<   2011年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 

日の出評論家への道

b0141773_2137729.jpg
元旦の日の出を見ること、拝むことに
かくもこだわり、かくもこれを好む民族は、
日本人以外にどれくらいいるのだろう。
「太陽を盗んだ」とまでいわれた原発の時代に、
太陽信仰(?)を守り続けることには、
それ相当の意味があるのだろう。
b0141773_21375840.jpg

きのうまでの過去を更新する、
新しい年の始まりを機に、自分に気合いを入れる、
2年をまたいで、深夜の世界を歩く、
自分の健康、家族の幸せに感謝し、
新しい年の平安を祈る、
今年の念願成就を祈る……。

それらによって
日本人は少なからずモチベーションを高めているのだろう。
日本人は無宗教が多いといわれるが、
初日の出への黙礼は、立派な信仰ではあるまいか。
b0141773_2141636.jpg

さて、わがダイビング歴47年のうち、
その半分くらいの正月は、ビーチリゾートで過ごし、
その大半は、初日の出を拝んで(?)きた。
南の島で見る初日の出は、さほどの風情がなく、
特別の感慨は沸かないものである。

したがって、日の出の写真にはよいものが少ない。
なぜか。それを考えてみよう。
まず、寝起きだし、周囲は真っ暗だから、
ロケハンができていない。
それと、太陽が出る瞬間というものは、
ある種の緊張が漂い、脳の反応が鈍る。
1ミリずつ、水面または山の端から顔を出す太陽に吸いつけられる。
これが神の威光というものなのだろう。
b0141773_21413330.jpg

ほんとうは、日の出前の、闇から紺色に、
そして淡いピンク色に変わるまでが美しい。
太陽がちょっとでも顔を出したら、
写真的なご来光ウオッチングは終了である。
数秒後には、「日中」が始まってしまうのである。

対比のために夕陽を考えてみよう。
夕陽は、そのショーが始まるまでに
たっぷりの時間がある(じっと待つ人は少ないが)。
それに、朝焼けに比べてオレンジ色が濃く、
周囲が赤く染まる。
色彩心理学がどう説明するか知らないが、
朝焼けに比べてセンチメンタル度も高い。
b0141773_2142357.jpg

かつて、「夕日評論家」を自称してエッセイを書いたことがあるし、
その後、それを名乗る人も出てきたが、
「日の出評論家」というのには出会ったことがない。
絵にも写真にも、話にもなりにくいからだろう。
「夜景評論家」は存在する。
評論家が存在するには、共感者が必要。
朝日の美しさを実感しているのは、
新聞配達員か、朝日新聞社の社員か、その読者だろうか。
b0141773_21432284.jpg

しかし、「ニーズは創り出すもの」というから、
いつの日か、「朝日評論家」が生まれても、驚くことはない。
b0141773_21434825.jpg

初日の出を見損なった人にひとこと。
正月2日、3日の太陽はそんなに価値が低いものなのだろうか。
「時は金なり」ということだろうか。(「かね」)(「ときは、きん」といった人があるので念のため)。
信仰の儀式としての掟というべきだろうか。
時間はコミュニケーションの重大なメッセージの要素。
これは自分の思考力を試すのによいテーマでは?
b0141773_214496.jpg

写真解説
最初の2点は座間味島日の出。
次の2点は伊豆の日の出。

おしまいの写真2点は夕日。モルディブとディズニーシー。

by rocky-road | 2011-12-31 21:44  

新年会の幹事をお願いできますか。

b0141773_120546.jpg

『「IT断食」のすすめ』という本のタイトルに興味をもって
読んでみた。(遠藤 功・山本孝昭著
日本経済新聞社出版部発行、日経プレミアシリーズ)

かねがね、IT( Information Technology=情報技術)、
言い換えればデジタルコミュニケーションへの過度の依存が、
動物的、あるいは人間としての感性や思考を鈍らせる可能性、
心身の健康維持のリスクとなる可能性を懸念していたが、
ようやくIT関連の会社の経営者自身が
そのことを指摘するようになったのかと、興味をそそられた。
b0141773_1214550.jpg

共著者の1人、山本氏は、IT企業の社長だという。
その人が、ITへの過度の依存について
「IT中毒」「依存症」というコトバを使って警告している。
おもしろいのは、「物心ついたときに身近にITがあった世代」を
「草食世代」と位置づけており、この世代から「IT依存症」が
顕著になってきているという指摘である。
b0141773_1265489.jpg

そういうものかもしれないが、
私の観察するところでは、性や世代、年齢に関係なく、
ある条件(パソコンと向き合う時間の量や、
その人のライフスタイル)がそろえば、
「IT依存症」は、どこでも、だれにでも起こりうる。
依存症というものは、そういうものであろう。
b0141773_127919.jpg

IT症状の1つとして、こんな症状が紹介されている。
仲間との飲み会の幹事になったとき、
自分の目や口で確かめた店ではなく、
インターネットで調べた、初めて行く店を会場に選ぶ人が多いという。
b0141773_1251841.jpg

ある会社の上役の証言として、こんな話を紹介している。
「ネットのレストラン情報サイトの口コミ情報を見て、
評価が高かったところにする人が圧倒的に多いですね。
それで必ず『私は行ったことがないので、本当にいいかどうか
分からないんですが』と付け加える。
そこを選んだ自分の責任をあいまいにして、
あらかじめレストラン情報サイトに責任を負わせているんでしょうね」
b0141773_125131.jpg

これがIT依存症の症状の1つだとすれば、
私のまわりにも、発症している人がいるかもしれない。
たとえば、電話で問い合わせれば1分ですむことを
わざわざEメールで尋ねてくる。
こちらも、その返事に数10分をかけざるを得ない。

会食をする場所に向かって連れだって駅前通りを歩いていると、
幹事役が立ち止まって地図を見始める。
「おやっ?」と思ったら、インターネットで調べた店なので
迷ってしまったという。
b0141773_127423.jpg

こんなケースでは、
私だったら、自分で行ったことのある店を選ぶか、
事前に調べに行って試食してみる。
昔は来意を告げると店側の態度がよくなったり、
場合によっては代金を無料にするなどという、
幹事にとっての役得もあった。
そういう体験を通じて店選びの鑑定力をつけてきた。

幹事に引率される人にとっても、
紹介者への信頼感や親近感が料理の味の一部となり、
その体験を、またほかの人へと伝える。
インターネットで見つけた店には、
どうも愛着がわかない。
b0141773_1284178.jpg

さて、この本でいう「依存症」の問題点は
人間性の喪失とか、健康上のリスクといったことではない。
会社員として、あまりよい仕事ができていない、
ということが問題であるらしい。
大して役立たない会議の資料に時間と労力を使い過ぎる、
同僚とのコミュニケーションに積極性がない、
対面交渉が不得手で営業成績が落ちてくる、
仕事をしている振りをしてサボる……。

つまりこの本は、ビジネスの本なのである。
依存症とか中毒とかのコトバを使ってはいるが、
真の意味の病気や健康とは関係なく、
より効率のよい社員行動をとるにはどうするのがよいのかを
ヒラ社員や経営陣に気づかせるのが目的のようである。
b0141773_1303922.jpg

いずれは、精神科医や心理学者、または脳学者が
健康論としての「IT依存症論」を書くことになるだろう。
門外漢ながら、動物行動学的に見ると、
デジタルコミュニケーション依存は、
動物のコミュニケーション力、および人間の思考を
単調にするところにこそ問題があるのだろう。

依存症は、あることに依存することが原因や症状なのではなく、
いろいろのことに五感や頭を使わない、
あるいは使えない生活習慣にこそ病因がある。
本来もっている多様な感性や思考力を十二分に使うきっかけがなく、
それゆえに単一な事物に集中し、依存するのである。

道や駅のホームを歩きながらケイタイを操っている姿を見ると、
私には依存症の症状そのものに見える。
道の周辺、街や村の風景、通り過ぎる人々、乗り物、
それらにまったく関心を示さない行動は、
動物としての感覚を放棄して、迷走している姿である。
b0141773_1301951.jpg

そんな人間に「安心・安全」などという権利はない。
自分の周囲に外敵がいないか、
自分の周囲にびっくりするくらいのエサはないか、
五感のレーダーを全開にして歩くのが動物である。
自分が動物であることを忘れた人間は、
思考力を失った人間以外の何者でもない。

ITを恐れることはないし、敵視する必要もない(この本のように)。
このブログを読んだあと、コタツに入ってみかんでも食べるとか、
「そうだ、ここはココアでしょう」といって、
ミルクパンに牛乳を注ぐとか、
そういった、普通の動物行動をとっていれば、
動物らしく、人間らしく生きていけることだろう。

by rocky-road | 2011-12-28 01:23  

秋から冬を撮る。

b0141773_030319.jpg

《キャノンパワーショット S90》で、
秋から冬への風景を撮ってみた。

日本の秋は「紅葉」というように、赤く染まるが、
欧米では黄色くなるという。
しかし、イチョウの黄色を忘れてはなるまい。
並木などを撮ると、視線が分散して印象が弱まる。
頭上1メートルにある葉にズームで寄って撮ってみた。
ISO100、露出補正は+0.3
b0141773_0305894.jpg

定番のモミジ。
光がない時刻で、かなりくすんだ。
逆光があるほうが赤みは鮮やかになる。
b0141773_0315436.jpg

木の全体を撮ると、ややインパクトが弱くなる。
といって、アップばかりを撮っていると
環境がわからず、情報量としては少なくなる。
b0141773_0321747.jpg

思い切り虫に食われた桜の紅葉。
フォーカスゾーンが穴から抜けて
うしろに合ってしまうため、何回もトライした。
b0141773_0324567.jpg

大団地の大掃除のあとなのか、
軍手がいくつも干してあった。
半逆光で狙ってみた。
ISO100、+0.3補正。
b0141773_0332114.jpg

秋は、正午でも太陽は真上には来ない。
だから影が被写体になる。
写真は光と影で事物を表現するメディアである。
歩く人の影は立派な被写体。
この場合、露出はむしろ補正せず、
マンホールあたりの反射の強いところに合わせて、
人の影を濃くした。
b0141773_033567.jpg

横浜のイギリス館の庭園。
水盤に落ち葉、そして背景の枯れ木、バラ。
冬のバラは、俳句にもよく詠われる。
冬のバラは絵にもなる。
b0141773_0342111.jpg

イギリス館のクリスマスデコレーション。
もろに逆光。ISO100で+1に補正。
b0141773_035836.jpg

時節柄の風景。
スカイツリーの近くまで行ったが、
その周辺の低開発事情がよくわかった。
過去と未来、こんな風景も1~2年もすれば、
近代化した街に変わるだろうから、
見られなくなる、そう思って撮っておいた。
撮影日は11月25日。
12月18日の読売新聞に
同じアングルの写真が大きく載っていた。
後追いではないので念のため。
b0141773_035335.jpg

ツリーをそのまま撮るのではおもしろくないので、
ミラーの中のツリーも撮っておいた。
これも古びた街の一角を写したつもり。
b0141773_0355353.jpg

自宅近く、赤羽駅の地味なイルミネーション。
なんともショボイので、
新宿の、ちょっとお金がかかった光を。
b0141773_171774.jpg
b0141773_173055.jpg

ISO100で、-0.3くらいの補正で、
手持ちでも充分に撮れる。
b0141773_174951.jpg

楽しいクリスマスを!!!
b0141773_18393.jpg

by rocky-road | 2011-12-22 00:36  

「ちょっと太め」ふたたび。

b0141773_16215481.jpg

キユーピー㈱が発行している「Kewpie News」453号
(2011年11月30日付)に、
「やせと肥満と、どちらが短命か?」と題する論文が載っていた。
筆者は辻 一郎氏(東北大学大学院医学系研究科
公衆衛生学分野教授)
b0141773_1625423.jpg

以前にも類似の研究があったので懐かしく感じたのだが、
そのことよりも、筆者の慎重で抑制のきいた文章が印象に残った。

このところ、100歳までガンやボケにならない食べ方がある、
などと言い切るような、怪しげな本を出したり、
脳の、ある部分を鍛えたり、頭をよくしたりすることができる食事法が
あるかのごとく言い切る、怪しくも軽薄な医師や学者が多いので、
専門家の質がよほど落ちていると思っていたが、
けっしてそうではなく、
こういうしっかりした文章を書く専門家は存在しているのを知って安堵した。
b0141773_16252118.jpg

くわしい内容、というよりも、引き締まった文章とはどういうものなのか、
1行ずつたどって鑑賞する機会を、
いつかのセミナーのときにでもつくってみたい。

それはそれとして、
この論文は、体重と死亡リスクの関係を、
信頼できる大規模な7つの研究を総合して分析したもの。
b0141773_16253797.jpg

それによると、40歳以上の日本人では、
死亡リスクがもっとも低くなるのは
男性でBM25以上27未満、
女性ではBMI23以上、25未満であった。

40代~64歳の男性の場合の
死亡リスクをグラフで表わすと、
カーブはアルファベッドのU字のような型になる。
体重が低い場合も、体重が高い場合も死亡リスクは高くなる。
b0141773_16261086.jpg

カーブは、男女でも、年代でも、国によっても(民族差ではない)
描かれ方が少しずつ異なるが、ここでは省く。
この論文での大きなポイントは、
WHOが「正常範囲」とするBMI18.5~25.0よりも、
もう少し体重が多くても(BMIの数値が大きくても)、
死亡リスクの低さは保たれる、という点である。

わかりやすくいえば、「ちょっと太め」でも、
死亡率は高くはならない、ということである。

「ちょっと太め」とは、筆者は書いてはいない。
が、指摘の趣意は、24年前に取材した同系の研究結果と
大きくは変わっていない、ということを実感した。
b0141773_16265987.jpg

『栄養と料理』1987年1月号の「編集長訪問」という連載記事で、
私は、日米の肥満と死亡率の研究をした塚本 宏氏を紹介した。
(同氏は、当時明治生命保険相互会社医務部長)。
そのときのタイトルは「日本人の〝ちょっと太め〟は、
若死ににはつながらない。」というものだった。

当時はまだBMI指数を使ってはてなかったが、
指摘するところは基本的に同じである。
b0141773_1628172.jpg

今日、「特定保健指導」において、肥満や、ちょっと太めを
まるで病気そのもののように攻撃するが、
そう単純な話ではない。
こういう研究や、一連の経過を知らない食事相談担当者には、
今日も、辻教授のようなしっかりとした研究があることを知ってほしい。

一方、昔も今も、問題になるのは、
BMIが低い人の死亡リスクがかならずしも小さくはない、という点である。
調査段階で、すでに病気があるか、虚弱であったのか、
タバコを吸うリスクなのか、はっきりと特定されてはいない。
やせすぎの中高年は、けっして長寿に有利とはいえない、ということである。
b0141773_16283233.jpg

もっとも、多くの学者は、だから「やせ志向」や「過度のダイエット」はよくない、
という結論に持っていきだがるが、
もともと食が細い人と、「やせ志向」とは違うし、
食の細さがムリや冒険を避け、結果として
生きる意欲に影響する可能性もあるから、
今後は、行動科学的研究も必要になるだろう。
b0141773_1629080.jpg

ともあれ、食品会社がこのように質の高いニュースレターを
月1回で453号も発行し続けてくれることに感謝をしたい。
b0141773_16291660.jpg

蛇足ながら、「キユーピー」の「ユ」は正字である。
小さくは書かない、つまり捨てカナではない(「キューピー」ではない)。
だから?  いいえ、ミニ知識としていかが?
b0141773_16292868.jpg

by rocky-road | 2011-12-12 16:32