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自分づくりのネットワーク

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9月18~20日の日程で行なわれた「合宿」に参加した。
正式名称は「もっと輝きたい 健康支援者のための これからの ネットワークづくり合宿」という。
影山 なお子さんのブログ
http://palmarosa.exblog.jp/ にもあるように、
遠方であったり、いろいろの事情でイベントに参加できなかったりする人向けに
1回でもネットワーク体験をすることで、自分の生活を見直してもらおう、
というのが企画意図である。
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生物は外界からの刺激に反応して生きているが、
慣れ親しみ過ぎた環境からは刺激を受けなくなる。
「慣れ現象」といって、連続的なストレス因をシャットアウトするシステムの1つともなっている。
しかし、脳内のプログラムが固定化して、変化への反応が鈍くなるというマイナス面もある。
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人間でいえば、「私の人生はこんなものか」と、その段階で人生のサイズを決めてしまう。
そのほうが落ち着くという利点をとるか、
能力や充実の可能性を封印してしまうというピンチをとるのか、
その評価もまた自分自身だから、それはそれでよい、ということになる。
ちなみに、「ピンチ」はストレスの一種だから、それを緩和しようというモチベーションが生まれる。
私の基本的な考え方だが、
ストレスとモチベーションとは、生物にとってワンセットの行動原理である。
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しかし、リーダーシップというのは、基本的には他者を支えることだから、
「小さくまとまりかかっている人生の地図を、もう少し広げてみてはいかが?」と
声をかけたくなる。それが今度の合宿だろう。
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ミニ講話と、夜通しトークのコメンテーターとして、この合宿に参加した。
いつものクセで、「ネットワークとはなにか」について定義を求めた。
辞書で「ネットワーク」を見ると、コンピューターシステムの連携的なシステムであったり、
ラジオやテレビの番組供給網であったり、動物の神経網や脳内の情報網であったり、
要は「いくつかの部分が連携している仕組みまたはシステム」ということである。
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合宿で強調したかったのは、自分の生活圏の中にシステムをつくることの意義と、
その利点についてである。生活圏とは、私生活から仕事、化粧の手順、
食事の時刻や、朝昼夕の献立内容、人との話題の展開法、歯磨きの手順などなど
システムとして、つまり連続的な行動パターンとしてとらえ、弱点や非効率部分を修正する。
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仕事にやりにくいところがあったら、システムとして改善する。
一般に、仕事から楽しさを抱えきれないほど受け取れる人は少ないが、
だったら、より楽しくなるようなシステムをつくればよい。
システムは、自分が無きあとも、その職場に残る。
人生に足跡を残すとは、そういうことにほかならない。
左足で踏み出したら、次は右足を出す……それが二足歩行のシステムである。
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日々に楽しさがイマイチ不足しているのであれば、
楽しみを生み出すシステムをつくればよい。
日記をつける、ライフスタイルノート(テーマ別)をつける、
ラブレター、ラブコール、ラブメールの発信曜日や時刻を決めておく、
図書館の書棚にある自分仕様の書名を記録しておくノートを作る、
などもシステムの1つである。
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中小企業の社長の中には、「きのう(日曜日なのに)会社に出て、
半日しごとをしたよ」と、部下にしばしば口にする人がいる。
休日出勤の気楽さ、楽しさを誇らしげに語るが、
こういうシステムは、部下にとってはメリットの少ない、
要するに迷惑なシステムである。

人的ネットワークがあったほうがよい例をいくつか。
職場や同業、同地域の人との私的な集まり習慣、
勉強や趣味で定期的に集まる仲間、
美しい風景や感動的な映画を観る仲間、
おいしい食体験を重ねる、継続的な仲間、
「きれいだね」「髪型がステキ」と言い合える仲間などなど。
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「愛してる」「好きよ」を言い合える相手をネットワーク化するのはまずいが、
幸福感を持続するシステムではあるから、
「愛の表現法のネットワーク」ということにしてもよかろう。
つまり、いろいろの愛情表現を次々に開発し、実行し、
ステップアップしていく脳内のシステムである。
ここまでくると、「ネットワーク」の辞書の定義からは逸脱するが、
自分とあの人との小さなネットワークにとどめておくのなら、
どこからも文句は出ないはずである。

かといって、小さな脳内の地図を100%支持するものではない。
1対1の密度の濃いシステムは、ていねいな人間関係を形づくっていくという意味で、
人的ネットワークの基本的な単位といってよいだろう。
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by rocky-road | 2010-09-27 13:39  

自分の村を守れない人々

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黒沢 明の名作『七人の侍』は、
収穫期の村を襲っては略奪を繰り返す盗賊武士集団から
貧しい農民が自分の村を守る話である。
戦う術(すべ)を持たない農民は、まずは知恵も腕もありそうな浪人(志村 喬)を見つけ、
その武士に頼んで村を守ってくれる6人の浪人武士の人選をしてもらう。
つまり、よいリーダーを見つけ、チーム編成は、そのプロに任せるのである。
こうして7人のにわか強力チームができあがる。
いま風にいえば、よいコーディネーターを雇った農民の知恵が
武装集団の撃退という偉業を成したのである。

この話は、いろいろの社会現象を見るときのベースになる。
たとえば、自分の専門ではない事物を扱うときには、まずは専門家に頼り、
それをベースにして方向を考えたほうがムダやミスを防ぐことになる。
「餅は餅屋」というコトバがあるように、
村を盗賊集団から守るには強い武士に力を借りる必要があるし、
仮にテレビ局が食を魅力的に放送するなら、栄養士の力を借りる必要がある。
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ところが現実は、そうは甘くはない。
TBSテレビの「はなまるマーケット」という番組で食を扱う場合、
「鮭は夏バテや疲労回復に効果がある」式の、
いまから50年も前の論法でその食品をすすめる。
これを何年も続け、そこから1歩も出られない。
いわく「鮭にはアンセリンという疲労回復成分があるから……」

微量成分の薬用的効果を期待するのは、今日の栄養学の発想ではない。
が、それ以外に食品を話題にする能力がないから、
飽きもせずに、10年1日を繰り返している。
「七人の侍」の農民ほどの知恵も謙虚さもないから、
志村 喬演ずる老かい武士のような知恵者の門をたたくことは、まずなく、
ど素人のディレクターあたりが、雑誌か本の知識を自分流に解釈してストーリーを作ってしまう。
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その結果、ど素人の書いた台本を、専門家である栄養士が読まされるという、
なんとも、がまんのならない手法が定番化しているのである。
栄養士も栄養士で、人がいいから、というよりもテレビ出演という興味を優先して、
農民に作戦を立ててもらって戦うという、みっともない武士を演ずることになる。

とすると、こうした現状の元凶はテレビ局にあるのか。
それは違う。
食や栄養を語る志村 喬が、食の世界にはいないか、いても見つけ出せないのである。
だから、テレビのディレクターがのさばり出す。
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そもそも、栄養士や料理研究家だって、鮭(以後「サケ」と表記)を栄養抜きで
魅力的に語れるのかどうか、怪しい。
その結果、「夏バテ回復にサケを」という、およそ一般人の感覚とは違うお話ができあがる。

辛いが、この状況は、今後も、5年、10年と続く。
それが日本の栄養知識、いや食品常識のレベルにほかならない。
がまんするしかない。
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ちなみに、NHKラジオでは、じゃが芋やアジなどの食品について、
作家やワインコーディネーターに語らせていた。
食を魅力的に語るには、知識と経験、そして魅力的な語り口が必要ということか。

by rocky-road | 2010-09-16 00:37  

世界や自分の仕分け方

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ロッコム文章・編集塾の宿題に「やりたいことリスト50を書いて提出しなさい」というのを出した。
塾生の1人の「やりたいこと事項」のあげ方に目がとまった。
43項目のリストは、いくつかに分類され、こんなふうに列挙してある。

・結婚
・出産(子育て)
・彼氏をつくる
・恋に落ちる(誰かに惚れる)
・本命の地位(誰かに惚れられる)
(中略)
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・世界一周
・家を建てる
・素敵な家具やキッチン道具をそろえる

(中略)
・夢や目標を見つけたい
・夢や目標をつかみたい
・がむしゃらになれる仕事につく
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あたかも花火のように、イメージがはじけていて、
みんなで1つ1つを確認しながら大笑いをした。
個々の内容はともかく、項目のあげ方、
配列の仕方には、大いに考えさせられた。

ひとことでいえば、カテゴライズがうまくいかず、
したがって、項目の順序がバラバラなのである。
たとえば、「恋に落ちる」があとで出てくるのなら、
「結婚」は、そのあとにくるのではないか。
「夢や目標を見つけたい」と「夢や目標をつかみたい」とを
分けてあげているところもおもしろい。
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箇条書きをするとき、項目のあげ方にリズムがない文章にはしばしば出会う。
権威のあるマニュアルとか、旅行のガイドブックとか、
編集者や校閲者の目を通っているはずなのに、
箇条書きされている項目の順序が不規則で、リズムがない。

子どもの玩具に、四角、三角、丸、星、楕円などを、
本体にあいている同じ形状の穴に差し入れる、というものがある。
あれがもっともシンプルなカテゴリー化である。
カテゴリー(ドイツ語だとか)とは、ものの存在を認める基本概念。
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「ある」か「ない」か、ゼロか1か、1つか2つか、動物か植物か、男か女か……
など、ここが哲学や数の概念の出発点である。
箇条書きは文章論の範疇(カテゴリー)だが、
衣服のコーディネート、仕事の処理方法……その前提としての現状の把握、
人間関係、ライフデザイン、イベントのコーディネートなどなども、
哲学や論理学、脳科学、社会科学、動物行動学など、
どんな専門分野によっても論ずることができ、いくらでも体系化できる。

いまから哲学や論理学の基礎を学んでいるヒマはないのはお互いさまだが、
自分がいまかかえている問題、将来に向けてのアクション、
人とのしっくりしない関係など、そのポイントを2つ、3つと分けていくと、
それが糸口になって、いろいろの要件が顕在化してくる。
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過日、「健康支援者のためのリーダーシップ トレーニングゼミ」の
第5回(講師/影山 なお子さん)に参加し、
受講者が発表する「健康支援者に求められる5つの条件」を聞いた。
ここでは初めから「5つ」と決まっていたが、
配列が乱れているもの、各々の独立性があいまいなもの(隣接事項との境界不明)、
課題の「健康支援者」と「私個人」とを混同しているものなど、
かなり苦戦している人が少なくなかった。
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触れておかなければならないのは、医師、栄養士、看護師などを
「健康支援者」として大きくまとめることもカテゴライズである。
大きなくくりは、別の大きなくくりを見つけ出さずにはいないから。

さて、カテゴリー術のトレーニング法としては、
きょう1日を7箇条くらいの箇条書きで日記をつけること、
今度行く旅行に持っていくものを書き出してみること、
買い物に出るとき、買い物を書き出すこと……
などであろう。
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by rocky-road | 2010-09-08 23:02