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健康支援者の輪を広げる。

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栄養士のネットワークとしてスタートした《パルマローザ》も、
保健師やケアマネージャーなどの参加や入会もあって、
昨年から「健康支援者」のネットワークと、呼称の一部を変えたという。
そうした場合、「健康支援者」の定義が必要になるが、
その規定は簡単ではない。

かつて、セミナーで、星占いも風水も、手相・人相学も
広い意味では健康支援だといったことがある。
こういう考え方を受けて、
影山なお子さんは、雑誌のご自身の連載の中で、
水商売の人の中にも栄養士がいるだろう、
そして、人をくつろがせる仕事という点では、
水商売の人も、広い意味で健康支援者といえる、と書き、
しかし、人にお酒を強要することもあるから、
やはりちょっとムリがあるかもしれない、と書いたところで
編集部から、その部分は書き直してほしいといわれたとか。
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水商売の人を「健康支援者」ということにムリを感じたのかと思ったら、
「お酒を強要することもある」という部分がよろしくない、ということらしい。
水商売の人の仕事にケチをつけることを避けたかったのだろうか。
確かに、ホステスさんのだれもが、お酒を強要するわけではないから、
それを一般論にすることには注意が必要だろう。

そういえば、昔出会った水商売の人は、
カウンセラー顔負けのトークをするし、人の作った歌詞を1回で覚えて、
2度目に訪ねたときには、その歌を生伴奏つきで歌って私を驚かせた。
一流のプロフェッショナルというのは、こういうものかと感服した。
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自他共に「健康支援者」認めるであろう医師も、
鎌田 實医師の著書、『言葉で治療する』には、
患者や家族に暴言を吐く医師が存在する事例が載っているから、
ひとくちに「健康支援者」といっても、ピンからキリがあることは確か。
しかし、そういうことをいっていたら、
「健康支援者」をカテゴライズすることは不可能。

とりあえずは、
「心身の健康を支えることをだれもが認識している職業に携わる人」
とでもしておいて、具体的には、医師、看護師、保健士、栄養士、
臨床検査技師、ケアマネージャー、エアロビクス、薬剤師、
フィットネス系のインストラクターなどをあげておけばよいだろう。
そして、お笑い系、ミュージシャン、プロスポーツの監督やコーチなどは、
やはり別のカテゴリーでくくるのが妥当。
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ところがついに、食コーチングセミナーを占い師が受講した。
というよりも、管理栄養士としての彼女が、
特定健診に伴う食事相談の必要から食コーチングを受講した、というべきである。
機会があって、占い師の仕事の内容を聞いてみたら、
やはり占いそのものも、健康支援的要素が多いことがわかった。

生年月日からクライアントの運勢を占うわけだが、
その目指すところはその人の幸福だろうから、
栄養士がサポートするクライアントの目指すところと大差はない。
食や健康の話しかしない支援者は、
水面に石を投げて遠くへ飛ばす石投げがヘタな人と同じで、
とても向こう岸に跳ねあがることはなく、1、2回で沈没させてしまう。
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健康支援者の主体は医療関係者だが、
「健康支援者」という場合、支援の射程距離がもう少し伸びる。
占いは、幸福に対して最短距離を進もうとするのに対して、
健康支援は長距離型で、少し遠い幸福を目指す。
観光地で、街頭の占いが繁盛しているのは、
占いが短距離型のため、しばしば鑑定を受けて、
モチベーションを更新し、強化する必要があるのだろう。

健康支援者は、当面の人気で占い師と競うべきではない。
コミュニケーション技術において、健康支援者が
占い師に圧倒的に差をつけられているわけではない。
短距離型は頻度でかせぎ、
長距離型は持続性や自発性で勝負する。
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現実には、「短距離型の健康支援者」が多すぎるのが問題。
短距離型健康支援者とは、「アラ探し型」や「即答型」(問い返しをしない)
そして、「人は病気予防や健康を求めて生きている」
という発想の強い健康支援者のことである。
こういうタイプの健康支援者は脅しや決めつけで迫るが、
占い師のトークほどエキサイティングでなく、ミステリアスでもない。

ところで、最近、「日本健康支援学会」という組織が
すでに1999年に発足しているということを伝えてくれた人がいた。
http://www.kenkousien.med.kyushu-u.ac.jp/index.htm
お見事な着眼である。「日本」を代表する組織になってほしい。
健康支援者ネットワーク《パルマローザ》にとっても、
好ましい同士団体といえるのではないか。
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by rocky-road | 2011-01-26 22:33  

第14回 日本病態栄養学会座長を体験して

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1月16日(日)、第14回 日本病態栄養学会年次学術集会の
ランチョンセミナーで、影山 なお子さんのセッションの座長を務めさせていただいた。
『「コトバで癒やす」 問いかけのスキル』(共催 (株)ファンデリー)
ファンデリーは急成長中の食事通販会社。
各種学会のランチョンセミナーに共催するのは初めてという。
確かな根拠がないままに私が予想したとおり、会場は大入り満員だった。

もちろん私としても座長は初めてである。
『栄養と料理』時代から始まって、
いろいろの学会を取材したり見学したりしてきたので、要領はわかっていた。
というよりも、多くの座長がただの呼び出し係、
経歴読み上げ係でしかない場合が多いので、
あれだけは避けたいと思っていたので、ていねいに演者を紹介した。
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セッションは1時間、しかもお弁当を食べながら、または弁当箱を膝の上に乗せての受講、
影山さんは、いつものテキスト中心をやめて、パワーポイント中心の講義に切り替えた。
パワーポイントを使う場合、講義とパワーポイントによる説明の割合は
パワーポイントの部分が多い場合でも4割以内、という大橋の基本方針に反して
今回はパワーポイント中心の講義とならざるを得なかった。

年に1回のペースで20年間、水中映像祭を開催してきた者としては、
映像情報の価値を間違っても低く見ることはないが、
講演、講義という形式においては、絶対に講師中心であるべきだと思っている。
それがヒューマンコミュニケーションというものである。
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しかし、ランチョンセミナーともなれば、その原則を押し通すことはできない。
ならば、パワーポイント型講義のバージョンアップに資するものとしなければならない、
それを認識している影山さんは、早くから準備を始め、そこそこの内容に仕上げた。
日頃撮りためた写真をフル活用するよい機会ではあるが、
それでも、文字情報を主とし、写真は従という構成だった。
それでも、よい写真はよい、むしろ、写真を押さえ気味にしたほうが
結果的に写真を光らせることになる。

わずかな時間だが、ほかの会場をのぞいてみたが、
あいかわらず細かいグラフや表を使うものがあり、
あまりコミュニケーション効果があるとは思えなかった。
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1時間しかないので、質疑応答の時間がなかった。
お1人だけ、お受けすることができた。
ほかの発表会場で、糖尿病患者はおなかをすかせやすい、
ここが困ったことだ、という医師がおられたが、
いかがなものか、という趣旨のものだった。

発表したご本人に聞いてもらわないとわからないので、
問われた影山さんも困っていたが、
質問者の意図は、それには反対意見を持つらしく、
それを確かめたかったのかもしれない。
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ニュアンスはわからないが、「おなかがすく」「おなかが満たされる」というのは
人間の生理だからそれは好ましいこと。そこにリズムも生まれる。
そのサイクルが速すぎるということなら、
1日の食事量と質を維持しながら、1日4回食にしたり、5回食にすればよい。
が、その前に、空腹という、多分に心理的な現象の分析が先だと思う。

ある発表会場では、糖尿病患者のために、
糖質を徹底的に押さえた療法が有効とする発表があったという。
これもニュアンスがわからないので、断定的にはいえないが、
そんなことはあたりまえ。
しかし、糖質抑制の食事が、
人間の一生の食事として適しているのかどうかは別。
糖質でとれないエネルギーをたんぱく質や脂質でとったらどうなるか、
さらには心理的飢餓感をどうするか、
医師には、ときどき病気を見て、人を見ない人がいる。
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玄米食結構、低タンパク食結構、菜食主義結構……
相手がロボットなら、あるいは一生が3年、5年というのなら。
いやいや、寿命が短いとすれば、
むしろ好きなものを好きなだけ食べたい、それが人間というもの。
病気しか見えない者には、もちろん人の人生や、人の幸せなどは見えるべくもない。

影山先生は、パワーポイント講義でも、こう説明していた。
「人は病気予防のため、病気治療のためだけに生きているわけではない」と。
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前後するが、1月9日のリーダーゼミで、
受講者に自由タイトルで10分間講話をしてもらった。
全員、タイトルには問題はなかった。
「食卓コミュニケーションでエンジョイライフ」
「日常茶飯事を楽しむ」
「健康観をつくる段取り」
「しなやかに生きる」
「イマドキおやじのスイッチさがし」
「風土とfoodと栄養士」
「世界を動かす健康支援者になるための 自己分析とアクションプラン」
なかなかのネーミングである。
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しかし、講話内容は、それを充分にフォローしているとはいえなかった。
タイトルが悪いのではなく、内容がタイトルに追いつけないのである。
が、ここでめげてはいけない。
タイトルは、学問的な仮説と思えばよい。
あるいはハイジャンプのバーと思えばよい。
そのバーを越えるべく、トレーニングを繰り返せばよい。
くれぐれも、バーを下げること、つまりタイトルを小さくすることは
してほしくないと、切に思う。
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by rocky-road | 2011-01-17 22:36  

使わない道具や知識は、宝の持ち腐れ

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パルマローザ主催のブラッシュアップセミナー主催で、
「健康支援者が社会進出するための文章力 8つのポイント」(1月8日)
というテーマの講義を担当させていただいた(6時間)。
毎年、年始めに開催する、恒例化したセミナーなので、
同じ話を繰り返したくない。

そう単純に割り切ってしまえば、講義内容を毎年積み重ねていけばよいのだが、
初めて参加する人もあると聞いているので、入門的な内容も加えなければならない。
毎月、当塾に通う人のニーズと、初参加の人のニーズの双方にお応えする必要がある。
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講義内容を考えるとき、そこが頭を使うところなのだが、
受講者の話を聞いてみると、「以前聞いたことがあるのに忘れていた」という声が少なくない。
そうか、多くの人は、それらの情報を聞くだけで、実行に移していないらしい。
つまり、文章力とは教養であって、生活技術だとは思っていないのかもしれない。
あるいは、1度聞いたことを右の耳から左の耳へと流しているのかもしれない。
そうだとすれば、講師は、あれこれ気をつかうことなく、
同じ話を何百回でもくり返していればいい。

そう割り切ってしまえば話は簡単だが、講師としては満足しがたい現状である。
メモをとる、アイディアを文字化する、日記をつける、受講用のノートを見直す、
ライフスタイルノートを作る、手紙を受・発信する……などなど、
小さな言語習慣を身につけておかないと、
もっと大きな健康情報を広い世界へ発信することはできない。
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情報も水も、上から下へと流れるが、上に水がなければ、下に流れようがない。
健康支援者として働きながら、健康情報をストックし、
それを流すシステムができていないとすれば、それは水枯れの滝と同じ。

新しい服を買うと、それをどこかへ着て出かけたくなる。
その結果として、しかるべき「場」ができる。
言語表現にも同じことがいえる。
身だしなみコミュニケーションに大きな進歩が見られた人たちも、
言語コミュニケーションスキルはあまり活用していない様子。
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言語表現は、ブティックで買ってきて、すぐにそれを着て晴れの舞台に出かける、
というわけにはいかない。
だからこそ、「小さな生活習慣を積み重ねていっては?」と提案するのだが、
その小さな言語習慣が身についていないことが、
ご本人たちの告白でわかった。

これは、動機づけが不十分なのか、本人の意思が弱いのか、
彼らにとって、それは習慣化しにくい生活環境なのか、
ここはもう少し観察してみないといけない。
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いまのところ私には、健康支援者として意欲が弱いように見える。
日々の業務に追われて、夢を育てているヒマがないのだろうか。
しかし、実はこのパターンは、地球上の大半の人が歩む「平凡な人生」の典型。
波風立てず、狭いコミュニケーション環境に埋没することは、
なんら苦しいことではない。いや、むしろそのほうが楽だ。

夢や意欲は、極楽のような穏やかな環境から生まれるものではないので、
一部の健康支援者が身を置いている穏やかな状況は、けっしてハッピーとはいえない。
それは、知的な、あるいは洞察力に関するハングリー精神不足の状態にある。
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改善策の1つは、このブログについての感想を日記に書くこと、
あるいはハガキに書いて、友人や知人、講師に送ることである。
「文章を使う」こと、「健康感覚を磨く」こととは、
そんな小さな習慣の積み重ねである。

鎌田 實医師も述べているとおり、健康支援者は
コトバで癒やすアプローチを探る余地を多く残している。
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by rocky-road | 2011-01-10 23:59  

マイケル・ロクデル先生で~す。

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正月は、NHKテレビで放送した
マイケル・サンデル教授の公開講義に釘づけになった。
1回2時間の講義の12回分を、
元旦と2日の深夜、2回に分けて放送した。
さすがに全部は見きれなかったが、
おおいに引きつけられた。

マイケル・サンデル氏は、1953年生まれ、
現ハーバード大学教授。専門は政治哲学。
その教授ぶりが人気を博し、ついにテレビ取材の対象になった。
2010年8月には東大でも講義を行なった。
これも放送され、ほんの一部を見た。
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アリストテレスやカントなど、著名な哲学者の言説を
現代社会に起こるいろいろの事件や現象をとりあげつつ、
検証していくという授業法。
人気があるのは、正義とはなにか、公正・公平とは、
課税に正義はあるのかといった問題を
学生とのディベート(討論)を挟みながら進めていく講義法。

学生にはやさしく、発言内容の要約がうまく、
いくつかの発言の中から対立点、一致点を対比させる、
発言者の名をしっかり覚えるなど、
要するにカウンセリング的センスが見事。
現役教師はもちろん、
新聞の予告では「ビジネスマン必見」とあった。
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学生に議論をふっかけるような教授法は、
昔から映画やテレビなどで寸見してきた。
だからもちろん、大学での講義で試してみたが、
日本の学生はアメリカの学生のように、
いきいきと発言はしてくれない。

教務課に頼んでハンドマイクを用意してもらっても、
マイクに乗るような声では話してくれないのである。
「みなさん、カラオケではマイクを使っているのでしょ?」
と突っ込んでみたが、のらりくらりでうまくはいかない。
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サンデル教授の講義では、「契約」について、
学生にこんな問いかけをする。
「キミに100ドル出すからロブスターを取ってきてくれないか」と頼んだとする。
が、少したって「気が変わった、あの話はなかったことにしてくれ」と
最初の依頼を取り消した場合、賠償の責任があるか、と聞く。
1人の学生が責任があると応じた。
「もし、彼女と結婚の約束をして、そのあとすぐに、気が変わったなどといったら、
ただではすまないでしょう」
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こういう切り返しができる学生がいるからこそ、
名講義が成立するのである。
よい作物は、よい畑でこそ育つ。
小さいときからディベートをやってきた結果として、
こういう学生が出現するのである。
サンデル教授の影響が日本中に現われるのは、
早くても10年後、20年後のことだろう。

そんなに待てない、という人は、
ひとまずパルマローザのセミナーをのぞいてみれば参考にはなるだろう。
ここにはディベート力のついた健康支援者が多く、
丁々発止とやり合う受講者が少なくない。
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ときあたかも1月8日、私がセミナー講師を務める機会がある。

日時:2010年1月8日 午後1時~午後7時 
場所:神奈川近代文学館中会議室

タイトル:「健康支援者が社会進出をするための文章表現力 8つのポイント」
--Eメール、表組み、企画書、レジュメ、執筆など--


講師がだれかに発言を求めたり、
講義中に受講者が突っ込みを入れたりしたとしても、
それはマイケル・サンデル先生の影響だ、すぐに飛びつく奴だと、
簡単に決めつけないでほしい。
よい畑は1日ではできない。

マイケル・ロクデル先生は、ずっと前から
よい畑によって育てられてきたのである。
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by rocky-road | 2011-01-05 07:13