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「日常」を「情報化」するとは。

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4月29日、
恒例となった
パルマローザ主催の写真教室が終わった。
参加者20人。
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すでにカメラの扱い方がわかっている人たちなので、
今回はどう撮るか、どう被写体を見つけるか、
というほうにポイントを置くことができた。
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言うまでもなく、
写真のいちばんのおもしろさは、
被写体をどう見つけるかである。
「日常」の中に事件はそうそう転がっていないが、
写真のモチーフということなら、
日常の中に無限に転がっている。
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といって、「日常」をそのまま撮っても
「作品」にはならない。
それどころか「情報」にさえならない。
「情報にならない」とは、
人に「へぇ~」と言わせるものがない、ということ。
情報は、水の流れと同様、
上から下へと流れる。
情報化できない人は、
オピニオンリーダーにはなれない。
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見慣れた、いや、だれも見ようともしないものに
レンズを向けると、
そこに顔が現われる。
カメラは、日常を撮ることもできるし、
日常を「作品」や「芸術」に替えることもできる。
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オピニオンリーダーとは、
日常の中から情報を見つけることができる人。
写真も語りも文章も、
「情報化」という点では同じである。
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今回は、小学生のカメラマン2人の参加があった。
アドバイスをよく聞く、というより、
1枚撮ってはアドバイスを求める。
この熱意と集中力があったら、
どんなにか成長することか。
若いとは、こういうことか、と
改めて実感した。
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今回もコンテストを行なう。
ここにあれこれ出すと、
応募者の邪魔をするので、
ごく私的に撮ったものだけを
アップすることにした。
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by rocky-road | 2015-04-30 23:46  

カタカナ語は日本語である。

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戦後70年の国語の歴史を振り返ると、
各界の専門家が
諸外国の用語を積極的に使用しようとするのに対して、
そういう動きを阻止したいとする
世論との対立があった。
それが60年くらいは続いた。
こういう経緯があったことは
記憶しておいてよいだろう。
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「コミュニケーション」や「パトカー」(和製)、
スポーツや音楽(ジャズなど)用語などは
すんなりと受け入れたのに、
「アストリゼントローション」とか
「プレタ・ポルタ」とか「デミグラスソース」とかの
化粧、ファッション、料理用語などについては、
抵抗が多く、新聞の投書欄には、
しばしば「わざわざ外国語を使う必要はない」
などの声が、ぼぼ定期的に掲載された。
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それも今は昔の物語で、
いまや「アーカイブ」や「セクシャルハラスメント」
「タクスフォース」「ノーマライゼーション」などに
目くじらを立てる人は少なくなった。
カタカナ語に過剰反応していたら、
「インターネット」も「データベース」も、
「パソコン」(パーソナルコンピューター)も
「アプリ」も使えなくなってしまう。
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言語センスを持ち合わせている人は、
先人たちが「カタカナ」という表音文字を
考案しておいてくれたことに
深く感謝することである。
もちろん、その前に漢字にも感謝すべきだが。
ともあれ、
カタカナで書いたコトバは、
その瞬間、
日本語として登録されたことになる。
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「バイオリン」か「ヴァイオリン」か、
「パーテー」か「パーティー」か、
そんなことはどうでもよろしい。
原語の意味は大事にしたいが、
日本語の発音が、英語に近いか、近くないか、
そんなことは大きな問題ではない。
日本語は日本語であって、
どこかの国におうかがいを立てる筋合いはないし、
遠慮する必要もない。
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ところで、
健康支援者のあいだで長らく使われきた
「ヘルスプロモーション」というコトバ、
WHOが提言してから30年近くたっているのに、
いまひとつ定着度が悪い。
日本ヘルスプロモーション学会は、
WHOの定義として次の文章を掲げている。
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「ヘルスプロモーションとは、
WHO(世界保健機関)が1986年の
オタワ憲章において提唱した
新しい健康観に基づく21世紀の健康戦略で、
『人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、
改善することができるようにするプロセス』と定義されています。
「すべての人びとがあらゆる生活舞台-労働・学習・
余暇そして愛の場-で健康を享受することのできる
公正な社会の創造」を健康づくり戦略の目標としています。」
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意味はなんとなくわかるが、歯切れが悪い。
さらに、「プロモーション」(促進)といっても、
だれが、何をすればよいのかが、いまひとつわからない。
文字どおりに解釈すれば、
要は「健康は自己管理」である。
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これでは「プロモーション」の主体がない。
スケールが大きいから、
国が主役にならざるを得ないのだろうが、
それとても、最終的には個々の自覚が必要。
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主役が不確かなコトバは、動かない。
「ヘルスプロモーション」を日本語として動かすには、
意訳をして、日本語として定着させる必要がある。
その案の1つは、
すでにこのページでも書いたが、
「健康の社会教育」である。
「ヘルスプロモーション」とは、
「健康の社会教育」であり、
その推進は、国、行政、
そして健康支援者がその推進役。
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このへんの考え方については、
5月9日(土)に女子栄養大学で行なわれるセミナー、
6月6日(土)に、横浜で行なわれる
パルマローザ・ブラッシュアップセミナーで
ご披露したいと思っている。
(詳細は以下のアドレスを参照)
http://www.palmarosa.jp/circle/event/index.html
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健康支援者が、
なぜ「メディア力」をつけなければならないのか、
その理由の説明ができると思う。
「メディア力」とは、
言い換えれば、非対面コミュニケーション力、
1対複数コミュニケーション力のことである。
もっとはっきりいえば、
文章力、パソコン力、講話力などなどである。
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by rocky-road | 2015-04-15 23:50  

こんにちは……? こんばんは……?

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「読売新聞」(4月5日)の書物紹介ページ
「よみうり堂」に目を通していたら、
いくつかの本、いくつかのフレーズに目が止まった。
そもそも、「よみうり堂」のロゴ、いや「書」は
敬愛する榊 莫山(さかきばくざん)さん(故人)
のものである。それも目を引く要素の1つである。

さて、目を止めた本の1つは
『ヒトはなぜ笑うのか』(原題 Inside Jokes)
アメリカの認知科学、進化心理学、哲学などの
学者を「総動員」したという本である。
その本を、同志社大の学長、村田 晃嗣氏が紹介している。
その中のフレーズ。
(この本の)「成功の秘訣は優れた問いかけにある。
つまり、ユーモアとは何かを越えて、
なぜユーモアが必要なのかを問うているのである」
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もって回った表現だが、
要は、出版物や新聞記事の定番的タイトルにしたことが、
興味を引く理由の1つだ、
といっているようである。

「なぜ、リンゴは木から落ちるのか」
「温暖化は人類を滅亡させるのか」
「宇宙の果てはどうなっているのか」
よくある「問いかけ」型タイトル。
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『ヒトはなぜ笑うのか』も、
そういう「柱立て」で構成されている本らしい。
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いきなり脱線するが、
私の私的な理論では、
タイトルで「笑うのか」と問いかけたら、
中身は「(それは)悲しみを緩和するシステムである」
「失敗のダメージを分散させる生理現象である」
のように、答えてゆく形式にすべきである。

タイトルで問いかけておいて、
中身でまた問いかけていたのでは、
着地点を失うか、あいまいにしてしまう。
(本当に「成功の秘訣なの?」
正確には「秘訣」ではなくて「理由」では!?)
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それはともかく、
ここで私が反応してしまうのは、
「問いかけ」のカタチのほうである。
問いかけには、
「相手に知りたい衝動を起こさせる」という
もう1つのバリエーションがある、
そのことに気づいたのがうれしい。

これは、幼児が母親などに、
「なぜお月様は黄色いの?(皆既月食でないとき)」
「どうしてお洗濯をするの?」
と問いかけて、
「答えたい衝動」を起こさせ、
母親との時間を長引かせようとする問いかけと
対比できる「問いかけ」のバリエーションである。
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同じ「よみうり堂」欄にはもう1つ、
『殷 中国史最古の王朝』の紹介記事が載っていた。
「殷」(いん)といえば、漢字を生み出した国である。
その漢字、当初は甲骨(カメの甲羅や動物の骨)に
筆記具(焼けた火箸?)を当てると
どんな記号(文字)が描かれるかを占った。
「占」という字は、当時の甲骨文字の象形という。

占いとは、神や見えない力、
自然などへの問いかけにほかならない。
それから3000年、
いろいろの問いかけのパターンが生まれたが、
人類は、それを整理し、体系化することには不熱心で、
日本語では「質問する」「聞く」「問いかける」
などの定義も充分なものとはいえない。
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カウンセリング技法としては
「傾聴」などの用語が生まれたが、
その方向としては、やや治療に軸足を置きがち。
とかくするうちに、
「食コーチング」では、
おもに健康支援の技法、
好ましい人間関係づくりの技法、
思考を深める技法などなどを前提にして
体系化が進められている。

体系化ということでは、
道を尋ねるような場合の「質問」から
婉曲表現としての「4階を押していただけませんか」
親が子を叱るようなときの詰問
「こんなに遅く帰ってきて危ないと思わないのか」
当てこすりとしての
「あなたは自分が世界一偉い人と思っているのでしょ?」
気づきを促す「職場では、どなたかから
なにかご指摘がありました?」
などに至るまで、
20通りほどの体系化が進んだ。
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そして、
去る3月22日の
「食ジム」(食コーチング ディスカッションジム)では、
「問いかけ上手」になるための10か条を
みんなで考えた。
そのまとめを任され、
きょう(4月5日)、それをまとめた。
食ジム参加者には配布されるという。
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上達にコツなどない。
が、この技法が人類をハッピーにする
貴重なコミュニケーションスキルであることを
深く認識することから始めることである。
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「こんにちは」「こんばんは」も、
もともとは問いかけであった。
「今日はご機嫌いかがですか」の
文末を省いたカタチである。

表記法として、
「こんにちわ」が優勢だが、
問いかけ表現であることを意識するには、
「こんにちは」を守りたい。
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問いかけは、
人間の認識を深める、すぐれた表現形式である。
そのことに、もっと驚いてもいいし、
だから、もっと追究すべきテーマである。
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by rocky-road | 2015-04-05 21:58