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名は他意も、表わす。

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ダイビングの友人のお嬢さん(次女)が四国の小豆島に嫁ぎ、
そこで男児を出産した。男の子だったので「海聖」(かいせい)と名づけたという。
3人の孫のグランドママとなったわが友の名は「容子」で、
名に「海」はついていないが、自分が海が大好きだったので、
長女には「南海子」(なみこ)と名づけ、
次女には「輝海子」(きみこ)と名づけた。
長女の南海子さんは、自分の子に「海音」(かのん)、「彩音」(あやね)とつけた。
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ダイビングに熱中していたころ、たいてい仲間は、
「結婚して子どもが生まれたら海に関係のある名をつける」などと言っていた。
かくいう私も、「岬」(みさき)とか「鯨子」(げいこ)にしようかなどと、バカをいっていたが、
2子が生まれてみれば、まったく海には関係のない名をつけた。
そういう腰砕け一派から見ると、南海子、輝海子、海音、海聖とつなげたのは立派である。
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「コンセプト」というコトバは、日本人にはなかなか理解しにくい概念だが、
容子一族には、親の海好きという基本方針が、およそ30年間、貫かれていて、
これぞ「コンセプト」の生きた定義というべきネーミングコンセプトである。

こう見えても、私は自他共に認めるネーミング好きである。
(人名については、デカイことはいえないが)
「スノーケリング」は、英語だが、これを自分のクラブに採用して、
「スノーケリングの東京東京潜泳会」とネーミングした。
1966年ごろまでは、世間では「素潜り」といっていた。
以後、ダイビング雑誌でも使うようになって、いまに至る。
ちなみに「シュノーケリング」という発音は、性に合わない。
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「フィッシュウオッチング」は、バードウオッチングの一部を転用させてもらって
『マリンダイビング』という雑誌に連載していた自分の文章の中で提案した。
1979年のことである。いま、ダイバーなら、このコトバを知らない人はいないだろう。
「予暇研究所」(私の研究所) 「ロッコム文章・編集塾」(大橋主宰)
『ニッポン 長寿村紀行』(女子栄養大学出版部) 
『海と島の旅』(水中造形センター発行の雑誌)
『エンパル』(パルマローザのオピニオン紙)
「わんマンショー」(読売写真大賞受賞のタイトル) 
「水中映像サークル」(26年続いているサークル)  
「カメイシ メニューデータ プレゼンテーション」(主宰 亀石早智子さん)など
が私のネーミング歴の一部である。
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名刺は、自分がこの世に何をしに来たのかを示す通行手形である。
どんな職業についていても、それとは別に、自費で名刺を作ることを考えてみるといい。
「栄養士」や「管理栄養士」は、国家が認める天下晴れてのネーミングである。
なのに、その威力が弱いならば、別の自分をネーミングすればよい。
どんなにハクのある名前でも、同業者が何人もいると、ユニークさは消える。
だったら、自分で資格なり業種なりを作ればいい。ネーミングである。
その名は、名刺にも、私的な文書などにせっせと使おう。(公務員は要注意)

人生の車線を広げるのに、道路公団の許可は不要。
気の利いたネーミングで、もう1人の自分を作れば、前途は2車線に広がる。
ネーミングに困ったら、「ネーミング コーディネーター」に相談すればいい。
「そんな職業あるの?」って? たったいま、ロッキーが作りました。

by rocky-road | 2009-03-27 23:03  

表現力としての写真

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非常勤講師をしている大学の謝恩会に出た。
当然のことながら、卒業する学生たちはカメラを携行している。
その放列を見て、改めてデジタルカメラの普及率の高さを実感した。
ステージ上でのイベント、友人とのショット、恩師とのショットなど、
思い出のアルバムは分厚くなることだろう。
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写真にしろ日記にしろ、その記録性の高さを言う人は多い。
が、「結果」ではなく、「原因づくり」、言い換えれば動機づけ効果については、
見落としている人が少なくない。
カメラや筆記具を持って街に出るということは、
自分の脳のスイッチを取材モードに切り替えることを含む。
写真撮影とは、街で出会った森羅万象を「収める」というよりも、
雑然とした事物の中から、自分の着眼を創作的に練りあげることである。
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韓国旅行のとき、公共の場、デパートや飲食店でも、
トイレで使った紙を流せないところが多い、と聞いて、
「そんなバカな、韓国は先進国でしょ?」と疑った。が、
行ってみたら、なるほど彼女のいうとおりであった。
それを自分の目で確かめたが、「一流デパートだってこのとおり」といって、
女性トイレの紙事情をデジカメで撮って見せてくれた。
こういう実証的証言は、取材モードの人でないとできない。
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適切な着眼、ユニークな創作をしたカメラマン、カメラウーマンは、
それだけ記録価値の高い写真を残すこともできる。
質のよい写真を撮るためのポイントは2つ。
①自分の写真を論評してもらうこと。
②よい写真を見ること、できればそれについて評価してもらうこと。
この場合、コトバは脳の壁に映像を貼りつける画鋲の役割をする。
こうして脳内に貼りつけたたくさんの映像記憶と言語記憶のセットが、
次の取材の質を高めることになる。

プロ級カメラマンに写真を習ってもなかなかうまくならないのは、
コトバによるサポートが不足するからである。
「パーと行って、さっと構えて、エイヤッて撮るのよ」
「これ、いいんじゃないすか?」では
表現力としての写真の腕は上がらない。

写真そのものは非言語コミュニケーションメディアだが、
多くのコトバで支えられているのである。
心臓手術も国際宇宙ステーションでの船外作業も、
無言かコトバ少なく行なわれるが、それまでには膨大なコトバが使われている。
それがあればこそ、緻密な作業ができるのである。

さて、4月29日、パルマローザ主催の横浜での撮影会には
40人の申し込みがあったと聞く。
http://palmarosa.exblog.jp/
「写真力」をつけて、参加者の表現力がさらにアップするよう、サポートするには、
パーと行ったり、さっと構えず、エイヤッて撮らず、
「いいんじゃないすか」などと論評せず、
「で、なにを言いたいんですか」と、問いかけることにしようと思う。

by rocky-road | 2009-03-22 20:02  

郵便コミュニケーションの春

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最近、郵便局に行くと、いろいろの記念切手が売り出されている。
日本郵便会社になってから、
ようやく切手もまた大事な商品の1つとして
販売する意欲が出てきたのかもしれない。

郵政省の時代、もっと気を入れて記念切手を作れと、
担当部課に何回か文書で申し入れたことがある。
初回は、30年ほど前になろうか。
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いわく、春夏秋冬、季節の花や鳥や風物を切手にしてはどうか。
いわく、海岸生物(ウミウシ)の記念切手が売り出されたが、
デザインがひどすぎる。
鳥でも魚でも、描く人に専門性がある。
おかかえ絵師に、なんでも描かせたって、慣れていないものはうまく描けるわけがない。

いわく、ヨーロッパやアメリカのように、
郵便局で切手をはじめ、郵便関連グッズをもっと売ってはどうか……
などなど、しきりに申しあげたが、回答は印で押したように決まっていて
「貴重なご意見をいただき今後に役立てたく……」だった。
その気もないくせに、なにをいうか!!!!
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郵便事業が民営化されることの意味は、実はよくわかっていない点もあるが、
郵便会社の営業力向上を促すきっかけにはなると信じて、
内心、小泉さんを支持した(麻生さん、私はあのときも賛成だった!)。

考えてみれば、郵便関係者だからといって、
手紙・ハガキ活用者である可能性はさほど高いとは思えない。
むしろ、郵便物に囲まれていると、郵便物が空気のように感じられて、
手紙コミュニケーションの意義を見失う可能性のほうが高い。
古本屋さんは別として、新刊書店の人や、出版物の取り次ぎ業の人が、
格別の読書家である可能性が高くはないのと同じである。
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それがここへきて、ようやくクリスマス用の切手とか、
季節の花とか動物とか、ふるさとの風物とかと、カテゴリーが多様化してきた。
デザインも、それぞれ専門イラストレーターが担当している様子がうかがわれる。
国体とか海の記念日とかの季節限定の記念切手から、
地域や季節を表わす切手が増えてきたことは喜ばしい。

沖縄や北海道に旅行したとき、そこで買った絵はがき(私の場合、以前撮った写真)に、
ご当地切手を貼って旅便りを出す心がわかる人物が、私が知る1名のほかにも、
郵便会社に2、3人は現われたのかもしれない。
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「100万匹のサルに100万台のタイプライターを叩かせたら、
いつかは傑作が生まれるかもしれない」というジョークがアメリカにあるそうだが、
コンピュータの場合は、相手が人間であれサルであれ、
本当に、いろいろの分野で傑作が生まれている。

だから、コンピュータの存在意義は大いに認めるが、
日常茶飯事に追われるホモサピエンスに、
ボールペンとポストカードを渡せば、確実に旅の見聞を深めるうえに、
パソコンコミュニケーションなどとは、ひと味もふた味も違う、
人間関係をも深めることができるはずである。
切手は、それを裏面から支える、重い役割を担っている。

日本は2000年近い手紙王国であることを忘れたくない。

このところ、切手のプレゼントが増えたおかげて、
いつもにも増して郵便コミュニケーションの機会が増えている。
フリーマーケットでは、コレクターが貴重な記念切手を
額面価格で売りに出し始めている。
資産価値が失われつつあるのだろう。
これはチャンス、われら郵便サルに、
切手の春、郵便コミュニケーションの春が確実に訪れている。

by rocky-road | 2009-03-08 22:38  

バッグがよろしいようで……。

b0141773_10333427.jpg女性の社会進出を象徴するものに
スカート姿よりパンツ姿が多くなったこと、
「オレ」「ヤベー」など、男コトバを使う人が増えたことなどがあるが、バッグが大きくなったというのも、その1つ。
もうポシェットなどという、財布くらいしか入らない小物は、
やる気のある女性の持ち物ではなくなった。

その昔、日本の兵隊は背嚢(はいのう)という、
一種のバックパックを背負って行軍した。
その中には寝袋にする毛布や食器などが入っていて、数十㎏。
つまり、バッグの大きさは、戦力と無関係ではない。
「玄関を出たら7人の敵があると思え」と格言にあるが、
バッグの大きさは、臨戦態勢を示すものかもしれない。

b0141773_10344393.jpg女性が大きなバッグを持つようになったのは、
それだけ戦闘シーンが増えたということか。
ケイタイがいる、カメラがいる、ホチキスがいる、電子辞書がいる、催涙スプレーがいる、そしてもちろん、化粧道具がいる……。
「さあ、いつでもかかって来い!!!」ということか。

女性のバッグも、ブランドの話よりも、そろそろ機能論に入っていってもいいのではないか。
ダイビングの世界では、ダイビングバッグの詰め方論をずいぶん昔に何度もやった。
ダイビング用品にカメラ機材、そして旅グッズ……。
くつ下は3足はいらない、アロハは日本の海辺には
不適……などと論じた。

そこで、現代バッグ論をいくつか。
1.目的によってA4サイズのバッグが必要。
  たとえば講演会。資料やテキストはA4サイズが多いから。
  外出時に週刊誌や新聞を読む人はB5サイズはほしい。
  知性はバッグの大きさにも表われる。

2.大きなバッグには仕切やポケットが必要。
  中に小さなバッグを入れて仕切るのもよいが、
  それ自体があちこちに浮動するので具合はよくない。
  やっぱり仕切--それも、ゆとりのあるもの。
  いちど、バッグメーカーと話し合ってみたい。

3.風袋(ふうたい)はより軽く、材質は濡れやシワに強いこと。

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4.生活の乱れは、バッグに現われる。
  いつのものとも知れない領収証だの映画の入場半券だの、
  ティッシュの残りビニールだの、楊枝だの、
  そんなのがたまっているとすれば、
  「あなた、お疲れじゃないの?」

5.人前(たとえば車中)でバッグの中をかき回さないこと。
  これって、おばさん、いや、おばあさんに多いみたい。

6.バッグの中身を移し替えるときは、命をかけるくらいに集中して。
  移したつもりのものがなかったときの悔しさ、自責の念!!!
  外出に際しては、前日にバッグの中身チェックを。

  まだまだあるが、いずれまた。
  

by rocky-road | 2009-03-02 10:37