求めている商品をフロアの店員に尋ねたら、
別のフロアに電話をして、
その商品が
別のフロアにあることを確認してくれた。
電話を切るとき、「お疲れさまです」と
相手の同僚に言って電話を切った。
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「お疲れさま」の、
こうした用法の現場に居合わせたことは、
職場から離れて久しい者にとっては、
有意義な言語体験である。

「お疲れさま」は、
かつては、職場から退出する同僚に対して、
「ご苦労さま」の意味で使っていた。
「ご苦労さま」は、
目上の者が目下の者に限って使うものだ、
などという説もあって、
使いづらいところがあったのかもしれない。
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インドから日本に来た人が、
「『お疲れさま』は、とてもいいコトバだから
国に帰ったらはやらせたい」と言うのを
見ていたテレビで聞いたことがある。
それがいまでは、
Eメールの件名で、
「こんにちは」に代わるあいさつ表現として
「お疲れさま」と印字するらしい。
日本人、いや「職場人間」には、
使い勝手のよいコトバなのだろう。
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「ヤバイ」を
きれいな虹を見たとき、
山頂でご来光を見たときに使う人がいるとは、
人から聞いた話だが、
先日、花火大会で、
隣にいた夫婦らしき2人連れのうち、
女性のほうが、
見事な花火が上がるたびに、
「これ、ヤバ~イ」と
何回も叫ぶのを間近で聞くことができた。
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この夏は、
スノーケリングによる事故が数件あった。
このニュースを伝えるニュースでは、
「シュノーケリンク」を使っていた。
1度だけ、「スノーケリング」というのを聞いて、
妙に満足した。
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もう40年くらい前になるだろうか、
ダイビング雑誌の編集を手伝っていたころ、
誌上で用語の統一を図った。
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「スキューバーダイビング」を
「スクーバーダイビング」に、
「ボンベ」を「エアタンク」に、
「シュノーケル」を「スノーケル」に、
「足ひれ」「フィン」に……などと。
しょせんは英語のカタカナ表記だから、
どれだけ原語に近いか、ということよりも、
最後は好みの問題。
が、この「好み」が厄介なのである。
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私自身についていえば、
「生態観察」とか「素潜り」とかと
呼んでいたダイビング用語を、
「フィッシュウォッチング」とか
「スノーケリング」とかに言い換え、
それを専門誌で提案したり、
連載中の雑誌で書いたりもした。
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のちに、海洋学者が、
「フィッシュウォッチング」というコトバを
日本で最初に使ったのは私(学者自身)だろう、
と雑誌に書いていたので、
それよりはるか前に私が提案したことを
記事を送って訂正したこともある。
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その記事を、いままた
昔のスクラップブックに当たってみると、
『海の世界』(海事広報協会発行)の
1973年(昭和48年)10月号であった。
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そのころを振り返ると、
「用字用語」は、私の昔からの関心事で、
ダイビング雑誌(『マリンダイビング』)にも
「海の動詞」(1977年5月号から)とか
「ダイビング用語笑辞典」
(1980年1月号から)とかという連載をしているし、
『栄養と料理』にも、
用語解説の記事はしばしば載せてきた。
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コトバは、まず音声コトバから発達し、
だいぶ遅れて文字が生まれた。
中国から漢字が輸入されるまでは、
日本には文字はなかった。
(文字まがいのものはあっただろうが)
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漢字のおかげで、
日本人はようやく
本格的に文字を持つようになった。
中国の「殷」(いん)の国で漢字が生まれてから
およそ1500年以上もたってからのことである。
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それをきっかけに、
ひらがなを考案し、
カタカナを作り出した。
そのおかげで、
世界のどんな言語でも、
カタカナで書くことができるようになったが
(原語とは大違いの発音ながら)、
書き分けのバリエーションもふえた。

日本人が文字や文章を書くとき、
その書き方(「用字」)で迷うようになったのは
3つの文字を持つことになったからであり、
それにアルファベットも採用し始めたから、
ますます頭を使うようになった。
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ちなみに、本家の中国は、
表音文字を開発しなかったから、
「アメリカ」を「亜米利加」と
「マクドナルド」を「麦古唐納」と
「コカ・コーラ」を「可口可楽」と
「キャノン」を「佳能」と書くことになった。

それが不便か、そうでないかは、
表音文字を持たない中国人自身にも
わからないことだろう。
アルファベットになじんでいる中国人は、
ローマ字表記をしている、と聞いたことがある。
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一方、「用語」のほうは、
国籍に関係なく、
話しコトバでも書きコトバでも
意識する必要がある。
「用語」とは、「コトバを用いること」
つまり、コトバの使い方のこと。

「きょうは、いい天気だね」というか、
「本日は、お日柄もよろしく」というかは、
その場、その雰囲気、その相手によって異なる。
「用語」つまり、使うコトバは、
100人100様(オーソドックスには百人百様)。
1人として使うコトバが同じ人はいない。
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だから、
人が使っても自分は使いたくないコトバがあり、
階級意識のある地域や時代には、
自分の階級では、
使ってはならないコトバというものがあった。
たいした生まれでもないわが家でも、
親の前では「ヤバイ」や「バカ」、
「オレ」や「ベロ(舌)」「ケツ(尻)」は
使えなかった。
江戸の流れをくむ母親の影響だろう。

ローカルなコトバには、
それ相当の歴史があり、
それについて
他者に四の五のいわれる筋合いはないが、
コミュニケーション環境が広がると、
コトバもローカルからメジャーへと
バージョンアップさせざるを得なくなる。
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デジタル機器の普及が、
コトバにいっそうの共通性を
求めるようになった。
メディア関係者は、
スタート時点から共通言語を用いることを
求められるが、
デジタル機器は、
プロ、アマに関係なく、
メジャーな言語表現が求められつつある。

「食の欧米化」や「食育」、
「安心・安全」「手作りだからおいしい」
「旬の食材」「絶妙な味」などは、
「予防医学や食生活村」での
方言のようなものである。
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用字用語は、
人とのコミュニケーションをスムーズにする、
ということ以前に、
自分の思考力を高め、
人格をカタチづくる。

頭をよくするのは、
微量成分であるEPAやDHAであるよりも、
個々人が持っているコトバであり、
接しているコトバであり、
使っているコトバである。
その因果関係は、はっきりしている。
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by rocky-road | 2015-08-29 22:12  

踊らない会議。

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会議に関連する話を1週間のうちに
3回ほど耳にした。
1つは、
職場での、4~5人による小さな会議だが、
議長のような進行役がいないので、
話がまとまらない、というもの。
「そんなの、あなたがやればいいじゃないの」
で終わりだが、
上役中心の会議なので、
「議長を設けよう」とは言いにくいという。
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2つ目は、
病院内の会議のこと。
いままで板書をする習慣がなかったので、
新入りの自分が提案して、
板書をするようになった。
それで話し合いがまとまるようになり、
上役から感謝された、と。
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3つ目は、
会議のセッティング係として、
自分なりにうまくいっている、という話。
上役の指示に従って日時を設定し、
会議室を確保し、
出席該当者には、
社内メール以外に、
直接伝えたり、メモを使ったりして、
「知らなかった」などという
言い訳をさせないようにしている。
この役割は自分に合っていて、
一種の才能だと思う。
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最後の事例のように、
うまくいっている場合もあるが、
総体的に見て、
日本人は会議が不得手であり、
苦手意識が強い。
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太平洋戦争直後、
出版界は、英会話やコミュニケーション、
会議の進め方などの出版ブームで、
かなり活性化した時期がある。
「コミュニケーション」の訳語が見つからず、
「大衆伝達」などとするものもあった。
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あれから70年近くたったが、
不得手なものはなかなか克服できない。
私も、会議の進行役では
ずいぶん苦労してきたので、
外部のアドバイスをすぐに実行に移せるほど
現状は甘くはないことを承知している。
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それはつまり、
集団思考、あるいは合議ができない
ということであって、
けっきょくのところ、
合意形成が下手な国民
または民族ということになる。
もっといえば、頭が悪い。
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「もし透明人間になれたら」は、
少なからずの人の白日夢の1つではないかと思うが、
私は、そのときは、内閣の「閣議」というものを
傍聴したいと思っている。
国の運営がどのように行なわれているか、
大いに関心がある。
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議長役(総理大臣か)の議事進行の仕方、
発言の促し方、問いかけの仕方、
反論の仕方、他者同士の議論の見守り方、
終了時のまとめ方、
板書の有無、議事録の取り方など、
貴重な勉強の場となるだろう。
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ちなみに、
国会での本会議にしろ委員会にしろ、
あそこで行なわれているのは、
会議ではない。
もともと意見の異なる者たちが、
合意を図る目的がないままに会したところで、
会議など成り立つはずはないし、
新しいものが生まれる可能性も少ない。
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ときに、法案の進め方に関して
「審議を尽くしていない」
などの声が出るが、
だれが審議をしたの?
相手の揚げ足取りを何回やっても、
そんなのは審議とはいわない。

そもそも、質問に対して、逆質問は許されず、
反論さえ認められない場では、
議論など成り立つわけがない。
「国会中継」は、
ずいぶん優遇されている番組だが、
あれをおもしろいと思う人は、
議論のほんとうのおもしろさを
いちども体験したことがない人だろう。
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このような場から、雄弁な、
または議論じょうずの総理大臣や政治家は
生まれようもない。
それが国民の代表である。
それは国民の実像でもある。

「日本人は会議もできない」ことを
自虐的に指摘するつもりはない。
自分の現状を認識することが必要である。
コミュニケーション力や会議力という点では、
欧米社会からはかなり遅れていることを
認識する必要がある。

ディズニー映画の『ベイマックス』の
制作現場を
レポートしたテレビ番組を見たことがあるが、
「ストーリールーム」という、
試写で見た自作の映画を
論評し合うための部屋があること、
「ノートセッション」などという、
ディスカッションが
数十人によって、司会者もなく
進行する様子を見ていると、
これは100年たっても追いつけない、
と思わざるを得ない。
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戦後70年?
戦争はいけない?
平和は守らなくてはいけない?
語り継ぐ?

ごもっともだが、
どれも議論を経ない、
または未消化の議論のままの、
個人レベルの感情の持続に過ぎない、
70年間も!!!
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議論もできない奴に
民主主義を語ってもらいたくはない。
議論は、2人でもできる。
それは、頭と発声器官の、
そして頭脳のエアロビクスである。

「食の欧米化」はもういいから、
「議論システムの欧米化」は、
これからも続けなければなるまい。
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by rocky-road | 2015-08-25 18:43  

「非戦」へのリアリティアクション。

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太平洋戦争終戦70年というタイミングで、
マスメディアは
「語り継ぎ」の大・大キャンペーンを行なっている。
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それが年中行事となっているが、
戦争を知らない世代が増えるのは自然のなりゆきである。
その対策の切り札が「語り継ぎ」なのだが、
その話り口、話題の作り方については
マンネリの典型となっている。
70年間、トーンは同じである。
これを思考停止といわずになんと言おう。
「語り継ぐ」ことが目的化し、
その本来の目的を見失っている。

戦争経験者に悲惨な体験談を語らせる、
という切り口は、
図らずも「悲惨さ大会」になってしまいがち。
悲惨さを語る人の口調は、
いつの間にか一種の調子がついてきて、
最後は「だから戦争は絶対ダメ」
「平和は守らなければいけない」
で終わることになっている。
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「右を見て、左を見て、車は急に止まれない」など、
リズムのある標語、
もしくは、標語にリズムがつき始めると、
人の記憶には残りにくくなる。
いや、リズムのほうが記憶されて、
その意味のほうは置き去りにされやすい。

いかに悲惨な話も、
何度も聞いているうちに
悲惨度が低下してくる。
だからメディアは、より悲惨な話を探すことになる。
しかし、戦争の最前線にいた人のすべてが
語り部としての適性を持っている
というわけにはいかない。
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そこで、
「有識者」の戦争体験が求められるわけだが、
ここでも「悲惨さ大会」
「二度とやってはいけないコンテスト」になってしまう。
それは、メディアの取材、
インタビュー姿勢の反映なのだが、
「有識者」のほうも、
無意識に「悲惨さ体験」への参加意識を
高めてしまうのが現状である。

「いや、過去の体験はかなり語られてきた。
私は、戦争抑止の方法について話をしよう」
「反省だけならサルでもできる。
ここらで私は戦争対策を語らせていただこう」
--そう応じる「有識者」には
めったにお目にかかれない。
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より悲惨な話が戦争の抑止力になるのなら、
交通事故も振込詐欺も、
もっと減っていいはずである。
毎日のように、
事故や事件の報道があるが、
対策は後手後手に回る。

それでも交通事故の場合、
悲惨な事故現場の写真などを公開する
という手法ではなく、
免許取得のための試験項目を更新したり、
飲酒運転はもちろん、
酒を販売するほう、同席したほう、
車を貸したほうの責任を問うなど、
事故防止をシステムとして前進させている。
情緒ではなく、知性でも、
できることはたくさんある。
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戦争防止や平和維持も、
システムとして志向する方向で議論しないと、
心情論を何十年も繰り返し、
けっきょくのところ、
戦争の真っただ中にいる、
ということになりかねない。

議論の仕方の例としては、

1.「平和信仰」は局所的では効果がない。
  全世界の宗教として、
  国連が音頭をとって布教をする。
  「平和」を教義に織り込まない宗教団体の
  存在を認めない。
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2.暴力が戦争の最小単位であるのなら、
  家庭内暴力といえども容赦せず、
  即刻、重い実刑をもって反省させる。

3.殺人という犯罪行為をした者は、
  判決後1か月以内に処刑する。
  「それ自体が非人権的」
  「暴力的」という批判に対しては、
  「命をかけて平和を守るとは、
  そういうことだ」と反論する。

4.他国の悪口、批判、不満、不安について
  口にしたり表現することは犯罪とし、
  違反した者は有罪とする。
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5.戦争抑止は、言論の自由、表現の自由、
  知る権利よりも優先し、
  どんな不自由も、
  戦争を回避するための当然の義務と考える。

6.それでも侵略や覇権、権利を主張する国はある。
  が、それらの意図を尊重し、進んで受け入れ、
  さらには、支配下に置かれることも受容し、
  どんなに過酷な要求に対しても、
  ときには無法な弾圧や暴行を受けても、
  「不戦」の誓いを守り、
  日々の「平和」に感謝する心を養う。
  すでに、「民族的プライド」などは、
  危険思想として禁止してある。
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7.公務員や国会議員、
  地方議会議員になる者に対しては、
  過去にケンカや暴力行為、パワハラ、
  暴言の経験がないことを
  専門機関によって詳細に調べ、
  クリアした者だけに、その権利を与える。

8.国際間では、
  力の不均衡が戦争の火種になりやすいので、
  平和的な化学兵器の開発に努める。
  たとえば、広域に広がる「笑いガス」
  「発情ガス」「無気力ガス」を開発し、
  戦意を消失させる。
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9.生きる意欲は残るが、戦意は喪失する
  「草食系サプリメント」を開発し、
  地球人は一生服用することを義務づける。

どんなバカげた議論も、
より適切な判断力を養うために有効なことは、
地動説や万有引力の法則、進化論などが、
それ以前の、いまとなってはバカげた議論ののちに
生まれたことは明らかである。
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「平和願望」という
「平和ボケ」状態を100年続けるよりは、
荒唐無稽と思われる議論へと、
1歩踏み出したほうが現実的である。
リアリティ不足は、
人間としての尊厳を放棄するものである。

いや、一面において、
知らないことは、知ることよりも
幸せなのかもしれない。
地球のどこかが、
大地震によって壊滅することを知らない人は、
幸せである。
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大地震に備えて、
避難訓練をまったくしない国民は幸せである。
家の中で、右往左往しているうちに、
気がつけば天国にいる人は幸せである。

温暖化が進んで、
地球は人類の生存を許さない星の1つとなることを
知らないことは幸せである。
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だったら、
未来ではなく、
過去の70年以前を反省し、悔い、
涙の日々を送ろうではないか。
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by rocky-road | 2015-08-15 13:16  

「和食」としての市民権。

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第36回「食ジム」
「和食文化とはなにか」
(2015年8月9日/横浜)で
座長を受け持つことになったので、
資料を探っていたら、
以前、目を通したことのある
ある研究レポートが目にとまった。
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その資料とは、
日本食の健康効果を追認するための研究で、
伝統的な日本食と現代の日本食、
それに「欧米食」を一定期間ラットに与え、
細胞レベル、
さらには遺伝子レベルへでの得失を見る、
というレポート。
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結果は、伝統的日本食、現代の日本食、
「欧米食」の順で、健康効果が高いというもの。
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この研究のモデルとなっている「欧米食」とは
パン、ステーキ、クレソン、ポタージュ、
アイスコーヒー。
日本人がイメージする、
典型的な「悪玉」欧米食には思わず苦笑した。
日本食が文化遺産として
認知されたのは喜ばしいが、
かなりの身びいき、自信過剰の自己評価が目立つ。
科学的評価でさえも、その傾向にある。

そもそも、「欧米化」という用語が危ないし、
「欧米食」の認識も怪しい。
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念のために、
カナダのバンクーバーに定住している日本人と、
アメリカのラスベガスに定住している日本人
(ともに配偶者はカナダ人、アメリカ人)に、
ご当地の現状について尋ねてみた。

カナダ在住の人からは、
「ステーキ、スープ、アイスコーヒー、
パンというのは、
どこから出てきたイメージなのでしようか」と、
のっけから釘を刺された。
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カナダは、カナダ系、イギリス系白人が75%と、
それ以外の人による多重国籍文化の国。
食事のパターンには大きな幅がある、
少なくとも「ステーキ、パン……」ではない。
朝食に生野菜サラダをとることも少ないとか。

朝食にパンという家庭は多そうだが、
パスタも優勢、それに米、ワイルドライス、雑穀米など。
ちなみに「アイスコーヒー」は、
アジア風であって、
もともと、アイスの習慣はなかった、と。
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アメリカの友人は、朝食メニューとして、
コーヒーまたは紅茶、
ソーセージ、またはベーコン、ハム、
ポテト料理、パンまたはオートミール、パンケーキ、
マフィン、ドーナッツなどをあげてくれた。
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また、夕食メニューの1例として、
チキン、牛、豚、魚(サーモン、オヒョウ、ヒラメ、タラ)、
それらを屋外にセットされている
バーベキューグリルで焼いて食するとか。
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ところで、
「和食文化の文化遺産登録」報道には、
しっかりした「和食」の定義が見当たらないので、
「食ジム」の資料としてまとめてみた。
が、そこは「食ジム」の鋭いところ。
「そばが入っていない」
「すしがない」との指摘を受けた。

そこで、その部分を修正したものを
以下に掲げておきたい。
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【定義】
米を炊いた白飯を茶わんに盛り、
これに数種のおかず、汁などを添え、
箸で食べることを基本とする日本人の伝統的な食事のこと。
米飯(主食)とおかず(菜)、
汁などからなるこの食事の形を「献立」と呼ぶ。
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献立は、品数により、
「一汁一菜」「一汁二菜」「一汁三菜」などと呼ぶ。
おかず(菜)は、主菜と副菜とに区分し、
主菜は動物性の素材(歴史的には魚介、鶏卵)
または大豆製品を素材とした料理、
副菜は、植物性素材(野菜、海藻、芋、きのこなど)
を主とする、やや小ぶりの料理を指す。
これ以外に、
そば、うどん、すし(にぎり、のり巻き、ちらしほか)、
近年では、おにぎりなども、主食とする。
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【付随する特徴】
献立には、朝食・昼食・夕食ごとに、
ある程度の定型がある
(朝食には汁物、卵料理、夕食には刺身、
揚げ物、魚料理など)。

さらに、四季に応じて、食材や料理の種類、調理法、
味つけの方法、食器の選び方、盛りつけ、
料理の温度などにおいて「その季節らしさ」を
考慮する伝統がある。
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食前には「いただきます」、
食後には「ごちそうさま」と唱え、
食材(命)、生産者、家族、
調理した人などへの感謝を示す。
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食事中は正座またはそれに近い姿勢で、
落ち着いた態度を保ち、
箸は巧みに、食器はていねいに扱うこと、
各料理には均等に箸を向けることなどの原則がある。
このように、食材、料理、
食事や料理についての考え方、
食べ方(所作)、季節感などの
総合的な特徴をもって「和食」と呼ぶ。
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【考え方】
「和風スパゲティ」「和風ステーキ」
「和風ハンバーグ」や「カレーライス」
「ソース焼きそば」「豚骨ラーメン」
などをどう考えるか。
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「風」(ふう)を「まねた」「それらしくした」
とするなら、
まだ完全には「和食」として認知されていないことになる。
「カレーライス」や「豚骨ラーメン」など、
原型は他国にあっても、
現時点で、
同じものが他国に存在しないものについては、
いずれ和食として取り込まれる可能性がある。
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現時点でも、日本のラーメンについては、
中国人も「あれは日本食だ」と言うし、
カレーライスについても同様。
すき焼きや天ぷらが「和食」としての認知を受けるのに
100年近くから数百年かかったことを考えると、
それくらいの時間をかけて
「和食」としての認知を受ける可能性がある。
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(とうふや納豆、うどんなど、
現在の和食と扱われるものも
日本のオリジナルではなく、
その多くが中国などをルーツとする)
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なお、「日本料理店」などで供する各種料理は、
伝統を受け継ぐ要素が大きいが、
それのみを「和食」とするのは適切ではない。

食生活は、時代、地域、食べる場所、
家庭によって変容するものである。
「和食」「和食文化」というとき、
明治維新以前あたりを目安とする
伝統的な食事形式のみを
指すのは適切ではない。
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文化は固定し、不変の現象を指すものではなく、
時々刻々変化し続けるものも多い。
それを前提にして「和食」とは何かを考えるときは、
以下をポイントとする。

①米飯を、銘々茶碗と箸で食する。
②肉も、主食と主菜という献立構成で
 茶わんと箸で食べるときには「和食」または
 「ほぼ和食」と考える。
 (たとえステーキであっても)
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③にぎりずしや、ちらしずしは、
 かつては比較的高級料理に属していたが、
 今日では市販されるようになり、
 日本人の日常食となった。

④おにぎりは、旅行や移動、
 作業時に食する簡便化した主食であったが、
 種類も握り方も多様化し、
 また、専門店などもできて、
 日本人の日常食となった。
 ③と④については、
 海苔(のり)が「食べられる包装材」としての
 役割を果たしている。
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⑤「いただきます」「ごちそうさま」は、
 和食らしさの重要なポイント。
 (ただし、イタリアでパスタを食べるとき、
 「いただきます」と言っても、それをもって
 「和食」とはしない)

つまり、銘々箸と銘々茶わん、
それらをセットにした献立は、
食事を日本化する基本的システムといえる。
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それは、
カタカナが、世界の言語を日本化するのと似ている。
「piano」を「ピアノ」と書いた瞬間、
日本語になるように、
ビーフステーキも、
茶わんと箸を使い
(そのためにはサイコロ型が必要か)、
ご飯とおかずという位置づけで食べた場合、
限りなく「和食」に近づく。
これにみそ汁がつき、
「いただきます」「こちそうさま」となれば、
和食としての条件は整う。
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ちなみに、
一部の専門家によって、
とかく好ましくないものとしてイメージされる
「欧米化」だが、
「欧米」を代表するアメリカ、カナダ、イギリス、
フランス、イタリア、ドイツ、ノールウェー、
スペイン、スウェーデンなどの平均寿命は、
世界平均の71歳を大きく超え、
アメリカを除けば80歳を超えている。
(アメリカは79歳 世界ランキング34位)
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戦後70年、
多くの分野で「欧米化」を続けてきた日本は、
世界1の長寿国となった。
ここでも定義はしないが、
「欧米化」は、
日本人の平均寿命を延ばす一因となっていることを
軽視または無視する専門家の視点には
疑う余地が大いにある。
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by rocky-road | 2015-08-12 21:14  

デジカメによる花火撮影法。

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久々に花火を
かぶりつきのような場所から撮った。
早い者順のスペースとは別に、
有料席が設けられていて、
庶民の娯楽とばかりはいえない花火見物。
文字どおり「高値の花」のポジションもある。
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これまでは、フィルム撮影だったので、
カメラを三脚に固定する必要があり、
その場所を確保するために、
夕方7時の打ち上げのために
午前7時に場所取りをする人も珍しくなかった。
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普通に見物する場合は、
前日からブルーシートなどを敷いて
場所取りをしたりするが、
芝生を傷めるとか、
境界線を巡って領土紛争が起こるとか、
主催者を悩ませているらしい。
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デジタルのコンパクトカメラで
しっかり撮ったのは2回目くらいだが、
フィルムに比べてだいぶ楽に撮影ができる。
まず、三脚がいらない。
手持ちで充分。
ただし、多重露光ができないので
1画面に何輪もの花火を写し込むことはできない。
(やればできる機種もある)
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「多重露光」とは、
2~3秒のスローシャッターにして、
その間に画面に入る花火を露光する。
構図は花火任せなのだが、
事前に絵を予想して待機する楽しみがある。

以下、デジタルコンパクトカメラでの
撮影の基本をあげておこう。
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①ホワイトバランスはオートに。
②シャッタースピードは「400分の1」に。
③フォーカスはマニュアルとし、
 無限大(∞ 最遠距離)に設定する。
 いわば「置きピン」である。
 こうしておけば、
 花火がどこにあがっても
 だいたいピントは合う。
④ズームは、撮影地の条件に合わせて、
 好ましい構図を決める。
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花火そのものをアップでだけ撮っても
さほどおもしろくない。
花の撮影でもよく言うことだが、
旅行先で花を撮る場合、
その地の状況をも表現したい。
アップの向こうに風景が広がる、
というような絵づくりをする。

花火の場合、水辺が多いので、
水面の反射などを入れると風情が出る。
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昔は、きれいな花火があがると
「たまや~」などと叫んだが、
撮影中は、感動は心で受け止めて、
無言でひたすらにシャッターチャンスを狙う。
同行者は、
そのへんのことがわかってくれる人でありたい。
少なくとも本気で花火を撮るなら、
打ちあげ最中にビールを飲んだり、
唐揚げを食べたりしているわけにはいかない。

以前、カリフォルニアのモントレーで
花火大会を見たとき、
ほとんどの人が立ち見で、
BGMにグレンミラーの曲が
流れていたのを思い出した。
花火そのものよりも、
おしゃべりをしたり、
曲を聴いたりしながら、花火「も」見る、
そういう感じである。
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それに比べると、
日本ではますます花火が
ショーとして、高いポジションを得るように
なっているのがわかる。
もっとも、
BGMにポップ調の曲が流れるのを耳にしたのは、
特等席のせいかもしれない。
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スポンサーとなってくれた組織の
紹介アナウンスがあり、
そのあと、花火、音楽、
そしてまた協賛スポンサーの紹介。
適度に間ができる、
休みなく、尺玉が連打される、
豪華絢爛な花火大会の時代ではなくなったのか。
これも、「身の丈に合った」
花火ショーということなのかもしれない。

最後に「置きピン」の補足をしておこう。
カメラフレームに飛び込んでくるモノを撮る場合、
いちいちピントを合わせているヒマはない。
ランナー、乗り物、動物など。
画角を先に決め、一定の場所にピントをセットし、
その距離、その位置に被写体が入ってきたら
シャッターを切る。
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液晶表示画面は「クイック」にしておかないと、
次々にシャッターを切れない。
確認画面がいつまでも出ていたのでは
仕事にならない。
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花火の場合、距離は最長(無限大)。
この条件は、ずいぶん楽だ。
ただ、瞬時に消える花火のこと、
シャッターを切ったときには
最初の明るさ、大きさが失われつつあることも。
そこで、前の花火の明るいところに露出を合わせ、
シャッターを半押ししたまま、
次の花火を待つ。
開いた瞬間、というより、
開く直前にシャッターを切ると、
全開の花火が撮れる。
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この夏、いつか、どこかで出会う
花火のために、心の準備をしておいては?
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by rocky-road | 2015-08-06 00:04